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    まもり

    @mamorignsn

    原神NL・BL小説置き場。

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    まもり

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    両片想いのもどかしさは正義だと思って書いた作品です。

    #万蛍

    甘い鎖生まれて初めて恋をした。

    (か、かっこいい……)

    死兆星号から少し離れた所の浜辺。
    船を訪ねてみると彼がいなかったもので、ならおそらくこの辺りだろうと駆け足で来た。頻繁に遊びに来ているせいか彼の行動範囲が何となく分かってきて勝手にひとり鼻を高くする。

    お目当ての少年は既に見つけていて、木の後ろからこそりと眺める。どうやら鍛錬中らしく真剣な表情で刀を振っていた。
    永遠の国・稲妻から来たという彼の名は、楓原万葉。
    きめ細かく真っ白な肌は雪のよう。その中で輝く緋色の瞳は、コントラストも相まって目を合わせると一瞬射抜かれたかのような錯覚に陥ってしまう。
    優美だが凛とした強さも感じられる……そんな少年に、私は恋心を抱いている。

    (要するに、美しいんだよ……)

    脳内で台無しなまとめ方をしつつ覗き魔と化す。居合抜きをした万葉の髪から汗が散り、夕日に反射してキラキラしながら消えていった。刀を下ろし、額を手の甲で拭って一息つく彼。タオルを差し入れたい衝動に駆られる。

    「……見ているだけで良いでござるか?」

    万葉が刀を鞘に納めながら言った。気付かれたのか?いやしかし、視線は砂の上……。

    「ふむ……ならばこちらから行こう」

    目が合った気がして慌てて木の裏に隠れる。そんな努力も虚しく。

    「──見つけた」

    悪戯っぽい笑みを浮かべた万葉が、ひょいと覗き込んできた。思いの外顔が近かったもので頬が熱くなる。

    「さ、流石だね、万葉。耳、いいもんね」
    「ふふ、それもあるが……あのように熱い視線を送られては気付くなと言われても無理な相談でござるよ」

    一体、どんな目をしてしまっていたのか。考えたくもなかった。

    「いつものように話しかけてくれば良いものを。何故遠くから見ていたでござるか?」
    「それは……その、三日連続で、遊びに来てたし。いい加減、鬱陶しいかなって……」

    万葉と話せるのが嬉し過ぎて暇さえあれば死兆星号に訪れているのだ。彼とて遊ぶ為に滞在しているのではない。そんなことは分かっているが、訪ねては優しくしてくれる万葉につい甘えてしまっていた。
    気まずさに手遊びしていると、万葉が少し驚いたようにこう言った。

    「お主、そのような考えを持てる人間だったのだな」
    「そ、それどういう意味!?そりゃ馬鹿の一つ覚えみたいにワーッて遊びに来てたけど」
    「あはは!すまぬ、冗談でござる」

    思わずポカポカ叩くと万葉が笑いながら宥めてきた。そして漸く気を鎮めた私の髪を一筋すくいながら、

    「気遣いなど要らぬよ、好きに話しかけてくれ。お主といると落ち着くのだ」
    「え……」
    「拙者、なかなかに殺伐とした逃走劇を繰り広げてきたものでな。こうして触れ合っていると、それらが遠い昔のように思えてくるでござる」

    彼の過去についてはざっくりとしか聞いていない。だが、達観した境地に至るその空気感から数え切れない死線を乗り越えて来たことが伝わってくる。少年である筈なのに大人と話しているような気分にさえなるのだ。

    (人生経験豊富そう……)

    どうすれば彼の精神年齢に追いつけるのだろう?
    私が返事をしないものなので万葉がこちらの顔の前で手を振って言う。

    「蛍?どうした?」
    「……万葉って、何人と付き合ったことある?」

    沈黙。
    ちらりと見ると明らかに困惑していた。当たり前だ、脈絡がなさ過ぎた。

    「……答えねばならぬか?」
    「やっぱりいい」

    聞いたら聞いたでショックを受けそうな気がした。質問を変えてみる。

    「じゃあ、大人のお姉さん好き?」
    「………………」

    今度こそ真の沈黙が訪れてしまった。彼にしては珍しく眉根を寄せて考えあぐねている様子だった。

    「……じゃあ、さ」
    「まだ何かあるのか?」
    「私は………とも、だち?」

    言った瞬間、後悔した。
    こんな流れでこんな質問。好意を持っているのがバレバレではないか。
    バカだ、アホだ、私の駆け引き下手。バカ、バカ。
    嫌な汗が流れたその時、万葉の手が私の頬に触れかけて──

