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    まもり

    @mamorignsn

    原神NL・BL小説置き場。

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    まもり

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    稲妻の魔神任務で万葉のムービーに感涙し、これらに万蛍要素があったならという妄想をした作品。

    #万蛍

    指切り。嘘をついたその時は、稲妻に平和が訪れた次の日。
    起きてから一時間が経過したというのに、私は未だふわふわとした感覚に包まれていた。

    (当然か)

    目狩り令の真実、淑女との死闘、そして影……。
    現実感がまるでない体験をしたのだ。今日一日、ずっとこんな姿を晒しているかもしれない。
    まあこれくらい許されるだろう。旅人は休憩、明日からまた頑張る。
    寝転がり、煎餅の入った袋をズルズルとだらしなく引き寄せる。宵宮に勧められて中毒になっているお菓子だ。

    (にしても、ほんと良かった)

    外から聞こえてくる人々の明るい声に微笑んだ。これからの稲妻は見違えるほど素敵な国になる。確信があった。私は影と八重神子の邂逅をこの目で見たのだから。

    (何度も死にかけたけどほんと良かった)

    そろそろ心臓に毛が生えることだろうと全く嬉しくない感想を抱きながら、煎餅をバリッと一口噛んだその時。

    「蛍!」
    「どわっ!?」

    いきなり障子が開いたものなので可愛さの欠片もない悲鳴をあげ煎餅を落としてしまった。ああ、畳の隙間に破片が……!

    「あはは、寝転んでそのような……お主、稲妻人らしくなってきたでござるな」
    「万葉……」

    呑気に言ってきたのは浮世離れした少年・楓原万葉。
    稲妻を巡る旅、気付けば最初から最後まで関わっていた男の子だ。優しいし頼りになるのだがこうやってからかってくることもしばしば。

    「笑ってる場合じゃないよ、掃除大変じゃん、これ」

    げんなりして破片を集める私の前に彼がしゃがんできた。にこにこして一緒に集めだしている。

    「手伝い終わったら拙者の頼みを聞いてはくれぬか?」
    「万葉のせいでこうなってるのに?」
    「きちんと行儀良く食さねばならぬと、良い戒めになったであろう?」
    「もう……。いいよ、何?」

    言っている内になんとか全て取り出せた、二人でやると流石に速いな。
    口を尖らせた私を万葉が微笑ましげに見て、

    「外出に付き合ってほしいのだ」
    「どこ行くの?」
    「それは行ってみてのお楽しみでござるな」

    肩をすくめる私。こんな感じにはぐらかしてくる時の万葉は絶対に欲しい答えをくれない、彼流の悪戯なのだ。諦めて頷くこととした。

    「分かった、付き合うよ」
    「誠か?ふふ、人気者のお主を捕まえねばと早起きした甲斐があったな」
    「人気、なのかなぁ?」

    確かに稲妻だけでも沢山の仲間に恵まれはしたが。

    「今日は拙者だけの旅人でいてもらおう」
    「残念、旅人お休みの日なんだよねー」

    煎餅の袋を片付けつつ返事をすると、万葉が「ふむ?」と可愛らしい反応をした。
    不意に影が落ちてくる。疑問に思って視線を移しドキッとした。

    「……ならば、一人の女性として独占するとしよう」

    急に大人びた雰囲気で見下ろしてきた万葉がいたのだ。先ほどまで年相応に笑っていたくせに。彼は時折こうして揺さぶってくる……すると決まって私の鼓動は速まっていくのだ。なぜなのか?
    満足したように目を細めた後、万葉があっけらかんとして言った。

    「よし、早速向かうぞ」
    「う、うん。……って、ちょっと!」

    抗議の声は無視されてしまった。待ってよ、なにこの手はっ……?
    当然の如く繋がれたそれを見て更に心臓の音が速くなる。恥ずかしさのあまりどうにか離してもらおうと思ったのだが、

    (……あ)

    そんな気はすぐに消えていった。
    黙ったまま歩きだした彼の横顔が、嬉しそうなのにどこか寂しげだったからだ。
    無意識に俯きがちに着いて行く私。

    (次の目的地は決まってる)

    知恵の国・スメール。
    結局稲妻では空に逢えなかった。まだ見ぬ異国の地で今度こそ逢えるだろうか。
    今の今まで、なんの迷いもなく稲妻を離れる予定でいたのだけれど……。

    (そっか、お別れなんだ)

