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    sonogo888

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    sonogo888

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    🦁☔️ ちょっと暗いはなしです。
    うっすらホラーっぽい雰囲気にしたつもりです。
    季節外れですが、夏のふたり。

       ■ ■ ■


    「村雨ってさ、花火した事ある?」

    コンビニの商品棚で見かけた花火のセットを手に取り、獅子神がふとそう尋ねた。
    東京管区気象台がやけに長かった梅雨明けを発表したのは、もう先々週のこと。確かに今は盛夏を告げる蝉が鳴き、世界はとっくに眩しい八月を迎えている。
    獅子神のベッドで深い午睡をした村雨は、冷凍庫のバニラアイスではなく口触りのいいソフトクリームが食べたくなり、近くのコンビニへ足を運んでいた。
    空はまだ青く、店内は賑やかに客が入れ替わっている。
    「ある。記憶では兄が十歳になるまで、毎年夏休みに実家の庭でしていた」
    ソフトクリームを持った村雨が、隣で答える。
    「じゃあ久々にやるか?今度、うちの庭でさ」
    そこで何気なく商品を見回っていた獅子神がしゃがんで選んだのは、大小二種類あるセットのうちダイナマイトみたいなものが入ったセットではなく、手持ち花火がいくらか入っている方だった。
    数年前に見た時とあまり変わらない、ほとんど網膜への嫌がらせというほどの色彩をしたそのパッケージ。
    「………」
    獅子神は、村雨の返事を待たず「まあアイツらもこういうの好きそうだし、買っとこ」と、それを自分の持つカゴに入れてしまう。
    花火。
    村雨は、少しそれを見下ろした。
    獅子神がここ数日あまり元気がない事を、村雨は知っていた。先日の試合で彼が負った怪我は三箇所。うち一箇所はわずかほど腕を縫ったのだが、わざわざこうしてアイスを買いにコンビニまで付いて来られる程度には全体として軽傷だった。
    「ほら、行こう」
    村雨の持っているソフトクリームも受け取り、二人でレジへと並ぶ。
    会計中、いつものように財布の中の小銭をまるで全部捨てるように募金箱に入れる獅子神。
    彼はいつの間にか、蚊取り線香や虫除けスプレーも一緒にカゴの中に入れていた。
    村雨は、それに気付いていた。



