あなたに絡みつく(アサガオ)/グルアオ「好き、なんです。グルーシャ先輩のことが…。
…だからあなたのことをちゃんと見れるはず、ないじゃないですか」
一緒にいるのに目線が合わないどころか存在すら忘れられていたことに腹が立って、多少強引にひまわり畑の巨大迷路まで連れていった。
歩いている間も終始無言で、どうしてぼくだけにはあんな楽しそうな雰囲気を出してくれないんだと憤りを感じて、だからこそアオイにとってぼくはどんな存在なのかを問いただした。
聞いたところでどうするのかなんて考えてはいなかった。
それでも、こんな頑なにぼくを見てくれない態度が気に食わなくて。
その結果、彼女から出てきた言葉は予想外のもので心底驚いた。
え、ぼくのことが好きだったの?
そう思った瞬間、アオイは叫び声を上げるとぼくを突き飛ばして来た道を逆走していく。
止めようとしたけれど、あれだけ休み時間の度にグラウンドに駆け出してはクラスメイトと遊び始めるくらい 活発なあの子の足は早くて間に合わなかった。
取り残されたぼくは呆然としたまま一人で巨大迷路をクリアした。
まだまだ見ていない展示スペースは多く残っていたけれど、とてもじゃないが一人で見て回る気にもなれなくて、そのまま自宅に帰った。
夕飯時まで帰らないと言って出かけたのに、二時間ちょっとで帰ってきたぼくを見て母さんは驚いていたけれど、何も言わずにそのまま自室へと篭った。
ベッドの上に寝転んで考える。
…ぼくのこと好きなのに、なんでああやって逃げるんだ?
普通いろんな手法を使ってでも、ぼくに振り向いてもらおうと必死になるもんじゃない?
少なくとも、今までぼくに対して一方的な好意を向けてきた相手は全員そうだった。
望む 望まないに関わらず、むやみやたらに纏わりついてきて、ぼくにも同じ気持ちを返してもらおうとしていたことを思い出す。
でもアオイだけは違った。
目を合わせる練習として始めた会話の時間以外でぼくに声をかけることはなく、淡々と作業を進めていって 全くぼくには関心を向けようともしていなくて。
周囲に対して明るく笑顔を振りまくのに、ぼくだけには見せてくれない。
考えたくはなかったけどもしかして嫌われてるのかと思って聞いてみれば、まさかのぼくのことが好きだなんて。
「…全く意味がわからない」
溢れでた独り言は、そのまま天井に向かって消えた。
「いや、今日はまだアオイさんを見かけていないが…」
次の日の朝、いつも通り裏庭に向かったけれどアオイの姿はなく、麦わら帽子を被ったサワロ先生が 大きな体を縮こませながら草むしりをしていた。
彼女はもう教室に花を生けに行ったのかどうか聞いてみれば、今日はまだ見ていないとの返答で。
…もしかしなくても、避けられてる?
じんわりと感じる不快な夏の暑さとは別の理由で、眉間に皺が寄った。
「で、アオイはどこにいるわけ?」
いつもなら休み時間は外で遊んでいるのに今日は見かけなかったから、授業の合間にアオイが在籍しているクラスに向かい、彼女とよく一緒にいる友達の一員であろう女の子二人に聞いた。
隠しても無駄だと言葉に出さなくても、目で訴えかける。
そんなぼくに若干怯えた表情を浮かべるメガネをかけた子とは別で、そばかすの子が平然と答えた。
「アオイなら今日お休みですよ」
「えっ、なんで?」
想定外のことに理由を聞けば、風邪だと返答が返ってくる。
嘘じゃないかとメガネの子に目線を送れば、本当だとか細い声で言った。
「…わかった。また明日来るから」
そう言って教室から出ようとすれば、教室内の全員が神妙な面持ちでぼくを見ていたことに気づいて、なんとなく居心地悪く感じたから急いで自分の教室へ戻った。
その日から毎日アオイのクラスに行ったけれど欠席は続いていて、あと少しで夏休みに入ってしまうことから焦りが出始める。
風邪って聞いたけど、こんなに学校を休むほど体調が悪いわけ?