    万葉とはとても長い時間を共にした気がする、一番最初にできた稲妻人の友達なのだ。この国に到達する前から沢山交流してきた。
    旅立つということは、彼がそばにいなくなるということ。
    どくん、と胸の辺りが嫌な音を立てた。
    繋いだ手の熱を感じながら、私は顔を上げられずただ万葉に連れられ歩き続けた。





    「着いたでござるよ」
    「え、ああ……」

    昨日の今日でヘトヘトだというのに三十分も歩かされた。朝ごはんが煎餅ひとかじりだったのも大きい。道中、"今朝は塩鯖だった"などと語っていた彼。恨めしいほどけろりとしている。
    溜息をついて到着地を見渡す。

    「……なんで、ここ?」

    死兆星号から降り、初めて稲妻の土を踏みしめた場所だった。海鳥の鳴き声が響いている。……え?遊ぶような所でもない、よね?
    困惑している私に万葉がのほほんと笑う。

    「思い出に浸れるであろう?」
    「ま、まぁ……」

    言われてみればそうだな。
    もはや馴染み深い光景と化したが最初の頃は見たこともないものばかりでワクワクした。ぽけーっと歩いて行き、

    「懐かしいなぁ、ここでトーマと会ったんだっけ」

    遠い昔のことのように思える。彼と綾華のお陰で第一歩を踏み出せたのだ。
    以前万葉にその話をしたことがある。うんうんと頷いて聴いてくれたのだけれど、最後に切なげな表情を見せられた。トーマの名に、親友を思い出したのかもしれない。

    「いきなり難題に挑戦するハメになったけどお世話になったよ、ほんと」
    「……ふむ、少々妬けるな。拙者が手とり足とりお供できれば良かったのだが」
    「指名手配犯だもんね」
    「元、と付けてはくれぬか?」

    困り顔をつくる万葉。つい笑ってしまった。
    彼が自由に故郷を歩き回れるようになって良かった。海を見つめる姿に安心感が芽生える。
    一度大きく頷き、万葉がこちらを見て言った。

    「さて、次の場所へ行くでござるよ」
    「へ、まだあるの?というか、ここはもういいんだ」
    「うむ、分刻みで予定が詰まっているのでな」
    「えええ?」

    私のリアクションにケラケラと腹を抱える彼。そうして、再度手を握ってきた。

    「いざ、名椎の浜」
    「は!?遠いって、ワープ使おう、ワープ!」
    「ふーむ。それもそうでござるな、なにせ時間がない」

    あっさり了承され思わずツッコミを入れた。

    「てかさ、さっきも使えば良かったじゃん!」
    「あの程度の距離を横着していては健康に良くないぞ。……というのは言い訳だな」

    もったいぶった口調で万葉が名残り惜しそうに手を離す。背中を見せられたかと思えば僅かに振り向いてきた。

    「お主と手を繋ぎたかったのだ、許せ」

    余裕のある笑み。
    この少年は、全く……!彼の中には天使と悪魔が混在しているに違いない。
    頬を赤らめた私にどうやら満足したみたいで、「何処へ飛ぶのが最短であろうか」とわざとらしく悩む素振りをしている。絶対分かってるでしょ。
    やれやれと首を振って彼のほっぺたをむにゅりと摘んでやる私。お返しのつもりだったのに結局喜ばせるに至ってしまったのだけど。




    名椎の浜はあの時と打って変わってとても静かで美しかった。

    「改めて来ると綺麗な所だね」
    「そうでござるな。いやはや、酷い目に遭ったものだが」

    九条裟羅率いる幕府軍との激闘が繰り広げられた地。抵抗軍と共に戦い、珊瑚宮心海と初めて出会った。現れたのは彼女だけではない。

    「まさか万葉たちに助けられるとはね」
    「お主の活躍、しかと見届けたぞ」
    「早く出てきてよ」
    「その気持ちは無論あったが……はは、軍師殿に叱られてしまう」
    「もう……」

    彼と再会できたことは素直に嬉しかった。雷電将軍を追っていれば必ずどこかで会えるとは思っていたがあんなにも早くそれが叶うとは。
    ゴローと話す彼を見た時はホッとしたものだ。大切な人を喪った万葉を支える存在……ちゃんと、稲妻にもいてくれた。トーマや宵宮もきっと、帰郷した彼の日常を明るく彩ってくれることだろう。

    (私がいなくても)

    ちくりと痛む。
    やだな、寂しがってるのかな……。

    (過去の人に、なるんだろうなぁ)

    空をさがす旅はそう簡単に終わらない、確信がある。もはや私たち兄妹の話だけでは済まない大きな渦の中に囚われている。稲妻に立ち寄る機会は、この先……。
    時間は誰もに平等に与えられている。
    私の旅が終わりを告げるまで、万葉の時が止まってくれるわけではない。

    (万葉にはどんな未来が待ってるんだろう?)

