ねこまみれ「お前……何やってんだ?」
困惑気味に言うサンジに元々あったゾロの眉間の皺は更に深くなる。
「何って、見たまんまだ」
「いや……見たまんまと言われましても……」
我らがマリモ剣士は大量の子猫に群がられていた。
もぞもぞころころと動き回る毛玉がざっと二十はいるだろうか。白いの黒いの灰色の、縞柄斑模様に三毛。種類は様々だがみんな子猫でせいぜい生後三ヶ月そこらといった小ささだ。その毛玉達が胡座をかいているゾロの腹巻の中やら肩の上やら頭の上やら膝の上やらでもふもふころりんと戯れている。
可憐なレディ達やいかにも動物と戯れそうな年少組ならいざ知らず、柔らかくてほわほわしたか弱い生き物が凶悪な顔つきの剣士に一斉に甘えている状況にサンジの脳は大いに混乱した。なんだってわざわざおっかねえ魔獣に寄って行くんだ。この子猫ども動物のくせに生存本能が働かないのだろうか。
困惑顔のまま買い出しの成果を抱えて突っ立っているサンジであるが、ゾロだってなぜこんなことになっているのかわからないのだ。全身にマタタビの汁でも塗りたくったのなら話は別だが、特別なことは何もしていない。今朝補給のために上陸した島で船番を任せられ、鍛錬をした後芝生甲板で昼寝をしていただけだ。で、目が覚めるとこうなっていた。というか顔面に張り付いた毛玉の毛を吸い込んだせいで目が覚めた。飛び起きたら毛玉がにーにー鳴きながらバラバラと落ちたので大層慌てたのだが、それは黙っておく。
「っくし」
首元にしがみついている白い子猫の尻尾に擽られて起きた時のようにくしゃみが出る。海賊狩りだの東の魔獣だのといったおどろおどろしい異名からすると「ぶぇっくしょいオラァ!!」くらいのくしゃみをかましそうなものであるが、ゾロのくしゃみといったら実際はこんなものである。どうでもいいことだが多分女性陣を除けば一味の中で一番慎ましい。
「マリモのくせにどういうくしゃみだよ……おら、チーンしろ」
何やら項垂れながら荷物を芝生に降ろしたサンジがティッシュを鼻に押し当ててきて、洟をかませられる。子猫で両手が塞がっているからだろうが何やら幼児扱いされているようで据わりが悪い。
微動だにせず顰めっ面で口を噤み子猫まみれになっているゾロと、そのゾロを無言で見下ろすサンジ。にーにーと鳴く愛らしい声だけが響くシュールな光景に突入してきたのは腹を空かせた船長であった。
「ただいまー! サンジ飯ー!」
甲板に文字通りすっ飛んできたルフィはサンジに飯を要求しつつも目はゾロを探す。そして毛玉に群がられている姿を認め、「産んだのか!?」とすっとぼけたことを叫んだ。
「産むか!!」
「ヒトから猫が生まれるかドアホ!」
両翼から同時にツッコミを入れられるが、ルフィは「ゾロならいける、獣だし」と真面目な顔で頷く。
「獣ってのは間違っちゃいねェがこいつは雄だぞルフィ」
「間違っとるわアホコック」
「おれは人間だ!」と怒るゾロの口にふにゅっとしたものが触れた。左肩に乗った黒い子猫が小さな前足を伸ばして肉球を押し付けてきているらしい。
「こら、やめろ」
存外優しい声が出て自分でも驚いた。そっと前足を退けてやるとんみゅ、と甘えるような鳴き声で抗議される。肩から身を乗り出している顔も不満気に見えてきて思わずぷっと吹き出した。
眉間の皺がふわりと解けてから笑顔になるまでのゾロを二人の男は穴が空くほど凝視していた。サンジの口から火をつけていない煙草が落ち、ルフィは飛び付きたそうにそわそわする。
「やっぱ産んだだろ」
「産んだかも知れねェな」
「産んでねェっつってんだろ!!」
指差して言うルフィに神妙にサンジが頷いてゾロがキレる。と、また子猫の肉球が唇に押し付けられた。
「やァめろって」
やっぱり少し甘い声で前足を退けてやる。子猫はみゅ、と不満気だ。
「怒ってるママは嫌だってよ」
「誰がママだクソコック」
「ママ!? やっぱり産んだんじゃねェか!」
「いい加減そこから離れろアホ」
混ぜっ返すルフィにため息をつき、ゾロは胡座をかく自分の首から下を見下ろした。見事に猫まみれである。さてこの子猫どもどうしてくれよう。
「お前らどっから来たんだ」
膝の上で転げている三毛の顎をちょいちょいと擽ってやりながら尋ねるが答えがあるはずもなく、ご機嫌そうな喉を鳴らす音が返ってくるのみ。ふわふわした腹を見せてころりと転がったので仕方なく撫でてやった。
