おさがり 首を伸ばしてロビンの後ろからそーっと本をのぞいてると、たくさんの腕に引っ張られて目の前に座らされた。
ロビンの腕でできたデカいイスに足を組んで思いっきってふんぞり返ると真っ暗になった、すぐに目の前が明るくなるとおれの腹に麦わら帽子。
「いらっしゃい船長さん」
「にっししし」
ロビンがにこにこしてるからおれも笑った、パラソルがおれの上に運ばれてきて太陽が隠れた。
テラスで遊んでるチョッパーとウソップと、すぐそこのマストで寄っかかって寝てるゾロに足がたくさん生えて船の部屋の中に運ばれてく。
「気ぃ使うなよ」
「趣味なの」
ロビンが足を組んでテーブルに肘をついたから、肉のイスの上であぐらをかくと、上から3つくらいの手で頭を撫でられて、背もたれから5本の腕が巻き付いてきた。
船の外には誰もいない、両手をひじ置きの手ににぎられ、いつのまにかからだ中触れるか触れないかのところでたくさんの手がおれに伸びてて大きな心臓の中にいるみてえだ、あちこちからロビンの血が蠢く音がする。
視線をそらさないまま手の1個にほおずりをしてやるとロビンの手は冷たかった。
「いい趣味だな、きもちい」
「お昼寝してもいいわよ」
「ハラ減って寝れねえ」
「だからごきげんななめなのかしら」
イスの足…の手にすねをなでられた。
怖え顔してんのかな、なんもしねえのに。
真昼間の晴れた空の下、自分の船の上で肉だるま。
ロビンの膝の上にある本をみるともう一度頭をなでられた。
「ゴア王国の本よ。知ってる?」
分厚くて人殴って殺せそうなくらい重たい本の真ん中には大きく裂かれた傷があった。
みどりいろのはずだった本は茶色く褪せて、付け根の端っこに燃やしたような跡がある。
「サボからもらったの」
「あひゃひゃ嘘いうなよ」
「本当よ、燃やそうとしてたところを」
「燃やすわけねえもん」
「ぼろぼろでもう何ページも抜けて、残りもほとんど落丁しかかってるけど、そうね、まだ読めるわ」
ロビンが困ったようににこにこしてるからおれもにこにこしようとした。
その本の爪痕は背表紙まで貫通してて、何度か抉ったように見える。
「いらねえわけねえもん」
おれの声がさみしく甲板に落ちると、背中をさすられて目を覆われ、ゆっくり背もたれが倒れて足が上がってサンダルを脱がされた。
「寝れねえって」
「朗読の練習しようと思って。つきあってくれる?」
「しょうがねえなあ」
濡れた指と指の隙間から赤と白のパラソルの模様が見えた。
みかんの風が通りすぎて肉の匂いがそれを追っかけてった、腹が鳴く、思えば昔は四六時中、夜がきたって3人全員ないてた。
『今日はどこ読む?エース』
寝る前のすっげえ怠そうなサボの声に呼ばれたことがない。
めんどくさそうに本ひらいて変な読み方して、なにかと理由つけてはエースとちゅっちゅかキスして、読み終わったらなんか怒って泣いてた。
サボは読みたくて読んでたんじゃない、エースがせがむから仕方なく。
「カメラ持った男の話。真ん中より後ろの」
読み聞かせ中おれがたまにエースのタンクトップから顔を出してみるとサボはエースの頭を撫でながらにこっと笑ってくれた。
遠慮と気遣いとよそよそしさがくっついたやさしさ。
出会ってすぐにサボとは別れちまったから、おれの中のサボはまだやさしいまんま。
目を覆われたままロビンの方を向いて両手を上げると大きい腕が生えてきて、それに抱きついて朗読を聞いた。
本もサボも、エースはなにがよかったんだろう。
もうわかんねえけど、この話も、やさしくなぞる手もカモメがなく声も、パラソルも波にゆれる船も昼メシの匂いも、猫かぶりのサボの記憶も、サボの知らないエースも、今は全部おれのもんだ。
昔はすごく長く感じた読み聞かせはすぐに終わった、真ん中穴空いて話が飛んでるからか、あんまりおもしろくない短い話だった。
「めでたしめでたし、なのかしら。他にも読む?」
「いらねえ。渡す時なんか言ってたか?」
「捨てれなかった、夜泣きしたら読んでやってくれ、ですって」
「にっしっし…泣いてねえんだけどな」
「でれししししし」
「なんだそれ」
「おまじないよ、泣きたくなったら使ってみて」
「ひゃひゃひゃっ」
涼しい肉のゆりかごの中のんびりロビンと喋ってるうちにうとうとしてきた。
そっか、サボは捨てられねえんだな。
次に目を開けると目の前いっぱいにブルックとジンベエの笑顔。
パラソルがなくて眩しい、楽しいにおいに体を起こすと胸と腹の上の読み終わった本と帽子がずり落ちた、テラスに大きなテーブルが運ばれてみんなで囲んでる、昼メシだ!
麦わら帽子をかぶって駆け出そうとしたとき、開かれた本からページが何枚もはがれ落ちて潮風に飛ばされた。
腕を伸ばして掴もうとしたら手の風圧で紙がすり抜けた。
重たくて分厚い本ののどにはもうなにもつっかえてない。
ロビンのゆりかごがふわっと消えて尻もちをついたらチョッパーとウソップがどたどた近づいてきて、いつかの幼い涙はすぐに遠のいた。