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    menhir_k

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    三分割どころか四分割になるかもしんねぇ

    #クロディ
    clodi

    クロディ5話目② 傾きかけた陽射しが、鳥の囀りも虫の鳴き声も聞こえない深い森に降り注いでいる。木立の奥にはまた別の木が幾重にも連なり、森の終わりが見えない。何処からともなく漂ってくる花の香りは、レナの家の窓から見た白い花に似ていた。
     道すがら屈んでは名前も知らない花を手折る。村長に渡された教会の花と束ねると、少しずつ素朴な花束が出来上がっていった。死者を慰めるという名目で花の命を摘み取っては、死を重ねて束ねるという行為はクロードを少しだけ不思議な気持ちにさせた。
     斜陽の森を更に深く進んでいく。西日に輪郭を滲ませた木々は、神々しく光り輝いて見えた。足元の緑の絨毯には白い花びらが疎らに積もっている。近くの高木を仰ぐと、レナの家の近くで見た白い房状の花が咲いているのが見えた。風が吹くと花がぱらぱらとこぼれ落ちてくる。まるで雪のようだ、とクロードは思った。
     風が止み、こぼれる花も止んだ。森の中に静謐が戻る。クロードも頭上の花を見上げるのをやめて視線を前へと戻した。
     苔むした巨木、高木、陰樹の入り混じる木立の向こうに、探していた背中を見付ける。微動だにしない立ち姿はマーズで見かけたときの印象と変わらず、彼自身が物言わぬ岩か木のような印象をクロードに与えた。

    「ディアス」

     声をかけると、長躯の男が長い髪を揺らしてのそりと振り返った。普段は硬質な輝きを放つ赤い双眸が、斜陽を宿して残照そのものに見える。表情は乏しく、ネーデで過ごした最後の夜の黒い海のように凪いでいた。鼓膜の裏側に水の音が甦る。深い森の葉擦れは潮騒に似ていた。連動してその後の出来事が思い起こされて、クロードは金縛りに合ったように身体が動かなくなる。だから、ディアスの動きに反応が出来なかった。
     剣を振う無骨な手のひらが、クロードの髪を掬うように触れた。手が届くような距離ではないと思ったのに、背が高いということは腕も長いということなのだな、と離れていく彼の指先を目で追いながら思った。

    「花だ」

     差し出された手に、手のひらを返して反射的に応じる。重力に従って、小さな白い花が音もなく零れ落ちた。風が吹いたときに髪に付いたのだろうな、とクロードは思った。そこで気が付く。

    「……ディアスも付いてるけど」

     付いている、というより積もっていると形容するべきかも知れない。よく考えてみればクロードより長く花の下にいたのだから当たり前だ。背が高いので気が付くのが遅れた。
     指摘を受けたディアスが頭を振る。だが、長い髪に絡まった花はその程度では全ては落ちない。彼の徒労がおかしくてクロードは笑った。

    「全然ダメだな」

     特に左側。付け加えると、ディアスはクロードから見て右側面の髪を無造作に払った。言い方を間違えたことに気が付いた。

    「そっちじゃない。ぼくから見て左、ディアスの右手側」

     手を伸ばしかけてやめる。そんな風に気軽に触れ合うような関係ではないことを思い出したからだ。だのに、クロードの葛藤などまるで素知らぬ顔で、男は長躯を傾けた。

    「面倒だ。おまえが取れ」

     頭を差し出してディアスは言った。伏せられた目蓋を縁取る睫毛の影が、涙袋の上に落ちている。こんな無防備な彼の姿を目にする日が来るなんて、出会ったばかりの頃は考えもしなかったな、とクロードは思った。
     ディアスの髪に触れたことはある。彼から抱き締められたことも、もっと深い接触をしたこともある。けれどそのときは大概、お互いがどうかしているときだった。そして今は、クロードもディアスも到って正気だ。

    「……いいの。ぼくが、ディアスに手を伸ばしても」

     クロードが訊ねると、今度はディアスが肩を揺らして笑った。

    「今更だろう」

     手を伸ばして髪に触れる。花とは無縁のような男だが、レナの蒼い髪よりも彩度の低い硬質な石を思わせる色味の髪に白い花はよく映えて見えた。梳くように指先を絡めると、はらはらと零れ落ちていく。何故か、今はもう喪われた楽園の愛の場で花を眺めていたディアスの横顔をクロードは思い出した。
     クロードが試練として父親と向き合ったように、彼も思い出の中の大事な誰かを愛した記憶、愛された記憶と向き合ったのだろうか。不意に思った。

