短文 海を見たい、とあなたが言った。
何処の海かと、私が訊いた。
そうすれば、あなたはニヤリと笑い、一枚の紙を翳してみせた。
「ここ」
そう言って笑うあなたの顔を、いたずらっ子のようだと思った。
「あなた、これまだ持っていたのか」
彼の手には、海の写真のポストカード。
その碧く鮮やかな波間と水平線の写真には、見覚えがあった。
ひっくり返せば、そこにあるのは私の字。
時を経た今見てみれば、我ながら愛想も何も無いと改めて思う。
けれど今あの時に戻っても、私はきっと同じことを書くだろう。
「片付けしてたら出てきた。あの時、オレも行きたいと思ったんだよ」
下手な嘘に、気が付かれないような微かに笑う。
片付けなんてしなくとも⋯⋯あなたのデスクの引き出しの一番上にしまわれていることを、私が知らないとでも想っているのだろうか。
「ないいだろ、礼二」
海色の瞳が、私の顔を覗きこむ。至近距離で懐っこく笑う。
あの頃から関係を変え、互いの呼び名を変えた私たち。けれどあなたは⋯⋯あなたのその目は、変わらない。
「明日なら、構わん」
「明日な、リョーカイ。オレが車出すよ」
「ああ」
頷いて、頬に触れる。
くすぐったそうに笑うのに、笑いが漏れる。
「私は⋯⋯あの海を見た時、あなたを思い出した」
「オレ」
「ああ」
あなたの瞳のようだと。
遥か続く水平線の写真を見た瞬間、脳内を駆け抜けた碧を、覚えている。
「そりゃ、どーも」
不思議そうに首を傾げるあなたは⋯⋯きっと、あの頃の私の想いを知らない。
共に在る今、それはもはや些細と言えることだ
けれど。
「敬一」
「ん」
頬を撫でる手をそのままで。
そっと、形の良い耳に口を近付ける。
吐息と共に、囁いた。
「あなたの焼いたステーキが食べたい」