クロディ追加 市庁舎と呼ばれるセントラルシティの中央に位置する城のような建物を出ると、強い日差しがディアスの目を焼いた。装飾や凹凸が少なく、狭い敷地に縦に長く聳え立つ建造物が目立つ異世界の街並みに目が慣れない。縦長の家屋の隙間を縫うような強い風が、ディアスの髪を掻き混ぜて吹き抜けていった。
滑らかに舗装された階段を下りて町の入り口を目指す。途中でレナと鉢合わせた。丁度、道具屋から出て来るところだった。
「ディアス」
気が付いたレナが手を振る。彼女の後ろの噴水から飛び散る水滴がさんざめく煌めいていた。
「道具を調達したのか」
「うん。昨日、沢山使ったでしょ」
レナの持つ荷物に手を伸ばす。彼女は意図を酌むと手にした荷物をディアスにすぐに手渡した。
「アームロックでも補充出来るだろう」
市長から次の目的地として提示された町に行くのは初めてではない。空の足を手に入れてすぐ、ネーデという異世界の主要都市を一通り見て回った。記憶の中の町並みには、きちんと道具屋も存在している。
「途中で何があるかわからないじゃない。補充出来るときにしておかなきゃ」
レナの言葉に小さく顎を引いて肯定の意を返しながら、紙袋から覗く中身にディアスは視線を落とした。どれも、昨日の十賢者の一人との戦いで多く消耗した道具だった。
「……クロード、どんな様子だった?」
不意に、レナに問われる。
「昨日、あのあと部屋に戻ったんでしょ」
脳裏に、蹲って嗚咽を殺すクロードの姿が甦る。
「いや、部屋には戻らなかった」
「ウソ」
「嘘だ」
「もう。どうしてそんなしょうもないウソつくのよ」
そんなの説明するのも面倒だからに決まっているだろう。喉元まで出掛かった本音を飲み込む。
ありのままを伝えればレナはクロードの心を案じる。クロードの矜持も傷付く。だが、何もなかったの一点張りで逃げ果せるのも無理がある。それほどまでにクロードが心に負った傷は深く、暗い。彼と同じように家族を惨殺された過去を持つディアスには、その事実だけは痛いほど解かる。
道具袋をディアスに手渡して、身軽になったレナの指がある一点を指し示す。ディアスとレナの立つ噴水の傍らから少し見えにくい、何の変哲もない建物の暗がりだ。人の姿もない。
「そこに、クロードが立っているのを見かけたの」
とてもつらそうだった。眉根を寄せて、レナは言った。
「わたし、彼に何もしてあげられない。治癒の力なんて持ってても、傷付いたクロードの心ひとつ、癒すことができないの……二年前と、何も変わらない」
二年前——家族を喪ったディアスの過去は、レナの中でも未だに暗い影を落としているのだという事実を、改めて思い知る。過去を引きずり孤立するディアスを見る度に、癒しの力を持ちながら姉妹同然に育った幼馴染みとその家族を救えなかった彼女もまた、自責の念に駆られただろう姿が想像に難くない。
「……おまえを守る限り、クロードなら大丈夫だろう。父親の死も、きっと乗り越えて糧にするさ」
少なくとも、クロードは絶望に足を止めることも現実から目を逸らすこともなく、次の目的を定めている。二年前、逃げるように故郷を去った自分とは違う。そう、ディアスは確信していた。
レナと別れて一足先にセントラルシティの出入り口へ向かうと、そこには既にクロードがいた。朝の光を受けた金色の髪が輝いて見える。町を取り囲む外壁に背中を預けて、サイナードの親子を眺めるともなく眺めている彼は、心ここにあらずといった様子だ。
ディアスはわざと草むらを蹴散らすように、大きな足音を立てて近付いて行った。
「ディアス」
上擦った声で名前を呼ばれた。故郷で仰ぎ見る晴れた空に似た色の双眸を見開いてディアスを映している。思いがけず驚かせたらしい。
「そ、その、昨日は情けないとこ見せちゃって、その」
得心がいく。
「レナに見られなくて良かったな」
「それは、もう」
「安心しろ。おまえが情けなくないことの方が少ない」
「返す言葉もないな」
力なく笑って、何かを誤魔化すようにクロードは頭の後ろを掻いた。
「逃げ出さなかったことは褒めてやる」
ディアスの言葉に、クロードの表情から笑みが引く。
眉尻を下げたクロードは、碧い瞳を揺らしながら口を開いた。だが、音にはならずそのまま口を噤んで俯いてしまう。
ディアスはクロードから視線を外す代わりに、サイナードの親子を見遣った。子供が木の根元に出来た洞を覗き込んでいる様子を、親は静かに見守っているようだった。
「人は、死んだら星になるんだって」
クロードが言った。視線を戻すと、浅い笑みを浮かべた彼と目が合う。憔悴の跡は見られたが、クロードにはもう動揺の色はなかった。
「ぼくの故郷の、古い言い伝えだよ。今ほど文明が発達する前のね。だから、迷信だってことは解ってるんだ。星の海を渡ってここまで辿り着いてるわけだしさ」
それでも、とクロードは言葉を切る。それから、空を仰ぐと目を凝らすように細めた。ディアスも彼に倣う。だが、エナジーフィールドと呼ばれる発達した文明の力で覆われた空に、星の瞬きは見られない。朝だからだ。
「今はぼくから見えなくても、遠くても、存在はしてる」
きっと、今も見てくれている。クロードの声が鼓膜を揺らす。言い伝えを迷信だと断じた声音は柔らかい。
クロードの父親が星になったのなら、ディアスの父も、母も、妹も星になれたのだろうか。死の行き着く先の星、その海を渡ってやって来た異界の青年の言葉に耳を傾けながら、ディアスはそんなことを考えた。