    「何を考えている」

     雑念と戯れながら花を落としていると、手元で声がする。伏せられていた筈の目は、いつもより近い距離でしっかりとクロードを見詰めていた。

    「今ならキスがし易そうだな、って」

     赤い双眸が瞬く。それから、ディアスは眉根を寄せて露骨な渋面を作ったあと、啄むような口付けをクロードに一つ寄越して身体を離した。

    「……キスしてくれ、って意味じゃないんだけど」

     動揺を抑え込み、やっと絞り出す。顔が熱い。どちらかと言えばラクアでの意趣返しにこちらから仕掛けたかったのに、と口元を抑えてクロードは思った。

    「あとこれ。レジス村長から」悔しかったので、そのまま持参した花をディアスに突き付ける。「レナに頼まれてディアスを探してるって言ったら、森にいるだろうから持ってけって」

     道すがらクロードが摘んだ花も混ざっていたが、教会の花に比べるとどうしても見劣りする。だから黙っていることにした。
     突き付けられた花を受け取ったディアスは、暫く手の中を見詰めたあと「そうか」と小さな声で呟いた。

    「夕飯、もうすぐ出来るってさ」

     戻ろう。クロードはディアスを促した。けれど彼は視線を花に落としたまま動かない。

    「戻ろう、ディアス」

     繰り返して、動かないディアスに手を伸ばす。花を持つ手に触れても、彼は身じろぎ一つしなかった。代わりに、クロードに口付けたばかりの薄い唇が緩慢に開かれた。

    「おまえの父親は、こうして花を供える墓もないんだな」
    「……地球に戻れば用意するさ。何なら国葬だってするんじゃないかな。連邦きっての英雄だからね」
    「だが、そこにおまえの父親はいないだろう」

     ディアスの言う通りだ。父は搭乗していたカルナスもろとも、宇宙の塵になって消えた。今となってはクロードが託されたフェイズガンだけが唯一の遺品にして形見になってしまった。
     埋葬する死者のいない空の棺を想い、その墓に花を供える母の姿を想い、苦しくなる。目の前にいるのに、手を伸ばしても届かないもどかしさと無力感が去来する。

    「……何が言いたいんだよ」
    「さぁな」

     若干の苛立ちをつい先刻口付けてきた目の前の男に感じながら、クロードは問う。だが、ディアスは気のない素振りで肩を竦めるだけだった。
     クロードの神経を緩やかに逆撫でした男は、背中を向けて墓石の前にしゃがみ込む。向かい合っているときには気が付かなかった白い花弁が、まだ髪に絡まっているのが見えた。

    「ただ、オレの家族はこの森で殺され、今もこうしてここにいる」

     クロードが渡した花をそっと横たえると、ディアスは墓石に手のひらを添える。愛しい者にするようなその仕草を目の当たりにして、クロードは少し彼の言おうとしていたことの意味が分かったような気がした。きっと、クロードは父の空っぽの墓に、今のディアスのように触れることは出来ないと思ったからだ。

    「そして、本当ならオレも、ここで朽ち果てるべきだった」

     一際強く風が吹いて、森を大きく揺さぶった。傾きかけた陽射しが様相を変えて、白い花と共に降ってくる。
     クロードは少し迷ってから、ディアスに倣って彼の隣にしゃがんだ。

    「レナが聞いたら怒りそう」
    「そうだな。秘密にしてくれ」

     クロードの方を見て、ディアスは穏やかに言った。だから、ぼくも怒るよ、とは言えなかった。

    「……ぼくは、ディアスがいなかったらここまで来られなかっただろうから、朽ち果てなくて良かったよ」
    「おまえが戦い抜いて来られたのはレナを守って来たからだろう。オレは関係ない」
    「最初はね。でも、やっぱりぼくは、ディアスの背中を追いかけて強くなったんだ。最初にぼくを見付けてくれた、あなたに認められる為に」

     レナはおろか、家族も、クロード自身ですら気付かなかった孤独と弱さと寂しさに最初に気が付いたのは、何故かこの男だった。

    「たまたまだ。何か勘違いしているようだが、おまえとオレは違う」

     言い募るクロードを振り切るように、ディアスは勢い良く立ち上がる。そして言った。

    「少なくとも、おまえは自分が父親と共に討たれるべきだったとは思わないだろう」

     西日を背負ってクロードを見下ろす男の影が、濃く、長く伸びている。

    「……そうだな。ぼくは、父さんを殺したあいつらが憎かったし、父さんを守れなかった自分への怒りで気が狂いそうだった。でもディアスは」

     ディアスは、生き残った自分を責めた。生き残ってしまったことに、罪の意識を感じて苛まれている。憎しみよりも、怒りよりも深い悲しみを引き摺っている。

    「ディアスは、守れなかった怒りじゃなくて、生き残ってしまった悲しみの中で、今も息をしてるんだな」
    「……まぁ、そんなところだ」

     何処か他人事のようなディアスの口ぶりは、ひどく酷薄な響きで以てクロードの耳に届いた。そうして、しゃがみ込んだままのクロードを置き去りにして歩き出す。慌てて立ち上がり、降り積もった花を蹴散らしてその背中を追いかけた。
     踏まれた花がにおい立つ。上も下も、右も左も、辺り一面が甘い花の香りにつつまれて、眩暈がする。

