enjoy chatting2 作業に集中すること数時間。日も変わり、早めに夕食をとっていたこともあって少し口が寂しくなっていたタイミングでその通知は届いた。
あちらではおはようでも、おやすみでもない時間帯のSNSへの投稿。今日は配信もお休みとスケジュールを出していたから、その内容はきっと“いつもの”ではないイレギュラーなもののはず。休憩がてらにとチョコを一欠けら口の中で転がしながら携帯端末をいじっていると、そこにはペンネを用いたパスタ料理が画面いっぱいに写っていた。
「えぇ……おいしそ」
空腹とまではいかないものの、夜食を口にしてもおかしくはない頃合いでのこの画像に思わず恨みがましげな声が漏れてしまう。だって、いくら見たって僕はこれを食べれないんだもの。しかも、前にも見たママのレシピのやつだし。そのうえ今回はいい出来だって?もう、そんなの美味しいに決まってるじゃん!
《WTF THAT LOOKS SO DELICIOUS》
唇を尖らせつつメッセージを手早く打ち込んで、更にもう一欠けらと追加のチョコを口の中へと放り込む。すると、当然口内に広がるのは食べ慣れた控えめな甘さで、大好きな味のはずなのに求めているものとはまるで違うものだから“欲しい”気持ちばかりが膨らんだ。僕に出来るのは味を想像してみることだけで、答え合わせだってそう簡単にはできないから、仕方のないことと分かっていてもその事実が少し寂しい。
ああもう、やめやめ。夜中にこんなこと考えるんじゃなかった。休憩はおしまいと端末を置いて、パソコンに向き直ったら作業再開。僅かに残る引っかかりもチョコの甘さで誤魔化して、今は目の前のことに集中集中。別にすごくお腹が空いてる訳じゃないし、このチョコだって頑張った時のご褒美用のとっておきだし。なんて、言い訳を繰り返しながら手を動かしているといつの間にか没頭してしまうもので、一区切りついた時には優に一時間が経過していた。進捗は悪くないし、このあたりが切り上げ時かもしれない。そう思いパソコンの電源を落としていると不意にメッセージの通知音が耳に届く。送り主はサニー。てっきり先ほどのメッセージへの返信が来たのかと思いきや、それは普段やり取りをしている別のアプリからの通知だった。別にそれ自体には驚かない。サニーが裏で返事を寄越してくるなんてのはよくあることだから。でも、その内容には思わず首を傾げてしまう。
《say ahh》
「あー?」
そして、不思議に思いつつも指示通りに口を開くと、まるで計っていたかのようなタイミングで画像が送られてきた。そこには、ペンネを刺したフォークがこちらに向けられたようなアングルの写真が1枚。そう、この構図はまるで…
それに気付いた瞬間、迷わず通話ボタンをタップする。一度目は出ない、二度目も。三度目のコール音の終わり際に繋がって、
「深夜の飯テロ反対!!!」
サニーが何か喋りだす前に僕は勢いよく抗議の声をあげた。けれど、一瞬の間の後に続いたのは、堰を切ったような笑い声。もう!もう!笑い事じゃないんだよ!バカ!イジワル!そのうえ、サニーときたら何を言っても笑ってばかりで全く悪いと思ってもないんだから。最初は僕が勝手に被弾しただけでも、その後はわざとだからね。こんなの重罪だよ!
じとりと端末を睨みつけて黙り込んでも、笑いが堪えきれない気配は感じ取れる。分かってるんだからなとぶすくれていると、全く悪びれる様子のないサニーの声が聞こえてきた。
『次はあれ作ってみようか、アルバンの好きなやつ』
そんな風に言われて、何のことか分からないはずがない。
「ぜ〜ったいダメ!」
『なんでだよ、ちゃんと美味しいの食べれた方がいいだろ』
すぐさまNGを出すと、笑っていた声音が一転して不満そうな気配を帯びる。文句を言いたいのは僕の方だよ、なんでサニーが不機嫌になるのさ。というか、その言い方だと食べれる前提じゃん。
「やだよーだ、どうせ僕は食べれないし」
こうして喋ることはできるけど、僕とサニーのいる場所は随分と離れているからそんなこと出来っこない。そりゃあ、会ったことはあるし、これからだってその機会はあるかもしれないけど、手料理を食べるのってそれなりの準備や環境が必要だもの。無理なものは無理。だから同じように不満を主張したのに、やけに自信のある声でそれは一蹴されてしまった。
『出来るよ、俺がそう決めたから』
なにそれ。そんな風に言われたら、期待したくなっちゃうじゃん。でも、言葉一つで翻弄されのはちょっと、ううん、かなり悔しい。
ぐらりと傾きかけた心を口をへの字にして踏み留まらせると、流されるものかとぼそりと呟く。
「……やっぱダメ」
『どうして』
絶対聞いてくると思った。だって今日は完全にサニーのペースだもんね。言わせたいんでしょ?分かってるんだから、それくらい。そうくるなら僕だって、
「だって、そんなことされたら」
お望み通り応えてあげる。
「仕事ほっぽって会いに行きたくなっちゃうもん」
『―――――はぁっ?!?!ぁ…ちょっ……だぁ!!!』
一拍置いて聞こえてきたのは、間の抜けた叫び声と盛大に何かが倒れたような物音。何も見えてはいないけど、遠く離れた場所でなにやら凄いことになっていそうなのは伝わってきた。さっきまであんなに余裕ぶってたくせに?あれくらいで?そう思ったらなんだかおかしくなってしまった。
「んはは、何してんの」
笑いながら話しかけると、片付けているのか遠くから言い返す声が聞こえてくるけど何を言ってるのかさっぱり分からない。まあでもいいか、もう気は済んだし。本当はもう少し話していたいけど、この調子だと朝なんてあっという間だから。
「でも、本当にダメだからね、サニー。作ってもいいけど僕には……ううん、誰にも内緒でだよ」
聞こえていなくてもいいからと付け加えた言葉への返事はなかったけれど、物音がぴたりと止んだからもしかすると聞こえていたのかもしれない。だけど今夜はここまで。
「じゃあもう寝るから切るよ。んふふ、またね」
それだけ伝えるとすぐに通話終了のボタンをタップした。端末を手にしたまま仰向けにベッドに倒れ込むと、さっきの様子を思い出して自然と口角が上がってしまう。
やっぱりこうでなくっちゃ。振り回されっぱなしなんて性に合わないもの。
くふくふと堪えきれない笑い声を溢しながら端末を操作して、思い付いた文章を打ち込んでいく。そして、最後の仕上げにオレンジ色のハートマークをつけたら投稿。うんうん、上出来。なんだかとってもいい気分だし、これならぐっすり眠れそう。
だけど、あそこまで言うなら夢の中にくらい作りに来ればいいのに。――なんて、冗談半分本気半分に思いながら電気を消すと、キッチンに立つサニーの後ろ姿を思い描きながら瞼を閉じた。