    「万葉!お前今日買い物当番だろうが!」

    突然の乱入者に二人して驚く。死兆星号の船員だった。鬼の形相で歩いて来る。

    「何時だと思ってんだよ!」
    「ああ……すまぬ、急ぎ買って来よう」
    「もう買ったっつの!いいから飯作るの手伝え!」

    船員に腕をグイと引かれ歩かされる万葉。戸惑いながら見送っていると彼が一瞬こちらを振り向いて、

    『ともだち』

    声には出さず、口の動きだけでそう言った。
    訳の分からない質問ばかりする私になんて優しい…………だけど。

    (友達、かぁ……)

    至って普通の表情だったように思う。言葉通りの意味に捉えられたのかもしれない。
    気持ちに気付いてほしかったのか、そうでなかったのか。自分でもよく分からなかった。
    『ともだち』事件から数日後、私は璃月港で生気が抜けたように買い物をしていた。

    (告白する前から終わった気がする)

    なぜあんなことを聞いてしまったのか。その場でも後悔したが日が経っても相変わらず後悔していた。

    (いや、まだダメだと決まったわけでは)

    どうも気分が上がらないので、ふと彼の好きな所を考えてみた。

    (かっこいい、優しい、大人っぽい……)

    ミステリアスな雰囲気があり、最初は警戒していた節すらあったのだが。

    (意外と冗談もよく言うんだよね)

    悪戯が成功した時の年相応な笑い方。彼がより近くに感じられて嬉しかった。
    パイモンが見様見真似で作った超絶不味い魚料理に閉口していたこともあった。
    それから…。

    (私、どんだけ万葉見てるの)

    彼の色々な表情が次から次へとポンポン浮かんでくる。知れば知るほど、もっと知りたくなる。

    (万葉は私のこと、ただの友達としか思ってないのかな?……考えなくても、分かるか)

    この間、はっきりと言われたではないか。

    (死刑宣告……)

    そもそも稲妻に着いたらもう関われないのでは。私は兄をさがす旅をしているわけで。万葉はそれに協力する義理も時間もないだろう。別行動確定な気がする……未来永劫。

    (まさかの"知り合い"に降格もあり得る)

    久々に彼を訪ねに行ったとして、彼女なんかできていようものなら。

    (無理。祝福とか無理。私、子供だもん)

    堂々巡りしていることに気付きダメージを受けていると。

    「それが欲しいでござるか?」
    「……え」

    声のした方へ顔を向けると万葉が紙袋を持って立っていた。

    「万葉!」
    「おはよう。港で会うのは初めてだな」

    予想だにしなかった邂逅に驚き半分、嬉しさ半分。

    「お、お買い物?」
    「うむ。この前、船員に怒られたであろう?今日はあの者と当番を交代したでござる」

    少し首を傾けてにっこりしてみせる万葉。サラサラの髪がその動きに合わせて揺れる。とんでもなく可愛い。

    「お主、拙者と好みが合いそうだな」
    「え?あ……」

    一瞬なんの話か分からなかったが、万葉が「それそれ」と言うように私が持っているブレスレットを指差した。考え事をしていて無意識に手に取っていたもので反応に困る。

    「えらく真剣な表情で眺めていたであろう?余程欲しい物なのか?」
    「や、これは」
    「カエデ。……稲妻では身近に存在する木でござる」

    万葉が何かを懐かしむような眼差しでカエデとやらの装飾が施されたブレスレットを見ている。その木については全く知らなかったのだが彼の名前の一部であり、何だか……万葉がとても大切な想いを抱いている風に見えたものだから。