なんとかして大丈夫かどうか状況を知りたくても、連絡先なんて知らないし。
…こんなことになるのなら、聞いていればよかったな。
サワロ先生と一緒に花の手入れをしながら考えてももう遅いけれど、あの日以来彼女を見れていないのは、なんとなく物足りないと感じていた。
アオイのクラスに通い詰めて四日目、明日夏休みに突入するからなんとか今日会えないかと考えていれば、裏庭で暑い中マスクをした彼女を見かけた。
走って彼女の元へ向かうと、小さな体が震えたような気がする。
気まずそうにまた目を逸らすアオイに対して、ぼくは問いかける。
「…風邪、もう治ったの?昨日までずっと休んだんでしょ」
「だいぶ、良くなりましたけど…なんで知ってるんですか?」
声は少し枯れていて、聞いているだけでもまだ本調子ではないことが窺える。
「あんたの友達から聞いた。避けられてると思って、クラスに行ってたんだ」
「な、なんでそんなこと…」
困惑した表情を浮かべるアオイに対して、ぼくは自分のスマホを出してチャットアプリの友達申請画面を映すと前に差し出した。
「こんなことになるのはもう嫌だから、連絡先教えて」
そう言った時もアオイの顔は鳩が豆鉄砲を食ったようという表現そのままで、望むものではなかったけれど 困惑以外の新しい顔を見ることができたと少し嬉しかった。
夏休みに入った後も日中は講習に参加するし、花の世話もあるからほぼ毎日登校していた。
アオイと変わらず会えるかと思えば なかなかタイミングが合わず、また見かける回数がぐっと減った。
せっかく連絡先を交換したのにトーク画面上で会話が始まる気配もないし、かと言ってぼくから何を話せばいいかもわからなくて途方にくれた。
アオイの顔が見たい。アオイと話がしたい。…未だ見れていないアオイの笑顔が見たい。
なんでこんなにも彼女としたいことが増えていくんだろう。
わからない。
でも、このままの微妙な距離感を保つのは嫌だということははっきりわかって、尚更この気持ちの正体が掴めずに食事を取る時間にも考えこんでしまい、無駄に浪費してしまった。
このもやもやを早くスッキリさせたい。
けれどどうすれば…?
今まで周りが勝手に動いていたからぼくが考えて行動する必要もなかったのに、アオイと一緒だとそれが通じなくて 毎日頭を悩ませた。
今日も少ししか会えなかった…と考えながら最寄り駅を降りた際、ホームの掲示板に貼られたチラシが、たまたま目に入った。
そしてチャットアプリのまっさらなトーク画面を開くと、電話のアイコンをタップする。
何度目か呼び出し音が聞こえた後、すっかり風邪が治ってもとに戻ったアオイの声が聞こえた。
「もしもし。次の金曜日の夜は空いてる?
…ぼくの地元で祭りがあるんだ。一緒に行こう。詳細や待ち合わせ場所は後で伝えるから」
スピーカー越しに素っ頓狂な声が聞こえたけれど、用件は済んだからそのまま電話を切った。
そしてすぐに日時の詳細と、待ち合わせ場所として指定した最寄り駅名、そして来るまで待っていると残した。
直ぐにそれらのメッセージに既読がついて、少してから了承の連絡が届く。
それを確認すれば、自宅に向けて歩みを進めた。
…さっきより足取りは軽い気がするけれど、なんでだろう。
理由はなんであれ、久しぶりにアオイとゆっくり会える。
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金曜日、駅前にあるベンチに座って待っていたら、人混みに紛れて女の子がやってくる。
白がベースで色とりどりのアサガオの花が描かれた浴衣姿で、髪型もいつものみつあみじゃなく 後ろで一つ括りのポニーテールにしたアオイは、この前見た私服姿とはまた違った雰囲気だった。
「グルーシャ先輩、こ…こんばんは」
「かわいい…」
「へぇ!?」
顔をほんのり赤らめながらも挨拶をしたアオイを見て、無意識のうちに言葉が溢れていた。
彼女のオーバーリアクションで我に返ると、また逃げられないように手をしっかり握って祭り会場まで歩みを進めていく。
この前の二の舞を踏まないためにも、なんとか頭を動かして会話をしようと道中口を開いた。
「浴衣、着てきたんだ…」
「あの電話もらった時、友達と一緒いたので話聞かれて、お祭りには浴衣でしょって。
断ったんですけど、着付けしに家まで来ちゃったので断れなかったんです…」
なんだ、自分から着たいと思ってくれたわけじゃないんだ。
まあ、でも アオイの姿を見れたのは、その友達を除けばぼくだけだろうからいいや。
「そう。すごく似合ってる」
「あ、ありがとうございます」
それっきり会話は途切れてしまったけれど、心がふわふわと弾んでいる気がする。
草履を履いた彼女が歩きやすいようペースを落として進んでいけば、祭りの会場に到着した。
夜の七時半くらいに花火が打ち上がるからか、二時間前の時点で人でごった返していた。
確かこの祭りに参加するのは小学生以来だなと思ったと同時に、親とはぐれて変な大人に連れ去られそうになり それからこの祭りには来ていないことを思い出す。
…人が多い場所では、碌な目に合ってないんだよな。
まあ、あの日より随分見た目が男っぽく見えているはずだし、今日は大丈夫だろう。
「何か食べたいものとかある?」
「りんご飴…ですかね」
なら探そうかと声をかけてから人混みの中に飛び込んでいく。
探している途中で射的の出店があって興味深げに視線を送っていたから遊んでみると、楽しそうに笑っていた。
ぼくはさっぱりだったけれど、アオイは案外上手くてお菓子の詰め合わせだとかの景品を次々とゲットしていく。
そんな様子を見て自分だけ何もないのは悔しかったから粘った結果、ようやくもこもこの羽を持つ青い鳥?みたいなぬいぐるみを落とすことができた。
それをアオイの前に出せば、目をまんまるにしながら見上げてくる。
「グルーシャ先輩が取ったので、受け取れません」
「ぼくがこんな可愛いぬいぐるみ持ってるとサムいだろ。
あんのところに連れて帰ってあげて」
でもと断ろうとするアオイに対して無言で押しつけると、渋々受け取ってくれた。
うん、ぼくが持っているよりずっといい。
そこからまたりんご飴を探しに行ったり、ポテトや焼きそばだとかを買いまわっていれば、露店が連なる道の人通りがさらに混雑してきたように思えて、少し動くだけでも身動きが取りづらい。
時間的にもう少しで花火は打ち上がるし どうしようかと考えていれば、突然アオイから握られる手の力が強くなって、ぼくの前に移動するとそのまま人混みから逃れるように横に向かって進み始める。
一体どこに行こうとしているんだと思っていると、一本外れた道沿いに抜けることができた。
そのまま手を引かれながら辿り着いたのは、ひっそりとしたベンチ。
人影はさっきと比べてまばらだった。
「先輩、座ってください」
「なんで…」
「顔色悪いですし、あんなに人が多いところにいるのは苦手ですよね?
