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    kusare_meganeki

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    POIPOI 58

    kusare_meganeki

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    次のエピローグで最後です

    チュリ星 中編の下現実から再び夢の中へ‪──‬億泡に溶ける間にも、繋がった手の体温はそのままだった。
    夢で目覚めるという奇妙な体験を経て、再び黄金の刻に降り立った時にも星とアベンチュリンの手は繋ぎっぱなしだ。夢境内のホテル・レバリーのエントランス前で、彼女は手を繋ぎっぱなしであるかを確認している。
    「行こう、こっち」
    再度手を強く握り締めた星はそれだけ言うと、アベンチュリンが問いかけるよりも先に小走りに進み出した。繋がった手が引かれ、アベンチュリンはその後を追いかける。絢爛豪華な空間、道いく人々が微笑ましい視線を二人に向けてきた。
    「待ってくれ、星。君は一体、どうやって僕に……」
    「ココナという服屋の店長がいたの」
    彼女の足は、ホテルのエントランスからドリーマーズ商店街へと進んでいる。走る車の間を抜けて、ただ真っ直ぐに。星が言うに、そのココナという女性は高級服飾店に勤めていたそうだ。そこに訪れた理由は、たまたま店の前を通りかがったから。
    二人は、ココナが働いているショップの前に辿り着く。そこに立っていたのは、褐色の女性だ。彼女は星を見るなり、小さく手を振っている。
    「彼女が、ココナ?」
    「うん、そう。良かった、今日も元気そうで」
    良かったとは、どういう含みだろうか。そこが気になったアベンチュリンは‪──‬そもそも、ここに自分を連れて来た意味も込めて、問いかける。
    「あのココナという女性と君の間に、何かあったんだろう?聞かせておくれよ」
    「まぁまぁ焦らないで」
    何故か焦らされる。ココナへ手を振る星は、行こうとアベンチュリンの手を引いた。彼女の顔を見せたくて、ここまで来たようだ。
    歩き出す星の少し後ろについて、アベンチュリンは彼女へ行先を問う。だが、何も答えてくれない星は、大丈夫とだけ言った。この間に、一体何を見れば良いのか分からずに辺りを見回す。相変わらず看板は目煩く、動く看板が店に寄っておくれよと誘ってくる。
    アベンチュリンにとっては、変わらない風景だ。これが、星にはどう映っているのかは分からない。
    ただ、今の状況は星に委ねている状態だ。彼女に舵を任せて、その行先についていく。
    カンパニーに捕まり、ジェイドの口を通ってダイヤモンドから社員に雇用された時とは違う。正直に言えば、この手を振り払ったって良いのだから。
    だが、その選択肢を選ぶ事はなかった。やがて、二人の足は商店街の出入り口となる階段へと辿り着いた。そのすぐ側には、スラーダが吹き出る噴水がある。以前、アベンチュリンがここを通った時は二人のピピシ人がいたが、今は誰もいなかった。
    「よいしょ」
    手を繋いだまま、星は噴水の縁に座る。アベンチュリンはその側に立つことにした。彼女の引っ張られるように、アベンチュリンの腕は少し上に向いている。
    「危ないよ星、落ちたら全身スラーダまみれになってしまう……いや、君にとってはそれも面白いことかな?」
    「落ちてみよっか?」
    イタズラに微笑む星に対し、アベンチュリンはゆっくりと首を横に振った。
    「僕は止めないけど、君、その服の代わりになるものはあるのかな」
    「なんとかなるでしょ。夢の中は自由なんだよ」
    「都合良く夢を使うなぁ……って、待った!」
    星の重心が後ろに傾くことを感じ取ったアベンチュリンは、慌てて繋いだ手を強く引いた。まさか、本当に落ちようとするとは思わないだろう。スラーダなんて人工甘味料の海に全身沈めば、困るのは彼女だというのに。
    「止めてくれるんだ、ありがとう」
    「……君が全身砂糖でびたびたになったら、大変だからね。見えるリスクに対処するのは、生きていく上で必須だろう?」
    星の礼に、アベンチュリンは取り繕う。
    金も無いから、新しい服を買うことも出来ない。無論、夢の中の話だ。直ぐに目を覚ませば良いだけの話なのは、アベンチュリンも承知の上ではあるが‪──‬星が目覚めようとしなければ、自分もまた起きられないのも、承知の上であった。
    「それで、どうして僕をここに連れて来たのか聞いても良いかな。あの、ココナという女性の話も気になるしね。そろそろ焦らさず教えてくれると嬉しいんだけど」
    「ああ、そうだったね。……コホン」
