クロディ追加2 エナジーフィールドに包まれたよそよそしい青空に、煙が立ち昇っているのが見えた。煙は武具工房の屋根から伸びている。眼前に立ち並ぶ職人の町並みは雑然としていて、町中に立ち込めるオイルや金属の溶け出したときに生じる独特のにおいは、エクスペルのサルバをクロードに思い出させた。
まばらに行き交う人を目で追いながら時間を潰していると、目的の長身が武具工房から出て来るところを見留めた。ディアスだ。駆け寄ると、彼もクロードに気が付いて足を止めた。
「どうした。ミーネ洞窟へ向かうのは明日だろう」
「そうだよ。だからちょっと、ディアスをデートに誘おうかと思って」
ディアスが踵を返すと、冷たい冬の海のように褪めた蒼色の長い髪が外套と共に翻る。それから、彼はクロードに背を向けて歩き出した。
「待て待て待って。言い方が悪かった。ちょっとそこでぼくとお茶でもどう?パフェ、おごるから」
言ってから「しまった」、とクロードは思った。この言い回しは女性と見れば無差別に声をかける軟派野郎の挙動そのものだ。ディアスを引き留めたいあまり必死になり過ぎた。しかも相手はいくら顔立ちの整った髪の長い美形とはいえ一九〇㎝を悠々と超える大男だ。とても女性には見えない。絵面的にも厳しい。
「言い方が悪いと反省している割に、改善点が見られないどころか悪化していないか」
侮蔑を通り越していっそ憐憫すら感じさせる赤い眼差しが降って来る。居たたまれない。けれどディアスは足を止めた。千載一遇の好機を逃すわけにはいかない。
「それで、ぼくにパフェをおごらせてくれるの」
「断る」
「どうして!こんなに懇切丁寧に頼み込んでるのに!」
「おまえと並んでパフェ食べるとかいう恐怖体験は一度でいい」
ディアスに指摘されて思い出す。アームロックに来るのは今回が初めてではない。サイナードを手に入れてすぐに、一度訪れている。そのとき町で評判の喫茶店に入ったところを、先に来ていたディアスと相席する形で鉢合わせたことがあった。彼はそのときの話をしているらしい。
「そ、その恐怖体験を恐怖体験で終わらせない為にも!ぼくにもう一度チャンスをくれないか?新しい思い出で上書きしよう」
「普通に気色悪い」
わかる。クロードは声にならない声で同意した。それから、難色を示しながらもクロードの話に耳を傾けてくれるディアスの優しさのようなものに感謝した。だから、顔を覆って俯いてしまったのは情けなさや気恥ずかしさからであって、包み隠すことのない直球の悪口に傷付いたからではない。
「クロード」
溜め息と共に名前を呼ばれる。はい、とクロードは俯いたまま返事をして、ディアスの先に続く言葉を待った。死刑宣告を待つ被告人の気分だ。けれど、呆れながらも彼はクロードを突き放すことはしなかった。
「何をそんなに必死になっているんだ、おまえは」
静かに問われた。まだ顔は上げられない。
「……最近、いろいろ気に掛けて貰ったからさ」
顔を覆い隠したまま、クロードはくぐもる声で言った。
父を亡くしたその日の夜、傍にいてくれた。次の日の朝を、共に迎えてくれた。今日もそうだ。
「お礼がしたかった、というか」
顔を覆う手のひらをクロードは外しながら、上目遣いにディアスの様子を窺う。整った相変わらず感情表現に乏しい。ただ見詰められているだけなのに緊張が走り、背筋を嫌な汗が伝う。
「だめかな」
祈るような心地でクロードは付け加えた。ディアスの眉根は微かに寄っている。
「礼を尽くされるほど気に掛けた覚えはないんだがな」
淡々とそれだけを告げて、今度こそディアスはクロードに背を向けて歩き出した。
分かってはいたが、駄目だった。別に涙を堪えるつもりはなかったが、途方に暮れながら空を仰ぐ。去っていくディアスの背中をいつまでも見送っていたくなかったからだ。
綿毛のような淡い雲が、ゆったりと流れていくのが見えた。
「クロード」
名前を呼ばれて、自分でも大袈裟に肩が跳ねるのが分かった。視線を戻すと、もうとっくにクロードを置いて行ってしまったと思った男が、まだ道の途中にいた。早くしろ。薄い唇が音にならない声を発するのを見留めてたまらなくなったクロードは、石畳を強く蹴って駆け出した。
そのまま広い背中に抱き着きたくなるような、自分でも意味の分からない衝動を堪えて、ディアスの隣に並び立つ。相変わらずの涼しい顔をした男を見上げながら、本当に抱き着いてやれば良かったかな、とクロードは思った。
クロードから視線を外したディアスは、そのまま無言で歩き出す。そのほんの一瞬、町の入り口の方を彼は一瞥した。自ずと視線の行方をクロードの目が追う。或いは、仲間の顔でもあったかな、と視界を巡らせた。けれどそこには見知らぬネーデ人が行き交うばかりで、一瞬でも何がディアスの目を惹いたものをクロードは見付けることは叶わない。そうこうしている間にも、どんどん先に歩いて行ってしまうディアスの背中を、クロードは慌てて追い掛けた。