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    うえすみ

    @reo_uesumi

    あとがきとか

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    うえすみ

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    アヤマツ√王都5周目
    スバル CPなし

    前座のアンコール「魔女教大罪司教、『傲慢』担当。ナツキ・スバル」
     ──はっ、俺にこの大罪は似合わないよな。だって俺はたった一つ以外を諦めてるんだから。自分の力におごるなんてこと、間違ってもしない。
     毎度そう思いながら、いつかあの子に名乗るはずの口上を述べる。



     ──いったい、自分が何をしたというのか。

     薄暗い視界の中、鈍く光を反射させるものから目が離せない。
     人で溢れる大通りから一つ入った路地裏。これ見よがしにちらつかせられるナイフ。
     男たちが好き勝手に何かを言うが、頭に入ってこない。まだ実体験から五分も経っていない記憶が寒気を伴って蘇ってくる。蘇るも何も、死んですぐに不用意に路地に逃げ込んだ理由がそれだった。
     付け根から脚を斬られた。
     一太刀で骨まで断たれて、俺は床に転がり身体から離れたそれを見上げた。すぐに痛みが、熱がやってきて血を撒き散らしながら無様にのたうち回る。それなのに、エルザが手に持つそれは全く動かなくて、痛みの隙間に喪失感があった。聞いたことのない声で俺は叫んで、叫んで──。
    「おい、騒ぐな!」
     ふとナイフが隠れた。代わりに目の前にやってきた大男の手が、口を顎ごと掴んで押さえる。
     恐ろしい回想から立ち直った俺は、それでもなお危険な現実にいることに気付いて逃げようとした。
     相手の肘と手首を引っ掴んで一気に体重を掛け、よろけたところに体当たりをしてその横を抜ける。
    「ま、っ──! ぅ……」
     もう一人の背の低い男を壁へ押し退け、脚に力を込めたところで異変を感じた。最初に転倒させた男はともかく、他の二人が何もしてこない。それどころか言葉も発さない。
     勢いで数歩走り、肩越しに振り向く。
    「──ぁ?」
     倒れた大男の後ろに別の男がいたらしく、地面に折り重なっていた。何かおかしい。小さい男さえも動かないで仲間を凝視している。
     その光景が数秒続いたかと思うと、小さな声が聞こえた。下敷きの男が下敷きのままに誰かの名前を呼んでいる。呆然としていた男もその名前を呼ぶ。
    「な、なんだよ……?」
     何が起こったのか、俺だけがわからない。逃げようにも、何かが恐ろしくて逃げられない。
     やがて大男の下から、血塗れの男が這い出てきた。わかろうとしなかった事実が目の前に露わになる。
    「あ、ぁ……」
     背中にナイフが刺さった男はもう動いていない。目を開いたままで、瞬きをしない。
     ──殺した。人を殺した。俺が……?
     二人が何かを言い合うのも、慌ただしく動き回るのも、意識の外だった。俺は動けずに、倒れた身体から暗い色の水溜まりが広がっていくのを見ていた。
     思考が黒い靄に巻かれて、ついさっきの一連の流れを反芻する。何がいけなかった。俺は殺そうなんて思ってなかった。事故じゃないか。そうだ。俺も同じように殺されたことがある。何が悪い。俺は人殺しなのか。
    「違う、違う、ちがッ──!」
     まともに動かない頭で必死に否定し続けていると、側頭部に衝撃が走った。何も身構えていなかった俺は石畳に尻餅をつく。
    「……てめぇ、よくも殺しやがったな!」
    「クソガキが……! お前もぶち殺してやる!」
     錆びた鉈に、一本になったナイフ。それらを手に二人は俺を壁際へ追いやる。
    「っ、わざとじゃない! それにお前だって──」
     俺を殺しただろ、と続けようとした言葉は振りかぶられた鉈に止められた。咄嗟に両腕を頭上にやって頭を守る。切り傷というより打撲の痛み。
    「わざとも何も関係あるか、もう死んでんだよ……!」
     血に濡れた服を身体に張り付けた男は、声を震わせてこちらを責め立てる。
     勢いをつけて突き下ろされるナイフに、肉はなんの抵抗もなく裂けた。腕の中の骨だけを頼りに刃を防いで、頭や胴を庇う。男に躊躇いはなく、何度も刺される。
