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    ケミカル飲料(塩見 久遠)

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    便利モブ。路地裏で座り込む3人。
    2023/2/5にTwitterにアップしたものの再掲です。

    今日はこれから、うちで鍋でもしませんか? 待ち合わせ時刻を過ぎたのに彼の姿が見当たらない。こんなことは初めてだったので、自分もサラリーマンの彼も心配を募らせてしまった。仕事帰りのくたびれた格好で、二人してスマホを片手にそわそわしてしまう。
     「日にちや時間を間違えているってことはないですよね?」
     「そうだったらいいんですけど、そういう方向のうっかりは今までないですよねぇ」
     どうしたものかと困ったまま顔を突き合わせていても、一向に彼は現れない。これが自分かサラリーマンの彼かどちらかであれば、問題なく過ごせただろう。行き先だけ明確に伝えてもらえば合流できるのだから。しかし待ち人たる彼はそうにもいかない。やっとこの街に慣れてきたところなのだ。
     何か厄介事に巻き込まれていなければいいが。そう思っていると、互いのスマホの画面にメッセージが表示された。そこには、
     「Help me」
     とだけ書かれていた。

     ただならぬ雰囲気を感じて思わず身構えてしまう。しかし隣に立っている彼は落ち着いたもので、「僕から電話してみますね」と淡々としている。
     「もしもし、クラージィさんですか?はい、吉田です。連絡ありがとうございます。はい、はい、なるほど。あなたの体調が悪いとか、そういうことではないんですね。今、どこにいますか?はい。あのね、クラージィさん、Don’t Panic 僕らは何も困ってませんよ、すぐに行きますから、待っててくださいね。はい、一度、電話切りますよ」
     電話をかけると、癖毛の彼はすぐに応答したようだ。目の前の彼が波風立てず、静かな調子で話しているのを聞いていたら、自分の気持ちも少し落ち着いてきた。最悪の事態ということではなさそうだ。
     「思ったよりも近くにいるみたいです。迎えに行きましょう」
     通勤鞄を持った彼に先導されて向かったのは、待ち合わせ場所から大して離れていない路地裏だった。薄暗くて分かりにくいが、足を進めていくと小さな人影を確認できた。どうやらしゃがみ込んでいるようだ。
     「クラージィさん?!」
     やはり何か悪いことが起きているのではないかと思い、つい大きな声で呼びかけてしまった。すると、彼の視線がこちらに向けられた。
     「ヨシダさん、ミキさん、shhhh」
     予想に反して、人差し指を立てて口元に当てている彼は至って元気だった。近寄ってみると、彼は大きな体を縮こまらせていて焦った様子はあるが、顔色はいつも通りであり、怪我も確認できなかった。
     「二人トモ、約束、遅レテ、ゴメンナサイ」
     そう言って申し訳なさそうにこちらを見上げてくる。隣に立つスーツの彼は手を振って、「気にしないでください」なんて小声で返している。自分だけ事態に追い付けていないのだろうか。癖毛の彼が頑なに立ち上がらないので、怪我でもしているのではないかと思って覗き込む。
     すると、そこには猫がいた。ふくよかな三毛猫だ。とても気持ちよさそうに寝ている。
     彼の固い膝の上ですやすやと眠る猫を見て、全ての点と点が繋がっていくような気がした。猫好きの彼は待ち合わせ前にこの路地裏で猫を見かけて、相手をしていたら膝の上で眠られてしまった。猫を起こしたりどかしたりすることができず、困り果てて助けを求めてきた。そんなところだろう。
     しかし、そんなことなら先に説明してくれても良かったのに。心配して損をした、とまではいかないが、それなりに癖毛の彼の身を案じたのだ。そんな思いからスーツの彼を恨みがましく見つめてしまった。すると彼は、
     「いや、近いところにいるみたいだし、説明するより現場に行った方が早いかなって」
     と、先ほどまでの冷静さはどこへやら、一転してもにゃもにゃした口調になっていた。
     「すみません。俺もちょっと動転してました。まぁ、何もなかったみたいで何よりですけど」
     冷静に考えてみれば、彼はトラブルに適切な対処をしただけなので、責任転嫁はお門違いだろう。何か問題があれば申し出てくれていたはずだ。我に返ると若干座りが悪く、謝罪と同時に未だ座り込んでいる彼に話を振ってしまった。すると彼は、
     「ゴメンナサイ。ネコ、コノママ、起キナイデス。ドウシマショウ」
     と変わらず困り果てていた。起こせば良くね?と思ったが、事態はそれほど簡単ではないらしい。とは言え、改めて彼に視線を向けると、
     「足、疲レル、シテナイ。デモ、感覚がナクナッテキマシタ」
     と、ぷるぷる震えている。おそらく足が痺れてきたのだろう。時間にして二十分は経過しているようなので、無理もないことだ。それでも猫を直接的に起こそうとはしないのは、自己犠牲が過ぎるのではないか。しかし隣の彼も猫をどかそうとしない辺り、猫というのはそういうものとして扱うべきなのだろうか。分からない。