    わざとらしい咳払いを一つ、星はココナについて語り出す‪。
    当初出会った時は心が疲弊し切っていたという。完璧な接客、だがそこに何かが足りない。澄んだ声はまるで鳥のようであったが、飛ぶことに疲れたような心境が垣間見えた‪‪──‬と語る星の言葉は、どこかポエムチックだ。一体何に影響を受けたのかは分からないが、アベンチュリンは口を挟まずに彼女の話を聞くことにした。
    「何が売ってるか分からなかったから、ココナのおすすめを聞いていたの。彼女からファッション雑誌を受け取った時、なんか体調が悪そうになって……」
    気にしないでくれと言われた星は、そのままファッション雑誌を開く。すると突然一枚のメモが足元に落ちて来た。そこに書かれていたのは、ココナの業務に関することだったそうだ。
    「忘れっぽいとは違う。さっきまで会話していた私のことまで、ぼんやりと忘れてた」
    客の生死すら忘れては思い出すを繰り返し、接客していたはずの星すら少しの間に忘れかける。そんなココナの状態は、少し疲れているからでは納得出来るようなものではない。
    「アベンチュリン、なんでだと思う?」
    黙って星の話を聞いていたアベンチュリンであったが、唐突の問いに苦笑を漏らす。
    「急に振ってくるね……。そうだな、見るからに様子がおかしかった。それに加えて、疲れを見せている、寒気……そのココナという店長は、何か持病を持っていたとか。ああ、いや……夢の中なら身体的なハンデは全て帳消しになる」
    ここは、夢であるからこそ。身体的な持病を抱えていようと、この夢の中では問題がない。
    夢であっても、現実と共有しなければ己と成り立たないものがあるとすれば。
    「心の問題だったり?」
    「……うん」
    何か思い出したのか、頷く星の表情は少し重かった。アベンチュリンは彼女の手を握り直し、大丈夫かと聞く。
    「ココナは何か大切なことを忘れている。心が、足りないような気がした」
    一度気になってしまったことを、見て見ぬ振りが出来なかった星はそれを突き詰めるべく奔走したそうだ。この辺りの話は非常に曖昧で、彼女が何かを隠しながら話していることはアベンチュリンにも分かった。ただ、それを根掘り葉掘り聞くことはしない。本題はそこではないからだ。
    このココナという女性との出会いを通して、運命は選べるという星の主張を見極めなくてはならない。
    「その一端が分かって、ココナと会話したら体調がもっと悪化した。看護スタッフを呼ぼうとして、そういえば現実のホテルの方でジョヴァンナっていう看護スタッフがいたことを思い出したんだけど……」
    そこまで語り、星は噴水の縁から降りた。繋いだその手を軽く引いて、彼女は歩き出す。少し、言葉に惑いを覚えていたアベンチュリンは黙ってその隣に着いていく。
    「詳しくは教えてもらえなかったんだけど、ココナは治療を受けてた。感情に処置をしたって言ってたから」
    「感情に処置、ね。メンタルケアの一環とは少し違うような感じがするけど……現実では有り得ない治療方法だ。流石、夢の中と言えるかな」
    ふと、アベンチュリンは悪夢を見続けた毎日を思い出した。黄泉の一撃を喰らい、夢の先へと落ちた影響か‪──‬それとも、サンデーの調和の呪いによって掘り起こされた記憶のせいか。あの時、我々の治療を受けろとファミリーが少し口を出してきたことがあった。突っぱね、カンパニーお抱えの医者に任せて正解だったと、今になって分かる。感情に手を出されるなど、たまったものではない。
    一番効いた治療が星の添い寝だったというのは、ここだけの話だが。
    「投薬のようなものはあったのかな。どんな病気であれ、怪我であれ、処置をして終わりなんてことはないはずだ。医療形態と薬によって回る経済も、あるわけだしね」
    「その経済については分からないけど、確かにそれに近いものはあったかな。ドリンクを飲んでた。夢の中でそれを飲めば、一時的に負の感情を忘れられるとかなんとか……」
    抗うつ剤に近いものかと、アベンチュリンは考える。その選択が、ココナを救うかどうかはさておいて。
    現状維持とは言い難いものだ。感情を抑えつけるような治療では、いずれココナの方が持たないだろう。星が見たのは、まさにその現場だ。現実世界での心の病は投薬と医者による面談が必須、それに加えてカウンセラーによるセラピーまで行っているというのに。夢という綺麗な言葉で目を眩まし、端々に見える汚れに視線を向けさせない。それに気がつくのは、星のような人々の変化に気がついて行動出来るような人物だけだろう。
    だからこそ、一等星。誰も見向きもしない道端に倒れる人へ、手を差し伸べ照らす輝き。
    「とにかく、それをココナに届けた。持って行った時、彼女はもっと衰弱していて……」
    星が語る続きに、アベンチュリンは耳を傾ける。
