HiMERU(18)、業界未経験。「ちょっとジュン」
「はいはい。なんですかぁ~~?」
「先ほど指名していただいた〇〇さん居るじゃないですか」
「あ、あぁ、HiMERUを指名したんでしたっけ。そのひとがどうかしたんですか」
「そのひと、じゃなくてお客様と言いなさい。咄嗟のときにジュンは何言うかわからないので!
下手なこと言って、クレームやらなんやらで店の評判にも関わってくるんですからね~~?」
「え~……。オレ別にキャストでもないし、茨みたいに受付とかするわけでも管理するわけでもないんですけど……。
それより、そのひとがどうかしたんですか」
「それがですね。まだキャストが到着してない様子で電話がかかってきたんですよねえ」
「……そのキャスト、もしかしてHiMERUですか」
「そうですね。だからジュンに聞いているんですけど」
「おかしいっすねぇ。HiMERUなら指定のホテルまで先程送り届けたんですけどオレ」
「……ジュン」
「わかりましたよ! 探しに行けばいいんでしょう?!」
漣ジュン、ドライバーやってます。ただの運転手っていうかまぁ……男の子専用デリヘルっていうか。
あ~~、まぁホテヘルも兼用してるから呼び方はよくわかんないっすけど。そういうところ結構あるらしいし。
別にオレが接客するわけではないから厳密に知っているわけではないが、客の自宅と言うと送迎が若干面倒な点もあるからホテルの方がありがたいってだけで。
それで最近入ってきたのがこのHiMERUってやつ。
最初聞いたとき変な源氏名だなぁ……と思ったのは内緒である。それくらいのインパクトがあった方が覚えられやすいのかもしんねぇし。
だが、そんなこと思ったのも束の間。
ラブホの中で部屋がわからないと電話がかかってくるわ、プレイ終了時間になっても降りてこないから電話をかければタイマーをセットし忘れていたから気づかなかっただの、車乗ってからお金受け取るの忘れただの言い出したりととんだ問題児である。
名前でインパクトを狙う必要なんかないくらい、強烈な存在だった。
未経験者が好まれるこの業界ではあるが、多分そういう意味じゃない。
少なくともドライバー兼ボーイをしているこちらからすれば常に迷惑かけられっぱなしである。
「あぁ……もう!」
オレはUターンしてラブホに戻り、受付に事情を話し、中に入る。
うす暗い照明の中に部屋番号が表示されているタイプのうちの提携してるホテル。確かに見づらいっちゃ見づらい。
「流石に階くらいは間違ってないと思いますけど……」
きょろきょろと絨毯の敷いてある、雰囲気のある廊下を歩いていく。分かりにくいっちゃ分かりにくいかもしれねぇけど、迷子になるほどでもないだろ……ここ。
暫く廊下を歩いていると、行き止まりのところで見覚えのある薄い水色の髪が見えた。
「HiMERU」
「! さざなみ! ちょっと困ってたんですけど……決して迷子になったとかじゃなく……その」
「あーー。ハイハイ。大丈夫っすよぉ」
とりあえず、バックレようとしたわけでもないことに安堵する。
無理強いするつもりはないが、直前で嫌になったとかではなくてよかった、とは思う。
偶にいるから。
泣かれたりすると、結構困る。オレにはどうすることもできないし、何より罪悪感が湧く。
泣いているキャストに、今から彼氏でもない男に性的奉仕をしてこいと送り出すのは仕事とは言え、目覚めが悪い。
「あんた、状態は大丈夫なんですか」
「ぼくはいつでも大丈夫なのです」
とりあえず確認。驚くほど無垢な返事が返ってくる。
ほんと、これだけ聞くとちっともこの業界に居る人間に見えねぇんだよなぁ。
「じゃあ、案内っすからついてきてくださいねぇ?」
HiMERUが付いてきたことを確認して薄暗い廊下を歩きだした。
「おつかれさんです」
「おつかれさまなのです」
聞いていた時間にちゃんと降りてきたことに安心して車を走らせる。120分コース。
いろいろ難ありだけど、客からは人気なのかもしれない。あとで茨に聞いてみっか?