    夕食を済ませて、獅子神が皿を洗っている間に村雨は今度の学会で発表する資料をまとめていた。
    この家の広々としたダイニングテーブルにパソコンを置き、並べた書類を眺め、適度にエアコンの効いた空間で悠々と暖かい紅茶を飲む。
    窓の外は晴れた夜空に、星や月が明るくその光をおだやかに降らせている。
    「風呂は、あとでにするか?」
    ザーザーカチャカチャとしながら、獅子神が顔を上げずに聞く。
    「そうする」
    「なんか曲でもかけてやろうか?集中できそうなやつ……」
    村雨は、「そうだな……」と言いながら三行ほど一度に文章をカタカタと入力してから、ゆっくりと手を止めた。それから、少し手元の紙を何枚か見ているうちに、水道を止めた獅子神が手を拭きオーディオ機の側のリモコンを拾いに行く。
    「どれにする?」
    そこで、村雨は一度黙って窓の向こうを見る。それから、静かにパソコンをぱたんと閉じた。
    「花火をしよう」
    これに獅子神は、リモコンを持ったまま、お……今?という瞬きする顔で村雨に振り向く。
    「私が、準備をする」
    テーブルの上の物を軽く傍に片付け、紅茶をひとくち飲み、村雨は颯爽と立ち上がると廊下の奥へと消えた。そして、少しして洗面室からバケツを持って姿を現す。
    庭へと降りられる窓を開けて、玄関で靴を履き、まずは外の倉庫から勝手にホースを持ってきて散水栓の蛇口に付けた。そして、それを引きずるようにして庭に向かう。
    獅子神はそれを、開いた窓から口をあけて見ていた。
    「オレやるけど」
    すでに村雨が手際良く水を撒き出したあたりで、獅子神がやっと我に返ったように言う。
    「私の方が要領は得ている」
    村雨は姿勢良く立ち、手首を動かし一帯に水を満遍なく浴びせて答えた。
    虫の声がしていた庭は、突然のただならぬ変異に一時閉口していた。静かになった夏の夜の中。水と土と草のにおいで満たされたそこは、さわさわと水を撒く音だけが聞こえる。
    水を止めた村雨が窓に来て、「蚊取り線香を」と言うので、獅子神はすでにもうそれらを花火と一緒にレジ袋ごと雑多な物入れに仕舞っていた事を思い出して、すぐに取りに行った。そして、それを持って自分も外に出る。すると、庭はここに住みだして以来今までにない新鮮な夏の空気となり、風はそよともしないのに植木も芝生も深い呼吸をしている事が感じられた。
    ざっぷりと入れられたバケツには、黒い夜が映っている。
    村雨が、蚊取り線香を器用に取り出し火をつけた。
    ほう、とした淡い火のあかりが灯り、それがふっつりと消えると灰色の煙が独特のにおいとなって夜に溶ける。
    リーリーとまた闇が鳴く。
    そうだ、とすっかり手持ち無沙汰だった獅子神は「スプレーしてやるよ」と、持っていたレジ袋を探り虫除けの容器を振ってキャップを外した。
    すると、村雨は「私は、しなくても大丈夫」と、少し笑う。
    「あ?でも……」と言う獅子神。村雨はそれをこちらに渡すように手のひらを差し出して怪訝そうな相手からボトルを受け取ると、獅子神の腕を出させて、それから服や足元にも丁寧にスプレーをかけてやる。
    「蚊に刺された事は、ない」
    「………」
    あいている首元に軽く吹きつけ、そこから指の先で頬や襟足の細かい部分にまでそれを塗り広げる。
    そうされている間も、獅子神は目を丸くしていた。
    「ないって、一度も?」
    「記憶しているかぎり、一度もない」
    目にかかる前髪を上げて、額や鼻筋にも指を滑らせる。
    「父や母には、私の血液型はB型なのであまり美味しくないのだと、ただ笑われていたが、いつも一緒に行動していた頃の兄には、私がすべての蚊に無視されているぶん自分だけが集中して刺されているのだと言われ、とりわけうらめしく思われていた」
    村雨は、それを面白そうに話す。
    「幼い頃、バーベキューやキャンプに行けば、蚊除けをしているのに手や足はもちろん首や顔、はては瞼まで刺されるのが夏の兄の風物詩だったからな。いつも走り回っては大きな声で笑い、泣き叫び、さんざん汗をかいていたので、あの貪欲な生き物に熱い血を持つ美味い人間として察知されやすかったのだろう」
    「……オレも、知らない間によく刺されてた」
    懐かしそうな村雨に、獅子神があまり風呂に入る事のできなかった頃の自分を思い出して言うと、「こういう所が、一番かゆいのだろう?」と村雨は指の関節をひとつひとつをなぞるようにして薬液を滑らせていく。
    「蚊も、一人一人を品定めするように匂いで好みを選んで、自分にとってより魅力的な血を求めてその人間を刺しているという研究がある。だから私のこの不人気な血液は、彼らにとって冷たくて苦い毒のにおいがするのかもしれない」
    「………」
    「それに対してあなたの血は、砂糖の溶け込んだ果物のジュースのようにとても甘いにおいがして、忘れられない特別美味しい味がするのだろうな」
    そんな冗談を言う村雨は目を細めて笑うと、これでよし、と最後にもう一度、彼の頬を両手で包み込み「では、しよう。花火を」と、早速レジ袋からそれを出した。

    しゅわわっ、という景気の良い音と、おどろおどろしくさえ見える赤と緑の光に、普段はこの家の風景としての役割でしか存在していなかったその庭は、しばし異様な賑やかさと開放的な明るさに包まれた。
    想像していた以上の火花の勢いに獅子神は、おーっ…としか感想を言えなかったが、それでもその訳の分からない高揚感にくすぐられるみたいに思わず笑ってしまった。
    火や火薬の、刺激的なにおい。中にはダイナミックなものもあったり、思わぬ強弱の鮮やかさを見せたり。
    村雨も、激しく輝く光を眺めながらそんな様子の獅子神の隣で少し微笑む。獅子神の花火が消えると、村雨は自分の花火から次の花火へと火を点けてやり、今度は獅子神もそれを村雨へと真似て、二人はつぎつぎと様々な閃光の消耗を楽しんだ。