    冷や汗を垂らし、うわ言を口にしていたココナだったが、急にいつもの調子を取り戻したようだ。星が持ってきたドリンクを渡そうとしても、彼女は受け取ろうとしない。楽しい記憶ではなかったとしても、忘れていたことを思い出せて嬉しいと語るココナは、決断出来ずにいたことに対してある解決策を見つけたという。星がドリンクを飲むように勧めても、頑なに解決策に拘る。ついに彼女は仕事に戻ろうする中、星に一つ頼み事をした。
    夢境ホテルで大切なレコードを無くしたから、それを探してきて欲しい。依頼金については糸目はつけない。もう金なんて必要ないから‪──‬その言葉に、アベンチュリンは引っかかりを覚えた。
    今後も生きる意思があるのならば、金は絶対に必要だ。そうで無くても、それがなければ生活という基盤の一つも立てられない。それが、もう必要無いからなんて口にするのは。
    「星、その解決方法」
    アベンチュリンの言葉はそこで途切れる。星が触れた境界アンカーは、二人の姿をその場から消したのだった。



    「レコードはもうボロボロで、再生出来るような状態じゃなかった。一曲だけ収録されてて、タイトルは『未来のバラを想像して』。……知ってる?」
    「いいや、知らない」
    人気の少ないドリームボーダーの中を、星とアベンチュリンは歩いている。工事中のそこは、足音を響かせていた。
    境界アンカーを使用して、星がここを訪れたということはココナに関することがあるのだろう。彼女の話は、レコードを探し出してココナへと返すところだ。
    「早く返そうと彼女の元へ行ったら、今にも吐きそうになってて。何かを忘れようと必死だったんだ、ココナ……」
    「それって……君が、思い出させた何かが原因だったってことかな」
    「多分、そうだと思う。ココナに聞いても何か分からないし、だから私の方で調べるしかなかった。開拓者はね、その為に走り回るのなんていつものことだからね」
    「うん、それは分かるよ。君と一日体験したからね」
    楽しさと少しの悲しみが混在する、アベンチュリンの記憶である。彼女と経験する開拓者の在り方は、アベンチュリンの生活では知り得ないものであった。
    (感情を抑える、ね)
    何かを失ったココナは、それを思い出して苦しんでいる。それに何の感情が当てはまるのか、彼女は分かっていたのだろうか。
    「ココナには夢があった。歌手になりたかったの」
    星はある箇所で足を止めた。それは通路の一端で、落下防止の柵が目の前にある。その下は奈落で、落ちたら命はないことがすぐに理解に難くない。
    「だけど、さっき見た彼女はショップの店長だ。……その夢は、叶わなかったんだろう」
    ココナの結果を先に見ていたアベンチュリンは、小さく息を吐く。夢が叶わないなんてことは、当たり前に近い。だが,それを見ることは人の自由だ。
    「叶わなかったんじゃなくて、叶えられなかった。アベンチュリンは頭良いんだから、この違いは分かるよね」
    「まぁ、分かるよ。ココナ自身に問題があったのではなくて、その外部に問題があった。彼女には十分な実力も、それに甘えない努力もしていたのに、それでも誰かがその道を阻んだんだ。なら、それは誰だい?」
    「ココナの両親」
    星は端的に答え、その手にバッドを握る。何をするのか‪──‬見つめるアベンチュリンの前で、背を向けた彼女は命を守る柵を軽々と叩き壊してみせた。大きな音が響いて、目の前から障壁が無くなる。これで、誰でもそこから奈落へと落ちる道が生まれた。
    「……それは、ちょっとまずいんじゃないかな」
    「大丈夫、任せて」
    「漠然とした自信だね。逆に不安になるかな……」
    この柵に関しては、後でうまいこと根回しをしておこうとアベンチュリンは考える。まさか夢を守ったヒーローが器物破損など、世間に知られたらちょっとした問題になってしまう。アベンチュリン個人の付き合いとしても、カンパニーと星穹列車の関係としても、だ。
    (それにしても、両親が阻んだ、か。なんとも……よくある話だ)
    親に安定のある人生をなどと言われたから、スターピースカンパニーに入ったなんて社員はごまんといる。夢はあったけど、叶いそうもなかったから諦めたなんて話も散々聞いてきた。生まれた時から、どうにもならない環境だった場合だってある‪──‬アベンチュリンは無意識に、首元の烙印を指先で数度引っ掻いた。
    その環境を致し方ないと飲み込んだのが、ココナなのだろう。だが、高級店の店長だなんて地位にまで辿り着いたのならば、それはそれで才能があったことに他ならない。恐らくは、彼女が抱えるお得意様は何人もいるはずだ。
    夢が叶わなくても、困らない金と職がある。それで良いのでは‪──‬そう思って、アベンチュリンは星を見た。彼女は今、壊れた柵の前に立っている。一歩踏み出せば、そのまま落ちてしまう。