    感慨深げに戦の跡を見る彼。
    万葉はすごくいい人だ、尊敬に値する。こんな人物にはきっと沢山の幸せが降り注でいく。

    (私以外の誰かに、囲まれて)

    モヤがかった心に気付き、この感情の名を私は知っている……そう思った時、

    「大漁でござる!」
    「わ!?」

    万葉が無邪気にやって来た。両手いっぱいのかに……ちょ、ちょっと気持ち悪い。途中からやたらと駆け回っていたのはこれか。

    「拙者、蟹とり名人を名乗っても良さそうだな」
    「ダサい……」
    「む?それは褒め言葉でござるか?」

    懇切丁寧に説明するとホクホクした雰囲気から一転、おとなしくかにを逃がしてやっていた。
    おちゃらけた空気もそこまで。憂いを瞳に宿した万葉が呟いた。

    「……そろそろ行くか」

    場所は聞かずとも分かった。

    (……稲妻城)

    彼が雷電将軍と刀を交えた所だ。




    到着して暫く経っても彼は一言も話さなかった。自然と私も真剣な面持ちになっていく。黄昏時の稲妻城は夕陽に照らし出されて幻想的だった。ここで昨日、少年が強大な者を相手に命を賭して戦ったのだ。

    あの表情の万葉を見るのはおそらく最初で最後。
    それほどに普段の彼とかけ離れていた。
    万葉の目に映ったのはきっと、雷電将軍ただ一人。
    周りの人間も、風景も、全てが燃え上がって消え失せたのではないだろうか。
    雷電将軍を討ち取ってみせる。その一心。
    冷静な彼は無謀な行動を避けたがる。けれど昨日は違った。
    たとえ消し飛ばされようとも構わない。今、この瞬間の為に駆け抜けてきたのだ。
    そんな覚悟が見えた。

    激しくぶつかり合う刀と刀。刹那、私はこの目で捉えた。
    吹き荒れる風の中、彼の親友の……神の目が光るのを。万葉を守り、共に戦っていたのを。

    思い出して熱い感情が込み上げた。
    彼の大切な人。確かにそこにいた。来て、くれたのだ。

    「夜が来る前に、最後の目的地へ行っても良いか?」

    万葉がこちらに背を向けたまま呟いた。間を置いて返事をした私に、

    「……感謝する」

    彼が小さく言った。




    着いた先は私の知らない所だった。ここは?、聞こうとしてやめる。
    眩しいほどの橙色が彼を照らし出した。
    一点だけを見据える、静謐な横顔を。

    (……刀)

    遠くて細部までは見えないが……地面に一振り、立っている。
    万葉の髪が風になびいた。
    全てを悟った私は一歩、退がった。

    「蛍?」

    それに気付いて彼が私を見る。

    「行ってきて。……私は、行けないから」

    夕陽が輝きを増した。
    星は命尽きる間際に激しく燃え光る。
    太陽も、沈みかけの一瞬が最も美しい。

    「……拙者は惹かれてやまぬ。お主のその心に」

    穏やかに微笑んだ万葉が、ゆっくりと私に一礼した。
    そして落ち着いた歩みで親友の元へ向かってゆく。
    時間にしてみればほんの数分間だった。けれど神聖さすら感じられた彼の後ろ姿に私は永遠を見た。

    陽が沈む。沈んでいく。
    行きと同じ足どりで帰ってきた彼はもう、あの神の目を持ってはいない。
    私の目の前で立ち止まった万葉の──流れたひと雫が、オレンジ色に光った。

    「……雷霆に相対する者」

    静かな、しかしはっきりと響いた言葉。

    「拙者はお主がそうなのだと思っていた」

    私は頷くこともしない。髪が肌と擦れる僅かな音すら出したくなかった。

    「……だが、違った」

    俯いて……万葉が声を震わせ顔をあげた。

    「──拙者自身も、そうだったのだ」

    ぼろぼろと、緋色の瞳から涙がこぼれていく。
    彼が縋るように私を抱きしめた。

    「奴は強くて勇敢で、誰よりも優しかった……脳天気な拙者はいつも、叱られていた」
    「……うん」
    「その度に"仕方のない奴だ"と乱暴に頭を撫でられて……それが拙者はとても嬉しかった」

