「お兄ちゃん」呼び玄武くん小話①*カレンダーに、しるし
「ん〜……自分でできる分はやっとくからよお、新学期の前に分かんなかったとこ教えてくれ」
「いいぜ。始業式の一週間前の休日に朱雀の家か俺の家でやろう」
「いくらか俺と休日が被っているな。一緒にどこかへ行くかい?」
「いいのかい、雨彦お兄ちゃん」
「ああ。車もあるしな、どこか行きたい場所があるのなら連れて行ってやろう」
「それじゃあ……その、隣町である夏祭りが気になっているんだが連れて行ってもらえるか?」
「雨彦さんとなら安心だな。オレはその日に撮影が入ってて一緒に行けねえなって、さっき話してたとこなんだ」
*こどもあつかいはやめて
「黒野、手を握ろう」
「俺は高校1年生だぜ? それに雨彦お兄ちゃんはタッパもある。見失わねぇよ」
「だが、お前さん」
「恥ずかしいだろ。手ぇ、つなぐ、とか」
「……」
「あっ、もお! 迷子にならねぇって言ってんだろ」
*演技派アイドル
底冷えのする笑みを浮かべた黒野が、俺を見下ろしながら台詞を言う。驚きを伴った声での返答は脚本通りだが、隠しきれない驚愕の感情が滲み出ている。共演者のセリフを引き継いで、俺も最大限の演技をする。黒野の似姿を持つ男がせせら笑った。それだけの動作に現場の空気が一変する。肌がぞわりと総毛立つ。恐ろしいはずなのに目が離せず、その瞬間は彼はまさしく___________だった。カチンコの音が響き、俺は知らず知らずのうちに息を吐く。
「雨彦お兄ちゃんっ、今の良かったかい?」
衣装を巻き込まないよう注意しながら、黒野が恥ずかしそうな笑みを浮かべて走り寄ってきた。先ほどとは似ても似つかない様子に、思わず面食らってしまう。
「あ、ああ……良かったぜ。思わず引き込まれちまった」
「本当かい? 監督さんから入り込み過ぎたらダメだって言われて、試行錯誤したんだ。今までは役が抜けきれなくて朱雀に迷惑をかけたが、今回は大丈夫そうだ。へへっ」
得意そうな様子ではにかむ黒野の頭へ思わず腕を伸ばし、ゆるゆると撫でる。黒野は小首を傾げ、不思議そうに言った。
「? 雨彦お兄ちゃん、どうして撫でるんだい」
「んー、黒野がいっぱい頑張ったから褒めているんだ」
「えへへ。俺、頑張ったかい?」
ふにゃりと笑って聞いてくる。その表情や動作がたまらず、俺は口元を緩めた。
「ああ。黒野はすごいぞ、えらいぞー」
黒野は満足げに笑った。
*お前の方が、
「なんだって?」
「雨彦お兄ちゃんは可愛いよなって言ったんだ。咲お兄ちゃんも言っていたが、たまに可愛くなるよな」
「……可愛いのはお前さんの方だろう」
「たまに言われるが、それは年下として可愛いって意味だろ? 雨彦お兄ちゃんは俺から見ても可愛い。普段は格好良いから、可愛いところ見るときゅんきゅんするんだろうな」
「きゅんきゅん……?」
「ああ。何か変なことを言ったか」
「いや」