幸せの瞬間。先日から行われている事務所内の改装工事。抱えるアイドルも増えたことで建物を増築する次いでに、現在のフロアも照明やタイルを新しいものへと交換しているようだ。廊下のあちこちに作業着を着た人達がいて、忙しなく作業を進めていて、棚や床の端にも工具なんかが置いてあるのが見える。
そんな、ドリルやら釘を打つ音が響く事務所の廊下をレオさんと二人で歩いているときだった。立てかけてあった脚立が急に倒れてきたのだ。しかも、死角でレオさんは倒れてくる脚立に気づいていなかった。
「レオさんっ!」
危ない!そう思ったときには既に体が動いていて、咄嗟にレオさんの腕を掴み、自分の方へと引っ張った。胸に引き寄せ、庇うように脚立に背中を向けて抱きしめる。ガシャン!と音を立てて背中に脚立が降ってくる。
「うっ…!」
背中に鈍い痛みが広がり、しばらく動けずにいると音を聞きつけた作業員が慌てている声が聞こえてくる。
「おい!つかさっ大丈夫か」
レオさんが心配そうにこちらを見ている。
「はい…レオさんに怪我がなくて良かったです。」
「バカっ!全然良くない!それに、おまえが怪我したらおれは…っ」
レオさんの必死な顔…久しぶりに見れたのはラッキーかもしれませんね…。
「大丈夫ですよ…ッう!」
立ち上がろうとするが、ズキンと背中に痛みが走る。
「ほら、無理するなよ。おれが医務室まで連れてく!」
「すみませんレオさん…結局かっこ悪いところを見せてしまいましたね…。」
「そんなことない。正直すごくかっこよかったし。ちょっとドキッとしちゃった。」
「それなら良かったです、ふふっ♪」
「おれだけの騎士さまだよ。いや、王さま?」
「そこはヒーローとかじゃないんですか?」
「うちは一応騎士団だからな!」
「そうでしたね。」
おぶってくれるレオさんの体温を感じながら、この傷も大切な人を守り抜いた証だと、なんだか背中に感じる痛みすら少し誇らしく思えた。
「ほら、着いたぞ〜!よいしょっと。」
「ありがとうございます、レオさん。」
医務室の真っ白なベッドにおろしてもらい、こちらを振り返ったレオさんを見上げる。
「つかさ、ちょっと太った〜?」
「なっ…!そんなことはありません!」
「そうか〜?なんかいつもより肉が柔らかい感じがしたんだけどなぁ〜?」
「肉とか言わないでくださいっ!痛っ!ちょっと…!」
レオさんに二の腕や太腿を触られ身をよじっていると、急に真剣な顔を向けられ、ドキリとして動けない。
「司。服、脱いで。」
目の前のレオさんはさっきまでのじゃれ合いを忘れさせるほど落ち着いていて、空気がしん...と静まり返る。ごくり、と喉を鳴らしたあと、小さく返事をした。
「はい...。」
有無を言わせない声に従い制服のブレザーを脱ぐと、シュルッとレオさんにネクタイを外される。静かな部屋の中には、衣擦れの音と二人の呼吸音だけが聞こえているはずなのに、ドキドキと心臓の音が煩い。続いてワイシャツのボタンも上から順にゆっくりと外され、白い肌が露になった。
「ぁ...。」
急に恥ずかしくなって何も発せられずにいると、レオさんが口を開く。
「司、背中見せて?」
そう言われてから、あぁ、そういうことか。と勘違いに羞恥で顔が熱くなっていく。今、自分は何を期待していた…?レオはずっと怪我の心配をしてくれていたというのに。この熱さを悟られないように顔を背けたまま、レオさんの方へと背中を向ける。
「うわ…」
背中を見たレオさんが思わず眉を寄せた。白い肌に浮き出た大きな赤紫色や青紫色の打撲痕に、内出血しているであろう箇所も赤黒くなっている。丁度脚立の角が当たってしまったのだろうその背中はとても痛々しい。
「ごめん、つかさ…。こんなの絶対痛かったよな。」
「いいんですよ。レオさんを守れて、つかさはとても満足しています。」
「おれ、ほんとかっこ悪い…。」
「レオさんは十分かっこいいですよ。それに、レオさんのことはずっとつかさが守ってみせます♪」
「ありがたいけど、ちょっとくらいおれにも守らせてくれよ。」
「しょうがないですね?では、早く治るようにつかさにキスしてくださいまし。」
「うん、いいよ。」
そっと痛くないようにベッドに寝かせてくれる。ちゅっ。と優しいキスをしてから、舌を割入れて貪るようにキスをされる。両手で包み込むようにレオさんの頬に触れた。
「んっ…れおさん…っすきです」
「おれも、つかさがすきだよ」
「れおさん、つかさと…っ」
「だ〜め!怪我人とはしませんっ!」