「さざなみ……」
「なんっすかぁ?」
色々世話焼いている(焼かされているの間違いかもしれない)うちに妙に懐かれたのかオレのことを名前で呼んでくる。
ただのボーイであり、ドライバーなんで名前呼ばれることはそうそうないのでなんとなく物珍しさがある。
っつっても呼び捨てではあるが。気にしないけどさぁ。
「本番するってダメなことではなかったのですか」
「ぶほぉ!?……はぁ!?」
思わずアクセルを踏みすぎるところだった。それはなんとか抑え込んだが……。
今、あんた、なんつった?!
「挿入れたいって言われたから、断ったのですけど……。みんなやってるよ。やってないのはHiMERUくんだけだよって言われて……」
「やってねぇよ。なんだそのクソ客。なんでしたっけ? 〇〇さんでしたっけ? それが本当なら出禁ですよぉ」
「本当なのです。ぼくを疑うのですか」
「あんたの素直さだけは何よりも信用してるから気にすんな」
「……それはどうもなのです」
「で、あんたはどうしたんですか」
「いっぱい言われてよくわからなくなっちゃったのです……。ぼくがおかしいのかなって。だからさざなみに聞いたのです」
「……はぁ」
つまり良いように丸め込まれたってわけだ。あまり狡猾さとかどう見てもないもんなぁあんたは。
ズルして、本番して、指名返してもらおうだの、チップ貰おうだの考えてない。
勿論ダメっちゃダメだけど、それくらいのずるがしこさは持っていてほしい。不安になる。
「何かもらったんすか。お金とか」
「あっ。ちゃんと今回は最初に料金を受け取るのを忘れなかったのです」
「いや……そんな自慢気に言われても……。このまえは良い客だったからちゃんと払ってくれましたけど、貰ってなかったらあんたの給料なくなりますよ……。ということはつまりただで本番やらせたんすか、あんたは……」
お金貰えばやってもいい、というわけではないが、あまりにも便利に利用されてて可哀想になってくる。
どう見ても向いていない。
「それ、ほかのひとには言わないでくださいねぇ? 最悪クビになりますよあんた」
「……でも……みんなやってるって」
「やってない。いいか。それはただのクソ客の屁理屈だ。法螺吹きだ。デタラメだ」
「……そうなのですか」
思ったより落ち込んでしまったようで、後ろのシートから暗い声が聞こえてくる。
「何言われたんか、わかんねーっすけど……。ちゃんと断った方がいいっすよ……」
キャストを守るのが仕事とは言え、ここまで面倒見てやる義理はない。違反行為をしたキャストが普通に店から除籍される。
何もおかしなことはないのだ。
掲示板や風俗情報やらで、あそこは本番ができる、と書かれたら他のキャストにも被害が及ぶ。
それなのに……そういう輩には、違反行為をするキャストには何を言っても無駄だとわかっているのに。
何故だか、あれこれ言ってしまう。
オレらしくもねぇ……。世話焼きまくって情でも湧いたのかオレは……。
うんうんうなりながら、法定速度ギリギリの速さで夜の街を走らせる。
「HiMERU」
「なんですか……」
「また言われたらちゃんと断れ」
「怒ったりしませんか」
「ないとは言い切れねぇけど……」
「……」
「でもそうなったら呼べ。すぐ行くから。勿論オレの手が空いてないときは他のやつが行くけど。でも……心配するな」
信号がずっと青続きで、車は止まることなく走っていく。もうすぐ待機室に到着しそうだ。
これからHiMERUがどうしていくかはわかんねぇけど……どうか……潰されないでほしい。
あんたのその、明るさはわりと救いになってんだ。こんなとこでやめていかないでほしいんだ。
なんて……ちょっと私情入りすぎな気もしますけど。
後日、本番を迫られたとき断る練習に付き合えと連絡が来たときにはなんかまずいことをした気分にはなったが。