    やがて、その大半を使い果たし、バケツの中がその残骸でいっぱいになる頃。
    薄く煙の残る庭のデッキの一画に座り込む獅子神は、すぐ隣にいる村雨とキスをした。
    しばらく夏の夜の下にいた彼の額は少し汗ばんでいたが、それを拭うこともなく村雨の肩を抱き寄せて目を閉じた。
    自宅敷地内とはいえ外でのキスは、たとえ人目のつかない場所でも、暗い車内でも、しないようにと獅子神は自分で決めていた。
    でも今夜、村雨はここで彼にキスされるのを許したし、獅子神も自分にそれを許した。
    二人の手元のあいだで、最後に残っていたのは線香花火。
    しん、とした静かな庭で、蚊取り線香の煙だけがゆらゆらと揺れている。
    獅子神が笑って唇を離す。
    「……これも、やっちまおっか」
    照れくさそうに、儚いこよりのようなそれを摘み上げて、獅子神がまずはライターで火を点ける。
    ぱちぱちと、小さく弾けては消える、その踊るような狂うような火花。時に雷光を降らすみたいに激しく、そして最後は力果てて命の尽きるようなひとつひとつ劇的ともいえる瞬間の上演に彼は、しばし心を打たれたのか無心でその一部始終を見つめ続けていた。
    すぐ隣で村雨は、自分は花火に火をつけずそんな獅子神の横顔を見る。
    獅子神が、突然思い立ったようなこの戯れに対して無意識のうちに何か供養のような、儀式めいたものを望んでいる事を村雨は知っていた。

    先日の試合で、獅子神は勝利した。
    だが村雨が思っていた通り、それを自分に伝える彼の顔に心からの笑顔は見られなかった。
    村雨は、試合相手が、ゲームの最後に決定的で深刻なペナルティを受けたという事を銀行から聞いていた。
    観客席の制御不能の拍手と歓声。
    終了を告げる、司会の熱狂じみた迫真のパフォーマンス。
    獅子神は勝利の栄光とともに、その叫び声と大量の血液を目の前で───

    すると、わずかな血のにおいにはっとして村雨は目を上げる。
    知らない、嫌な感覚がした。
    不吉な羽音がした気がして首に手をやると、獅子神が「あ……」とそれに気付く。
    ふ、と手元から火の玉が落ちて地に辿り着く前に消える。
    村雨は少し驚いていた。蚊に、首を刺された。
    煙のにおいで、鼻が鈍っていたのだろうか。
    見ると、いつの間にか肘の裏にもその小さな腫れの膨らみがある。
    「触るな」
    村雨は掻いたりするつもりは無かったが、獅子神が手を取り上げうなじの髪を退けてそれを真剣に見る。その顔は、ひどく青ざめている。
    「もう部屋に戻ろう。村雨。薬、すぐ塗ってやるから」
    獅子神は、目の前の遊びや、それに気を向けていた自分自身すべてに興味を失ったかのように、村雨の手を握ったまま立ち上がる。
    「平気だ。それに、まだ残っている。これをやってからでもいい」
    村雨が花火を指差すのを、「ダメだ」と獅子神は首を一度振り、強くそう答えた。
    「もう十分やったし、後ですぐオレがちゃんとここ片付けるから、行こう」と、村雨が手に握っていた線香花火もバケツに放り込んでしまう。
    「獅子神」
    「───……ごめん」
    獅子神は、自分の行動や感情を恥じるように一度背を向けた。

    「こわいのか?」
    冷えた声で聞く。
    村雨は、静かに獅子神の腕に手を伸ばしてそう笑った。
    「嫌いか?、人間らしい、弱い私は」
    「違う」
    「私は、自分が変わる事に恐れはない」
    「違う、村雨、そういうのじゃねえ……」
    「それは、あなたが変わっても、変わらなくても、同じだ」
    村雨は、「なにもおそれない」とゆっくりとその俯いている彼の顔をこちらへと向かせると、今度は自分の方からキスをする。
    …………
    愛に濡らした唇。
    獅子神が自分から離れないよう、村雨はその背や腰にまで腕を絡めて抱いた。すると、獅子神がそれに抗えずに気が抜けて、その肩の力がおのずと少しずつ柔らかくなっていくのが分かった。
    彼の体の中の澱んだ熱が、急速に薄まっていく。
    「……外では絶対しないって、決めてたのに。今日、二回もしちまった」
    額をコツンとして、獅子神がため息まじりに目の前の唇を見下ろす。
    「一度目はあなたがしたのだろう。それに、そんな約束を勝手に決めて禁じていたのはあなただけだ」
    ふふん、と笑うその顔。
    「あなたも柔軟になれ、少しは」
    もう一度村雨に促されて、あとで続きがあるような軽いキスをしあう。

