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    雨音@ししさめ

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    雨音@ししさめ

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    2023.5.22。単語お題⇨「ひまわり」

    ##花言葉

    Sunflower 空が青い。ハンドルを握りながら、運転席の獅子神は改めて夏の陽の眩しさに軽く目を細めた。
     カーオーディオからは、控えめな音量でフランス語の曲が流れている。
     確か先程『夏に聴きたくなる洋楽』などとテーマを紹介する声が流れていた。これは別に夏の曲じゃないだろう、とも思ったが……確か何かのテレビドラマで使われて……とか何とか。
     そうやって取り留めないことを考えながら、ちら、と横目で助手席を見る。
     ゆるく倒したシートに深くもたれ、村雨が眠っていた。
     いつもの金縁眼鏡は、今はない。
     出発前、今日は長旅になるから寝てろ、と言って預かった。
     だいぶ疲れていた様子の村雨は、特に抵抗することもなく。大人しく獅子神に眼鏡を預け、助手席に座り、出発とほぼ同時に眠りに落ちたようだった。
     普段の、職場と自宅(或いは獅子神の家)との往復では見られない無防備な寝姿に、うまく言葉にできない類の感慨のようなものを感じる。
     平素は鋭過ぎるくらいの観察眼を周囲に向けている彼だけれど……恋人の前で気を抜いてくれているなら、嬉しい。
     眼鏡がないせいで輪をかけて幼く見える寝顔に、小さく笑う。
     そしてなんとなく、オーディオから流れる歌に合わせて小さく唄う。フランス語はまだそれほどの自信はないが、多少なら理解はできた。
    「Irrésistiblement……“あなたのとりこ”か」
    「はっ!?」
     唐突に助手席から聴こえた声に、頓狂な声が出る。
     ハンドル捌きに微塵の乱れも出さなかったことを、感謝して欲しい。
    「……オメー、起きてたのかよ」
    「今、目が覚めた」
    「そーかよ」
     横目でうかがえば、村雨はいかにも眠そうに目を瞬き、くしゅくしゅと擦っていた。
     そして窓から差し込む陽光に、目を眇めるようにして外を見る。
    「もうちょいかかるから、寝てていーぞ」
    「……ああ」
     頷きつつも、視線は外へ。よくよく観察すれば、窓縁に手をかけた指先が、車内に流れる音楽に合わせてリズムを刻んでいることが分かる。
    「……ご機嫌だな?」
    「あなたは運転に集中しろ」
    「へーへー」
     真っ直ぐ伸びる郊外の道は、平日なこともあってか対向車の姿は無かった。それは獅子神の車が走る車線も同様なので、目的地には予定より早く着きそうだ。
     ふと気が付けば、先程の曲は終わり、また別の歌が流れていた。
     相変わらず、村雨の細い指先はリズムを刻んでいる。
    「獅子神」
    「あ?」
    「Irrésistiblement……“あなたのとりこ”」
    「は?」
     さっきまで流れていた曲が、何だって?
    「……“あなた”とは、どちらだろうな」
    「はっ!?」
     だから、運転中に動揺させるようなこと言うんじゃねぇよ。事故ったらどうすんだ。
    「心拍、呼吸共に乱れが見える。安全運転で頼む」
    「オメーのせいだよ!」
     言ってやれば、ルームミラーの中の村雨は、不思議そうに首を傾げていた。「何か問題でも?」じゃねぇよ。
     いや、コイツに突っ込むだけ無駄なんだけどな。
    「……あー“あなたのとりこ”な……」
     そもそも“とりこ”とは。
     スマホで調べたくもなるが、生憎と今は運転中だ。
     勿論ニュアンス的な意味は知っている、が……
    「『戦闘の際、いけどりにした敵。捕虜』」
    「は?」
     何だって?
    「『比喩的に、心がとらえられ、夢中になって、逃げ出せない人。』……だ」
    「辞書かお前は」
     そもそも獅子神の「辞書を引きたい」という想いを察しての言葉だ。有り難さに頭が下がる(勿論、半分は皮肉だ)。
    「夢中になって逃げ出せない……」
     聞かされたばかりの言葉の意味を反芻する。それならば、囚われているのは、獅子神の方だろう。つまり「あなた」が村雨となる。
     オレに『囚われて』いる……ましてや、『逃げ出せない』村雨など、想像がつかない。
     何十倍も強いコイツは……きっと、いつだって、何処へでも行けるだろう。
    「………」
     複雑な想いに囚われそうになりながら、視界の端で恋人を捉える。
     座席に深くもたれフロントガラスの外を見詰める横顔は涼しげで、特に感情は読み取れなかった。
     気が付かれないように(などと言うことは元より不可能と承知しているが)、小さく溜息。
     ふと。その目が、何かを捉えた。
    「……お?」
    「……?」
     隣で疑問符を浮かべる顔には答えずに、目がとらえた色彩を追う。ちら、とカーナビで現在地を確認。
    「村雨」
    「なんだ」
    「ちょっと、寄り道していいか」
    「?」
     返事を聞く前に、車を横道へと入れる。先程目の端で鮮やかに煌めいた色の方へと向かう。
    「たぶん、損はさせねーよ」
     
