共輪廻生まれ変わっている。
そう気づいたコレは、たぶん二回目の人生ではなかった。自覚が芽生えるよりもずっとずっと昔から、何度も同じようなことを繰り返しているのだと、誰も教えてはいないのに勝手にそれを理解した。一度折り目をつけた紙はどうやっても真っさらには戻らないのと同じように、この魂には痕が残っている。折り目が重なっている。
「…なんだ、それは」
そのことを伝えた高杉の表情は驚愕に満ちていて、とりあえずその反応でああ今回はこのパターンかと、この先の流れを絞り込む。場合によっては俺は魔女裁判だか異端審問だかに掛けられてそのまま殺されることもあるのだけど、幸いにも今回はそこまで過激な世界線ではないらしいので即ゲームオーバーということもないだろう。まあ宗教色が弱いだけで命の価値は軽そうなので、長生き出来るかは怪しいが。
「気でも狂ったのか」
「俺も最初の頃はそう思ってたけど、まあ思い出しちゃったんだよね」
この魂の歩みは、厳密には転生と呼んで良いものなのか定かではなかった。全く時系列には沿っていないうえ、どう考えても地球のそれではないだろうと思われる環境に生まれることもある。与えられた立ち位置は勿論のこと、言語も違えば物理法則も違っていたりする。
例えば俺は女だったり学生だったり妖怪だったことすらある。かと思えばどうにも見たことのある世界で見たことのある歴史を辿って、ほんの少しだけ違う結末を迎えることもある。
その全てを覚えている訳ではない。そんなことをしたら本当に頭がおかしくなってしまう。
「俺の魂は神様に捏ねくりまわされてるっぽいんだわ。ま、それは良いんだけど」
笑う。空笑いだ。全然おかしくないし全然笑えない。でも笑うしかない。
百歩譲って、何の因果かこの魂が何百何千もの人生を輪廻し続ける羽目になったのは飲み込むのとしよう。何故かそこに付き合わされている奴がいる。
今生においては松下村塾の塾生同士で一緒に攘夷戦争に参加するという、比較的よく見る関係性に落ち着いている高杉だ。
「何回生まれ直そうが、どれだけ離れたところで無関係な人生を送ってようが、必ず俺とお前は出会っちまうんだよな」
そして惹かれ合ってしまうということは口にしないでおいた。磁石のS極とN極が引き寄せ合うみたいに、まるでそんな宇宙の法則でも存在しているかのように、必ず高杉と自分は惹かれ合う。その世界における情勢やルールがそれを許すと許さないとに関わらず、だ。
そんな調子なので、別にこちらから言い出さずともお互いの中にある言い知れぬ情の存在など、とっくの昔に気づいているに違いなかった。自分達は、そういう風に出来ている。そういう風に決められている。
「それでさ。とりあえず先に聞いておきたいんだけど、お前、俺のこと殺せそう?」
「…は」
「いやね、このルート一番よく見るルートなんだけど、俺が一番嫌なルートでもあるのよ」
ここで殺せると即答されることもあれば、馬鹿なこと言うなとそっぽを向かれることもあった。このやり取りを無かったことにされることもあれば、これがきっかけで懇ろな関係になったこともある。無数に分岐する世界を、それこそ無数に見続けてきた。
ただ、このルートにおいては高杉が俺を殺してくれないと困る。だってそうじゃないと、俺が高杉を殺す羽目になる。
数多ある世界の中には、それを乗り越えて江戸で明日を紡ぐような世界や、何とも驚くべきことに高杉以外の野郎と収まるところに収まる世界なんかもあって、実はそっちの方が分岐の確率としては高かったりする。まあ、それはそれで綺麗な結末なのかもしれない。
ただ、自分は。この人生を生きている自分は。そんな大団円を認められない。だってそこには、高杉が居ない。
「それでなんで、そんなことを聞く」
「いやほら、無理そうなら早めに次に行った方が良いかなって」
言った瞬間に体が吹き飛んでいた。障子戸をぶち破って、背中から後ろに倒れ込む。左頬に感じる強烈な熱と鉄の味。口元を拭った手の甲には赤い筋がついた。
このパターンは、ちょっと、見た事がなかった。
「それはどういう意味で言ってる」
高杉が握る拳が震えていた。
「…次ってのはなんだ。別の誰かって意味か。それならまだ許してやる」
「ちげぇよ。お前の代わりは何処にもいねぇだろ」
高杉と同じ姿形で生まれてきた赤子を見たこともある。でもあれは、お前じゃない。高杉ではあるけど、お前じゃない。俺はお前を失わない未来が欲しい。
「見込みのない人生なら、早めに見切りつけた方が手っ取り早いだろ」
「…てめぇっ!」
高杉が馬乗りになって着物の襟を掴んだ。遠慮無しに引き上げられて、射殺されそうな目つきで睨まれる。今はもう右側しか残っていない、その目で。
「よりによってお前がそれを言うんじゃねぇ!戦場だろうが何だろうが人死にを誰よりも嫌ってんのはお前だろうが!」
「そりゃあそうだよ、寝覚め悪いもん」
「そのお前が、なんで簡単にそんなこと吐かしやがる」
「そりゃあ、お前。だって、次があるから」
首を傾げて言うと、高杉は心底気に入らないと言わんばかりに唇を噛んで、持ち上げていた襟を荒っぽく落とした。打ち付けた後頭部が痛い。そしてそのまま体の上から離れていく。背中を向けたままで、頑なにこちらを見ない。
「お前をそんな風にするために、やったんじゃない」
「…ん?」
「お前を付き合わせた、俺が悪いのか」
「なに、何の話」
「……」
聞いても高杉は答えない。こんなルートは見たことがない。だからこの先の分岐が分からない。高杉がなぜこんな風に反応するのかが分からない。
黙られると余計に不安が煽られて、堪らずに高杉の肩を掴んだ。何か、何でもいいから言って欲しくて。
「俺ァただ、もう一度この左眼で、てめぇが見たかっただけなんだ」
もう何も映さない左眼を押さえて、高杉はそれだけを答えた。