    「星、こっちに来た方がいい。君のことだから、まさか足を滑らせて落ちるだなんてことはないだろうけど……」
    アベンチュリンの言葉に、星の足は動かなかった。風に髪の毛が靡き、その背中は何を思っているのか読み取れない。
    不安ならば、アベンチュリンも一歩踏み出してその腕を掴めばいい。そのまま自分の方に引き寄せればいいだけのことだ。
    分かっているはずだ。それを行動に移せないのは、一体何故か。間違って、彼女の背を押して突き落としてしまう不幸に怯えているとでも。
    有り得ない話ではない。自分が積み重ねてきた幸運の代価は、未だに負債として降り積もり続けている。その精算がいつ来るのか‪──‬それを、アベンチュリンの命で贖うのかも分からない。その手で殺めた相手の命で‪──‬星の命をもって精算となる可能性だってあるのだ。
    「ココナは、ずっと夢を追ってた。諦められなくて、現実と夢の乖離に苦しんで、心を病んでしまった。それから」
    「……それから?」
    星が一瞬だけ、アベンチュリンへ振り向く。そこにあるのは、微笑だった。
    「もう、いいかなって」
    そう言って、彼女の身体が大きく傾いた。それは、外側の方へ。全ての動作が遅く、音は無く、ただ自分の息遣いだけが空間に響いている。
    あれ程に動かなかった足が、前に出る。出したことないほどの大声で名前を呼びながら、その右手で星の腕を掴んだ。離すまいと、柔らかい皮膚に痕が残るんじゃないかと思うほどの力で握り締める。
    「な、にをしているんだ、星……!!」
    「飛び降りようとしただけだよ。大丈夫、夢の中は死なないから」
    「もう秩序の加護はない!!本当に死ぬかもしれないんだ、君も知っているだろ!!」
    怒鳴るその声は震えている。未だ星の身体は傾いていて、アベンチュリンが手を離せば落ちてしまうことは明白だ。掌に汗が滲み、彼女の素肌を伝っては皮膚同士が滑りそうになる。
    何故、星が唐突に飛び降りようとしたのかアベンチュリンには分からない。まさか、自分が受け入れてくれないことに対しての自暴自棄‪──‬そこまで考えて、アベンチュリンはその可能性を否定した
    有り得ない、開拓の精神を持つ強い彼女がその程度のことで身を投げ出すなんて。
    「離してって言ったら離してくれる?」
    星の言葉は、どこか浮いているように思えた。それは心が無いわけではなく、何かに思いを馳せているようだ。彼女の手はアベンチュリンの腕を握り返すこともなく、力無く垂れている。
    「絶対に離さない。何が何でも、君に恨まれても絶対に」
    アベンチュリンはそう言って、何度も首を横に振った。短く切り揃えた爪が、星の素肌に刺さるまで強く握る。彼女をこのまま引き上げようにも、その体重は以前として後ろに向いている。生憎と、かの自称凡才学者の様に鍛えているわけでもないアベンチュリンに、一方的に引き上げるほどの腕力はなかった。
    このまま落とすわけにはいかない。一緒に飛び降りて、彼女の身体を腕で包もうと、存護の運命もこの幸運も星を守ってくれはしないだろう。彼女を死なせたくない一心のアベンチュリンは、今ここで自分に出来る選択が無いことに気がついた。全ては、星が握っている。
    いつでも、選択肢は目の前にあった。伏せられたコップの中身を、当てるかの如く。もしくは、ルーレットの色と数字を選ぶかの如く。全てを置いて走った時も、その選択をした。奴隷となり、全ての命の上に立ったときも、その選択をした。愉悦の一派ではなく、カンパニーを選んだ時だって。
    (どうしたらいい、考えろアベンチュリン。諦めるな)
    心臓が跳ねる。壊れた柵を握る左手は、情けないほどに震えていた。目を閉じられない。瞬きした間に、星が本当にいなくなってしまうかもしれない。
    「星、僕はどうして良いか分からないよ」
    「何が?」
    思わず、アベンチュリンは呟いていた。考えるよりも先に、言葉が漏れてしまったと言うべきか‪──‬驚くアベンチュリンに対し、星は淡々と聞き返してくる。
    「何が、分からないの?」
    「今の僕に選択は無い。決めるのは君だ。落ちるか、登るか……僕は、君に生きて欲しいと思う」
    「それは、どうして」
    「どうして、か。生きていてほしい気持ちの理由をつけるなら、君が好きだからに他ならない」
    そう、開拓者として貴重な運命人だからではない。ただ、星に生きてほしい理由は好きだからだ。彼女を見殺しにするメリットなどなく、彼女が死にたいと言ってもそれを許容出来るほど、アベンチュリンは寛容では無い。
    本当に欲しいものは手を伸ばせない。ただ、それでもアベンチュリンは星の命を繋ぐために手を伸ばした。
    「手を離して、アベンチュリン」
    「離さないって言った」
    「離して」
    「嫌だ」
    緊張から滲む汗が、徐々に素肌を滑らせていく。星の体勢が、僅かに後ろに反った。