    もう一度相槌を打って、そっと抱きしめ返す。

    「死兆星号の者たちに助けられて……幾度も言われた。"強いんだな"と、"若いのにちゃんと自分を持っているのか"と」

    太陽が最後の輝きを見せた。
    私を抱く手に、力が込もる。

    「本当は……本当はずっと、悲しかった……っ!」

    それは叫びに近い訴え。強くなど、ないんだ。万葉が弱々しく言った。
    彼を昼行灯だと呆れ気味に評した人を見たことがある。的外れもいいところだ。
    激情を内に秘め、独りで耐え忍んできただけなのだ。
    誰かに"支えてほしい"とたった一言すら言えずに生きてきたのだ。

    「頑張ったね」

    愛おしむように呟き、私は万葉の髪を撫でた。背中をあたたかい涙が伝って流れていく。

    「……少しは、奴に胸を張れるであろうか」
    「当たり前だよ。今頃びっくりしてるかもね」

    笑って言うと、彼もクスッと肩を揺らしたのが分かった。

    「……ありがとう」

    その言葉には多くの意味が込められていることだろう。
    万葉との思い出を辿ってきた今日を振り返る。私も彼も遠い遠い海の向こうからこの地へやって来た、それぞれの目的を果たす為に。

    『──星空の匂いがするでござる』

    はじまりの記憶。
    掴めそうで掴めない、涼やかで自由な風。
    心の奥底に炎を揺らめかせた者同士、いつしか互いにかけがえのない存在となっていた。

    「おつかれさま」

    万葉の旅は終わりを迎えた。
    今日から、彼の時間も稲妻の時間も進んでいく。
    先に永久の眠りについた人たちを想い、少しの切なさを抱きながら。
    それでも歩いてゆくのだ。彼らをおいていくわけでは決してない。大切な人なら……親友の生きた証なら、万葉の中にある。だから、悲しむ必要なんてないんだよ。

    頷いた彼が私から身体を離す。
    そうして、空を仰いで笑ってみせた。

    「見ていたか?……お主に捧げた拙者の一太刀を」








    暗がりの中、川辺を進んでいく。

    「うわ!?」

    つるりと足を滑らせ尻餅をついた私を万葉が立ち上がらせてくれた。こら、笑いを堪えているのがバレバレだぞ。
    未だ目元は赤いものの明るさを取り戻した彼に文句を言う。

    「なんで帰りはワープしないの?」

    にっこり笑顔でスルーされてしまった。なんなんだ、もう。
    彼の親友の元を離れ十分が経過。どうしてもワープしたくないらしい万葉にやむを得ず付き合っているのだが早くもゲッソリしてきた。だから煎餅かじっただけなんだけど?私!
    空腹もありご機嫌斜めな様子に気が付いたのか万葉が宥めてくる。

    「怒るお主も可愛らしいがやはり笑った顔が見たいでござるよ」
    「塩サバ食べた人はさぞお元気でしょうね」

    噴き出された。いや笑い事じゃないから!本気でお腹空いてるのに。

    「……ああ、漸くか」
    「なに?ご飯屋さん?」
    「ふふ、食すのは勧められぬな」

    意味が分からずにいると辺り一面が仄かに光を灯しだした。これは、もしや。

    「ホタルだ!す、すごい……!」

    数え切れないくらい飛び交っている。こんなに一箇所に集まっているのは初めて見た。
    ロマンチックな光景に言葉を失う私に、万葉が彼らと戯れながら話しかけてきた。

    「なかなかに趣深いであろう?穴場でござるよ、特別美しい川の周囲でしか見られぬのだ」
    「そうなんだ……!綺麗……」

    旅立ち前に素晴らしい思い出ができた。パイモンにも見せてあげたかったなぁ。
    はしゃぐ私をそばで見守る万葉。とても嬉しそうだ。
    明滅するホタルたちに見惚れ時間を忘れる。
    ふと彼が口を開いた。

    「蛍火」
    「え?」
    「この灯りを指す単語でござる。風情のある響きだと思わぬか?」
    「ほたるび……うん、確かに素敵だね」

    稲妻人は優美な言葉を沢山知っている。季節の移ろいを重んじて、雨だろうが雪だろうが趣を追求してきたのだそうだ。万葉を見ていてもありありと伝わってくる、自然に触れている時の彼はいつも以上に優しい空気感を纏っているのだ。

