檻(その1)「ここ…は」
檻の中、薄い敷物の上で目覚めるなんて最悪だ。なにか薬品を嗅がされたのか、まだ少しクラっとする。
桜河と要と3人で果物を見つけに散歩していたら、急に銃声が聞こえた。要を逃がす事を第一に考えて移動していたら、気づけば目の前に人間がいた。それ以降は思い出せない。ここに居るのが俺だけって事は、彼らは無事に逃げられたんだろう。
「くそ。人間に捕まるなんて、大失態だ」
多数の兎を捕まえる予定だったのか、比較的大きな檻に入れられたのが、不幸中の幸いだった。不安は残るが、ここからどう逃げるかの算段も立てやすい。
今は周りに俺を捉えた人間も居らず、足音も聞こえない。きっと他の獲物を狩りに行ったんだろう。
逃げるなら今のうち…と考えを巡らせていると、カサッと草のなる音。どんどん近づいて来てるコレは…。
「…!」
「お?なんかいい匂いすんなァって来てみれば、メルメルじゃん。なに?捕まっちまったの?」
フンフンと匂いを嗅ぎながら顔を出したのは知り合いのキツネ。近くに人間の気配がないと分かると、檻に近づいてきた。
「なァ、アンタ捕まっちまったんだろ?助けてやろうか」
「キツネの貴方に助けられても、結局は同じ末路ですので、遠慮しておきます」
「えー?俺っち優しいキツネさんなんだけど?」
それに、
「知ってんだろ?俺っち、アンタの事気に入ってんの。他のヤツに取られんのヤなんだよ。素直に助けられとけ」
「いつもそんな事言って…。そんなの、俺がウサギだから食べたいだけだろ」
「違ぇって。何回言わせたら気が済むのかねェ、この頭でっかち」
俺の近くに寄ってくるキツネ、もとい、天城。不安な状況で、こんな軽口が叩けるやつと出会えてまだ良かった。そして、頭の回るこのキツネが、なんの策もなく人間の罠に近づくはずがないのだ。
「さて、と。んじゃ、開けるか」
「な!そんなこと、出来るわけ」
「まあまあ、焦んなって。ここ来る前にキラキラしてるの見つけたんだよ。ほら見ろよ、コレ」
やっぱ俺っちツイてるっしょ!?と見せてきたのは鍵束。確かに、複数ついたその鍵の中に、実際にこの檻に合うのもありそうだが。
「…それ、何個ついてるんです?」
「あー、50個くらい?でも、数打ちゃ当たンだろ」
「…探してる間に人間が帰ってきたらどうするんです。その中に、この檻の鍵か入っているかも定かでないのに」
「そンときゃ、そン時だ」
「はぁ。…鍵、渡してください。俺が中から探ります。俺のせいで貴方まで捕まるなんてごめんです」
「俺っちの心配してくれんの?メルメルって実は大好きだもんな、俺っちの事」
「ちが!こんな時に茶化すな!」
「大丈夫だって。メルメルのおっきなお耳で足音聞き分けてくれるっしょ?」
「それは、そうですけど」
「それに、こんな一世一代の大勝負。逃げて負けなんて、勝負師の名が泣くっしょ!」
ニカッと笑って、言い放つ。
「すぐに助けてやっから、俺っちが勝つ方に賭けて待っとけよ」
そんな事を言うだけ言って、南京錠と向き合う。そこからは黙々と鍵を刺しては回す作業だ。
俺はハラハラしながらも周囲に気を配る役目。
すぐに人間が戻ってこない事を祈りながら、鍵の行方を見守るだけだった。
*****
「天城、もう、諦めてください」
「ヤダね。ぜってー諦めねぇから!」
「なんで…」
もう何個目か分からないくらい鍵を回していた。鍵穴に入らないもの、入っても回らないもの、色々あった。この中に無いのか?と諦めが滲み始めた頃、カチャと回り鍵が開いた。
すぐに檻から南京錠を外し、目の前の扉が開かれた。
「ほら、来いよ」
心配で扉の目の前で座っていた俺に手を伸ばしてくる。俺もまた手を伸ばすとギュと握られ引き寄せられる。そのまま天城の腕の中に包まれた。
「あ、天城!?」
「暴れんなって。少しくらい良いだろ?」
「」
「今メルメルを助けられたって実感してるとこなの」
「そ、うですか…」
ありがとうございます、と聞こえるか聞こえないかの声で伝え、ギュッと抱き締め返す。首元にスリっと擦り寄られれば、天城の耳が頬を擽る。擽ったくて首をすくめると、顔を覗き込まれる。碧の瞳と目が合うと、そのまま顔が近付いてきて額をコツンと合わせられる。
「好き」
「……」
「ずっと、初めて見かけた時から好きだった」
「…知ってる。でも、違うだろ?お前は俺の事、食べたいだけだ」
「食べたいよ?でもそれは、アンタが思ってるのとは違うと思うけどな」
「なに…?」
怪訝な顔をしていると、髪を耳にかけられ、晒された首筋に唇が落とされた。チュと吸い付かれ、舐められる。
「!?」
ゾワッと今まで感じたことの無い感覚。思わず肩を押して距離をとる。…何、今の。
「俺っち、こーいう意味でメルメルの事食べたい。こういう意味で、アンタが好き。なぁ、俺じゃダメ?食べられたくない?」
「そ、なの、」
視線がさまよって俯き、口を閉じる。顔が赤くなってるのが分かる。熱い。
そもそも、食物連鎖として弱者は食われるのだと、思っていたのだ。こんなの、急に言われても、困る。
「「……。」」
何も言えない気まずさに、手を握りしめる。
「…ま、とりあえず、ここから離れるか」
「そ、うですね。ずっとここに居るのも危ないですし」
そのまま背を向けられ、思わず手を伸ばしパーカーを掴む。え?と振り返った天城も、俺自身も驚いた顔で見つめ合い、一瞬時が止まる。
ふっ、と笑って手を握られ、やっとちゃんと檻の外へ連れ出された。
「んじゃ、行きますか♪」
「行くって、どこへ」
「さァて、どこだろうな?」
まずは、人間のいない、安全な場所へ。話はそれからだ。
-fin-