     ***
     
    「……すげ」
    「ああ」
     風が、髪を撫でように吹き過ぎる。同時、周囲を取り囲む黄色が、サワ……と連鎖的に音をたてる。
     空が青い。どこまでも光る空には、雲一つ無かった。その、青を背景に。咲き誇る、無数の向日葵。
     緑の茎に支えられた、大輪の花。洪水のように視覚に突き刺さる、生命に溢れた黄色。
     隣で、足音。
     眼鏡をかけた村雨が、花の間に設けられた小道を踏み締め、向日葵畑へと踏み入っていた。
    「あ、まてよ」
     オレも行くよ。
     追いかけるように、後に続く。小道は狭く、並んで歩くことはできなかった。
     まるで泳いでるみたいだ、と。そんなことを考えながら、背中を追う。
     ひまわりはどれも立派で、中には村雨どころか獅子神と背の高さが変わらないか、或いは少し高いものまで存在した。
    「四mになるものも存在するらしいからな」
    「マジで? それはヤベーな……て、なんでこっちも見てねぇのに考えてることまで分かるんだよ」
    「あなたは分かりやすい」
    「……るせ」
     別に恋人に読まれたところで困らないから、構わないことではあるのだが。
     気が付けば。二人、向日葵畑の真ん中まで来ていた。どちらを見ても、青を背景にした鮮やかな色が、目に突き刺さる。
     眩しさに目が眩むようで。何度か、瞬いて。サワサワと周囲から聞こえる、波の音にも似た葉擦れの音を聴く。
     無意識に、感嘆の声が出ていた。
    「……なぁ、向日葵って」
    「あなたのようだな」
    「オメーみたいだな」
     思わず呟けば。二人の声が、重なった。
     は? と足を止めれば、同じタイミングで前を歩く背も立ち止まる。
     こちらを振り向く顔には「あなたは何を言っている?」という疑問が、カケラも隠すことなく表れていた。
     いやいや、それはオレのセリフなんだけど。
    「……色だな」
    「色」
     こちらの表情を正確に読み取った村雨が、周囲に視線をやりながら答えを寄越す。
     金縁眼鏡の薄いレンズに、青と黄色のコントラストが写る。
    「鮮やかな黄色が、あなたの金の髪を思わせる」
    「あー」
     なるほどな。
     多少、色味は違えど、近い色合いであるとは思う。
     納得して「オレは……」と口を開こうとすれば。それより一瞬早く「何より」と、村雨が後を続けた。
    「花の生命力。力強さ。鮮やかさ……そう言った要素を、あなたのようだと思う」
     淡々と告げる言葉に、特別な感情は見えない。でも。だからこそ、これが恋人の心からの言葉なのだとわかる。
    (………)
     力強さ。鮮やかさ。
     言われたばがりの言葉を、胸の中で何度も唱える。
     すとん、と落ちたそれは、けれど胸の中で確かな熱になる。
     その熱のままに「オレは……」と、口を開いた。
    「ひまわりは、やっぱりオメーみたいだって、思ったよ」
     繰り返すように言葉にすれば、不思議そうに切長の目が瞬く。
     インナーカラー以外、真っ黒の髪。
     全体的に肉付きの薄い、細い体。白い肌。確かにもしかしたら、十人中九人くらいは、村雨自身と同じ反応をするかもしれない。
     けれど……村雨礼二の格好良さは、獅子神敬一が誰よりも知っている。
    「真っ直ぐ、立ってるところ。いっつも姿勢が良いお前思い出すし。確かに、こんな花みてーな鮮やかさは、外から見てもわかんねーだろうけど」
     軽く、唇を持ち上げて笑う。
    「佇まい、て言や伝わるか?」
     凛としてる。
     宝物のように、その言葉を囁いた。
    「……」
     ぱちり、と。暗赤色の目が、ゆっくりと瞬いた。そのまま背を向け、歩き出す。
     やれやれ、とその背を追いかける。返事がないことは、特に気にならなかった。
     恋人からの真っ直ぐな賞賛を、受け取らない人間ではないと知っているから。
     獅子神の言葉に微塵も嘘偽りがないことは、分かっている筈だ。
     ふと。思い立ち、獅子神は前を歩く背に声をかけた。
    「なぁ、村雨」
    「なんだ」
    「ひまわりは、花言葉何ってんだ?」
     訊ねたのは、別に深い意味あってのことではなく。ただ今までの経験から、知っているだろうと思っただけで。
    「………」
     しばしの、間。
     知らなかったのか? と疑問が頭を掠めた頃に、小さな声が囁いた。
    「……『憧れ』」
    「……なるほどな?」
     それだと、確かに向日葵は自分かもしれない。村雨の強さに憧れているのは、自分の方だ。
     出会ったその日に、強さを知った。共に過ごす内に、その強さの底の無さを知った。……その、強さの『理由』と共に。
     憧れて、追いかけて。共に立てるようになりたくて堪らなかった。
     ふと、前方に視線を送る。無数の向日葵に囲まれたその中に立つ、細い背を見つめる。
     見つめて、灼き付けようとして……それでは足りないと、すぐに気が付いて。
     スマホを取り出し、カメラを起動。レンズを、恋人の背へと向ける。
     パシャリ。
     シャッター音に、足が止まる。
     振り向いて「何をしている?」と訊ねられるのに、「撮影」と分かりきった答えを返す。
     そうすれば、思った通り、下がり気味の眉が寄る。
    「ほら、村雨。笑えよ……て、言われて笑うヤツじゃねーか」
     ため息。
    「いや、『よく分かってるなマシなマヌケ』って顔で笑うんじゃねーよ、オレが求めてる『笑え』はそっちじゃねぇ!」
     畳みかけながら、端末に視線を移す。小さな画面の中の、恋人を見る。
     風が、艶のある硬い黒髪を揺らす。グラスコードが、風に誘われ煌めいて。
     少しサイズの大きい、空色のパーカーの裾が飜る。
     青空を背負い、向日葵を背景にして……凛と、佇む立ち姿。
    「あー……じゃあ」
     ガシガシと、髪を引っ掻いて。疑問符を浮かべる顔に、笑ってみせた。
    「愛してる」
    「………」
     村雨の眉が、ぴくっと震えた。
    「礼二」
     表情が、動く。隠しきれないと言うように、こぼれて落ちる。
    「笑えよ」
     果たして。その、想いは。
     その、表情は――
     