    「う、うん……綺麗だなって。ほし、い」

    自然と、そんな言葉が出てしまった。
    よく見ると、彼の着物の模様と同じで。だから手に取っていたのかもしれなかった。

    「そうか。……どれ、拙者が買って来よう」
    「え!?」

    素っ頓狂な声を上げてしまったと同時に、ひょいっとブレスレットを万葉に取られた。

    「い、いいよ!そんな」
    「気にするな、昨日大物を釣り上げてな。気分を良くした船員に褒美を貰ったでござる」

    モラが入っているのであろう袋を万葉がジャラジャラと振って見せてきた。お小遣い……微笑ましくてつい和んでしまった。

    結局、ブレスレットを買ってもらうに至り。

    「あ、ありがとう……!」
    「礼には及ばぬ」

    万葉からのプレゼント。感激してどう気持ちを収めればいいのやら。本当は飛び上がってはしゃぎ回りたい。満面の笑みでブレスレットを眺めていると、ふと彼が遠くを見ていることに気付いた。

    (海の……向こう?)

    何だろう、なにが見えている?
    憂いを帯びた眼差し。初めて見る表情だ。

    「万葉……?」

    おそるおそる呼ぶと、すうっと彼の視線がこちらに流れる。緋色の瞳が、ブレスレットを映した気がした。

    「何でござるか?」

    いつも通りの笑顔。だけど、どこか違う。
    今、何を……隠した?

    (………稲妻)

    まだ見ぬ異国の風景が目の前に広がった気がした。「なんでもない」、そう答えながらも一つの考えが浮かぶ。

    「ここにいて。すぐ戻るから」

    万葉の返事は待たず急いで踵を返す。
    五分ほど経って帰って来た私が彼に渡した物は。

    「これは……」
    「万葉も好きなデザインなんでしょ?あげる」

    同じ、カエデのブレスレット。
    万葉が手のひらのそれを暫し見つめる。

    「……良いのか?」
    「もちろん!……お、お揃い、になっちゃったけど」
    「……お揃い」

    意図せず大胆なことをしてしまった。少し恥ずかしい。いやでも、友達でもお揃いで何かを買う時ってあるではないか。おかしくはない、はず。誰に言い訳をしているのかはさて置き。

    「か、万葉……なんか、寂しそうだったから。元気……出た?」

    目をあちこちに泳がせながら聞くと万葉の瞳が僅かに揺れた気がした。

    「……ああ、感謝する。優しいのだな、お主は」

    そう言って万葉がブレスレットを口元に持って行き、

    「……大切にする」

    目を閉じた。
    仕草も表情も、綺麗過ぎて。

    (待って、いきなり、そんな反応しないで)

    暴れ狂う心臓を必死に抑えつける。耐えろ、耐えろっ……ここでジタバタしたら変な奴確定だ!
    脳内で「もう限界」と書いた紙を掲げた自分を撃退していると、万葉が手を下ろし。

    「心の内を見抜かれるとは……拙者もまだまだでござるな」
    「へ?」
    「いや、気にするな」

    意味深な発言をしてきたかと思うと、「もう帰らねばまた怒鳴られる」と笑って歩き出してしまった。よく分からないまま万葉にお別れを言い、手を振る。

    昼前の璃月港は活気がある。人々の声でいっぱいで。だから、

    「お揃い、か……。随分と可愛らしい──鎖でござるな」

    万葉への別れの挨拶は聞こえていたか、その返事はあったのか。
    分からずのまま私も帰路に就いたのだった。





    次の日。

    早速ブレスレットを着けた私は、万葉に見せに行こうと身支度をしていた。すると、だらしなく寝転がっていたパイモンがころりと横に来て、

    「それ、服に合ってなくないか?」
    「なんてこと言うの!幸せムード壊さないでよ」

    率直な感想を叩きつけてきたものだから憤慨する。
    まあ確かに、異国情緒溢れるデザインで多分きっとおそらくパイモンの言う通りチグハグなのだろう。しかし合う合わないの問題ではないのだ。

