WN誘拐事件/カテジ視点ばたばたと、病院の中があわただしくなる。ちょうどさっきダウンした患者と奥で対応中で一時的に無線を切っていた。だからロビーに戻ってきた時、隊長が屋上に、かげまるが外に向かって走っていったのを不思議に思いながらなんだか呆然とした様子で立っているましろに視線を向けた。
「おい、なにが」
《ピコン》【市民ダウン】
「患者だ、」
よつはとたえこが受付にいるのを見てましろの腕を引いて救急車に向かって走る。ダウンの場所はピルボックス病院からそう離れてはいないから行って患者を抱えて戻って来ればいいだろう。運転席に座ってちらりとましろを見ればまだ何か考え込んでいるようだった。
「ましろ」
「ぁ、カテジ、どうした」
「どうしたはこっちのセリフだ。何があったのか説明してくれ」
「あぁ…その、ウィルさんが、誘拐されたらしくて…」
「ウィルが?大丈夫なのか?」
「ダウンとデッドが入ってた…治先輩も追いかけてたみたいなんだが…ダウンが、入って…」
「それやべぇじゃねぇか」
「あぁ…」
現場に到着する。車から飛び降りればバーガー屋のてつおとぷら子が壊れた車の中で伸びている。時間にしてもそこまで余裕があるわけじゃないだろうから急いでゆりかごを出しててつおを引きずり出した。向かい側を見ればましろもぷら子をゆりかごに乗せていた。二人そろって救急車に戻って来た道を急いで戻る。今はこいつらを助けるのが最優先だ。
「カテジ、そのな」
「おう、どうした」
「ウィルさんが、心配で」
「あぁ」
「でも、もう現場には治先輩も、鳥野さんも、ももみさんも、隊長も、医局長も向かってる」
「そうなのか」
「俺は、俺が行って何ができるんだって思ったら足が動かなくて」
「あぁ」
「俺は、俺だって、ウィルさんにはお世話になってるのに、行っても何の役にも立てない自分が悔しくて」
「…」
「ここに来てみんなと同じ白衣を着れるようになったのに、俺はまだまだなんだって、」
病院の前に到着して車を車庫に戻す。ましろは少し暗い顔をしたままだけれど治療室に向かって走り出せばそのままついてきた。ベッドに患者を寝かせて治療を始める横でましろもぷら子の傷の具合を見ていた。
「なぁ、ましろ」
てつおの傷に視線を向けたままさっきまでのましろの話を思い出す。ましろの話は分からないわけではない。おれだって多分、最初から話の輪の中にいればきっと走り出していただろうことは想像につく。だけどそうじゃなくて、俺たちの仕事はあくまで救急隊だ。
「俺たちは、医者だ」
「あぁ。」
「隊長、医局長、ももみ、鳥野、治が向かってるんだろ」
「あと多分、マグナムさんもだな。ロビーに居たはずなのに姿が見えないから」
「マグナムまで行ってんのか。ならよォ、俺たちはあいつらを信じて待てばいいじゃねぇか」
「え、」
「勿論ウィルが心配じゃないわけがない。俺だってすげぇ心配してるけどよ。俺たちみんなで行ったら街のやつらは困るじゃねぇか」
「…そう、だな」
俺は、隊長を、医局長を、治を、マグナムを、ももみを、鳥野を、信じてる。けれどそれと同じくらいましろやよつは、たえこ、シソジも信じてる。あいつらが助けにいったんなら俺たちにできることは街の平和を守ることだろう。
「なぁ、ましろ。俺たちは医者なんだよ」
「そうだな」
「あいつらがウィルを助けに行ってるのだって、俺たちがここに居て、街を任せていいと思ってくれてるからだ」
「、そう、か」
「そうだ。」
てつおの包帯を巻き終わっていい加減に起きろよと額を軽く叩いた。俺たちがこんな話をしていたから多分気を使ってくれたんだろう。入院病棟の方を指さしたら何故かポケットに角刈りバーガーを詰め込まれた。
「なんだあいつ」
「お礼かお詫びのつもりなんじゃないか?俺はアゴタコスだったし」
「そうか」
使った治療器具を片付けてロビーにつながる廊下を歩く。すぐ後ろをついてきたましろを見てすっと拳を突き出した。
「この街の平和は、俺たちバディドクターが守ろう。あいつらならきっとウィルを連れ戻してくれるさ」
「あぁ、そうだな。」
病院の外でサイレンが近づいてくる音が聞こえる。
ましろもこちらに拳を突き出して俺の拳にぶつけた。浮かべる表情はさっきまでの不安そうなものとは似ても似つかない。二っと口角を上げて笑った相棒と一緒にバタバタと駆け込んできた警察を迎えるべくロビーにつながる扉を開いた。