「まだなにもっ…!」
「つかさの顔みたら言わなくてもわかるよ!えっちな顔してるし♪」
「そんな顔してませんっ!」
レオさんったら。こんな背中の傷なんて…ちょっとくらい大丈夫なのに。でも、そういうところがレオさんの優しいところだ。今だって、抱きたくてしょうがないって顔に書いてある。
「わかりました、今日は大人しくしてます。」
「そうそう。ちゃんと休むんだぞ!」
何事も無かったかのように振舞おうとするレオさんの手を掴む。
「あ、あの…レオさんにお願いがあります。」
「なに…?」
「怪我が治るまで、その、泊めていただけませんか…?」
「おれの家に?」
「だめ…ですか?」
「それは大丈夫だけど、むしろつかさがいいのかなって。」
「はい、レオさんと一緒にいたいのです。」
「…お風呂とかも?」
「そうですね。背中は自分では届きませんし、薬も塗らなくてはいけませんから。」
何を想像したのかレオさんの顔は真っ赤だ。わかりやすい人。それに、真っ先に出てくるのがお風呂なところも、自分で言っておいて照れるところも、レオさんの可愛いところだと思う。
「もちろん食事や睡眠も一緒にお願いします。」
「わかった!仕事がないときはずっとそばにいるよ。だから、おれになんでも言って!あとさ、いっその事おれと一緒に住まない?」
「レオさんと…?」
「うん。今は泊まりになっちゃうけど。」
「嬉しいですっ!」
「じゃあ、はやく治さないとな?それに、おれもずっと我慢できるかわかんないし?」
「…っ!」
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あれから数日、触るとまだ痛みはあるものの、だいぶ背中も動かせるようになってきた。レオさんはというと…。
「つかさ、痛いとこない?」
「はい、大丈夫です。」
「つかさ、おれがやるから座ってて!」
「はい…。」
「つかさ、お腹すいてない」
「えっと…。」
「おれが食べさせるからっ!」
「自分で…。」
「つかさ!おれがベッドまで運ぶ!」
「レ、レオさんっ!」
と、このように甲斐甲斐しくお世話をしてくれているのだが、如何せん度が過ぎているような気もしなくもない。こちらからお願いした手前、治るまでは…と無下にもできずこうしてされるがままになっていた。やっと一日が終わり、一緒に寝るタイミングで声をかける。
「あのっ!」
「なに?何か欲しいものあった?」
「そうではなく…!」
「レオさん、そろそろ痕も治ってきましたし、こうして動かせます。なので、お世話はもう大丈夫です。」
「それって…もう、つかさのお世話は出来ないってこと…」
「なんでちょっと残念なんですか…今までありがとうございました。」
「そんなこと言うなよ〜!」
こうも面倒見が良いとは思っていませんでしたが、そういえば、溺愛している妹君が居るんでした。やはり、兄妹がいるとレオさんみたいな人でもお世話好きになるということでしょうか…。
「ずっとこのままでは、つかさは赤ちゃんになってしまいそうです。」
「赤ちゃんのつかさかぁ〜!それも楽しそう!でもやっぱりちょっと大変そう?」
「すぐに受け入れないでくださいましっ!」
「え〜?だって、つかさ絶対可愛いし?」
「それなら、レオさんだって…。」
「ちょっと赤ちゃんになってみない?」
「は?急に何を言っているんですか。」
「ちょっとだけだから!ほら、ばぶー!」
「ば、ばぶー?」
「わはは☆可愛い〜!」
「からかわないでくれます?」
「ほんとだってば〜!よしよ〜し♪」
「むぅ…。」
「ムスッとした顔も、赤ちゃんだ!」
まったく人の話なんて聞いていないレオさんには反論なんて無意味で、一生かなわない気がする。でも、レオさんにならちょっとくらい赤ちゃん扱いされてもいいと思ってるなんて、本人には絶対に言わないけれど。レオさんに一頻り遊ばれたあと、一枚の紙を渡された。
「はい、これ。」
「これって、間取り図ですよね?」
「そうだよ。一緒に住もうって言ったの覚えてる?」
「はい、もちろん。」
「良かった♪色々探して、ここなら一緒に住めそうかな〜?と思ってさ。」
「ありがとうございます。」
「つかさが良ければだけど、一度一緒に見に行かない?」
「では、今週末はどうですか?」
「うん、おれもその日はオフだから!」
「ふふっ♪楽しみです!」
「おれも楽しみだよ♪」
ちゅっ。と優しくキスをされ、幸せな気持ちのままレオさんとの未来を想像してゆっくりと目を閉じた。