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    洋三
    お題「かさぶた」
    一度別れて復縁するタイプの洋三(バカップル)
    リョが結婚指輪しているので注意。

    #洋三
    theOcean

    恋は盲目 あ、三井さん。
     思ったことが、そのまま口に出なくてよかった。きっとごまかしきれない色をしていたから。
    居酒屋の通路に面した席に座った三井さんは、相変わらずの風貌だ。随分会っていないように感じるのに、少しも変わっていない。ただ、見慣れないスーツを着込んで対面に座る人に気の抜けた笑みを向けている。
     ……何でこの店に来たんだろうか。水戸がここで働いていることは、以前確かに伝えた。でもそうか。あの人のことだから、すっかり忘れてしまったのだろう。水戸のことは、もう。
     ガヤガヤと繁盛する居酒屋で、耳が勝手にあの人の声を拾う。どんなときでも水戸に届く、耳障りの良い声。対面に座る人は、どうやらなかなか深い関係のようだ。気を許せる人にしか聞かせない声色をしている。いつの日か、みと、と甘えるように呼ばれたことを思い出した。
     不意にその席から手が上がり、すみませぇん、と大きな声。慌ててあたりを見回すも、店員は全員忙しそうだ。フリーなのは水戸だけ。しょうがない。
     注文を取りに席に向かうと、パチリと目があった。一瞬大きく見開かれるヘーゼルの瞳。この目がとろける瞬間が好きだった。涙に潤んで、そんなになっても水戸のことを必死で求めてくる姿が。
    だがもちろんそんなことが起こるはずもなく、ふいと逸らされる。そのまま、何もなかったような声で淡々と商品名が読み上げられた。
     水戸も淡々と注文を繰り返す。対面に座る男の、薬指に指輪が嵌っているのを見てどきりとする。ちら、と三井の手を確認してみれば、スラリと綺麗な指。何も嵌っていない。
    それにほっと息を吐いてしまう自分が、バカバカしくて嫌になる。でもほら。この人、妙なところで思い切りがいいから。もうなんにも関係がない水戸が心配になってしまうのもしょうがない。
     自分でもよくわかっていない理論で言い訳をしつつ、席をあとにした。




    「三井サン、あれ、水戸じゃないの?」

     声掛けなくていいの?とばかりに、宮城が不思議そうな顔をする。薬指には銀のリング。
     宮城には水戸との関係を話している。というか、バレていた。高校時代、いつかの部活帰りに『三井サン、水戸と付き合ってるでしょ』なんて言ってきたのだ。
     あー、と返事を濁すと、やっぱ聞かないでおく、と身を引かれた。意外に繊細なやつだと、長い付き合いで知っている。三井は少し逡巡して、口を開いた。

    「別れた」
    「えぇ?」
    「もうずっと前に」
    「……何で別れたかとか、聞かないからね」

     宮城なりの気の使い方だろうか。苦虫を噛み潰したような顔で、目を伏せている。気遣ってくれた宮城には悪いが、三井は話を聞いて欲しいタイプの人間だ。

    「喧嘩別れだったんだ」
    「うわ……」
    「ほんとに些細なことで、もう原因も覚えてねえ」
    「はぁ〜……」
    「でも言い合ってるうちにどんどん引っ込みがつかなくってって。思ってないことばかり言っちまった」

     宮城の目が、今はもう好きじゃないの?と問いかけてきている。気がする。あんたら結構仲良くやってたじゃん、と。俺はこういうのわかる男だから、多分絶対聞きたがっている。

    「どうだろうな」
    「ハア?」
    「まだ好きかもしれないし、そうじゃないかも知れない」

     少なくとも、こうやって女々しく水戸の仕事姿を拝みに来るくらいには、好きかもしれない。でも声を掛けないくらいには好きじゃないかも。だからただこうして見ているだけ。迷惑だってわかってるけど。多分こういうところが水戸の気に触った。
     三井は黄昏れて、窓の外を見た。夕日が落ちかかっている。

