最近、凪がキラキラして見えるから困る。写真加工のアプリでも使ってんの? ってぐらい、キラキラしてるから困るのだ。寝起きのままの髪、ゆるっとしたパーカー、手にはスマホといつも通りの姿なのに。
凪は、たまのオフに家を訪ねても態度や表情を変えることがない。玄関を開けることすら面倒になったのか、最近になってスペアのキーまで渡された。だから、我が家と同じノリでいつでも自由に凪の部屋に出入りできる。
そんな凪の家を訪ねても、凪は相変わらずソファでぐだっとしたままゲームをしていた。おりゃ、おりゃ、と無表情で画面をタップしているからときどき怖い。でも一通りゲームが終わると俺の方を見て言うのだ。「レオ、膝枕してー」と。
「男の膝枕なんて硬くて嫌だろ」
「そんなことないよ。よく眠れる」
「お前なぁ……」
「ね、お願い。ダメ?」
「うっ……」
凪のキラキラした顔が目に眩しい。眩しすぎて網膜が焼き切れそうだ。
おいで、と凪に手招きされてソファに座る。凪は「やりぃ」と呟くと、ほとんど間を置かずにごろんと横になってきた。そのまま仰向けでまたゲームを始める凪に、俺は深いため息をつく。
正直、この体勢は辛いし、膝枕する側の俺は何もできない。おまけに、仰向けの状態で寝転がられているせいで、下を向くと変な感じになるのだが、それでも拒めないのは、凪がキラキラした顔で俺に懇願するからだ。
「ね、お願い。ダメ?」って、こてんと首を傾げながらお願いされるともうダメだ。心臓がきゅうってする。可愛い。愛犬なんていないし、愛娘や愛息子なんていないけど、とにかく小さくて可愛くてかけがえのないものを愛でているような心地になるのだ。相手は凪なのに。一九〇もある大男なのに。面倒くさがり屋で、感情の起伏があまり表に出なくて、無気力気味。なのに、ひとたび凪が「ね、お願い。ダメ?」って言うと、凪の周りがキラキラして見える。
「ね、レオ」
「ん? なに?」
「ちょっと眠くなってきちゃった」
「なんだよ、その報告。勝手に寝ろよ」
「うん。だから、ぎゅってしていい?」
「は?」
今までに無いお願いに、ぽかんと口を開けてしまう。おんぶして、ご飯食べさせて、着替えさせて、髪乾かして、ぐらいまでは学生の頃からずっとねだられてきた。最近、それに膝枕が追加されたとは思っていたけれど、ぎゅってしていい? は初めてのお願いだ。つーか、ぎゅってなに。何されるんだ、俺。
「ね、お願い。ダメ?」
「……だ、」
「だ?」
「ダメじゃ……ない…………」
ああ、クソ! ばか! なんでも頷くのは良くないだろ! と思いつつも、凪のキラキラフィルターにやられて頷いてしまう。凪は小さく抑揚のない声で「やったー」と言うと、俺のお腹側に寝返りを打って、ぎゅっと抱き着いてきた。
なんだこれ、犬みてぇ。と、丸くなる凪に吹き出してしまう。そんな俺に、凪はちょっとだけ視線を上げると、頭も撫でて、と懇願してきた。
「なんでだよ?」
「俺、犬みたいなんでしょ」
犬は撫でないと。というわけの分からない理論のもと、頭を撫でろとせがんでくる。
今日はやけに甘えただ。そしてなぜだかすごく可愛く見える。凪に対して可愛いって思うのはおかしいと分かっていても、最近は可愛く見えて仕方ないのだ。ぐりぐりとお腹に頭を押し付けてきたり、鼻先を擦りつけてきたり。凪が上体を起こすから、徐々に体の接地面が増えていく。まるで馬乗りのような形で抱き着いてくる凪に、さすがの俺も慌てた。
「ちょ、おい……!」
「ねぇ、レオ」
甘さが混じる声に嫌な予感がする。
ほら、やっぱり。だんだん凪の周りが明るくなっていく。フィルターを弄りすぎて、被写体が明るくなったり赤みが増したり、かと思えばキラキラが追加されたり。とにかく、凪が迫るたびに謎のキラキラ度が増すのだ。その状態で"お願い"なんてされてみろ。俺はなんでも許してしまう。
「ダメだからな!」
「俺まだなにも言ってないよ?」
「どうせまた、なにかお願いする気だろ」
「あらら、バレちゃった」
魂胆がバレても凪が退くことはない。また押し切られるような気がして、俺は凪の体を剥がした。
「ずるいんだよ、お前!」
「何が?」
「そのキラキラフィルターやめろ! あと、その顔でお願いするのも!」
「えー、そんなこと言われてもずっとこの顔だし……。っていうか、キラキラフィルターってなに?」
あ、ヤバイ。無意識にキラキラフィルターなんて言ってしまった。案の定、凪が首を傾げる。もう一度、キラキラフィルターとは何かと問われて、俺は言葉に詰まった。
「キラキラは……キラキラなんだよ…………」
「どういうこと?」
「だから、凪がキラキラして見えるっていうか……なんか可愛くも見えるっていうか……」
何を言わされてるんだろうと思いつつ凪の顔を見る。
すると、凪がちょっとだけ口許を緩めた。なんだか嬉しそうで、よりキラキラして見える。キラキラというか、花が咲くようなほわほわした感じだ。また特殊加工のフィルターを増やしやがって、と的外れな文句が口から出かける。
「そっか。じゃあ、俺と同じだね」
「は? どういうことだよ?」
「ずっと、レオのことはキラキラして見えるよ。俺、レオのこと大好きだから」
引き剥がしたはずの凪がまたにじり寄ってくる。鼻先が触れ合いそうな距離まで近付いてきた凪に、俺の目は釘付けになった。やっぱりキラキラしている。
「たぶん、そのキラキラ、俺のことが好きだからそう見えるんじゃない?」
「……は?」
「だーかーらー、俺のことが好きだからキラキラして見えるんだと思うよ」
凪の言葉が右から左に流れていく。
なるほど、俺の目にフィルターがかかっているのか。そう自覚した瞬間、ボンッと頭の中で何かが破裂するような音がした。
「おーい、レオ?」
「……っ、やめろ! こっち見んな……!」
「ヤダ。顔真っ赤なレオなんて珍しいもん」
「つーか、近付くな!」
「ヤダ。だって俺のことがキラキラして見えるんでしょ? なら、好都合」
レオは俺にお願いされるの好きだもんね? と凪が言う。だって、お願いされると嬉しそうだもん、といういらぬ情報まで付け加えられて、何処かに消えてしまいたい気持ちになった。
「ねぇ、レオ、キスしていい?」
「…………っ」
「ね、お願い。ダメ?」
イカれてしまった俺の目が、懇願する男を捉える。相変わらず、凪はキラキラしていた。
「……だ、」
「だ?」
「ダメじゃ……ない、です…………」
「……なにそれ。なんで敬語なの?」
凪がちょっとだけ笑う。
きっとこのままキスしたら、もっと凪のことが愛しくなって、キラキラ輝いて見えるに違いない。
そんなことを思って、俺は目を閉じる。次に目を開いたとき、新たに追加されたフィルターを通して見る、凪の姿を想像しながら。