    「ディアス!」

     すぐに追いついて、男の腕を掴んだ。振り払われることはなかったが、ディアスは背中を向けたままでいる。表情は見えない。

    「これ以上はやめておけ。傷の舐め合いなんざ不毛なだけだ」
    「だったらどうしてぼくに優しくしたんだよ」

     ディアスは答えない。クロードは言葉を重ねる。

    「どうしていつも勝手に決めるんだよ。どうしていつも勝手に押し付けて」

     肩越しの赤い眼差しがクロードを捉えた。

    「レナとぼくのことだってそうだ。誰と一緒にいたいとか、誰が好きだとか、ぼくらの気持なんか知りもしないで、考えもしないで」
    「……レナの何処に不満がある」

     微かな怒気を孕んだ声ですごまれて、クロードは一瞬たじろぐ。けれど腕を掴む手にますます力を込めて自身を奮い立たせた。
     ずっと不思議だった。父が死んだときだけではない。ずっと、もっと前からディアスはクロードを気に掛け続けてくれていた。見ていてくれた。だからクロードも、この男のことを見ていたいと思った。もっと彼のことが知りたい。

    「レナに不満があるんじゃなくて、ぼくが一緒にいたいのはディアスだって言ってるんだよ!」

     まだ離れたくない。誰も知らない彼を知りたい。彼が欲しい。願うような強さで思った。
     赤い瞳は揺れない。揺るぎなくクロードに注がれている。クロードだけを見ている。その眼差しは、神の怒りから逃れ闇夜を漂う船に灯された赤い宝石の逸話を想起させる。
     やがて、ディアスは目を伏せて、深く長い溜息を吐いた。

    「一緒にいる理由がない」
    「好き、ってだけで充分だろ」
    「惚れた女に言ってやれ」

     間一髪入れず切り返したクロードを、ディアスは鼻の先でせせら笑い一蹴した。けれど掴んだ腕はまだ振り解かれていない。拒絶はされていない。まだ、許されている。まだ、許されたい。

    「好きだ」

     万感の思いに突き動かされて溢れた告白だった。そこに、すぐさまディアスのこの世の終わりのような渋面が返る。普段は乏しい表情が、この時ばかりは雄弁だ。だが、ここで退くわけにはいかない。
     手の中に残った腕を強く引く。背伸びをしても足りなかったので、あとは胸倉を掴んで引き寄せた。重力に任せて藍鉄の髪がなだれ込んでくる。いつまでも未練がましく絡まっていた最後の花が、クロードの頬を掠めて落ちた。
     薄い下唇に噛み付いて吸い上げる。赤い眼が無感動にクロードを見下ろした。それでも、ディアスがクロードを突き飛ばして拒絶することはなかった。
     安堵しながら唇を離して、けれど吐息が掛かるほどにはまだ近い距離でクロードは言った。

    「ディアスだって、ぼくのこと結構好きなくせに」

     形の良い眉根が寄る。

    「何処からくる自信だ、それは」
    「嫌いな相手に、そう何回もキスしないだろ」

     何か言いたそうに口を開きかけたディアスの唇をまた塞ぐ。

    「嘘だよ。でも、ディアスもぼくと同じ気持ちだと嬉しい」

     今度こそディアスを解放する。代わりに手を取って、堅く握りしめた。

    「まだ、ぼくと一緒にいたいって言ってよ」

     一緒にいたいと言って欲しい。一緒にまだ生きていたいと言って欲しい。家族と共に死ぬべきだったなんて言わないで欲しい。許すことを恐れないで欲しい。

    「言ってよ、ディアス」

     宵闇の気配が漂い始めた森の中で、それでも赤い瞳は煌々と輝いている。

    「……こわいな、それは」

     それ以上の言葉をディアスが告げることはなかった。代わりに、クロードの肩に額を押し当てるようにして身体を寄せて来た。だからクロードは、これが彼の答えなのだと思うことにして、丸くなった背中に腕を回した。
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