    「そういえば、」
    「もうやめにしない?この話」
    「昔、ここの席でよく水戸のこと待ったな」
    「うわあ聞いてない」
    「日が落ちる頃に店に入って、水戸が上がるのを待って。帰りは一緒のバイクに乗って。あの頃は楽しかったぜ、ほんとに……」
    「はあ」
    「俺が店にいると水戸、少しだけ目元を緩めて恥ずかしそうにしてよ。三井さんに仕事してるの見られるの照れるな、って。今の水戸は、そんなこと言っちゃくれねーけど」
    「好きなんじゃん……」
    「それ、本当?」

     びくり、と肩が震える。耳にしただけで体の体温が一度上がるような、つややかな声。恐る恐る振り返ると、水戸が立っている。昔と、付き合っていた頃となんにも変わらない。泣きそうな顔で笑いながら、水戸はビールを卓に置いた。宮城は大量の砂糖を飲んだ顔をした。

    「三井さん、まだ俺のこと好き?」

     好きだ。
    そんなの、決まっている。ずっとずっと好きだ。忘れられるわけがない。俺の名前を呼ぶ声も、俺の手を握る温度も、バイクに乗った背も。全部好きだ。未だに覚えている。体に触れる手、その細やかな仕草まで、ぜんぶ。
     んゔゔ……と唸っている宮城など、三井の世界から完全に消え去った。三井の世界には今、水戸しかいない。

    「……そんなん今更聞くわけ」

     子供みたいだ。拗ねた声が出て、こんなの白状したも同然だ。でも、ずるいんじゃねーの。自分は何も言わないで、俺に言わせて。そんな簡単に流されたくない。もう、二度と。こんな思いをしたくない。
     三井さん、と焦がれるように呼ばれる。心が揺らぐ。でも、水戸。俺たち別れたじゃん。うまく行かなかったし、また同じこと繰り返すだけだぜ。
     水戸が座敷に乗り上げて、距離が近くなる。眉を下げた、寂しげな顔。水戸は、悲劇を語るように重々しく口を開いた。

    「俺、カサブタができちまったんだ」
    「……かさぶた」
    「そう、かさぶた」

     く、と手を握られて、水戸の背中に導かれる。変わらない、ゴツゴツとした男らしい手。服の下の、懐かしい手触り。バクバクと心臓が鳴るのを、止められない。
     ふと、カリ、と引っかかる感触があって、その正体を知る。背中のかさぶた。ねえ、と、水戸。

    「俺たち、こんなになるまで離れてたんだよ」

     ぞっとした。
    水戸の背中につけた傷が、癒え始めるくらいまで離れていた。随分と遠い昔に別れていたと思っていたけど、こうして自分の痕跡が消えるところを目にするとどうしようもなくなった。
     このまま会わなかったら、かさぶたは消えて、まっさらな背だけが残る。いつか別の女や男が水戸の背に傷をつけるのかも知れない。そう考えると、眼球に熱がたまる。別れたくせして、全然別れられていない。カサブタができるくらい離れていたのに。心は全然。
     きゅ、と背に掛けた手に力を込め、カサブタに爪を立てる。ふ、と水戸の息が、耳元でした。それだけで、体は火照るのだから。

    「みとぉ、俺、お前のかさぶた、剥がしてやりたい」
    「俺もだよ、三井さん。あんたに剥がされたい」

     そのまま舌を絡めれば、もう後戻りはできない。ずっと触れられていなかった体が疼いて仕方がない。いつ上がれる?と聞けば今すぐにでも上がってやる、と脳髄を揺らすような声が返ってくる。
     こんなに長い間離れていられたのが嘘みたいだ。一分だって離れたくないのに。
    水戸も名残惜しそうにひときわ大きく抱きしめてから、腕を解く。ニコリと笑って、優しげな笑み。

    「店長に話してくる」

     だからいい子で待っててね、と。腰が砕けるような声で耳元で囁かれてしまったら答えは一つしか無い。

    「ひゃい♡♡」



     一人、世界に取り残された宮城は、死んだ目で呟いた。

    「いや、3日離れてただけだろ」
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