    「これはね、愛なの。愛」
    「気持ち悪いぞ」

    パイモンがここまで話の分からない子だとは思わなかった。その後何を言っても無視された私は頬を膨らませながら部屋を出たのだった。




    「万葉!遊びに来たよー!」

    海岸沿いの崖下で涼んでいる万葉の元へと走って行く。こちらに気付いて持っていた葉っぱを風に流すのが分かった。得意の草笛を吹いていたのだろう。

    「蛍。今日も元気だな、お主は」
    「えへへ、昨日ぶり〜」

    横に座って笑いかけると穏やかな笑みを返してくれた。話を振られるのが待ち切れなくていそいそと手首を指差して見せる。

    「早速でしょ?」
    「確かに。早いでござるな」

    クスッと笑う万葉。
    もどかしげにしていると、「分かっている」という風に袖を少しずらしてブレスレットを見せてくれた。気持ちを察してくれたこと、彼もまた着けてくれていたことが嬉しくてぱぁっと表情を輝かせると、優しい微笑を向けてきた。万葉らしい、私の大好きな笑顔だ。

    「あのね、この間、パイモンがね……」

    他愛のない話をし、万葉が時折笑いながら聴いていて。特に面白い話題がない、若干困った様子の彼にそれならばとねだった草笛を聴かせてもらい。ゆったりとした時が流れていく。
    やがて、オレンジ色に輝く太陽が水平線に沈み始めて。
    波の音にただ静かに耳を傾けながら、同じく海の声に浸っている万葉を見る。
    夕日に染め上げられた彼はいつも以上に大人びているように感じた。僅かに瞼を伏せ、白波を見つめている。

    (故郷のこと……想ってるのかな)

    死兆星号が稲妻へ向けて出航する日は着々と近付いている。私も万葉も、これからどんな試練に立ち向かっていくのだろう。
    ……これから、どんな関係になっていくのだろう。
    兄のことを考えると、一刻も早く稲妻に行きたいと思うのだが。

    (万葉と……話せなくなる日が、近付いてるのかな)

    心臓を掴まれたような感覚がした。

    (やだな、私。酷い妹だ)

    本来の目的を忘れてしまったのか?
    けれど、兄と同じくらい万葉も大事で。その気持ちに嘘は吐きたくなかった。

    緩やかな風が吹く。
    万葉が気持ち良さそうに目を閉じた。彼の髪がなびく。

    (綺麗……)

    夕暮れ時だからか。万葉があまりに儚く見えたからか。胸が締めつけられて。

    彼を……繋ぎ留めるものが、欲しくなった。

    「……万葉」

    万葉が、ゆっくりとこちらを向く。
    鼓動が速くなっていく。呼吸が……上手くできなくなっていく。

    「私、ね」

    相槌はない。

    「私、万葉の、ことが」

    そこまで言って……言葉を失った。
    万葉の瞳が、色を失くしていく。

    (──え……)

    彼の心が読めない。心臓がドクドクと嫌な音を立て始める。
    何か……何か、言って。ううん、言わなきゃ……焦燥感に駆られて、

    「──拙者はお主を、大切な友人だと思っている」

    さざ波。風の音。鳥の声。何も……聞こえなくなった。
    平坦な万葉の言葉。その気持ちに嘘はないのだろう。でも、あまりにも。

    (明確な……拒絶)

    目が、合っている筈なのに。

    (どこを見てるの……?)

    まるで私から視線を逸らしているかのようで。

    (……駄目だ)

    言えない。怖い。
    これは、万葉の最大限の優しさなのだ。
    彼もきっと、思っている。

    ──口にしなければこのままでいられる、と。

    「…………あ」

    いけない、頑張らなきゃ。

    「……えっと、用事、思い出しちゃったな」

    頑張らなきゃ。

    「帰る、ね」


    ──泣かないように、頑張らなきゃ。



    心とは裏腹に涙が頬を伝い、急いで拭う。見られてしまっただろうか。
    万葉が何か言おうとしたのが分かったが、耐え切れず走り去ってしまった。




    もう何日間、万葉に会いに行っていないのか分からない。

    (稲妻に行く日……目の前だなぁ)

    璃月港でひたすらにぼうっとしながら座って空を見上げる。ああ、鳥になって飛んで行きたい。誰も私を知らない場所まで行ってしまいたい。

    (万葉、絶対気にしてるよね。あからさまに避け過ぎじゃない?私)