     また死ぬ。殺される。深い裂傷の一つ一つが泣き喚くほど痛くて逃げたいのに、しかし殺したことに何も言い逃れできなくなっていた。食いしばった口からは呻き声だか泣き声だかわからない音だけが漏れる。
     ナイフの男は熱心に、まるでさっきの感触を振り払うように必死に目の前の身体を傷付ける。鉈をだらりと持った男は顔を歪めてそれを見ていた。
     後悔ばかりに支配されて半ばこの事態を受け入れていると、唐突に甲高い音が鳴った。それまで音も立てずに役目を果たしていたナイフが、舗装された地面を跳ねて転がっていく。つかまで赤く染まっているそれは、血で滑って手から離れたらしい。
    「────」
     ふと、動くなら今しかないと思った。
     転がったナイフを呆けた顔で見やる二人。異常な状況に心を掻き乱されているのがわかる。俺もそうだからだ。その上で頭が、いや本能のようなものが働いた。そうでなければ死ぬだけだった。
     傷を負っていない足腰ですっと立ち上がり、まだ向こうを見ている顔に膝を入れる。倒れていくのを追いかけるように、鼻を狙って踵で踏み抜く。硬い地面に頭を打ち付けたようで、反撃はない。
     二発で済んだ分、もう一人は未だ棒立ちだ。蹴りやすい位置の頭に、腰を入れた回し蹴りを叩き込む。以前もやった攻撃だが、今回はこちらの足の甲も痛んだ。それほどまでに力加減は無かった。大通りの方へ吹っ飛んだ身体は追いかけず、小男がその場に落とした鉈を拾う。
    「ひっ」
     赤茶色の錆が回りきった鈍器を携えて、そいつに声を掛ける。
    「なぁ、逃げろ。俺は追いかけない。お前がいなくなってからこいつを殺したりもしない。全部偶然だった。俺の意志じゃない」
     変に喉に引っかかって、掠れた声だった。それを聞かされても、男は逃げるのを躊躇っている。
    「……行けって、言ってんだろ!」
     痛む腕を振るって鉈を壁に叩きつけた。鈍い音が路地に響き、血が散る。
     大声を絞り出してやって、ようやっと人影が駆け出した。それが視界から消えるのも待てずに、背中を煉瓦にもたれさせる。
     めちゃくちゃだ。わけわかんねぇ。顔が濡れて気持ち悪いが、それを拭おうにも手の方が酷い。
     一人になりたくてここに足を踏み入れ、今やっと静かになったというのに、落ち着けるわけがなかった。その理由は、横たわっている死体だけではない。──生きて呼吸を続ける男、その存在が胸のつかえになっている。
     人を殺したことよりも、まだ殺していないことに対して居心地の悪さがあるようだった。何故かはわからない。どれだけ否定しようとも、俺はきっと今、命を奪ったことに泣いてさえいるのに。一人を逃して、この男も殺すつもりは無かったはずなのに。
     得体の知れない気持ちが抑えられない。鉈を握る手に力がこもる。これで首か頭を潰せば殺せる。
     そうだ。殺した方がいい。だってこいつが起きて、仲間が死んだのは俺のせいだと衛兵相手に騒いだら面倒だろ。
     いや待て、頭を動かせ。既に一人逃してるんだ。殺しても意味がない。それに向こうは手放しでこっちを追及できないはずだ。そんなことより、腕を止血してこの場から早く去らないと。
     指先は痺れ、冷えている。神経損傷や失血が原因だろうか。動きはするが、毎秒我慢できているのが不思議なくらいじくじくと熱を持って痛むから、動かしたくないのが本音だ。
     傷と血が露出しない格好にならなければ。ジャージの上着は血が目立つからナイフで引き裂いて腕と手にきつく巻きつける。着ているTシャツで顔の血をできるだけ落とし、そこらにあるでかい木箱を覆っていた幌を拝借して羽織る。生傷があるのに不衛生だが、そんなこと気にしていられない。
     立ち去る前に、死体に近づいて眺める。見開いたままの目が、これが生き物であったことを知らしめてくる。自分の行動に一端があるこの結果が恐ろしい。不安で鼓動が速くなる。だが同時に、何かが心に入り込んでくる感覚があった。
     自分の感情の理解できない挙動に驚きつつ、それが何なのか確かめようと死体を見つめる。しばらくそうしていると、視界から色が消えていくのに気付いた。
     まずい、貧血か。ここで倒れるのは駄目だ。眩暈で地面がどちらかわからなくなる。壁に手をついて、肩も壁に当てて削るようにしてどうにか歩く。
     おかしくなった目のせいか、薄闇から覗く表通りは異様に眩しく見えた。
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