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    洋三 お題「留守電」
    両片思い洋三+桜木です

    #洋三
    theOcean

    5秒後、桜木はブワッと泣いた5秒後、桜木はブワッと泣いた 古いアパートに、ギシギシと軋む床、シミの付いた薄い壁。
    ──俺は今、桜木の家に居る。
     何故か。桜木の親友である、水戸のことで話があるからだ。


     しょうがないと思う。
     だって、バカな行動を起こした俺を思い切りぶん殴って止めてくれて、その上庇ってバスケを続けさせてくれたんだ。もちろん水戸的には桜木の邪魔するやつをはっ倒しただけなんだろうけど、俺にとってはどん底の人生を一変させた大恩人なわけで。そして俺は恩義を感じるとどっぷりと好きになってしまうタチなわけで。
     『あー、カッケーな』とぼんやりと思っていた俺の心は、『へえ、髪、似合ってるじゃん』などという水戸の微笑みでコロコロコロ〜っと落ちた。あっけないもんだ。
     おじいさんが落としたおむすびが如く転げ落ちた心臓は、水戸がひらりと手をふる度に、軽口混じりの声援を送ってくれる度に、しまいには廊下ですれ違っただけでさえコロコロと加速していった。もう穴の中のネズミが返してくれない。どころか宴だ宴だと騒ぎ立てるもんだから、四六時中ドンドコ拍動している。
     特に最近は水戸の方も距離が近くなって、許されている気分になってしまう。偶然だろうが手が触れ合うことが増えたし、淡い期待を抱いて屋上に行ったら『あ、ミッチー。こっちおいでよ』なんて言って当たり前のように隣に呼ばれるし、帰り道が同じだからと、一緒に帰ってくれるし。そんなんされたら、あれ、もっと近づいてもいいのかな?と思っちゃうじゃねえか。あれあれ、もしかして水戸、ちょ〜っとは俺のこと気に入ってくれてるわけ??なんて。

     そんなこんなで思い上がった俺は、浮ついた心のままに桜木に近寄った。練習が始まる前、水戸がいないことを確認してのことだ。こいつもなかなか俺に懐いてくれているから、話くらいは聞いてくれるだろうと思って。

    「桜木、恋愛相談なんだけど」
    「ふぬっ!?!?」

     ところが桜木は、驚いた顔で飛び上がったあと、青い顔で慌ててキョロキョロと周囲を見回した。そうして、ブンブンと首を振る。

    「だ、ダメだミッチー……」
    「!?俺の話が聞けねーのかよ」
    「いやッ!ダンジテそういうわけではない!だが、そのう、とにかく今はダメなんだ!あ、そだ、練習が終わったらうちに来るといい!」

     はあ?何だそれ今でいいだろうが、という言葉は、水戸達軍団がぞろぞろと体育館に入ってきたものだから喉の奥にごきゅんと飲み込まれた。もしかしたら桜木はもう勘付いているのかも知れない。いろいろあった男の先輩が、同じく男の親友に恋慕の情を寄せているなんて気持ち悪いことだろうが、一応家には上げてくれるみたいで……いや、逆か?これは人目につかない家の中だから存分に恫喝しようという……。
     ぐるぐると勘繰りながらも、練習には集中して取り組めた。この感情のせいでプレーもめちゃくちゃになるようだったら、もうさっぱり水戸のことは諦めてバスケ一筋で生きようと決めている。終わりたくないので、俺は毎回必死だ。だが桜木の方はどうしても気になるのか、ミスを連発しながら俺の方をチラチラと見ていた。やはり練習前に持ちかける話題ではなかったらしい。

     練習後、今日も恋心を延命できたと息を吐いて居ると、水戸がいつものヘラリとした笑みを浮かべながらポカリを差し出してくる。こいつは最近、差し入れもしてきてくれるものだから、俺の心のネズミがダンスしまくっちまう。

    「おつかれ、ミッチー。今日気合はいってたね」
    「いつもだろが」
    「そうだけど、いつも以上に。花道は調子悪そうだったけど」
    「あ〜、うん。俺のせいだわ。あ、あと俺今日桜木と帰るから」
    「え?」
    「怒んなよ。ちゃんとフォローしとくから」
    「怒ってないけど……」

     微妙な表情を浮かべて、水戸は桜木を見た。桜木はワタワタと両手を動かしている。何をそんなに焦ることがあるのだろうか。

    「よーへー!すまん!大事な話が、えっと、そう!バスケのことで、大事な相談があるんだ!な、ミツイ君!」
    「ん?おう?そだな」
    「……ミッチー、俺には言えないこと?」
    「言えない」
    「、はは、重い女みたいなこと言っちまった」

     思わず即答してしまうと、水戸はふざけたように笑った。軍団がすかさず出てきてヒューヒューとからかっている。『重い女のよーへー君だぁ!』『私とバスケ、どっちが大事なのぉ!?ってか!』『うるせーