無惨様が外部の人に自分達の関係を「ビジパ」って言う度に①悲しくなる黒死牟 無惨の傍らにはいつも秘書の黒死牟がいた。無惨の活躍は本人のカリスマ的な魅力が大きいが、陰に日向に無惨を支える黒死牟の存在が大きいことも本人を含め誰もが理解していることである。
それを踏まえた上で、無惨は問われた。
「鬼舞辻先生にとって秘書である黒死牟さんは、どのような存在ですか?」
無惨は数秒考え、ふと視線を黒死牟に向けた。その視線こそが信頼の証であり、ふたりにしか知りえない合図なのだろう。
しかし、無惨と言えど人であり、同じく黒死牟も人なのだ。
二人の想いが寸分違わず一致することなどありえないのだが、二人は互いを過信しすぎていたのだろう。
「黒死牟は私にとって体の一部のような存在であり、そうですね……かけがえのないビジネスパートナーですね」
無惨がここまでの信頼を示す相手はいないだろう。誰もが納得する回答であったが、ただ一人納得できなかったのが、言われた黒死牟本人なのだ。
いかなる場面でも、無惨は自分たちを「ビジネスパートナー」と称した。それは最上級の信頼を意味し、運命共同体であると認められたという名誉ではあるが、愚かだと自覚しているが黒死牟は無惨にそれ以外の想いを抱いている。
「光栄です」
そう短く返事し、見えない硝子の壁に隔たれているような気持ちで無惨の後ろに立っていた。
インタビューを終え、後部座席に乗り込んだ無惨は大きな溜息を吐きながらネクタイを緩めた。化粧で誤魔化しているが連日の激務で疲労困憊なのだ。
「この後の予定はございませんが、お食事はいかがなさいますか?」
「もう寝たい」
「畏まりました。ご自宅までお送り致しますね」
黒死牟の返事を聞いて、無惨は姿勢を崩し小さな寝息を立て始めた。ルームミラーをちらりと見ると無防備な寝顔が映り、思わず口許が緩んでしまう。
こんな寝顔を見せるのは自分にだけだろう。
議員宿舎とは別に借りてあるマンションに向かい、駐車場に停めてから抱き上げて無惨を運ぶ。黒死牟の腕の中でも目覚めることなく眠り続けている。
もし自分が謀反を企てて無惨に危害を加えたとしたら。そのつもりがなくても事故で無惨を危険に晒すことがあるかもしれない。しかし、そんなマイナスの可能性を一切排除し、黒死牟に全幅の信頼を寄せている。それが解っているから黒死牟も裏切ることはできないのだろう。
「無惨様、着きましたよ」
ドアの前まで案内すると、無惨はごそごそと鞄から鍵を取り出し、自宅に入るとバスルームまでの道のりでスーツを脱いで歩く。床に捨てられたスーツを拾い上げながら後ろを歩く黒死牟に気付いて、無惨はぎゅっと抱きついた。
「すまんな、おやすみ」
ぱたんと洗面所のドアが閉められる。その瞬間、無惨のスーツを抱きしめて床に蹲った。スーツから無惨の甘い残り香がする。この抜け殻を抱きしめることで、この感情を押し殺さないと隣に立つことは許されない。
一番近くにいるのに永遠に手の届かない存在。
そんな相手に恋をした自分が愚かなのだと涙を堪えながら、スーツをハンガーに掛けると静かに家を出た。