教師の矜持2「ずるいんだゾ!カエルパーカーばっかり!」
可愛い顔でポコポコ起こるのはシャボのアイドル、ティラである。キリンはうるさそうに耳に指を突っ込んだ。潔癖のきらいがあるハックが嫌そうに指先を眺める。失礼な、美人の人妻の膝枕で耳掃除される妄想に昨夜浸ったばかりで、キリンの耳内は綺麗だというのに。
「わっちだってダーリンの膝に乗りたい!」
「男を膝に乗せる趣味はねぇよ」
「カエルパーカーだって男なんだゾ!」
「ハックはいいんだよ、湯タンポだから。この時期は冷えるんだよなぁ」
茶色の頭に頬擦りする。シャンプーの香りがふわっと薫る。ガキのくせに、毎日ちゃんと風呂に入っているらしい。小癪なので冷たい指をパーカー内に侵入させる。ハックはいよいよ騒ぎだし、ティラはますます嫉妬を募らせた。
「ズルいズルい!カエルパーカーのくせに、わっちとダーリンの仲を引き裂こうなんて、百年はやいのよ!」
「うわぁっ」
ついにティラの手が出た。ハックは間一髪のところでかわしたが、堪らず膝の上から逃げ出した。寒くなったキリンの太股に、すかさずティラが飛び乗り、暖を与える。短いスカートから伸びた足は、無駄毛もなくて色白でツルツルで、キリンは変な気持ちになってくる。
「えへへ、ダーリンのお膝なんだゾ……」
「おいどけよ。重い」
「ダーリン酷い!嫌なんだゾ!」
「ティ、ティラ様!どうしてそのような男の膝に……」
騒ぎを聞き付けたのだろう、隣のクラスのサブロー先生がひょこっと教室をのぞいた。ご機嫌なティラを膝にのせ、げんなりしているキリン先生、泣き崩れるシャボ、冷たい目をしたハック。だいぶカオスな光景だっただろう。
「キリン、何をしているんだ。通報……いや、校長に報告が先か?」
「人聞き悪いこと言うなよ!こいつが勝手に乗ってきたんだ!」
「だってダーリンのお膝、あったかくて逞しくて、それにダーリンの体臭をダイレクトに嗅げて最高なんだもん」
「キリンの膝というのは、そんなに蠱惑的な魅力があるのか」
サブローはドン引きしつつ、ちょっと羨ましそうだった。サブローは若くてイケメンで指導熱心ないい先生なのだが、普段の言葉遣いが意味不明で小学生には難しいうえ、絶妙にKYでズレているので、生徒からの人気は今一つなのだ。キリン先生は下ネタが多いが、フワフワサラサラの毛並みにフレンドリーな性格、子供の感性に近しいこともあり、絶大な人気を誇っている。そんなキリンが内心羨ましかったのだ。
もっとも、PTAからの評価については、サブローとキリンが綺麗に逆転するのだが。
「ハック!成績優秀なお前に、ひとときの憩いを提供してやってもいいぞ?」
「はあ?サブロー先生が膝に乗せてくれるんすか?」
「レクイエム先生だ」
「いいっすよ。別に乗りたいわけじゃないし。サブロー先生、うるさそうだし」
「ハック……?」
サブローは助けを求めるように周囲を見た。小学生は大人が思うよりずっと賢い。みな、示し合わせたようにサッと目を反らした。あのシャボですら無視した。
「ど、どうして僕は人気が出ないんだ……」
「……もー、サブロー先生、泣かないでくださいっすよ。ちょっとだけっすよ」
「ハック!」
見兼ねたハックがため息をついた。ハックはとんでもないクソガキだが、性根は優しいのだ。だからサブローもハックには一際、輪をかけて可愛がっている。なんだかんだ、サブローに最後に優しくしてくれる生徒は彼だけだった。
両腕を漆黒の翼のように広げ、ハックを迎え入れる。しかし、キリン先生がティラの首根っこを掴み、乱暴に投げ渡してきた。
「ガウチッ!」
「うわっ!おいこらキリン!危ないだろ、怪我したらどうするんだ!」
「うるせぇ!俺の湯タンポを横取りするんじゃねぇ!」
キリンは強引にハックを抱き上げる。ハックはもう馴れたもので、特に抵抗もせずにすっぽり収まった。サブローもキリンも大差ないからだ。
一方のティラはダーリン以外に体を許さない純真無垢なおと……乙女なので、泣き喚いてサブローを蹴飛ばしている。
「やだ!ダーリン以外のお膝になんて座らないんだから!」
「いたたたた!やめっ、ちょ、あう!」
「キリンさん、大惨事っすよあっち」
「ん?おお、そうだな」
そうだな、じゃなくて。キリンの膝にティラ、サブローの膝にハックが乗れば丸く収まるんじゃないか。小学生とは思えない天才的頭脳を持つハックはそう考えたのだが、大人のはずのキリン先生は思考停止しているのか、サブローの方を投げ遣りに見ただけだった。
「ねぇ、キリンさん」
「うるせぇな、そんなにチ◯コの方がいいのかよ」
いつも優しい、生徒に人気のキリン先生らしからぬ険のある声音に、ハックは驚いた。この角度からではキリンの顔が見えないが、何が見えたのだろう、シャボがビクッと震えて腰を抜かした。ロボットにも恐怖という感情はあるらしい。
「キリン先生もサブロー先生も、どっちも嫌っすよ。先生、ちゃんとお風呂入ってるっすか?臭いっすよ」
「このクソガキ……そういうお前は、何のシャンプー使ってんだよ」
ムカついたのでハックの旋毛に鼻を押し付け、思い切り匂いを嗅ぐ。甘い香りが鼻腔を満たす。ハックとティラが同時に暴れ、シャボはティラのためにキリンを排除しようとし、サブローは冷静に校長室へと駆け出した。