万華鏡/グルアオお天気もいいからピクニックに行きましょうという私の誘いに、グルーシャさんは二つ返事でいいよと答えてくれた。
じゃあ場所はどこにしようかな〜と考えた結果、北三番エリアのお花畑が広がるところにした。
ここならナッペ山から近いし、帰ろうと思えばすぐに帰れるし。
そうと決まればと急いで準備に取り掛かると、彼はピクニックは逃げないよって呆れ声で言ってくる。
久しぶりに私達の休みが合ったんですから、あなたとたくさん楽しい時間を過ごしたいんですよ…と口を尖らせて言えば、グルーシャさんは嬉しそうに笑ってた。
あれよこれよと準備を済ませれば、彼の家を出てミライドンをボールの中から出した。
二人で背に乗り、荷物を抱える私が落ちないようしっかり後ろから抱きしめてもらえば、目的地に向かって出発した。
そしてたどり着いたのは、北三番エリア。
誰かがお手入れしているわけでもないのに、色とりどりの花々が咲き誇る穏やかな場所。
いい香りがふんわりと漂う中、野生のチュリネやドレディア達が遊んでいた。
その子達の邪魔にならない場所でピクニックの準備をしていると、グルーシャさんのアルクジラがボールから出てきて 食料箱からフルーツ缶を取ると私に渡してきた。
フルーツサンドを作ってほしいのかな?
「こら、アルクジラ。行儀が悪い」
「いいんですよ。…フルーツサンド好きだもんね。これから作るからちょっと待ってて」
そう言ってアルクジラの頭を撫でていたら、グルーシャさんは眉を顰めて甘やかし過ぎと注意されてしまった。
「アオイがそうやって甘やかすから、最近わがままになってきているんだ。
ちゃんとダメなことはダメって言わないと」
「…ごめんなさい。あなたのポケモン達に懐かれると嬉しくって」
確かになんでも許しちゃうのも問題かもしれないと思って素直に謝れば、アルクジラはいらないこと言うなと言わんばかりの渋い表情でグルーシャさんの腰あたりに頭をぐりぐり押しつけていた。
「ちょっと何。ぼくはあんたのために言ってるんだ。
こんなことされるいわれはないよ」
そうは言っても納得しないアルクジラは、グルーシャさんの足をぺしぺし叩いていて、私はそんな一人と一匹の仲の良い様子を見て笑う。
ずっと好きだった人と、こんな風におしゃべりしながらゆったりとした時間を過ごせるとは思わなかった。
出会った当初の彼は、感情が全て抜け落ちたみたいに無くて 人間味を感じず怖かったのに、視察後に何度もバトルに挑んだり その後に少し会話をしていく内に こんなにもポケモンに対する愛情が深くて、誰も見ていないところでは こっそり楽しそうな雰囲気を出すことだとか、他にも色んな顔があることを知っていった。
普段とは違うあなたをもっと見たいと思う気持ちが積み重なっていき、気がついた時にはグルーシャさんのことが好きになっていた。
彼の氷の扉を開くのはとても大変だったけど、こうやって幸せそうな表情を見れるのなら、これまでの苦労なんて全部吹き飛んでいってしまう。
「私、サンドウィッチ作りますから、ポケモンウォッシュをお願いしてもいいですか?
こっちが終わったら手伝います」
「わかった。前に聞いたこと注意しながらやるから」
「心配しなくても、前回も好評でしたよ」
こうやってゆっくり休日を過ごす場合、お互いのポケモン達ともっと仲良くなるために交流を深めてきた。
グルーシャさんのウォッシュスキルがなかなか高いみたいで、みんな我先に洗ってもらおうと大人気で、あまりの勢いに前回彼は苦笑いを浮かべていた。
今回もそんな感じになっちゃうんだろうなーと思いつつ、サンドウィッチ作りに励む。
フルーツサンドに、ハーフソーセージサンド、スパイシーサンドにあとは…。
ポケモンも合計十二匹もいるから大量に作らないといけないけれど、彼含めてみんなが喜ぶ顔を思い浮かべながら作るのは、全然大変じゃなかった。
しばらくして全て出来上がるとテーブルの上にそれぞれを置いて、せっせと洗い続けるグルーシャさんのところへ加勢に行く。
それも終わってみんなで一緒に食べて、そこからボール遊びを楽しんで…と過ごしていると、ちょっと体が疲れてしまった。
んんー、やっぱり学生時代より動かないから、体力落ちたかも。
またグルーシャさんにいい運動方法がないか聞いてみよ。
「みんなそれぞれで遊び始めたし、ぼくらもシートで休もう」
「そう、ですね。ちょっと眠たくなっちゃいました」
地面の上に敷いたレジャーシートの上に寝転がると、グルーシャさんに抱きしめられた。
ふわりと香る彼の香りに、ドキドキする。
「まだ慣れないの?」
「ほっといてください…」
顔が赤いと揶揄われて、隠すように彼の胸元にしがみついた。
