〈甚爾視点〉
ゆらゆらと尾を揺らして泳ぐ金魚。
珍しく目を輝かしていたあいつが、欲しいとは口にする事なく見つめていた。
だから何となく気が向いたから、露店の親父に声を掛けて金を払ってポイを受け取る。
「甚爾君、金魚掬いやった事あるん?」
「いや、やった事はないな」
「え、それで取れるん?」
不安そうに俺を見上げるあいつに、止まって見える金魚をポイで掬う。
水から上げられ、尾鰭をぴちぴちを揺らす金魚。
それを手に持ったお椀へと入れると、あいつが凄いと騒ぐ。
もう一匹と思って出目金を救って、お椀に入れたと同時にポイが破れた。
「あ……」
「弱ぇなこれ」
よく見れば、ポイの紙は薄く出来ていた。
下手な奴が適当にやれば、一匹取れずに終わってしまうだろう。
そんなポイで、二匹取れたなら上々だ。
出店の親父が袋に詰め替えてくれた金魚をあいつは、嬉しそうに受け取っていた。
あの家で金魚を飼う事を許されたのかは分からないが、あいつが嬉しそうだった事が印象的だった事は、祭りの雰囲気と相俟って淡い想いでの一つになっていた。
たまたま殺しの依頼が入った呪術師の家に、ポツンと置かれていた金魚の入っていない金魚鉢が目に入った。
「金魚鉢?」
ペットショップやホームセンターで、見掛けるタイプの金魚鉢。
主役の金魚の一匹も入っていないのに、下にはビー玉が敷き詰められていた。
後は水と金魚を入れれば、金魚鉢として使える様に下準備されている。
しかし、その金魚鉢には主役の金魚はここには居なかった。
「……持ってくか」
何の変哲もない金魚鉢だと言うのに、俺はそれを手に取って部屋を後にした。
「甚爾、お疲れ。……お前、それなんだ」
「時雨ちゃん、お迎えありがと。あ?あぁ、気になって持ってきた来た金魚鉢」
聞かれると思ってはいたが、時雨は俺が持っている金魚鉢を見て眉を寄せていた。
時雨が変な顔をするから、もう一度金魚鉢を上げて中身を覗いて見る。
底にあるのは、ビー玉が敷き詰められているだけ。
横から見てもビー玉以外は何もなく、隣に居る時雨の顔が見える。
やはり何の変哲もない金魚鉢であるが、時雨には何か別もモノで見えているのだろうか。
「何もねぇぞ?」
「俺も何も見えねぇけど、呪術師の処にあったモノなら呪具の可能性もあるだろ」
「あー、そう言う事か。まぁ、呪具なら適当に使うから大丈夫だろ」
どうせ俺には、呪いが見えないのだから大した事はないだろう。
それにどうもこの金魚鉢が気になって、仕方がないのだ。
今更返せと言われても、返してやる気にもならない。
どうしで何の変哲もない金魚鉢に執着する理由が俺にも分からなかったが、時雨も何も言わなかったから一先ず持ち帰る事にした。