一匹だけ構っていればずるいずるいと言わんばかりに他の子猫が三毛を撫でている手に集まってくる。四方八方からもふもふぷにぷにぺしぺしと擦り寄られ踏まれ叩かれ右手は集中砲火だ。にーにーと一層騒がしい。右手に群がる子猫だけでなく三毛を押し退けようとする子猫やなぜか腹巻に頭から突っ込んでくる子猫などもいてゾロの膝の上はもうしっちゃかめっちゃかである。ただ一匹、緑頭の上で欠伸をするトラ猫だけは芝生でおねんねの風情で余裕を見せているが。
「こらお前ら、あんま暴れんな……っと危ねェな」
着流しをよじ登っていたグレーの子猫が爪を引っ掛けるのに失敗したのか、ゾロの手のひらにぽてっと落ちた。
「おれァ登り棒じゃねェぞ」
右手に群がる子猫らを適当に構ってやりつつ左手に落っこちてきた子猫を胸に抱えると、ぴったりくっ付いて擦り寄ってくる。ご満悦のようだ。ひとしきりすりすりと甘えるとその子猫はもぞもぞと左胸に寄ってきて顔を押し付け始めた。前足でもぺたぺたと触って何かを探しているらしい。
「何やってんだ?そいつ」
しゃがみ込んで観察していたルフィが首を傾げた時、ゾロの肩がビクッと揺れた。
「ん? どうした」
胸に抱えている子猫を凝視して固まってしまったゾロにサンジが声をかけるが、「いや……」とだけ言って微妙な表情をする。不審に思っていれば、あっとルフィが声を上げた。
「こいつゾロのおっぱい飲んでるぞ!」
「ルフィ!」
「おっ……!?」
ぎょっとしてゾロの胸元を覗き込んだサンジの目に映ったのは、ちうちうと子猫に吸われている乳首である。乳首を吸っている子猫ではない。子猫に吸われている乳首である。大変どうでもいい。
「見んなクソコック……」
「いや、見るだろ」
「近ェ! 見過ぎだ!」
ゾロの乳首が吸われている。なぜかほんのりピンク色でぷくっとしているゾロの乳首が。着流しになってからチラリズムには事欠かない乳首が。戦闘中にポロリさせることで敵の隙を突くハニトラアイテムのちk
「乳首乳首うるせェなこのエロまゆげ!!」
「おれ口に出してた?」
「全部出とるわ!!」
カッと頬を染めているのは怒りというより羞恥か。「可愛いな〜ゾロォ〜」とルフィが腰に巻きついた。子猫を潰さないようにいつもより少し緩めの抱擁だ。「可愛くねェ」と反論しつつも、こいつにもそんな気遣いが出来るのかと思うとゾロは少しだけむず痒い気がした。
子猫は依然として乳首を吸っている。当然いくら吸おうが何も出ないのだが、一生懸命に吸い付いてくる健気な生き物は何となく咎め辛い。どうしたものかと悩んでいれば、今度は胸の上でふみふみと足踏みのようなことをし始めた。
「ミルキングしてる……」
はわ……と腹の立つ顔をしたサンジの呟きにルフィが何だと問い返すと、サンジは子猫がミルクの出をよくしようと母猫の乳房をマッサージすることであると説明する。
「要はおっぱい出すためのマッサージだ」
「ゾロおっぱい出るのか!?」
「出ねェよ叩っ斬るぞ!!」
「おれも飲んでみてェ!」と一歩間違えれば変態オヤジな発言をするルフィの尻をサンジが蹴り上げた。
「おれのおっぱいをテメェに吸わせてたまるかクソゴム!」
「おれの乳だダーツまゆげ……」
ふみふみちうちうされながら青筋を立てたゾロであるが、こうもふわふわした生き物に囲まれているとなんだかもうどうでもよくなってきた。毛玉どもはあったかいし、天気もいい。一度は吹き飛んだ眠気も戻ってくるというものだ。くああ、と欠伸をしてゾロはごろりと芝生に転がった。
「あっ、ゾロ寝るのか?」
「おいおいまだ寝足りねェのかよ」
んん、とだけ返事して目を閉じるとじゃれついていた子猫達が寄り添ってきてぽかぽかしてくる。どこからやって来たものか結局わからないが、こいつらはきっとウソップ辺りが何とかするだろう。ゾロの意識はゆっくり心地いい眠りに誘われていった。
「あーあ、もう夢ん中だ」
「しししっ、かーわいいな!」
ゾロは普段の大の字ではなく、横になって子猫達を抱え込むように寝ている。それこそ母猫のようだ。耳と尻尾まで見えてくるような気がしてサンジとルフィは暫くその穏やかな光景を楽しんだ。
他のクルーが船に戻り、子猫まみれの愛すべき剣士を目撃するのはもう少し後のこと。