    「ホタル……夏の風物詩の一つでもある」

    万葉が私の手をとって指を絡めてきた。慌てかけたが、蛍火の中に立つ彼が現実離れした美しさだった為か不思議と落ち着いた。

    「四季折々の良さは甲乙つけ難いが、拙者は秋が一番好きでござる」
    「……カエデ?」
    「うむ。覚えてくれていたか」

    彼にとって大切なものらしい。以前話していた。
    少しの間を置いて「……だが」と万葉が続けた。

    「夏も同じくらい好きになった」
    「そうなの?」

    ホタルが彼の肩に降り立つ。愛しさを滲ませた表情でそれを見ていた。

    「……お主の名であり、光でもある」
    「どういうこと?」
    「蛍火はお主に似ている。あたたかくて、心安らぐ灯火……。改めてそう思ったでござる」

    万葉が目を閉じた。それなのに私は……視線を逸らせなくなる。

    「今日、共に歩いて来られて良かった。お主なくして拙者は今、ここに立ってはおらぬ。……お主と出会えたから、足を止めずにいられた」
    「……万葉」
    「夏が訪れる度……ホタルを見る度に、この日を思い出すであろう。なんと幸せなことか」

    緋色の双眸が開く。
    繋いだ手の温度が上がっていく。

    「春も、冬も……同じように、心待ちにしたい」

    私の指先に、彼の唇が触れた。

    「春夏秋冬、お主を感じていたい。そばにいてほしい。──愛している」

    幽玄な世界の中、ただ二人きり。
    他には何もいらない、誰もいらないと、強く思わせられた。
    時間など……止まってしまえばいい。そう、すれば。

    「わ、たし……いなく、なるんだよ?」

    うまく話せない。
    だって寂しいんだ。気付いてしまったから、私自身の気持ちに。
    空に逢いたい。だけど万葉と一緒にいたい。どうしてどっちかじゃなきゃダメなのかな?
    私が旅をしている間に忘れられてしまわないか不安だよ、嫌だ、忘れないで。
    一気に押し寄せてくる感情。必死に涙を堪える。万葉の顔が見えなくなるからだ。
    あと少ししかここにいられない。目に焼きつけておきたい。いつだって昨日の出来事みたいに覚えていたい。

    「すごく長い間、逢えないかもしれな…」
    「待っている」

    万葉の凛とした声に言葉をのみ込んだ。

    「ずっとお主を待っているでござるよ」

    私に目線を合わせてきて、柔らかく笑いかけてくる。

    「うそ……絶対、待ちくたびれる。忘れちゃうよ」
    「はは、心配性だな。……ならば」

    小指と小指が結ばれた。これは。

    「指切り……?」
    「うむ。お主は必ず拙者の元へ帰る。拙者はお主を待ち続ける。……ほら、始めるぞ」
    「え、わわっ……」

    万葉が楽しそうに手を振りだした。
    ゆびきりげんまん、うそついたら…。

    「嘘ついたら、どうなるの?」

    遮った私に彼がはたと止まる。「拙者たちは正直者であるから考えていなかったでござる」、よくもまあ口から出任せを……。思わず笑った私に万葉もつられて笑う。ふーむ、と彼が思案して、

    「拙者が嘘をついたら向こう一生分の料理当番をしよう」
    「なにそれ、どんな発想?でもいいね、万葉のご飯美味しいもん」

    面倒な家事が一つ減る。これは大きいぞ。
    そうだろうそうだろうと自信たっぷりに頷く彼にまたクスクスと肩を震わせ言った。

    「私が嘘ついたらどうしよっかなー」
    「考える必要はないでござるよ」
    「え?なんで…」

    小指は結んだまま、万葉が顔を近付けてきた。ホタルたちがふわりふわりと集まってくる。

    「その時は……拙者がお主をさらいに行く」

    一斉に、蛍火が舞い上がった。
    重なり合った唇の感触。
    本当に時が止まったのかと目を見開く私を万葉が熱の灯った瞳で見つめていて、



    「……指、切った」

    どう転んでも、私を離す気などないのだろう。

    至近距離で囁いた彼が両手で優しく頬を包みこんでくる。
    ああ、きっと今度は少し熱くて、長い重なり……。

    つかの間の心地良い幸福感に私はそっと、瞼を閉じた。
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