曇りの日「酒でも飲むか」
カーテンを閉め切った薄暗い室内。
電気をつけようとは誰も言わない。
ルフィが台所の収納に隠してたスピリタス500ミリを2本出して、小さなテーブルにプラスチックのマグカップを3つ並べた。
ショット2杯で死ぬやつもいるらしい、そんな酒をあふれるほど注いでるのを見てサボは泣いた。
「エースほんとに覚えてねえの?」
「なにが」
「前もこうしてくれただろ、こうして、盃を交わしてくれて、おれのこと兄弟にしてくれたんだ」
「そうかい。おれ前も死にたかったんだな」
「ちがうって言いきれねえ。ていうかこんなガソリンみてえな酒じゃなかった」
ティッシュを一気に5枚とって思いっきりかんで、また5枚とって一回だけかんだ、もったいな。
まだ充電コードで縛られてるルフィの前にもなまなみ注いでカップを置いた。
ルフィは顔を上げない。
部屋の真ん中は血まみれで、血まみれの原因が今押し入れの中にある。
「覚えてなくてもいいか。何に生まれかわっても何忘れてもエースはエースなんだ。それがうれしい。すき。もうだめたまんねえ首ったけ。ねえ今日から毎日年の数だけすきって言っていい?」
「いいぜ、雲の上でなら愛してやるよ」
「えっえっプライベートジェット載りたいってこと?いいよ♡3人で雲の上散歩しよっか♡なあルフィ」
冷や汗をかいたルフィは顔をあげず自分の震える指先を見てる。
サボは根元まで色が薄いまつげをぐっと持ち上げて喋り続ける。
「空の散歩したら、次の日は海行こう。ここらの海ちょっときたねえけど。あっでも夜はきれいなんだって、星といさり火のコントラストが」
「夜空もいさり火も見飽きた」テーブルに頬杖をついてスピリタスをちびちびのむとサボに取り上げられた。
「じゃあ公園とか?雪まだ積もってるから袋持ってこうぜ、ケツに敷いて丘からすべって」
「そんなの5歳で卒業だろ」おれのカップにスピリタスがちょびっとだけ注がれて差し出される。
「ゲーセン行ったことある?カラオケは?おれ行ったことなくて」聞きながらサボは瓶に残ったあまりを喉を反らせて飲む。
「なんでそんなにどっか行きてえんだ」
「生きてるからだろ!」
サボはテーブルに飲み干した瓶を叩きつけた。
割れた破片が飛び散る。
修羅麺みたいな激しい顔をしたサボは自分の目の前のカップをもち、おれとルフィのカップにこつんこつんと当ててそれも一気に飲み干した。
カップを3回テーブルに打ち付け、割れた瓶を壁にぶん投げる。
「どの口だよ死にてえ死にてえほざいてんのは!生きるのも死ぬのも自分で選べなかったくせに!」
「おいやめろおれ死ぬなら痛くねえほうが」
「もう海軍いねえんだぞ!エースはただのエースだ、次死ぬなんて言ったら」
そう言って勢いよく立ち上がろうとして、白目を剥いてぶっ倒れた。
近寄って突っ伏した顔を上げさせると痙攣して吹き出るみたいなゲロが出てきたから横に寝せる。
確実に死ぬ、ショットで死ねるのにひと瓶いっきなんて。
でも、このまつげも眉毛も髪もブロンドで、むずかしく長ったらしいフルネームで、無駄に元気な感じを見ると…。
「にししっサボはザルだぞ。テキーラ1ℓ飲んでも平気な顔してた」
いつの間にか充電コードから抜け出したルフィがとなりにくっついてきた。
手にはなみなみ注がれたスピリタス。
ルフィは一口飲んでカップをおれとサボのおでこにこつんとあて、半分ほどのみ、残りを消毒みたいにサボの顔面にぶっかけた。
鼻と口からゲロ垂らすサボの顔が真っ赤だ、唇は紫、痙攣がとまらない。
おれも飲むかとテーブルに手を伸ばしカップを掲げて口に流し込み寝ころんだ。
度数高すぎるとさすがになにも感じねえ、このまま眠るようにいけるなら。
ルフィもおれとサボの間に寝転んで抱きつく。
「エース、おれも3人でジェット機乗りてえ。夜」
「夜。なんで」
「星が見れるだろ。雲の上からならあのときよりもっときれいに見えるんじゃねえか。しかも3人だ」
あのときっていつ。
喋ろうとして鼻と喉から冷たいゲロが噴き出した。
寝返りも打てないけど苦しくない、なのにルフィは顔を横に向けおれの舌を引っ張り出す。
「今日からまた、おれら3人兄弟だな!」
目が開けてられなくてルフィの笑顔が滲んでく、ふたりは昨日から何の思い出話をしてるのか。
思い出だけじゃない、生きてたって仕方ねえのになんでふたりして明日明後日の話なんかするんだ。
窓の外から雨の音ばかり大きく聞こえて、意識が淀の中に沈みきる。
目を覚ましてからだを起こしスマホを開くと3日後だった。
ちゃんと頭が痛いし関節という間接も全部痛い、変わらず部屋の中だ天国じゃない。
でもおれはなぜか下を履いていないし、目の前には洗剤を飲もうとしてるサボとそれを止めようとするルフィがいて、もしかしたらやっぱり雲の上かもしれないと思いもう一度目を閉じて寝っ転がった。