    「生きてくれ星!僕は君の人生の全てを護れないけど、それでも今だけは……頼むから……!」
    選択は星の手の中にある。それならば、アベンチュリンは彼女が当たりを引く様に言葉で誘導するしかない。そうだと分かっていて、この局面でいつもの饒舌は鳴りを顰めてしまっていた。
    「……私の選択一つで、きっとアンタを傷つけもするし、助けられもするんだよね。ごめんね、アベンチュリン」
    右腕に込めていたアベンチュリンの力が、ふわりと浮く。後ろに仰け反っていた星は体重を前に戻すと、その両足でしっかりと地面を踏み締めた。微笑む彼女は、震えるアベンチュリンの左手をしっかりと握り‪──‬もう一度、ごめんねと呟いた。
    「ココナも同じように、ここで飛び降りようとした。彼女の手を掴んだ時、私は思ったの。選択の由はない。いや、手を離すという選択肢はあったけど、それを選ぶ様な理由はない」
    全ては、ココナの一存。
    そう語る星の両足は、僅かに震えていた。それに気がついたアベンチュリンは、彼女も死が怖いのだと理解する。額から首から、全身に滲む汗がどっと溢れ、アベンチュリンは握り締めていた星の右腕をゆっくりと離した。
    「死んでほしくなかった。離してと言われても、離さずに……そうして、ココナは生きる選択肢を取ってくれた」
    「星は……僕を試したのかい?」
    「怒られても仕方ないことはしたから……だから、ごめんなさい」
    そう言われても、アベンチュリンには怒る気はない。ココナという人物と星の関わりと通して、彼女が見せたかったものが分かった。それこそ、言葉での説得であればアベンチュリンの意識は揺らがなかっただろう。
    選択肢がない?いいや、手を離す選択肢は存在した。それを、選ぶ理由がなかっただけで。
    「他人の干渉で、運命も選択も変わる……それは、最もだ。実際、僕は君に選択肢を奪われて、全ての主導権を握られたわけだし」
    「アベンチュリン?」
    「星、僕はね。やっぱり君が好きだ。諦めたくない。それでも、僕が抱える運命がそれを邪魔してくる。大事に思ったものほど失い、歩いた後には僕が踏みつけ犠牲にしてきたものしか残らない」
    それはアベンチュリンの過去からくる経験だ。それは事実で有り、また呪いのようにその身にまとわりついている。それを振り払う術を知らないのは、そうする選択肢を自分が見てこなかったせいか。
    誰かに助けを求めては、その人すら犠牲にする恐怖がアベンチュリンの足を止めていたことは確かだ。ただ、自分が思っているよりも手を差し伸べている人たちは強いのかもしれない。
    信じてはいた。ただ、信用していたかと言えば‪──‬。
    「僕が、臆病だっただけだ」
    怖かったことを、巻き込みたくない本心で脚色していた。それ故に、星を遠ざけて傷つけてしまったことをアベンチュリンは詫びる。それから彼女の手を取って、その場にひざまずいた。
    「どうか、もう一度やり直させてほしい。ちゃんとした形で、君へ好意を伝えたい」
    「……うん、いいよ」
    小さく頷く星が、その手を強く握り返す。ちょっと赤い頬を隠すように、彼女は小さく首を横に振っていた。



    夢から現実へ、目覚めたアベンチュリンは左肩にかかる暖かさに目を向ける。そこには、目を擦る星がいた。
    「おはよう、マイフレンド」
    「星って呼んでよ」
    茶化してマイフレンドと呼べば、星は少しむくれている。彼女は呼び方の訂正を求めると共に、その右手でアベンチュリンの左手を握っていた。
    「少し、外に出よう。ここじゃあ、僕の覚悟を伝えるにはちょっとね」
    「どこに行くの?」
    「ついてきて、星」
    星の手を引き、アベンチュリンは立ち上がる。彼女の質問には答えず、その足の向かう先は無論、宿泊部屋の外だ。星の右手を柔らかく、しかし強く握るアベンチュリンは小さく息を吸い、吐く。
    覚悟は決めた。後は、もう一度ちゃんと彼女へ想いを伝えるだけだ。
    「そういえば、君はココナの手を離さなかったんだろう?その後、彼女はどうなったんだい」
    廊下を歩き、エレベーターの前に立つ。昇降ボタンを押し、それを待つ間に話題と思ってアベンチュリンが出したものがそれだった。
    星が頑なに手を離さなかった後、ココナは一体どうしたのか。結末として、今も服飾店の店長をしているのは分かる。だが、そこに帰り着くまでの間に何かあったのではないかと思うのだ。星が関わって、まさかそのまま終わるわけもない。
    悪い展開を期待しているのではなく、楽しい‪──‬それこそ、希望に満ちた展開を期待している自分がいた。
    「ココナは生きる気力を取り戻してくれて、歌いたいって言ったんだ」
    二人でクロックボーイ像の前に行き、星を聴き手としてココナの独唱が始まった。伴奏も何もない、ただのアカペラだ。ともすれば、ただスラーダに酔っ払った女性が上機嫌に歌っている様にも見えたかもしれない。
