私が私でいられる場所/グルアオ「チャンピオン、今日もお疲れ様です!」
「ちっちゃいのに頑張ってるのねー。
応援しているわよ、チャンピオンさん」
「あなた、もしかしてチャンピオンのアオイさん!?
ボウルジムでのジム戦、近くで見てたんですよ。
あの時のあなたがチャンピオンになるなんて…!あの戦い以来ファンなんです!」
「しっかし君がチャンピオンランクだなんてって最初は思ったけれど、戦ってみると実感したよ。
本当に強い。流石はチャンピオンだ」
いろんな人が私をチャンピオンだ、すごいと言ってくれる。
それはネモと対等なライバルになるため がむしゃらに頑張った結果、得られたものだから嬉しい。
嬉しいのだけれど、行く先々でこうも長い間チャンピオン チャンピオンと言われ続けていると…正直しんどいと感じてしまうことがある。
チャンピオンランクなんだから、強くて当たり前。
チャンピオンなんだから、負けることは許されない。
チャンピオンランク、チャンピオン…ずっとこればっか。
私だってポケモンバトルで追い込まれることだってある。
それに最初っから強かったわけじゃない。
必死で学校で勉強して、実践で戦い方を覚えて、このポケモンにはどのわざ・戦略が合っているのか、試行錯誤をしてきた結果 必死の思いでこの称号を得ることができたんだ。
そんな器用な人間じゃないんです。
だから、そんなキラキラした目を向けないでください。
心の底から期待してますって顔で、私を見ないで。
私には、ちゃんとアオイって名前があるんです。
チャンピオンだなんて、呼ばないで。
…だめ。みんな私を純粋に応援してくれているのだから、そんなことを考えちゃいけない。
もっと頑張らなきゃ。もっと勉強して、もっといろんな戦い方にチャレンジしてみて、もっといろんなポケモンを捕まえて、わざ構成を広げていって、もっと もっとーー
私、いつまで頑張らないといけないんだろ。
チャンピオンになって、ネモと良いライバルにもなれた。
じゃあ、次のゴールは?
私はあと何を達成すればいい?
わからない。わからな…ーー
「…アオイ?」
ふと声をかけられて我に返った。
隣に顔を向けたら、飲み物を持ったグルーシャさんが心配そうにこっちを見ていた。
あ、そうだ。
今日、グルーシャさんのお家にお邪魔して、デート…してたんだった。
それなのに何ぼーっとしてたんだろう!
「あ、ご ごめんなさい。デリバードポーチの新商品のことでしたっけ?
こだわりハチマキ、新しい柄の分が出ましたよねー。
結構格好いいって評判らしいので、今度見に行こうかなって…」
「ごめん、その話はしてない」
スパンと否定されてしまい、私は固まった。
あれ、何の話してたっけ…?
なんかちょっと思い出せない。
でも、そんなのせっかく忙しい中 時間確保してくれたのに、失礼すぎる。
お、思い出せ。えっと、えーっと…。
「体調悪い?それなら別に無理しなくても…」
「そ、そんなことないですよー。すっごく元気です。
そうだ!前に見たかった試合の再放送が明日あるんですよ。
他の地方の殿堂入りトレーナーと四天王とのエキシビジョンマッチですけど、勉強になると思いますし見てみませんか?」
明日も一日中一緒にいられるし、グルーシャさんはあまり外に出かけることは好まないから 予定の提案をしてみた。
これまでも何度かやってきたこと。
毎回ポケモンバトルの放送を見た私が我慢しきれなくなって、グルーシャさんに勝負を仕掛けて…。
「明日はせっかくだし、出かけよう。
ハッコウシティのゲームセンターで遊んでもいいし、ベイクタウンで陶芸体験をしてみてもいいかもね。
あとは…チャンプルタウンで食べ歩きとか、マリナードタウンで釣りをするとか」
思いがけない話に、ポカンと彼を見てしまう。
どの場所でも人がいるし、全部彼のイメージともかけ離れていて 本当にそこに行きたいのかな。
「えっと…」
なんて答えたらいいのかわからなくて言葉に詰まっていると、グルーシャさんは気まずそうに目を逸らしていた。
「…ごめん。ぼくもあんまり遊んだ経験ないから、アオイには退屈な提案だったかも」
「そ、そんなことないです!全部楽しそうですし、面白そうだなって。
でも、どうして…」
どうしてそんなこと急に言い出したんですか?と続けたら、私が思い詰めてそうだったからと返された。
「そんな時は何か別のことして気分転換した方がいいと思うし、それに家に引きこもってばっかで 今まであまりデートらしいことしてないから。
アオイは、どこか行きたいところある?」
そう言いながら、頭をそっと撫でてくれた。
気を使ってくれているんだと思う。
いつもならそれが申し訳なく感じてしまうけれど、今日は違う。
…ちゃんと、私を見てくれているって思うから。
チャンピオンのアオイじゃなくて、ただのアオイとして 自分の彼女として気づかってくれていると。
思わず泣きそうになったけれど、ぐっと堪えて マリードタウンの近くにある灯台で 海が見たいと伝えた。
何もしないで二人で海を眺めて、飽きたら下でピクニックしてサンドイッチを食べて、お互いのポケモン達と一緒に疲れて動けなくなるまでいっぱい遊びたいと。
それこそ子供っぽくて退屈なデートプランかもしれないと思ったけれど、グルーシャさんはにっこり笑って楽しそうだから行こうと言ってくれた。
そしておいでと手を広げてくれたから、彼の腕の中に飛び込んだ。
「ピクニックもするなら、マリナードタウンで食材とか買おうか」
「…っ、はい」
直接的な励ましの言葉はない。
けれど、グルーシャさんの優しさが伝わってきて、堪えていた涙が結局出てきてしまった。
この人は、私をチャンピオンとしてじゃなくて、ちゃんとアオイとして接してくれる。
それがこんなにも嬉しくて、安心できることだったなんて。
胸元にしがみつきながら鼻を啜る音が出てしまうと、少し強めの力でぎゅっとして また大きな手で頭を撫でてくれた。
弱いところを見せて大人の彼に迷惑をかけたくない、うっとおしがられたくないって思っていたけれど、今日だけは許してください。
ただの十六歳の女の子として、グルーシャさんに甘えさせて。
そうすればまた、私は頑張れるから…。
またどうしようもないプレッシャーに押し潰されそうになっても、あなたのそばにいられたら私は大丈夫だと思える。
だって、グルーシャさんの隣にいる私は いつだってただの私に戻ることができるから。
終わり