共依存ウルケイ「なんでウルフって、」
「……なんだ?」
「なんでもない……」
言いかけて黙ったケイゴは、こういう時決まって不機嫌になる。その理由を口にしてやろうかと思ったが、黙っておいた。
(馬鹿だな)
ケイゴがウルフに抱いているものは、強かな劣等感だ。
ケイゴは、ウルフがいないと何も出来ない。狼男の末裔の血は、ケイゴではなく、ウルフにだけ流れていた。
人より優れた体格と能力、精神的余裕が、ケイゴを追い詰める。
「ウルフ、喉渇いた」
「なんか買ってくるか?」
「駄目、ここにいて」
ベッドに寝たまま、立ちあがろうとするウルフの腰に抱きつく。子供の癇癪と同じだ、とケイゴに気付かれないよう溜め息を吐いた。
ウルフは、ケイゴに逆らわない。ケイゴの自由を何よりも尊重する。その従順な態度がケイゴを苛立たせていることも知っていた。
「駄目ならどうしろって言うんだよ」
「どうにかして」
「無茶言うな」
小さな子供をあやすように、ケイゴの頭を撫でる。小さな子供とは違う強い力が、ウルフの腰に巻きつく。
ケイゴは苛立ちを隠すこともせず、毒づくように舌打ちした。
「使えないやつ」
その言葉が、ウルフの中に重くのし掛かる。ケイゴの役に立たないのなら、狼男の力なんて、なんの意味もない。
「……悪かったな」
「なんか言った?」
「なんも」
腰にまとわりつくケイゴの腕が緩む。やっと解放されるかと思ったが、ずりずりとベッドの上を動いたケイゴが、ウルフの膝に頭を乗せた。
「おい」
「なんか文句あんの」
「……別に」
膝の上で仰向けになり、スマートフォンを触る。手のひらサイズの四角形越しに見えるケイゴは、やはり不機嫌なままだった。
動くこともままならず、ウルフは膝の上にあるケイゴの髪を撫でる。ぴく、とケイゴが眉を顰めたが、気付かないふりをして、そのまま続けた。
ケイゴは、思ったことがそのまま態度に出る。わかりやすいが、だからこそ毎回、疎まれている、と突きつけられるのだ。
「……おまえなんか、」
ぽつりとケイゴが呟く。聞こえないつもりで言ったのだろうが、生憎、狼の耳にははっきりと聞こえた。
(だろうな)
腹の奥に湧き上がる歓喜を、どうにか堪え、何もない風を装ってケイゴの髪を撫でる。
嫌いだ、というケイゴの言葉に、なんの意味もない。ケイゴがいくら口でウルフを拒絶しようと、本心は流れ込んでくる。
はじめは、ケイゴもウルフと同じ狼男の末裔なのに、自分ばかりが拒絶されているようで胸を痛めたが、それが自身への執着の裏返しだと気付いてからは、何も感じなくなった。
「……」
「なに笑ってんだよ」
「なんでも」
ふ、とこぼれた笑みが気に障ったらしい。
劣等感に苛まれたケイゴは、こうやってウルフに当たることで自己を保っているように見えた。
今はこうして別の体を持っているが、ウルフとケイゴはもともとひとつの存在だ。裏人格であるウルフの方が優れているのが認められないらしい。
(……馬鹿だな)
こうやって、ケイゴから理不尽な扱いを受ける度、自分の中に薄暗い感情が芽生えていくのがわかる。同じだ、と他人に言われることが耐えられないのだろう。
ウルフが強ければ強いほど、ケイゴの劣等感は強くなる。
ウルフは、ケイゴの記憶を覗いているが、ケイゴはウルフが何を思っているのかを、知らない。
この感情を、知られなくて良かった。誰かは、ウルフに依存し過ぎだとケイゴのことをたしなめるだろうが、そうさせたのは他でもないウルフ自身だ。
ケイゴの劣等感が大きくなるように、内に閉じ込めておきたくなるように振る舞った。
「お前なんか、」
嫌いだ、と知っている。しかし、離れられないことも知っている。誰よりもウルフを否定しておきながら、誰よりもウルフを求めていることを、知っている。
オレもだ、と否定してやれば、整った顔を大きく歪めるだろう。でも、そんなことは言ってやらない。
ウルフが、ケイゴにとって何をしても許される存在であることで、依存は深まる。
一生離れられないのだから、何よりも大きな感情を向けてくれていればいい。