「あけましておめでとうゴザイマス」
「おめでとう。今年もよろしく」
年末の番組を映していたテレビは、画面いっぱいのカウントダウンを経て、今は新年を祝う人々の笑顔で溢れている。
風真と七ツ森は、カウンターキッチンで食器を洗いながら新年を迎えた。ちょうど年越しそばを食べ終えたところだったのだ。流れる水音越しにテレビから『皆さま!新年明けましておめでとうございます!』という声が聞こえ、二人は顔を見合わせ、そして冒頭の挨拶を交わした。
「何か、あんまりピンとこないな」
「ナニが?」
「新しい年が始まった、っていう実感」
風真は食器を洗い終え、泡を流し、軽く水気を切ってから七ツ森に渡した。
「まぁ…そうね」
「だろ?」
七ツ森は受け取ったどんぶりを布巾で拭いながら考える。
二人しかいない部屋の中で新年を感じる、というのは中々難しいのかもしれない。朝になって、初日の出を拝んだり、年賀状が届いたり、初売りに行ったり。そういった事が積み重なってじわじわと気付かされるのだ。どうやら今日という日から、何もかもが新しくスタートするらしい、と。今はまだ外は暗く、先ほどまでついていたテレビも、寝室に移動する為に風真が消してしまった。元々賑やかに話す二人でもない。部屋は随分と静かだ。
「もう寝るの?」
「あぁ…ちょっと、眠い」
今日、いや、すでに昨日になってしまったけれど、買い出しや大掃除等で一日随分と忙しかった。実家にいた時には親が、一人暮らしでは何となく適当に済ませていた、そんな年末年始の諸々を、二人で住むようになってからは随分としっかりするようになった、と七ツ森は思う。だから彼とて疲れていない、眠くないと言えば嘘になる。じんわりとした疲労感と、早めに入ったお風呂、暖かい部屋、膨れたお腹。それらが二人の瞼を重くさせる。
「まぁ、早めに寝ましょうか。姫はじめが出来ないのは残念ですケド」
七ツ森が冗談混じりにそう言って笑うと、風真はこてんと首を傾げた。
「…姫はじめって、なんだ?」
「え、」
馬鹿なこと言うな、と一掃されて終わるかと思っていたのに飛んだ墓穴だ。幼少期をイギリスで過ごし、高校入学のタイミングで日本に帰ってきた彼はどうやらこの言葉を知らなかったらしい。
「なんだよそれ。何をすればいいんだ?」
おまけに七ツ森が残念、と言ったせいで気になってしまったらしく、先ほどまでとろんとしていた目が早く答えろ、と興味深そうに輝いている。
七ツ森は、えっと、と言葉を濁した。彼らは既にそういう事をする関係ではある。だからといって、純粋な瞳でこちらを見つめる彼に、下世話な説明を、それこそ新年早々にするのは心が傷むのだ。幼い子供に『赤ちゃんってどうやって出来るの?』と聞かれる親ってこんな気分なのかな、と思う。七ツ森は手に握ったままの布巾を無意味に畳んだり開いたりしながら、ようやくぽつりと呟いた。
「その、恋人同士が、年の初めに仲良くするコト、ですかネ…」
「そうか」
「えっ、」
風真は七ツ森の手からぐちゃぐちゃの布巾を奪い、空いたそこに自身の指を絡めた。部屋の中は暖かいけれど、つい先ほどまで洗い物をしていたからか、普段は七ツ森よりも熱いはずの風真の指が少し冷たかった。
風真が首を上向かせる。高校卒業までに5センチに縮まった二人の身長差は、風真にとって喜ばしいことだった。勿論、同じか、あるいは超えられたらそれにこした事はないかもしれない。だがこれでも十分、不意のキスがしやすくなった。
中をこじ開けるような深いものではない。だけど、ただ触れ合うだけでもない。唇の形を、柔らかさを確かめるような、そんなキスだった。
唇が離れ、風真は少年のように得意げに笑った。
「『姫はじめ』ちゃんと出来たか?」