    「……そろそろ片付けて、部屋にもどろっか。もう」
    「ああ……」

    二人でほのかに甘く言い合ったあと、レジ袋や燃え尽きた残骸を拾い、後片付けをはじめる。
    獅子神がバケツの花火をまとめて庭先に捨てにいく間、村雨は片隅で半分ほどすっかり白く灰にさせた、その虫を殺すはずの線香を見下ろした。

    ───くれてやれない。
    あの男の血も、肉も、こころも、何もかも。

    村雨は、弱々しく煙を漂わせるそれに上から水を浴びせる。

    ジュウ、と静かに押し黙った、夜。

    闇夜の虫の無数の目だけが、それを見ていたかもしれない。











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    recommended works

    夏月@kzntki0629

    PAST書きたいところだけを書いた誘い受けな村雨さんと(素人)童貞な獅子神さん。
    えっちなお姉さんな村雨さんが書きたかった。
    誘う男 「……お前、なにしてんの」
    風呂から上がると、オレのベッドに腰掛けている村雨がいた。オレが貸したパジャマを着ていたが、下は履いていない……と思う。流石にパンツは履いてると思いたいが、チラッと見えた感じ履いてない気がする。
    オレの視線に気付いたのか、脚を少し広げてきやがるから反射で手に持っていたタオルをぶん投げた。思いの外勢いのついたタオルは村雨の顔面に真っ直ぐ飛んでいった。
    「……おい、何をする。死にたいのか」
    「わ、悪い、つい」
    ずるりと落ちたタオルからは瞳孔を開きながらこちらを睨む顔が見えて、考えるより先に謝罪が口から滑り出た。
    俺の謝罪にひとまずは機嫌が直ったのだろうが、村雨はそれ以上何も言わずにすらりとした白い脚を組んだ。元々あまり外に出ないのだろう、村雨の身体は日に焼けるなんてものとは無縁なようで、体毛が薄いのもそれを顕著にしていた。いっそ不健康なほど白い生脚は、オレにとっては目の毒だ。タチが悪いのは、この男はそれを知りながらこうしているということだ。
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    takamura_lmw

    DONE桜流しのさめしし、もしくはししさめ。ハッピーエンドです。ほんとなんです。メリバでもないキラッキラのハピエンなんです。信じてください。

    これがずっと出力できなくてここ一ヶ月他のものをなんも書けてませんでした。桜が散る前に完成して良かったと思うことにします。次はお原稿と、にょたゆりでなれそめを書きたいです。
    桜流し 獅子神敬一が死んだ。
     四月の二日、桜が散り出す頃のことだった。



     村雨にその死を伝えたのは真経津だった。
    「——は?」
    「死んじゃったんだって。試合には勝ったのに。獅子神さんらしいよね」
     真経津は薄く微笑んで言った。「獅子神さん、死んじゃった」と告げたその時も、彼は同じ顔をしていた。
    「……いつだ」
    「今日。ボク、さっきまで銀行にいたんだ。ゲームじゃなかったんだけど、手続きで。そしたら宇佐美さんが来て教えてくれた。仲が良かったからって」
     村雨はどこかぼんやりと真経津の言葉を聞いていた。
    「あれは、……獅子神は家族がいないだろう。遺体はどうするんだ」
    「雑用係の人たちが連れて帰るって聞いたよ」
    「そうか」
    「銀行に預けてる遺言書、あるでしょ。時々更新させられる、お葬式とか相続の話とか書いたやつ。獅子神さん、あれに自分が死んだ後は雑用係の人たちにお葬式とか後片付けとか任せるって書いてたみたい。まあ銀行も、事情が分かってる人がお葬式してくれた方が安心だもんね」
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