    ただ、ココナの歌は‪──‬苦悩を乗り越え、絶望を踏み倒し、再び前を向くと決めた生命の輝きは何よりも強く、人を惹きつける。真に心のある歌は、伴奏など必要としない。声さえあれば、どこででも人はそれを聞きに足を運ぶ。
    星の語り口調は軽やかだった。手を繋ぎ、隣を歩く彼女は楽しそうに笑っている。
    「すごい綺麗な歌だったんだよ。今度、ココナに頼んで歌ってもらおっか。アベンチュリンも聞いたら驚くから」
    「そうか、それは楽しみだな。君がそこまで言うのなら、彼女の歌はさぞ素晴らしいものなんだろう。もしかして、スターピースカンパニーとのレーベル契約も視野に入れて聞きに行ったほうがいいぐらいかもしれないね?」
    「ココナにメジャーデビューの打診をするなら、まずは私を通してね。私はココナの専属マネージャーだから」
    初耳である。だが、星は当然とでもいいたげにドヤ顔をしていた。

    エレベーターに乗り、上へ。とある階に到着した頃、急上昇のせいもあってか星は耳がおかしいと呻いていた。フロアの廊下の真ん中、彼女は立ち止まって耳の不快感を訴えている。
    「これって治る?」
    「鼻を摘む様に押さえてから、勢いよく鼻から息を吐くと治るよ」
    気圧変動による耳の詰まりを、彼女は初めて体験したようだ。こうやるんだよと、アベンチュリンが鼻を摘んで実演してみせる。丁度、自分の左耳も詰まっていたところだった。
    「ふっ!!」
    「いや……勢いが良すぎるかな。どうだい、星。治った?」
    今の勢いでは逆に耳を駄目にしてしまいそうだったが‪──‬どうやら、不快感は取れたらしい。大丈夫と笑う星は、元気だと見せる様にマッスルポーズを取ってみせた。
    「ちょっと鼓膜が痛いけどね」
    「次からは少し勢いを緩めるといい。……さて、僕の目当ての場所についた」
    そう言って、アベンチュリンは廊下の先を見やる。大きな両開きの扉がそこにあった。右には鈍く銀に光るプレートが取り付けられている。それに興味を惹かれた星が、走り寄って行った。
    「……プラネタリウム?」
    「そう、プラネタリウム。現実のリバリーホテルに備わっている、一つの娯楽施設だよ。……まぁ、夢境に比べたら些細な楽しみかな。だから、人もあまり入らない」
    夢の方が遥かに楽しい。その気持ちは、理解は出来る。
    「それに、いくらでも宇宙に出る方法なんてある中で、機械投影の星を見るなんてそれこそ暇人と言えるだろう」
    「なら、なんでここに連れてきたの?」
    「……少し、僕の身の上話を君に聞いて欲しくて」
    そう言って、アベンチュリンはカウンターに立つ受付嬢に客の入りを聞く。なんとも幸運なことに、誰も入っておらず天然の貸切状態だそうだ。懐からプライベート用の端末を取り出しながら、アベンチュリンは受付嬢へ提案を投げる。
    「普段の3倍を払う。だから、僕たちが出てくるまでの間、ここ貸切にしてくれないかい?そうだな、映す星図はこの辺りを固定してもらって……」
    「アンタ、お金は置いてくるって約束したじゃん!」
    それ没収と手を伸ばす星を片手でいなし、その視界の端で受付嬢が快く頷く姿を見る。決済用端末を差し出され、遠隔通信でさっさと会計を済ませたアベンチュリンは、そのまま端末を星の手にそっと握らせた。
    「隠しててごめんね、星。話が終わるまで、それは君が持っていていいよ」
    「その話とやらが終わるまでに、口座の信用ポイントが残ってると思わない方がいいね。なんでも買っちゃうから」
    「使い切れるのなら、使い切ってごらん。ロック解除用のパスコード、中に入ったら教えてあげるからさ」
    互いに冗談を口にしながら、両扉を開いて中に入る。少し暖かい中は、最低限の光量で通路を照らしていた。星が転ばないように手を取り、一歩前をアベンチュリンは歩く。短い廊下を抜けた先は、天井の丸い空間だった。人が寝転べるサイズのクッションが数個置いてある。そこに行くまでに、靴を脱ぐスペースも用意されていた。
    「星、パスコードはね」
    靴を脱ぎながら、アベンチュリンはなんの警戒もなく星へ端末のパスコードを教える。
    「わぁ、本当に開いた」
    そして、彼女もまた警戒心なく端末に番号を打ち込んでいた。しかしそれ以上いじることもなく、それを懐に仕舞っている。互いに素足になり、適当なクッションを2つ隣に並べて寝転ぶ。音楽もない中、アベンチュリンが指定した星図が天井に映し出されていた。
    「星、ツガンニヤという星を知っているかい?」
    「ツガンニヤ……ああ、あれだ。オーナメントでなら、名前を見たことがある。荒涼の星って……」
    「うん、荒涼の星ツガンニヤ-Ⅳ。僕はそこの生まれだ。そして、エヴィキン人という氏族の……恐らくは、最後の生き残りになる」
