持ち寄り(続き) ぼんやり一缶を飲み切って、さて、どうしようかね、と考える。夜の部屋の中に誰かがいる気配があるのはいつ振りだろう。社会人になってからは初めてかもしれない。置きっぱなしになっていた腕時計を手に取り、九時十分過ぎか、と小さく声に出して針を読み、見るとなく台所の天井を見上げる。目を閉じて集中しても杉元の寝息は聴こえてこなくて、静かなものだ。ここからだと姿も見えない。二十二時までは寝かせてやるとして、どうしようか。寝ているとはいえ客人がいるのに、シャワーを浴びに行くのも変か。
さてさて、と呟いて目を開くと立ち上がり、冷蔵庫のドアに手を掛け、開けて何があるか確認をする。足りそうだ。立ち上がって振り返り、タッパーに入れて冷ましていた今日作った料理を見つめる。豚肉と刻み昆布の大蒜しょうゆ煮、ほうれん草の胡麻和え、切り干し大根、人参と油揚げを入れたひじきの煮物、蓮根のきんぴら、人参と牛蒡と豚肉のきんぴら、茄子の煮浸し、水菜と油揚げの煮物。味噌味がなかったよな、確認して蓋をして積み上げて寄せると、起きたら起きたでいいか、と食材を冷蔵庫から取り出して調理を始めた。
換気扇をつけ、汁椀で五杯分計りながら鍋に水を入れ、焜炉に据えてガス火にかけると、牛蒡を洗ってささがきにし、油揚げと人参を細い短冊に刻み、じゃが芋を剥いて適当な大きさに切り、途中、湯が沸いたのに合わせて出汁パックを放り込むと、剥いた玉葱を切り、細葱も刻み、最後に豚バラ肉を一口大に切った。出汁を作っているのとは別の鍋に、今日はサラダ油を少量注ぎ入れて、切ったばかりの野菜を炒め始め、次いで豚肉も投入して炒める。菜箸でこびり付かないよう具材を転がして、鍋の中から控えめにじゅうじゅうと豚バラ肉の焼ける音とじゃが芋が鍋肌にぶつかるごとごとという旨そうで賑やかな音がする。起きたら、起きただ。そのうち出汁が出来て、豚肉に火が通ったのを確認して鍋に移し加える。浮いてきた灰汁を取り、味噌を溶き入れて弱火でじゃがいも芋に火が通りきるのを待つ。蒟蒻もあれば入れたかったな、と思いながら、俎板や包丁を洗い、アウトドアチェアに座ってガス火の青を見つめる。腕時計も見つめる。出来たら起こそうと思った。
じゃが芋に竹串を通して、汁の味見をする。じゃが芋はいいが、味は少し薄いか。味噌を足してもう暫く火に掛けておくことにして、その間に皿とグラスを洗ってしまい、本格的にやることがなくなって、また腕時計を見る。二十二時にはなった。鍋の火を止めてリビングに向かう。照明は、迷って付けずに杉元に近付く。蹲み込んで膝の上で頬杖をついて、敷物に頬をつけ横向きで寝ている杉元の寝顔を見つめて、こいつも疲れてたんだよな、と交わした会話を振り返る。くっきりとした二重瞼だ。気持ち良さそうに寝ているが、約束したしな、と思って声を掛けた。
杉元、杉元。
名前を呼んでみるが無反応で、困ったと思いながら、両膝をついて肩を揺する。
杉元、一時間経った。
揺すりながら話し掛けると、やっと目を開いて一瞬、ここはどこだ? というような表情をして、可笑しくて笑ってしまう。
天井がなくなった。
えっ。
嘘だ、一時間経ったから起こした。
あ、そうだった、ごめん、マジで寝てた。
寝てたな、炬燵で寝たら風邪引くぞ。あと、涎。
あ、うん。
おはようさん。
おはよ。
涎を袖口で拭って起き上がって杉元がゆっくりと伸びをする。電気、もう点けるからな、と言ってリビングの灯りを点けた。眩しそうな目をしてそれから、炬燵やべえな、と笑うのが見えた。ふ、と笑って、ミネラルウォーターを注いだグラスを炬燵天板の上に置いてやる。
どうする? 帰るか、呑むか。
尾形は?
さっき一人でもう一本飲んだ。グレフル、あるぞ。
半分、貰おっかな、どうしようかな。
豚汁もあるぞ。
えっ、豚汁、豚汁食いたい。
装ってきてやるよ。
うわあ、豚汁か、滅茶苦茶食いたかったやつだ。
食いたかったのなら持って帰るか。
鍋から一人分、汁椀に装いながら話し掛け、七味要るか、と訊く。要るー、と返事がきて、運んで豚汁と一緒に目の前に置いてやる。
要るのは、持ち帰りもか。
え、いいの? お前の分なくなっちゃわない?
阿保みたいに煮物があるから別に持って帰ってくれていい。明日休みだし、お前ん家の鍋に移して、鍋さえ返してくれば。
え、じゃあ、貰おう、かな。ああ、豚汁いい匂い。いただきます。
七味をかけ手を合わせて杉元が箸を持ち、汁椀を抱えて豚汁を食べ始める。一口啜るごとに、はあ、旨え、癒される、と云って食べる姿を見て作って良かったと思った。
お前は食わねえの?
サワーで腹ちゃぷちゃぷになったから。朝に食う。で、残りはお前が持って帰って食え。
滅茶苦茶嬉しいけど、マジで貰っていいの?
貰っていい。今日、愉しかったし。
うん。これもこの豚汁も俺の好きな味だ。
それは良かった。
今度は俺ん家で飯食おうよ。
うん、お邪魔する。ああ、その時はエビフライ、食ってみたい。
解った、任せとけ。
やったな。
軽く約束を取り付けて、台所へ行き、調理スペースの隅に積み上げて置いていたタッパーを持って戻る。これも好きなのを持って帰れ、と言うと、お前の食うもんなくなっちゃうじゃん、と遠慮をされて、少し考え、牛蒡と人参と豚肉のきんぴらの入ったタッパーだけを目の前にことんと置いてやり、食パンにバター塗ってこれ載せてマヨネーズをかけて焼いて食うと飛べるんだが、と説明すると、何それ、やってみたくなるじゃん、んじゃあ、これだけ貰う、と笑って受け取ってくれた。
押し付けの半分自己満足だと解っていても、癒されると云われたら誰だって渡したくなるもんだろう。
エビフライの時、イカフライも食いたいな。
オッケー、次は海鮮祭りだな。
ん。
杉元が親指と人差し指で丸を作って笑う。
ふと肌寒さを感じて炬燵の奥へ足を入れると杉元の崩して伸ばしていた脚に爪先が当たってしまい、かといって男同士で急いで退けるのも変かと暫く触れさせたままにし、照れ隠しに、なあ、明日の天気、晴れるか知っているか、と訊いた。