     ***
     
    「ほんとーに、行かねーでよかったのか? 海」
    「ああ」
     助手席に乗り込みながら向けられた獅子神の言葉に、村雨は頷いた。
     運転席に座り、シートベルトを締める。
    「まー……オメーがいいなら、いいけどよ」
     元々、この小旅行自体、村雨自身の『海が見たい』という一言から始まったものだった。
     そう、海が見たかったのだ。
     つい先程まで。
    「……見たいものは、もう、見えた」
    「は?」
     ワケわかんねー、と言う顔に、口端を持ち上げて小さく笑う。
     帰りは、村雨から運転を申し出た。獅子神は多少驚いたようだったが、しばらく考えた後に「んじゃ、頼む」と頷いた。
    「時間がかかるのだから、あなたも眠るといい」
    「ん? あーそうだな」
     頷きながら、獅子神の指がカーオーディオの電源を入れる。流れ出す、何処かの国の歌。しっとりしたメロディーが、車内を満たす。
     車が走り出す。運転に集中しながら、それでも村雨の『目』の一部は助手席に向けられていた。
     陽の傾きかけた空から刺す橙を滲ませた光が、金の髪を透けさせる。
     その髪と。そこから繋がる首筋と……或いは全てに見惚れそうにながら、前方へと意識を集中させる。
     思い出す。先ほどの、ひまわり畑。眩し過ぎる鮮やかな黄色い花と……それに負けない程に、鮮烈に灼きつきそうだった、力強い笑顔。
     それと……敢えて教えなかった、『もう一つの』花言葉。
     これこそ、或いは私なのかもしれない、と……そう伝えたら、この恋人は笑うだろうか。
    「獅子神」
    「……ん?」
     呼びかければ、半分夢の中のような声が応えた。既に、眠りに落ちる寸前のようだ。
     だから……と、言うわけではないが。昼間感じた彼の『不安』に対する、答えを返す。
     このままあなたが、良い夢を見られたら良いとは思う。
    「私は……」
     細やかな微笑みと共に落とされた囁きを。聴いた者は、他に居なかった。



    ひまわり(sunflower)
    花言葉は『憧れ』『私はあなただけを見つめる』

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