    「……どういうこと?」
    星の問いに、アベンチュリンは曖昧に微笑むとある一点を指差す。そこには、小さな小さな白い点があった。
    「あれが、ツガンニヤ。僕はそこで生まれて、カティカ人という種族に追い立て回されて……最終的に、スターピースカンパニーに拾われた」
    奴隷の話をするかは迷った。だが、主題はそこではないと考えて、敢えて経過を飛ばす。自分と関係性を深めていくのならば、話さずともいつか星は真実を知ることになるだろう。
    「僕には姉がいてね。それもカティカ人に殺されてしまったのだけど……僕はまず、姉の命を背負って生き延びた。その後も、何人もこの手で蹴落としては今日まで生きている」
    手に巻き付く鎖で奴隷を殴り殺し、買主の頭もそれで割り殺し、今日までを生きてきた。生きろと叫んだ姉の声と想いは、今でもアベンチュリンの足を地面に繋ぎ止めている。
    「決して、僕の手は綺麗じゃない。正直に言ってしまえば、君の手を取る様な資格だってないだろう」
    アベンチュリンは両手を天井へ掲げる。今は汚れ一つない綺麗な手をしていても、それはただの見せかけだ。悪夢で見るほど、鎖の巻き付く重さもその痛みもよく覚えている。
    「エヴィキン人は、生まれついての社交性と狡猾さを併せ持つ……らしい。僕としては、そんなこともないと思うんだけどね。もしそうだったなら、カティカ人相手にもその他の氏族相手にも、もっと上手く立ち回れていたはず……」
    そこまで言って、アベンチュリンは口を閉ざした。今の自分がそれを言えた立場だろうか。世間が押した烙印の評判の如く、見かけの社交性は高く、その裏でどう操ろうか考えているじゃないか。今正しく、アベンチュリンのとっているスタンスは世間のエヴィキン人そのものだ。
    深く息を吐いて、一度その思考を外に追いやる。隣で寝転んでいる星が、アベンチュリンの腕に触れた。
    「それで?」
    「……この幸運は、ツガンニヤの地母神の加護。姉さんはずっと僕にそう言っていた。もしそうだとしても……いつか、運の揺り戻しは来る。幸運に恵まれて勝ち続けた代償に、僕は最悪の不幸に叩き落とされるだろう。……僕にとってはそれは確定した運命だし、僕自身、それを望んでいると思う」
    アベンチュリンが曖昧な言葉で締めたのは、本当に、心からそうであるとは言えないからだ。運の揺り戻しとは言ったが、見方を変えれば踏み潰してきた命への贖いになるかもしれない。
    贖罪などと綺麗な言葉で表せるものではないことは、確かだが。
    「アベンチュリンは、その運命に抗おうとは思わない?」
    「思いもしなかった、が正しいかな。それが当たり前だと思っていたから。……でも、星が今日見せてくれた。運命は、一人では打ち壊せないものでも、誰かが新たな選択を見せてくれることも。時には選択を奪われたとしてもその誰かが入ることで、たった一つの選択肢が変わることも」
    単純な思考だと笑われるかもしれない。かのアベンチュリン総督らしくないと、指されるかもしれない。
    だが、それが全てだった。一人の人間の心を救うことは、何よりも難しいことをアベンチュリンは知っている。星がそれを成し得たことを、彼女自身凄いとも思っていないのだろう。
    そんな彼女だからこそ、惹かれたのだ。頭上で輝く一等星、全てを照らす開拓の星。
    「もしその時が来たのなら……君に、僕の運命を変える手伝いを頼んでもいいかい?」
    「勿論、いいよ」
    その輝きは、アベンチュリンへ向けて微笑みかける。起き上がった彼女は、その右手を自身の胸に置いた。
    「運命は、壊すためにあるんだから」
    「ありがとう、星」
    同じく身体を起こしたアベンチュリンは、星の頬に触れる。素肌に伝う滑らかさと柔らかさ、そして暖かさは正しく同じ人間である証左であった。
    運命とは数奇なものだ。こうして、不幸を待つばかりだった男が未来に目を向ける。託された命を枷ではなく、正しく生きる為の道として。
    「そして改めて……どうか、僕の隣を歩き、君の隣を歩くことを許してほしい。君に危機が迫るなら、僕は君の手を握って共に戦うよ」
    「それって、告白?」
    小首を傾げている星は、どこか試す様にアベンチュリンを見ている。いや、意味は分かっているはずだ。ここに至るまでに、もう互いに散々好意は伝えたあったのだから。
    それでも、彼女が求めている言葉がある。
    「……少し、回りくどかったかな。うん、もっと真っ直ぐに、直球に言おう。君が好きだよ、星」
    シンプルな言葉こそ、人の心に届きやすいものか。薄暗い中でも、星の瞳は強く瞬き、その頬が少し紅潮した様に思え‪──‬。
    「うん、私も!」
    「うわっ」
    飛びつく様に抱きついてきた星の勢いに押され、アベンチュリンはそのままクッションへと転げるように身体を倒す。これがただの床だったなら、思いっきり頭を打ちつけているところだ。
