12/23:使い捨てカイロ トラブルの対応で会社に泊まるのはこれが初めてという訳ではなかった。納品が完了する頃にはそのまま顧客と会う時間帯になると想定したジークフリートは、身なりを整えるために一度自宅へと帰宅していた。
着替え等を済ませると会社に戻るために部屋を後にする。階段を最後まで下りたところで、こちらに向かって歩く見覚えのある姿が目に入った。
「ランスロットか?」
俯き気味に歩いていた青年は、声を掛けられたことに気付くと満面に喜色喜びを湛えた。その顔を見た時、何故か少しだけジークフリートの胸には安堵に似た温かさが宿ったような気がした。
「お疲れ様です、ジークフリートさん」
お仕事は、と話そうとしたところでランスロットの口が閉ざされる。この道をもう一度通ることが何を意味するのかを、賢い彼は理解したらしい。
「これでも一段落出来た方でな。明日の夜には帰れるはずだ」
今日の夜と言った方が正しいか。そう冗談めいて話すジークフリートに、ランスロットは手に持っていた袋を渡した。
「あの、よければこれ……持って行ってください」
受け取った小さめの袋の中を両の手で軽く広げて確認すると、そこには紙パックのココアと何種類かのパンが入っていた。
「これは……お前の夜食じゃないのか?」
ジークフリートは気を遣う必要はないと告げて、渡された袋を返そうとするがランスロットはまだ何か渡そうと持っていたバッグを漁っている。
「おい……ランスロッ……」
「あと、こちらも!」
何かを見つけたような嬉しそうな声と共に、バッグからランスロットが取り出したものは使い捨てのカイロだった。ぽかんと様子を見ている内にランスロットは手際良く封を切り、カイロに熱が宿り始めるとジークフリートのコートのポケットにそっと入れた。
「道中、少しでも温まればと思いまして……」
心配するようなランスロットの瞳の中には何か助けになりたいという切実な想いが込められていた。その気持ちを無下にする理由が思いつかず、ジークフリートは受け入れることを選び、微笑んだ。
「ありがたく頂戴しよう」
再び笑顔を咲かせたランスロットは満足したように、本当に無理はしないで下さいね、とだけ告げると自室の方へと向かっていった。
ランスロットと別れた後、ジークフリートは何気なくコートのポケットに手を入れる。先程のカイロは十分に温まり、指先を通して体に温かさを与えてくれた。
必ず、何か礼をしないとな。心の中でぽつりと呟くと、ジークフリートは会社に着くまでの道の中で返礼の内容を考えていた。