WN誘拐事件/医局長視点車を走らせる。
さっきからずっと吐きそうだし、というか車に乗る前に一度吐いた。ずっと忘れたいとおもっていたトラウマになっている記憶が呼び覚まされてみんなから逃げるように病院から出て駐車場で思い切り吐いて自分の車に乗り込んだ。
あの時、僕は捕まって、悪意のない純粋な悪意にさらされて。自分が面白いと思ったから、自分さえ良ければそれでいいからなんてくだらない理由で連れ回されてあの時はほんとに怖くて怖くて怖くて怖くて。普通に笑って話していた相手が自分を誘拐するなんていう異常さもそうだし、その癖悪びれも無いその態度も何もかも。犯罪者の都合なんて知ったこっちゃ無い。その時までは自分が被害者でないならと気に求めていなかったけどそれを機に僕の中の考えは変わった。
未だにその傷はいえない。癒える訳が無い。
あの笑い声を聞けば体は震えるし、あのピンク髪のお面を見るだけでも吐き気がする。あの時の犯人はそんなこともつゆ知らず、自分の事ばかりでこちらに負わせた傷なんて知ったこっちゃない。普通に考えれば加害者はいつだって被害者の気持ちを思わないのだから、当然のことだろう。それでも、僕はずっと許せないままでいるんだけど。
そんな気持ちをずっと押し殺し続けている。
無線で聞こえる仲間の声はずっとウィルの事を心配するものばかり。あの時も救急隊の仲間は僕のことを助けようと必死になってくれた。だからこそ、僕はウィルを助けないといけない。自分のために、仲間のために。
ただただまっすぐな高速道路を車が出せる速度の限界を出したまま走る。
じわじわストレスが溜まっていくのを感じては煙草に火をつけて肺いっぱいに煙を吸い込んでは吐き出す。前の車を追い抜いて、時には対向車線にまではみ出した車は夜の街をどんどんと進んで。そのうち、北の牧場を少し過ぎたあたりで救急車が止まっているのが見えた。その近くにはパトカーが数台。治が肩を借りる形で救急車の後部座席に乗せられるのを横目に、車はどんどん加速する。
普段ならきっと、速度違反で切符を切られてもおかしくないけれど彼らもこの車に乗っているのが救急隊員だということは認識しているのだろう何を言われるでもなく、追われるでもなく、車は止まらずに進む。
『各所員、聞こえるか』
「はい。隊長今どこにいます?」
『俺は今北所の近くだ。』
「ウィルの現在位置は」
『わからん。ただももみが追ってる。その後ろにぎんがついているが』
「…」
『とりあえず俺もあとを追う。』
「隊長、無理しないでくださいね」
『……』
《ピコン》【市民デッド】
重なる通知にマップをひらけばちょうど自分の運転する車の走る対向車線に光そるそれにあわててハンドルを切る。車が何台も走ってきているのが見えたけどそれを遮るように道路跨いで車道を塞げばヘリの音が聞こえて視線を上げた。
「隊長!!!」
『かげまるか!!ナイスだっ!』
「犯人の車は、」
『今また戻ってきた!ももみの車が追ってるあれだ!』
隊長の言葉に視線を渋滞する車の方に向ければ真っ黒のスーパーカーがももみの車に追われて逃げていくのが見えた。カスタムはしてなさそうに見えたしきっと盗難車両なのだろう。けれど、そんな事よりもずっとずっと気になったことがあった。
割れた車の窓ガラス越しに見えたあれは、あの、ピンク色は
「────っ、は、は、は、は」
息が荒くなって鼓動がどんどん早くなる。
目の奥が熱くなって、頭が痛くなって、どんどん視界がブラックアウトしていく。
手探りで助手席に放置したままにしていたコンビニの袋に手を伸ばして口元に充てた。
落ち着こう、落ち着こうと考えても肺は痙攣したように震えて酸素を得ようとするし、頭はずきずき傷んで。
考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな
辞めろ、違う、俺は、僕は
気を失っていたらしい。僕の車のせいで酷い渋滞が起きていた。逃がさないつもりで道路をふさいだし、それは仕方のない事だけれど震える手でハンドルを握って車を路肩に逃がした。そのままふらふらと車の外に出て地面に蹲る。さっき、病院の前で散々吐いたからもう口の中から出てくるものなんて胃液位なもので。
地面に積もった雪が白衣にしみ込んでどんどん体が冷えていくのが分かった。
「……はぁ‥‥」
ガシガシと頭を掻いて立ち上がる。自分の中に残るトラウマがこんなにも深いなんて思ってもみなかった。ドロドロに汚れた白衣にスラックス。革靴の中にも雪がしみこんでじわじわ体温を奪っていく。
「っ、よし」
もう迷わない。犯人が、あの姿をしていたのは幸いだったかもしれない。
その後ろ側にいるのが誰だっていい。
あの姿をしている犯人を──す、ことで、きっと僕は、
車に乗り込む。白衣の汚れていない部分で顔と口元を拭って大きく息を吐いた。
いこう、みんなのところへ。