ポケモン達に向けられてきた優しい眼差しが私に向けてくれるようになって数ヶ月経ったけれど、こんなことされてすぐに慣れるはずなんてない。
ずっと遠くからそれを眺め続けていた側だったから。
恥ずかしくて顔を伏せていれば、グルーシャさんは小さく笑い声をこぼすと、一定のリズムで背中を優しく叩いてくれる。
子供扱いされているようでちょっとむっとしたけれど、それが心地よくて…知らない間に私は眠りこけてしまっていた。
「んっ…」
陽だまりが顔に当たったような気がして目を開けると、辺りはしんと静かになっていた。
よく見えないけど、みんな遊び疲れて寝ちゃったのかな。
上から微かに寝息が聞こえたから見上げれば、あの綺麗なアイスブルーの瞳を閉じたグルーシャさんが眠っていた。
…寝顔まで綺麗だなんて、ずるいな。
まつ毛も長いし、小さい頃に読んだ物語のお姫様みたい。
と、本人に言えばぼくは男だと怒りそうなことを考えていると、とあるパーツに目が留まった。
普段はマフラーで隠されている ふっくらとした彼の唇。
彼とキスをする時はいつも緊張から目をギュッと閉じてしまうから、こうやってまじまじと眺めたことはないかもしれない。
いい機会だとばかりにじっと見ていれば、むくむくととある欲求が湧き出てくる。
…キス、したいな。
付き合い始めてから知って非常に驚いたのだけど、グルーシャさんは周りに人がいないと、事あるごとにキスをする。
髪、おでこ、ほっぺたや手…そして私の唇。
さりげなく、時には大胆に。
その度に胸はドキドキしっぱなしで、グルーシャさんって意外とキス魔なんだとびっくりした。
彼のお家にお邪魔した時なんて、本当にすごい。
だけど、思い返せば今日はまだあまりしてもらってないな…。
確か玄関でお出迎えしてくれた時の一回だけ。
人間慣れてくると恐ろしいもので、ちょっといつもより回数が減ると途端に物足りなくなってしまう。
だから、私は今とんでもなくグルーシャさんとキスがしたい。
でも、うーん…。
相手は寝ているし、起こしちゃうとまずいよね?
ジムリーダーの仕事は忙しいし。
…やっぱりしたいな。
軽くちょんってしたら大丈夫だよね?
グルーシャさんとの距離は近いから、首を少し伸ばせば届く距離。
あんまり私からしたことないけど、大丈夫。
歯にぶつかったりなんて、バカなことにはならないはず。
意を決して、彼を起こさないように気をつけながらゆっくりと近づいていく。
あと数センチのところまで迫ったところで、あることに気づいてぴたりと動きを止めた。
…今の状況って、もしかしなくても私がグルーシャさんの寝込みを襲ってることになるんじゃないの?
付き合っていたとしても、それしちゃっていいのかな?
だっていつもグルーシャさんがキスしてくれる時、大体今からしてもいいか聞いてくれるから、つまりは事前に聞くルールがあるってことだよね?
なら、する時はちゃんとしてもいいですかって聞かないと…。
「ねえ、まだしないの?ぼく待ってるんだけど」
突然聞こえた声に下げていた頭を上げてみれば、アイスブルーの瞳と視線がかち合う。
「したいんでしよ、キス」
「な、なんで…」
「そんな口を尖らせながら近づいてきてたら、誰だってわかる。してもいいから」
ほら早くと催促されてしまい、慌てて目を閉じてほしいと伝えれば、あの美しい瞳はまた閉じられる。
い、いいって言ってくれたからするけど、どこから起きていたんだろう。
もし最初からならかなり恥ずかしい…
ああ、でもこれ以上待たせちゃ悪いから早くしよう‼︎
ぐっと目をつぶって首を伸ばす。
そしてちょこんとお互いの唇が触れ合った瞬間を感じたら、そっと離した。
高鳴る心臓を抑えながら目を開けたけれど、グルーシャさんはまだ目を閉じたままになっていて。
「えっと…終わりました」
恐る恐る終了宣告をしたけれど、彼の瞳は閉じられたまま。
え、もしかして寝てる?
「ぐ、グルーシャさ…」
「全然足りない」
呼びかけた瞬間、彼の手が私の後頭部に添えられると 枕になっていた腕に力が込められる。
あっと思った時には隙間なんてなくなっていて、そこから深く深く口付けられた。
舌も入ってきて、長い時間かけて散々中を荒らされた挙句 やっと解放されたと思いながら肩で息をしていたら、いつの間にか体勢が変わっていて グルーシャさんは私の体の上にいた。
そしてポケモンバトルをしている時とはまた違った、青い炎を宿らせた瞳を向けながら、妖しく笑う。
「寝ている相手にキスをするなら、これくらいできるようにならないと」
今まで見てきたどの笑い顔とも違う、初めて見たもの。
だけどそれを見られるのが私だけであれば、こんなに嬉しいことなんてなかった。
終わり