毎日SS8/17 届かない想いは、捨ててしまった方がいい。
ニコはモリヒトが好きだ。そして、本人は気付いていないが、モリヒトもニコのことが好きだ。
二人の結びつきは深い。そこにつけ入る隙がないことはわかっている。そもそも、どうにかしたいだなんて、思ってもいない。思っては、いけなかった。
(不毛だよな……)
机の片隅に置いたビー玉を取る。ちょっとした騒動を引き起こした、なんの変哲もないビー玉だ。
親指と人差し指で気泡の入ったビー玉をつまみ、照明に透かす。今となっては、何がそんなに良かったのかも思い出せず、呆れた笑みがこぼれた。
一人の時間は嫌いだ。余計なことばかり考えてしまう。階下では団欒しているのだろうが、今日はそこに混ざる気になれない。
誰にも言えない、恋をしていた。自覚したのは、つい最近だと思う。いっそこの想いに気付かなければ、今日も呑気に団欒の輪に加わっていたのに。
「どうせお前はくだらないって言うだろ」
溜め息を吹きかけるように、机上にビー玉を転がした。ころころと回るビー玉は、同じ色のガラスにぶつかって床に落ちる。拾う気は起こらない。
ぼんやりとビー玉の行方を見送り、そのまま手首を覆うリストバンドを見た。裏返して、自分ではない誰かになってしまおうか。都合の良い考えを捨て、机に突っ伏す。ぶつかってはじけた二つ目のビー玉も、床に落ちる。
じわり、と涙が滲んだ。好きになったのが、モリヒトだった。叶うことがないことは知っている。叶ってはいけないのだ。
ニコはモリヒトが好きで、モリヒトはニコのことが好き。この二人が正しく幸せになって欲しい、と心の底から願っている。
自分の感情を切り離すことが出来れば、こんな気持ちにはならない。寄せられた好意にだって素直になれる。
「もう助けてくれよ、ウルフ」
ぽつりと呟いた。リストバンドに手をかける。裏返そうと逡巡して、やめた。
彼は多分、何も言わない。何を考えているのかは知らないが、ケイゴにとって不利になることもしないだろう。
鬱屈とした感情を、誰も知らない。知っているのは自分だけだ。この、愚かな恋心を、もう一人の自分はどう感じるのだろう。
考えるのが嫌になって、リストバンドを裏返した。ぷつりと意識が途絶える。
「アイツ、マジで馬鹿だな」
床に落ちたビー玉を拾う。机の上に戻し、俯いた時に流れた髪の毛を撫でつけた。
「そんなこと、知るかよ」
秘密を共有するのは自分だけでいい。