藍良がヒロくんの膝枕で猫動画を見る話 片膝に心地よい重さを感じながら、一彩は目の前のスクリーンを眺めていた。星奏館のシアタールームを借りて、ふたりでのんびりと過ごす時間。
せっかく大きなスクリーンがあるからと、藍良がスマホを使って動画共有サイトを映し出した。藍良が最近気に入って見ているという、猫の動画のチャンネル。それらを何となく流しながら、無言の時間が過ぎていた。レッスンで疲れていたので会話は少ない。
一彩は自分の膝を枕にして転がっている藍良と一緒にソファに座っている。一彩は藍良に促されて一緒に猫の動画を見ているが、興味は断然藍良の方へと向いていた。
「ちょっとォ、一緒に動画見てよォ」
前髪をかきあげるようにおでこを撫でると、藍良がぷうと頬を膨らませた。おでこを撫でられては画面が見づらいと言われたので、頬や肩、背中を撫でたらくすぐったいと嫌がられた。
「見ているよ。ただどうしても、君の方が気になってしまって」
動画共有サイトのシステムにおすすめされるまま、次々と短い動画を再生する藍良。とある動画では、飼い猫が「おみやげ」を持って帰ってきてしまったという内容がレポートされていた。モザイクがかかっていたが一彩にはすぐ分かった。猫が外で獲物を仕留めて来たのだと。
飼い主に軽く怒られて「おみやげ」を取り上げられる猫を見て、一彩は幼いころを思い出す。家の裏の山で狩りをして、兄に教えてもらった罠に初めて獲物がかかった日。暴れる獲物の息の根を止めることも、罠を外すこともできずに、一彩は罠ごと暴れる獲物を連れ帰った。家の土間で得意げに掲げて見せたところ、屋敷の女たちが悲鳴をあげた。褒めてもらえると思った一彩は困惑した。狩りが当たり前の文化の故郷で、獣を捉えて悲鳴を上げられるのはおかしい。後で知った話だが、女たちが叫んだのはどうやら、獣の流したそれで血まみれになっていた一彩の手や服を見て驚いたかららしい。
女たちに呼ばれて出てきた兄は、一彩の様子を見るなり「よく出来たな」と褒めてくれた。それから、苦しませずに獲物の息の根を止め、罠を外すやり方も教えてもらった。
動画の猫は飼い主に自分の力を見せつけたかったか、褒めてほしかったか、あるいは両方を求めて「おみやげ」を持って帰ったはずだ。狩りの成果を取り上げられ、人間にとって適切な、でも猫にとっては不適切な方法で処理された。その猫に一彩は少し同情してしまった。動画では躾の方法が紹介されている。愛玩のために飼われている猫は、こうして牙や爪を丸くされるのだなと思った。
この動画を眺めながら思い出した一連のことを、一彩は口にしなかった。藍良に故郷の思い出話をすることはたまにあるが、狩りの話になると途端に顔をしかめる。一彩はそう学んでいた。
「都会の猫も狩りをするんだね」
「興味持つのそこォ?」
「ふふ、ごめんよ。愛玩のために動物を飼う習慣が、故郷には無かったから」
兄さんと虫の王国を作ったことがあると言ったら、今は虫の話は聞きたくないと言われた。藍良はとにかく、自分が猫動画にハマっていることに共感してほしいらしい。
「ほらァ、かわいいでしょォ。おなかモフモフで気持ちよさそう~」
スクリーンには、野生の本能を失ったかのように無防備に腹を晒して仰向けになる猫が映し出される。そのお腹の毛に指を埋めて撫でる飼い主と、喜ぶ猫の様子が映し出された。撫でられてもぞもぞと動いている様子はなんだか藍良に似ている。
「確かにあの毛並みは魅力的だね。なるほど、都会の人は撫でて癒されるために動物を飼うのかな?」
「大抵の人はそうだよォ。お仕事してる動物もいるけど、おうちで飼うワンちゃんとかネコちゃんは、可愛がられるために生まれてくるの」
「アイドルに似ているね」
「へェ、ヒロくんにしては深いこと言うじゃん」
誰かに愛されるために存在するなら、アイドルもそうなのだろうと思った。なんとなく思ったことを口にしたのに藍良が褒めてくれた。やっぱり藍良と話すならアイドルの話題がいい。
「ねェヒロくん、手が止まってるゥ」
肩に乗せたままの一彩の手に、藍良が触れる。なんだ、結局撫でて欲しかったんじゃないか。一彩は再び手持無沙汰な片手で、藍良の髪や頬を撫でてやった。
おわり