    彼は友達でいたい、らしいのに。

    (こんな状態で船乗るとかめちゃくちゃ気まずくない?当日、物置にでも引きこもっとこうかな)

    船内にそんなものがあるのかは不明だが最早会わせる顔などどこにもない。
    駄目だ、少し前向きになってみよう。

    (私が思ってるほど向こうは考えてないかもよ?どうせ稲妻着いたら別行動なんだし。友達一人減っちゃったなー、まあいいか的な。自意識過剰なんだよ、私。ちょっと話したくらいで……)

    更に深手を負ってしまった。何をしているのだ自分は。項垂れて溜息をついていると、

    「君、周囲の視線をもっと気にするべきだよ。凄く目立ってる」
    「え?」

    顔を上げる。目の前に立っていたのは。

    「行秋!」
    「やぁ。何してるんだい一人で頭抱えて」

    そう言って、難しそうな本を持った行秋が横に座ってきた。図書館帰りだろうか。

    「悩んでるの。ほっといてよ……」
    「へぇ、君って落ち込んだりするんだ」
    「ケンカ売ってる?」

    睨みつけると「そう聞こえた?被害妄想だよ」とまた憎まれ口を叩いて本を開ける行秋。悠々と栞を取る。

    「もう、どこか行ってよ」
    「僕はここで本を読みたいんだ。君に邪魔する権利、ある?」
    「……ないけど」

    公共の場だ、やむを得ず譲る。

    「じゃあ私が移動する」

    重い腰を上げようとしたその時。

    「恋って厄介なものだね」
    「!?な、なんで恋愛の悩みって分かったの!」

    あまりの衝撃に行秋の腕を掴んでしまった。するとにっこり笑われ、

    「あれ、独り言だったんだけどな。ふぅん、そういう悩みなのか」
    「っ……嵌めた!!」
    「何を勝手に妄想してるんだい?怖いなぁ」

    こ、この男はっ……。
    ぐぬぬ、と黙らされながらも座り直す。殴りたい、今すぐ殴りたい。

    「で?告白して大玉砕したとか?」
    「…………違うもん」
    「おや、当たったようだね」
    「告白する前にフラれたの!!」

    「それは予想外」、クスクスと笑う行秋。本気で突き飛ばして椅子から落としたい。
    行秋が「今は君の方に興味がある」とでも言いたげに本を閉じて頬杖をつきこちらを見た。

    「それで?もう諦めたの?」
    「え……」

    ドキッとした。そんな発想、なかったもので。

    (諦める……)

    確かにフラれたのなら身を引く、しか。しつこく言い寄ったとして、今度こそ本当に友達ですらいられなくなったら。

    (……怖い)

    それは、嫌だ。
    万葉と話したいことがまだまだ沢山あるのだ。
    私が黙り込んでいると行秋が足を組みながらほくそ笑んだ。

    「即答できないってことはその程度の気持ちだったんじゃないか?悩む時間が無駄だね、次行けば?」
    「……!」

    目の前がカッと赤くなった気がした。
    私がどれだけ傷ついているかも知らないで。
    「その程度」な訳、ないではないか。

    (私は……、私は、万葉が、本気で)

    「好き……っ!」

    行秋の方へ身を乗り出してそう叫んだ。

    瞬間。

    (──え)

    万葉が、立っていた。
    私を見て、目を見開いている。
    久しぶりに会ったせいで咄嗟に反応できない。まだ、心の準備が。

    「あ……、おは、よ……」

    途切れ途切れに言う。行秋が何かを察したような顔をして口を開いた。

    「挨拶なんてしてる場合?」

    呆れた表情の行秋。何が、何やら。
    万葉の方を見ると。

    (え……?)