     これ以上、男三人で頭を突き合わせていても埒が明かない。彼の足もそろそろ限界だろう。そう思い、強硬手段に踏み切ることにした。
     「クラージィさん、俺らが全面的に悪いってことにして良いですからね」
     と自分もしゃがみ込み、彼の肩に手を置いた。スーツの彼を見上げて視線で訴えると、察してくれたのか「そうですね。これ以上は無理そうですしね」と彼もしゃがみ込んだ。そして彼のもう片方の肩に手を添えていた。癖毛の彼だけが事態を飲み込めず、ぽかんとしている。
     「「せーの」」
     二人でタイミングを合わせて、彼の肩を軽く押す。普段の彼なら動じないはずだが、長いことしゃがみ込んでいたせいで、そのまま後ろに倒れていった。そのまま尻餅をついて、猫は驚いて目を覚ます。そんな魂胆だった。しかしそうはいかなかった。
     彼は確かに後ろに倒れた。しかし、起き上り小法師の要領でころんと元に戻ってきてしまった。彼が怪我をすることはないと踏んでいたが、ここまでとは。流石の体幹としか言いようがない。自分もスーツの彼も、転がされた当人も揃って唖然としてしまった。三毛猫は片目をちらっと開けただけだった。

     猫を宝物のように抱えた彼がそっと地面に尻を下ろして、所謂「体育座り」の姿勢になる。これ以上姿勢を安定させてどうするのか、と思ったが、同時に酷く彼らしいとも思った。隣の彼も同様の考えらしい。これ以上、直接でも間接でも寛ぐ猫の妨げとなるのは良策ではない。待つしかないのだろう。
     「近くに自販機ありましたよね。僕、なんか買ってきますね」
     「俺も行きますよ。クラージィさん、苦手なものあります?」
     「イエ、デモ、今、財布出セナイデス」
     「いいんですよ。さっき転ばせちゃったし、お詫びも兼ねて、ね」
     そう言って道を引き返したスーツの彼に自分もついていく。辺りは先程よりも暗くなっていて、自販機の放つ光が強く感じられるほどだった。彼の分の飲み物代をどちらが出すかとなった際に、「言い出したの俺だったし」「いや、僕の方が年長なので」と謎の押し問答を繰り広げてしまったが、ひとまず無事に購入を終えた。
     そうして、お茶、コーヒー、ホットレモンの温かいペットボトルを手に癖毛の彼の元に戻る。
     「あの猫、これ飲み終わるまでに起きますかね?」
     「どうでしょうね?猫って基本的に人間の予想を裏切る生き物だから」
     「そういうもんですか。まぁ、急ぐわけじゃないからいいのかな」
     いつになく小声で話しながら足を進める。時間のことも、予定のことも大した問題ではない。しかし、二つほど気になる点があったのだ。一つは、癖毛の彼が冷え性であること。地べたに座り込んでいては体が冷えていく一方だろう。そして、もう一つ。スーツの彼にとっても大事なことかもしれない。
     「路地裏でおっさんが三人雁首揃えて座り込んでたら、職質されないですかね?」
     そう口に出すと、隣の彼が見たこともないくらい渋い表情をしていたが、
     「うーん………でも、猫がいたら、大丈夫ですよ、きっと」
     と返ってきた。
     そういうものなのか。猫ってすごいな。

     彼の自宅にいる三匹の猫の話を聞いていると、あっという間に目的地に到着した。すると、癖毛の彼の様子がおかしいことに気付いた。体育座りのまま、両手を広げてあわあわとしている。しかし、先程のような困惑ではなく、むしろ嬉しそうな、感動しているような感じだろうか。何事かと覗き込むと、三毛猫が彼の腹を前脚で押していた。正確には彼のダウンコートに対してなのだと思われるが、リズミカルに前脚を交互に押し付けている。猫のこういう行動はなんというのだっけか。脳内で検索していると、こちらに気付いた癖毛の彼が、
     「ネコ、フミフミ、シテマス!」
     と小声ながらも興奮冷めやらぬ様子で見上げてきた。スーツの彼が笑顔で親指を立てているのを見るに、猫にとっては素晴らしい状況が整っているということなのだろう。
     これは先が長くなりそうだな。そんなことを思いながら、冷たい地面に腰を下ろした。

                                          完
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    ケミカル飲料(塩見 久遠)

    DONEミキとクラ♀。クマのぬいぐるみがきっかけでミッキが恋心を自覚する話。クラさん♀が魔性の幼女みたいになってる。これからミキクラ♀になると良いねと思って書きました。蛇足のようなおまけ付き。
    2023/4/8にTwitterにアップしたものに一部修正を加えています。
    魔法にかけられて 「それでは、失礼します」
     深めに礼をして、現場を後にした。ファミリー層向けイベントのアシスタントということで、テンションを高めにしたり、予想外の事態に見舞われたりと非常に忙しかったが、イベント自体は賑やかながらも穏やかに進行した。主催している会社もイベント担当者もしっかりとしており、臨時で雇われているスタッフに対しても丁寧な対応がなされた。むしろ、丁寧過ぎるくらいだった。
     その最たるものが、自分が手にしている立派な紙袋だ。中には、クマのぬいぐるみと、可愛らしくラッピングされた菓子の詰め合わせが入っている。
     「ほんのお礼ですが」
     という言葉と共に手渡された善意であるが、正直なところ困惑しかない。三十代独身男性がこれを貰ってどうしろというのだろうか。自分には、これらを喜んで受け取ってくれるような子どもや家族もいなければ、パートナーだっていないのだ。そして、ぬいぐるみを収集、愛玩する趣味も持っていない。
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