「モリヒトってさぁ、なんで眼鏡掛けるの?」
動画撮影のため、ニコに魔法を掛けて貰ったケイゴが、ポテトチップスをつまみながら聞いた。L字に向かった先で、モリヒトは撮った動画の編集をしている。
視力が悪いという話は聞いたことがない。むしろ、良過ぎる方だと思う。
「特に意味はないが、その方が雰囲気があるだろ」
「ふぅん」
スマートフォンを弄りながら、無意識に食べていたコンソメ味のポテトチップスを、袋ごと取り上げられた。
「あっ」
「食べ過ぎだ。夕飯が食べられなくなるし、肌にも悪い」
「だってぇ、」
朝昼晩はモリヒトが作った料理を食べる。バランス良く考えられた献立は、確かに美味しいが物足りない。
「モモチが引っ越してきて、お前少し太っただろう」
「うっ……でも、ちゃんとキープしてるし」
「まぁケイコは細過ぎるくらいだが、塩分と油分が多過ぎるな」
「ちぇっ」
指に残ったコンソメを舐め、スマートフォンに視線を落とすふりをしてモリヒトの方を見た。
ポテトチップスの袋は開け口を折り畳んでモリヒトの横に置かれ、手を出せそうにない。
「なんか……眼鏡似合うね」
「そうか?」
「頭良く見える」
「それは普段馬鹿そうな人間に言う言葉だ」
パソコンから視線を逸らさず、ケイコの雑談に付き合うものの、反応は厳しく、面倒臭そうだ。
「ねーそれちょっと貸して?」
食べていたお菓子を取り上げられ、遊んでいたゲームのスタミナも尽き、やることがない。ならばものに溢れた自室に戻れば良い話だが、なんとなくそれも惜しい。
モリヒトが真剣に集中しているなら、邪魔もせず大人しくしていただろうが、行っている作業は新しく作ったケイコのチャンネル動画の編集だ。
「あっ、こら」
手を伸ばし、モリヒトの顔に掛かった眼鏡を取る。ケイコも伊達眼鏡は幾つか持っているが、ボストン型の眼鏡は持っていない。
「どう?似合う?」
度の入っていない眼鏡を掛け、モリヒトを見る。
「別に……普通だろ」
しっかりと目を合わせ、顔をじっと覗き込んだのに、逸らされてしまった。
「ちょっと冷たくない?もっとよく見て!」
テーブルに肘をつき、モリヒトに顔を近付ける。間にノートパソコンがなければ、もっと近くに寄っていたかもしれない。
「どう?」
「どう……って、」
珍しく、モリヒトがたじろいだ。本人は気付いていないが、今のケイコは結構際どい格好になっている。
ゆとりのあるローゲージのセーターの下は、元が男だからかブラジャーという概念がない。サイズの合わないインナーキャミソールのせいで胸元が開き、なだらかな胸の合間が見えている。
「……みえてる」
ぐ、と顔を背け、モリヒトらしからぬ小さな弱々しい声で、無防備な胸元を指摘した。
いくら元がケイゴとはいえ、今は女性化した姿だ。
「えっ、」
目を真っ黒にして、思考をシャットアウトすれば万事解決するのだが、今日のモリヒトはそれが出来なかった。
ケイコが慌てて胸元を隠す。その拍子にずれた眼鏡を掛け直し、上目遣いでモリヒトを見た。普段はそんな風にならないのに、女性化しているせいで見上げる格好になってしまう。
女子への耐性が全くないわけではない。ただ、眼鏡を掛けたケイコが可愛かったから、動揺してしまった。
「……見た?」
「見えてない」
「……モリヒトのえっち」