    すう……と、緋色の瞳が翳っていく。
    強い風が吹いた。
    白銀の髪が、彼の口元を隠して。

    「っ……あ」

    何も言わず私に背を向け歩き去って行く。
    どんな顔をしていたのか分からなくて、私自身もどういう目で彼を見たらいいのか分からなくて……動けなかった。

    「……君、ちょっと馬鹿過ぎない?」

    行秋がやれやれと頭を横に振って話しかけてくる。

    「何、が」
    「確実に誤解されたよ」
    「誤解?」
    「あーあ、どこか行っちゃった。こういう時はね、追いかけないといけないんだよ?」

    意味がよく分からない。
    いよいよ行秋が大きな溜息をついて、

    「いいから行け。走れ」

    万葉が歩いて行った雑踏の方を指差し、その声がやけに怒って聞こえたもので急いで立ち上がってしまった。



    (追えって、言われても)

    どこに行ったのか分からないし、そもそも。

    (まだ普通に話せる気がしないよ)

    行秋は私に何を伝えたかったのか。
    息を切らせながら璃月港内を走り回る。そうして結構な時間が経ち。

    不意に万葉の翳った瞳がフラッシュバックした。

    (万葉、悲しんでた……?)

    一瞬のことだったから正直自信はない。
    だが、もしそうならば。

    (きっと、こっち……)

    方向転換する。
    居てくれたらいいと願って。




    波の音がする。
    彼を避けていたものだからとても久しぶりに浜辺まで来たように思う。

    (あの日を思い出すから、あんまり見たくはないんだけど)

    それでも……ホッとした。
    ──やっぱり、ここに居てくれた。

    「万葉」

    俯いて座っている彼が居た。私の声に反応して顔を上げる。

    「──見つけた」

    いつかの彼と同じようにそう言って笑うと、万葉が驚いた表情をして唇を震わせた。

    「何故、此処が」
    「うーん……想像、だけど」

    一呼吸置いて彼のそばに座る。取り敢えず逃げられることもなく、また安心した。

    「万葉って、静かな所が好きなんだろうなぁって。いつも自然の声に耳を傾けて落ち着いてるもの。だからね……傷ついてる時は、人混みから離れたがるんじゃないかなって。雑音で乱されるの、嫌でしょう?」

    そう言うと、彼が少し……呼吸を止めた気がした。そして、目を伏せて小さく息を吐き。

    「……嬉しい」

    一言だけ呟き、控えめに笑って私のブレスレットにそっと触れてきた。
    胸が高鳴ったが穏やかな空気感に不思議とパニックにはならず。

    「……先程」
    「え?」

    彼にしては珍しく、目を合わせてこない。言葉に詰まったように視線を彷徨わせた後、

    「好きだ、と」
    「っ!?」

    心臓が跳ねる。
    はっきり言って怒りのあまり出た台詞だったので記憶が曖昧で。

    (わ、私、もしかして「万葉が」って言っちゃってた?)

    心の声のつもりだったものまで口にしていたのか?
    みるみる内に顔が熱くなるのが分かった。万葉がそんな私に気付いて、ブレスレットに触れている手を強張らせた。

    「あ、あれは、その、行秋が」

    少年の名を口にした瞬間。
    万葉が泣きそうな表情をしたように見えて。
    彼の指が、私の唇を塞いだ。
    揺れる緋色の瞳。

    ──それ以上、言わないでくれ。

    そう、訴えかけられた気がした。

    寄せては返す波。
    その音で、時が止まってはいないことを知る。

    「……すまぬ」

    万葉が弱々しく手を下ろしていく。

    (………誤解)

    行秋の言葉の意味に漸く今、気付いた。
    なるほど、確かに私は……大馬鹿者だ。
    自嘲気味に笑う。
    万葉を見ると、また瞼を伏せていて。指先で紅の貝殻をなぞっていた。

    (カエデの……色)

