「…寒い」
「マジでソレな」
早朝、二人はげんなりとした様子で歩く。七ツ森の家から駅までの道は、大した距離はないが日陰になっている場所が多く、殊更にそう感じる。歩くたびに霜柱がざくざくと砕かれる音は心地よく嫌いではないが、寒さを助長させる要因には違いない。
「はぁ…」
風真が手を擦り合わせて、そこに自身の息を吹きかける。指先がほんのりと赤く染まっていた。
「あれ?珍しい手袋してないんだ」
「…昨日はそんなに寒くなかったから」
「あー…、ゴメンね。急に泊まらせちゃって」
「いや、俺も、」
「うん…」
それきり二人は黙り込んでしまう。
昨晩、さよならをするのが何だか嫌で、夕飯を一緒に、もう少しだけ話を、ほんのちょっとだけ触れ合いたい、そんな可愛らしい欲を互いに受け入れた。七ツ森の部屋で唇を重ねたその瞬間、たが外れたように求め合い、終電を逃して外堀を埋められてからようやく『もう帰れないな』と笑ったのはどっちだったか。
七ツ森が、風真と同じように手を擦り合わせる。その指先は彼よりも赤く冷たそうに見えた。
「お前こそ手袋したらどうだ?」
「んー…、実はね、ポケットにホッカイロが入ってます」
そう言って七ツ森はコートのポケットに手を突っ込んだ。あったかいなぁと態とらしく笑う。
「お前、ずるいだろっ」
一緒の部屋から出てきたのだから自分にも渡してくれれば良かったのに、と風真は不満げに口を尖らせた。そして、彼の定員オーバーのポケットへ無理やり手を差し込む。七ツ森の手は予想通り冷たく、温かい場所を探して指を絡めた、が。
「っく、ふふ」
「…嘘ついたな」
「あったかくなったから、イイでしょ?」
七ツ森の言う通り、冷たかった筈の互いの手は、じんわりと温かくなっていた。