嫉妬深い無惨様 あれは何度目の当選パーティーの時だったか。無惨がテレビのインタビューに応じ、妻の麗がパーティーに来た後援会のひとりひとりに頭を下げている時に、無惨の一人娘がとことこと黒死牟のところにやってきた。
「つぎくにさん」
「どうしましたか、お嬢様」
娘に目線を合わせる為に黒死牟はしゃがんで、サングラスを外して微笑む。娘に向ける表情は柔らかいが、周囲に怪しい人間がいて娘を狙っていないか目を光らせているので緊張は解いていない。
黒死牟と目が合うと娘は顔を真っ赤にして背伸びをするので、黒死牟が更に顔を近付けると娘は耳元で囁いた。
「大きくなったら、私と結婚してください」
この話を聞いて、無惨は頬を思い切り膨らませて眉間に皺を寄せた。
「娘が結婚したい相手ナンバーワンは父親だろう? どうしてお前なのだ!」
「はぁ……」
仕方無いだろう。無惨が多忙なので、入園式、運動会、授業参観等、すべて黒死牟が代理で出席している。そりゃ先生も保護者もイケメン議員の鬼舞辻無惨を見たかっただろうが、無惨よりも若いロン毛のキラキラしたイケメンがやってきて、しかも無惨の娘を皆の前で「お嬢様」とお姫様のようにチヤホヤしているのだ。
女とは恐ろしいもので、幼いながらにマウントを取る本能は既に芽生えている。鬼舞辻無惨を父に持ち、イケメン秘書が傅いている時点で彼女は既に女のヒエラルキーの頂点にいる。
そもそも彼女は女の王になる素質がある。容姿端麗の両親から良い部分だけを抽出したかのような恵まれた容姿に加え、明るく利口で、議員の父親と良家の令嬢の母と家柄も申し分ない。将来、女版鬼舞辻無惨になるのだろうと思うと彼女の未来が楽しみである。
しかし、娘の初恋は実らないことが確定している。
無惨は拗ねた表情で黒死牟に抱きつき、仕事の邪魔をして興味を引こうとしていた。
「娘がライバルとは……どこに怒りをぶつけたら良いのだ?」
そう、黒死牟は鬼舞辻無惨の秘書であり、愛人なのだ。それも娘が生まれる前から関係は始まっており、夫婦の寝室より黒死牟のマンションで夜を明かすことの方が多い。
無惨の誘いに応じる為、黒死牟はパソコンを閉じ、向き直って無惨の首に腕を回した。別に急ぎの仕事ではない。無惨の発言に少しばかり腹を立てていたのだが、ちゃんと娘がライバルという自覚は持っていたのか、と黒死牟は安堵する。目の前にいたのは恋人の鬼舞辻無惨ではなく、父親の顔をした男であった。この顔をされると自分が蚊帳の外に置かれている気がして無性に寂しくなるのだ。
「いや、でも、娘をお前に嫁がせるのも面白いかもな。婿養子にすればお前に鬼舞辻姓を名乗らせることが出来るし、私の地盤をお前に譲って政治家にしてやることも出来る。何より、お前の子を私の孫に出来るなんて最高ではないか」
合法的に黒死牟の戸籍と遺伝子を一族に組み込むことが出来ると大喜びなので、男というのは愚かな生き物だと思えてしまう。
「そうですね……私でしたら無惨様のようにお嬢様を泣かせたりしませんからね」
妻である麗が無惨と自分の関係に気付いていない筈がない。それでも娘を抱え、文句ひとつ言わず妻の座にいるのは肝が据わっていると感心する一方、見えないところで多くの涙を流していることも察している。その罪悪感から出た言葉に対し、無惨は挑戦的に笑う。
「なんだ、私との関係を終わらせるのか?」
ギシッとベッドを軋ませて黒死牟の上に乗る。
「娘にバレないようにお前が上手く隠せば良いし、お前のすべては私のものだから娘であっても譲る気はない」
「そんな無茶苦茶な……」
無茶苦茶だが無惨の中では何もおかしい部分はない。自分の遺伝子を持つ娘は宝物であり、自分の愛した黒死牟も当然自分のものなのだ。だからといって宝物同士が番になることを許したわけではなく、それらは個々に無惨のものなのだ。
「で、お前は娘に何と返事をしたのだ」
「無惨様に確認します、とお答えしました」
真面目に黒死牟が答えると笑いながら抱きしめた。
「そうだ、お前は私だけのものなのだ」
そう、これで良いのだ、と黒死牟は解っていた。
娘との結婚など年齢差を考えても現実的ではないし、一介の議員秘書など彼女の夫には相応しくない。彼女は将来、無惨の政略の道具として嫁ぎ先を決められる。彼女もいつしか自分と同じ無惨の手駒のひとつになってしまうだろうから、少しでも幸せになって欲しいと願いながら無惨の薬指に光る銀色の指輪を見つめていた。