    そんなに寂しそうに……しないで。

    「そばに、いるから」

    万葉がこちらを向く。
    彼の手をとり強く握って、真正面から見つめる。

    「私、万葉が好き」

    彼が息を呑んだのが分かった。
    その美しい瞳の中に私を映して、逸らさずにいてくれる。

    「大好きなの。だからさ、友達じゃ……もう、我慢できないよ」

    私らしく、にかっと笑って告げた。
    万葉の目が一瞬だけ煌めいて、でもすぐにまた昏くなっていく。

    「拙者は……お主を」
    「本当のことを教えて」

    強い声音で遮る。

    「万葉……そんな目で話す人じゃないよね?本当の気持ちを、教えて」

    私の真剣な眼差しに気圧されたように彼が怯んだ。
    長い沈黙が降りる。
    潮風に乗った砂が紅い貝殻を隠した。

    「……お主と、繋がっていたい」

    彼の次の言葉を、待つ。

    「──離れたくない」

    滲んだ緋色が私を貫いた。
    今にも零れ落ちそうなほど潤んでいる。

    「拙者はこのような身の上だ。お主と、旅の目的だって違う。故郷に着いてしまえば、共に行動する理由も……。だから、自分の気持ちに……蓋を、せねばと」

    万葉が下を向く。雫がひとつ落ちて、砂に染み込んでいく。

    「それなのに、あの少年といるお主を見て苦しくなったでござる。流浪人などより余程お主に相応しく思えて……だが、それでも、取られたく……なくて」

    彼が、繋いだ手を自身の方へと持って行く。

    「お主と自分を結ぶものなど、あっても辛くなるだけなのは分かっているのに」

    祈るように、ブレスレットに額をあてて万葉が言った。

    「どうしようもなく、嬉しかった……!」

    また、潮風が吹いて。
    海の匂いにゆっくりと目を閉じた。
    遥か遠くにある彼の故郷を想い、すっと……開ける。

    「……ありがとう」

    目元を赤くした万葉が私を見つめる。
    そんな彼の頬に触れる。

    「──ありがとう」

    もう一度言うと、彼が潤んだ瞳のまま……笑った。
    気が付けば万葉のことを見ていた毎日。彼の色んな顔が愛おしくて。
    今日のこの表情は、その中でもきっと忘れられない大好きなものになるに違いない。

    (泣き笑いなんて、なかなか見せてくれそうにないけど)

    そう思いちょっとだけ、笑って。

    「……ずっと一緒にいよう?たとえ離れた場所にいたとしても、本当の"そばにいる"って……そんな上辺だけの意味じゃ、ないよね?」

    少しの間の後、万葉が確かに頷いた。

    「……縁、か」

    呟いて涙を拭う彼に自然と気持ちが凪いでいって、柔らかな髪を優しく撫でてあげた。








    「……ここまで心乱されるとは、拙者もまだまだ」

    いつの間にか太陽は真上まで昇っていて。
    今になり恥ずかしくなってきたのか、貝殻を何となしに弄りながら万葉が言った。その仕草が可愛くてクスッと笑ってしまう。

    「どうにかこうにか……忘れてはくれぬか」
    「いや無理でしょ。というか、嬉し過ぎたし!普通に今日寝る前思い出してニヤけちゃう」

    へらへらしている私に万葉がむうっとしたような。また珍しい表情だ。調子に乗って「相思相愛、幸せ過ぎるよー」なんて言う私。認めよう、浮かれていると。

    (帰ったらすぐパイモンに報告しよ、びっくりするだろうなぁ〜)

    これでもう妄想癖とは言わせない。
    こんなにも紆余曲折があったのだ、喜び過ぎたっていいではないか。考えながらニヤニヤしていると、

    「帰ったらパイモンにすぐ言ってやろう……などと考えておるな?」
    「へ?」

    心の声を完璧に読まれて我にかえる。
    直後、彼のブレスレットがじゃらりと音を立てた。肩を抱き寄せられたことに気付いたその時、

    「っ……!!」

    キスを、されていた。
    完全に停止した脳が、必死に意識を保たせようとする。
    ふ…と唇が離れ、

    「……忘れたか?」

    至近距離に迫ったままの万葉にそう言われる。いくらなんでも、顔が近過ぎる。

    「わす、れてない。いや、一瞬、忘れた……かな」

    何とか片言になりながら返すと──

    「ならば忘れるまで……次は少し、深く」

    薄く笑った万葉に顎を持たれる。
    待て、いつもの調子を取り戻していないか?完全に顔が悪戯をする時の、それでは。
    既に全身が熱い。浮かれ過ぎた。今更「忘れた」と言ったって、離してくれそうに……ない。
    もう一度重なった彼の唇の感触に、私の顔は最早茹でだこ状態で。

    (これ……別の意味で、物置に避難した方がいいんじゃない?)

    とんでもない狼と繋がってしまった気がして、今度は私が目を潤ませた。
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