    「危ないじゃないか。急に来られたら、流石の僕でも頭を強く打って気絶ぐらいはするかもしれないよ?」
    「その時は人工呼吸で蘇生してあげる。宇宙一の美少女の人工呼吸を受けたら、ゾンビだって息を吹き返すからね」
    「いや、気絶であって仮死状態とは……あはは、まぁいいや」
    星への言葉に訂正は野暮だ。彼女が言うのなら、その唇一つで死者も瞬く間に蘇るのだろう。ようやく想いが通じ合った喜びからか、星は屈託のない笑顔を浮かべている。そんな彼女の両頬を、アベンチュリンは両手で挟むように触れた。
    「じゃあ……僕が仮死状態ってことにしておいて。人工呼吸、してもらおうかな」
    「信用ポイント取るけどいい?」
    「いいよ、幾ら?」
    冗談に冗談を重ね合い、星は右手を広げてみせる。5、ということか。
    「5万信用ポイント?宇宙一の美少女の人工呼吸は、もっと取ってもいいと思うけど?」
    「そう?まぁでも……アベンチュリンは私のかっこいい恋人だし……」
    互いの鼻先が、掠める程に顔を近づける。瞳の色が、視線を持って交わるほどの距離で、星は幸せに満ちた笑みを持って呟いた。
    「特別に、タダでいいよ」
    「それは……いいね、最高だ」
    「でしょ?」
    星の手が、己の頬に触れるアベンチュリンの手に触れる。ゆっくりと重なり合う唇は、しっとりと、離れ難い温もりを孕んでいた。



    「何かしたいこと?」
    「そう、何かしたいこと。アベンチュリンのしたいこと、何かあるかなって」
    静かで落ち着いた廊下の中、星の隣を歩くアベンチュリンはその問いに思考を巡らせる。具体的な指定はなかったが、何か‪──‬そう、星とやりたいことがあるとすれば。
    「そうだなぁ、また開拓者体験には行きたいかな。カンパニーの業務とは全然違う、新しい刺激と体験があったからね。勿論、君が望むならばカンパニーとしての僕ではなく、ただの僕として参加もするよ」
    「なるほどね、うんうん。いい心掛けだね、私はとても喜ばしいよマイダーリン」
    「それは何よりだよ、マイハニー」
    プラネタリウムを後に、2人は自室への帰路についている。許されることならば、もう暫く2人きりでいたかったがそれとなく受付嬢に出るよう諭されてしまった。
    彼女から返してもらった端末を手で弄びながら、アベンチュリンは頭ひとつ下の星を見る。彼女が歩くたびに芦毛が揺れ、視線に気がついた彼女は微笑んだ。
    「逆に、君は何がしたいとかあるのかい?折角だ、叶えてあげられるのなら努力はしたいんだけど」
    「私?私は……みんなで踊りたいかな。こう、キラキラ光るミラーボールの下でさ、ディスコ的な音楽流して……」
    「うん」
    「センターにはアベンチュリンに立ってもらうね」
    「おおっと?」
    センターに立つのは星だろうと考えていた矢先に、思わぬ矢印がアベンチュリンを襲う。社交ダンスならばジェイドに叩き込まれたが、ディスコに合わせたダンスなんてどこで習えばいいというのか。
    それでも、努力すると言ってしまった手前すぐに拒否は出来なかった。まぁ、踊ってみれば案外楽しいのかもしれない。みんなでと星は言っていたのだ、そうなった暁には是非とも、トパーズとレイシオを巻き込んでやろう。そう考えて、アベンチュリンはほくそ笑む。
    着る衣装は白シャツにジャージのズボンは決定のようだ。意気揚々と話す星は、ふとその口を閉じた。彼女の手が、その小指が、ほんの少しアベンチュリンの手の甲に触れる。
    「アベンチュリンのこと、話してくれてありがとう。……少しでも、アンタのことを知れてよかった」
    「いや、僕の方こそ聞いてくれて……その上で、受け入れてくれてありがとう。まぁ、まだ言っていないこともあるんだけどね」
    「もし話せそうになったら、その時話してよ。私から聞くのは……なんていうんだろう、土足でアンタの過去に上がり込むことになるから。泥をつけずに、上手いこと聞き出す術を私はまだ知らない」
    時折掠める星の小指を、アベンチュリンは優しく握る。
    「僕の方から、連絡してもいいかな。忙しい時は、すぐに連絡を返せない時もあるだろうけど」
    小指同士が絡み、薬指が触れ合う。
    「いいよ、私も連絡はする。ここに行ったとか、あとゴミ箱の写真とか送るから」
    薬指が抱き合った最後に、中指と人差し指が自然と互いを求めて。
    「はは、それは楽しみだね」
    「うん、楽しみにしてて」
    全ての指が、しっかりと互いの手を握り合う。それは二度と手放さない意思を宿すように、固く、結び合っている。
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