ここならまだマシなので、食べながら休憩しましょう」
そう言われて初めて、自分が大量の冷や汗をかいていることと異常なほど心拍が上がっていることに気がついた。
ああそうだ。
ぼくが小さい頃誘拐されそうになったのは、今日みたいに人がかなり多い状況で親とはぐれてしまって…。
「ごめんなさい。もっと早く気づいた方がよかったですね。
楽しかったので遅くなっちゃいました。
あと、水を飲んでください。来る途中でコンビニで買ったものでまだ開けてないです」
「…ありがとう」
ペットボトルの水を受け取って飲むと、少しづつ落ち着いてきた。
そんなぼくの様子をじっと見ていたアオイは、立ったままで。
「…座れば?ずっと立っているのもしんどいでしょ」
「え、ああ…はい。それじゃ、失礼します」
遠慮がちに人一人分の間隔を空けて隣に座ったけれど、また距離を感じて空きスペースを詰めるように肩を抱き寄せた。
途端に近すぎると慌て出したアオイに対して、ぼくはやっぱりあんたは変だと伝える。
その言葉に対して不思議そうに彼女は目線を向けた。
「あんたはぼくのことが好きなのに、距離を取ろうと必死だね。
他とは違う。だから、変だと思う」
「だ、だってグルーシャ先輩と一緒だと緊張するので…。
いや、そもそも先輩の方が変ですし意味わかんないです」
「何が?」
「何がって…。だって周りから好意を向けられるのが鬱陶しくて嫌なんですよね?
流れで言っちゃいましたけど 私先輩のことす…好きですし、あなたの言う鬱陶しい人達と一緒です。
それなのにまだお花の世話をしに朝からやってくるし、今日みたいに出かけようって誘ってくるし…」
「ぼく、別にあんたのこと鬱陶しいって思ってないけど」
思っていることをそのまま伝えれば、アオイはぐっと何かを堪えるように唇を噛み締める。
やめさせようとすれば、顔を逸らされた。
彼女の膝の上に置かれた小さな手が、浴衣の生地を力強く握りしめる。
「そういうの、やめて…ください。か、勘違いしそうになるので」
遠くから見ているだけでよかったのに…とこぼすように呟いた言葉も聞いて、一体何に勘違いしそうになっているんだ?と頭に浮かんだ疑問を投げようとした時、頭上で大きな爆発音が鳴り響いた。
目線だけを上に向けると空に大きな花が咲いていて、その光で彼女の顔がほんの少し明るく照らされる。
改めてそっちに目を向ければ、アオイの顔は今まで見たことないほど真っ赤になっていた。
これも初めて見たなと、変に冷静な感想が出てくる。
そして、あることに気がついた。
今まで本来の明るい性格をうかがえるような表情は、直接ぼくに向けられたことはない。
その代わりに見てきたのは緊張や慌てている姿に、こうして赤面している表情だけ。
今まで学校内で遠くから見てきたアオイは、誰であっても太陽のような笑顔を振りまいていて、それらの態度を取っているところは少なくとも今まで見たこともなかった。
…それってつまり、現時点でいつもとは違うアオイを見れているのはぼくだけってこと?
活発で物怖じしない彼女が、ぼくだけにみせる一面。
「いいかもしれない」
ぼつりと呟いた声に反応して、アオイがこっちに顔を向けたから、その瞬間を狙ってぐっと距離を詰める。
ぼくにしか出せない表情があるのなら、もっと見たいな。
ふにっとした感触の後、ゆっくりと顔を離した。
何が起こったのかわかっていない状態から、ゆっくり時間をかけて状況理解を進めている間に、逃げられないよう強めの力で抱きしめた。
終わり