耳と尻尾が生えたモイケイ👹⛸「怒らないから、どうしてこうなったか言いなさい」
「あのね、怒らない人は『怒らないから』なんて言わないのよ」
モリヒトがリビングのソファに座り、その前のスペースにニコが正座をしている。ニコの隣にはケイゴが座り、はらはらと心配そうに二人のやりとりを見守っていた。
「ケイゴくんがね、この画面タップしてっていうから押したの。そしたら、なんかレアキャラが出たって言うから」
「あっ、ニコ、それは……!」
「ほう……それで?」
「これでもう課金しなくて済むって喜んでたから、お礼に新しい魔法試させてねって」
痺れてきたのか、膝をもじもじさせながら、じろりとニコを一瞥するモリヒトから目を逸らす。
「ニコ、変身魔法って使えないから、ケイゴくんは狼男だし、狼に変身出来ないかなって」
ちら、と隣に座ったケイゴに目配せする。ケイゴは、全てを諦めたかのように首を振った。
「つまり、ケイゴは今月は課金しないって言ってたのに、ある程度課金した挙句、ガチャで爆死したのをニコに救われたと?」
「うっ……そうです」
「今月お金ないから、生活費の納入が遅れるって言っていたのに課金したと?」
「ケイゴくん……そうだったの?」
ニコの魔法が失敗したことより、知られたくないことをモリヒトに知られてしまった。
ニコが驚いたようにケイゴを見る。出来ることなら、この場から消えてしまいたい。
「……だって、限定ガチャがさぁ、」
「ケイゴ」
「ひっ、すみません」
ケイゴの頭には、狼の耳が生えていた。腰からはふさふさの尻尾が生え、しゅんと垂れている。
「なんでそんなふざけた風体になるんだ」
ニコの言う通り、魔法は失敗だった。狼に変身するどころか、これではクオリティの低い仮装だ。
「やっぱりニコに変身魔法は使えないみたい」
ごめんね、とケイゴに向かって謝る。魔法が失敗して無様な姿を晒したことより、黙っていた課金がモリヒトにばれたことの方が辛い。
「いや……うん、別にいいよ……」
頭についた狼の耳がぴたりと髪の毛に沿って倒れていた。獣の部分は饒舌だ。垂れた尻尾と合わせて、落ち込んでいるのがありありと伝わる。
「生活費はもう待たないからな」
「はい、わかってます……」
耳も尻尾も、ますます落ち込んでいく。正しいことを言っている筈なのに、何故か自分が悪いような気がして、居心地が悪い。
ごほん、と話題を変えるように咳払いし、ニコの方を見た。
「何してるんだ?」
「あ、ふさふさで気持ちいいから、つい」
痺れた足を崩し、落ち込むケイゴの尻尾を撫でているニコに、溜め息が出る。
「そう!結構触り心地いいんだよ!モリヒトも触ってみる?」
「お前は話題を逸らそうとするな」
毛並みの良い尻尾を両手で掴み、モリヒトの方へ差し出してみるが、あっさりとかわされ、また黙り込んだ。
「モリヒト、まだ怒ってるかなぁ」
「うーん、どうだろ。モイちゃん結構動物好きだし、もう少し押せばどうにかなるかなぁ」
「お前たち、聞こえてるぞ」
目の前で堂々と内緒話をする二人にぴしゃりと言い放ち、真っ黒な瞳でケイゴの尻尾を見た。
意思があるのか無意識なのか、ぴんと立ち上がった尻尾は左右にゆらゆらと揺れている。
犬の感情はどういうものなのか、と考えながら、つやつやな毛並みに触れてみたいと思った。
「で、これはどうやったら戻るんだ?」
「さぁ……」
「さぁって、オレそんなノープランで耳と尻尾生やされたの⁉︎」
「ケイゴ」
ニコの曖昧な返答に、慌てて立ち上がったケイゴを制する。叱られた犬のように、しゅんとしたケイゴが大人しく座った。
「でも魔力が切れたら元に戻ると思うのよ。いつになるかわかんないけど……」
新しい魔法を覚える時は、充分に魔力を補給するために、あんこを摂取する。普段はどら焼きであることが多いが、今日は羊羹を食べたらしい。魔力は充分だ。
「絶対ミハルに馬鹿にされるじゃん……」
「まぁそうだろうな」
「オレ、部屋にいるから後よろしくね……」
ふらりと立ち上がり、よろよろと去って行く。尻尾は相変わらず垂れたままなのが、哀愁を誘っていた。
「なんか……悪いことしちゃったかな」
「まぁ、耳と尻尾くらいで済んで良かっただろ」
「あれ?モイちゃんどっか行くの?」
ケイゴを見送り、それに合わせてモリヒトが立ち上がる。
話は済んだなと、テーブルの上にあったモリヒトが用意したおやつを手に取ったニコが聞いた。
「ああ、ちょっと用事を思い出した」
「ふうん。あ、これ全部食べていい?」
「構わないが、全部は多いぞ」
「じゃあモイちゃんの分残しておくね」
ポットの麦茶を注ぎ、本格的なおやつタイムが始まる。そのうちカンシは帰ってくるだろうし、ミハルも昼寝から起きる時間だ。
その前に、部屋でうじうじしているであろうケイゴの尻尾を撫でさせて貰おう。
モリヒトは動物が好きだ。ふさふさした毛並みを撫でていると癒される。好きなものに好きなものが重なったら、最高に決まっている。
どうやってケイゴの機嫌を取ろうか、と考えながら、階段を昇る足取りは軽やかだった。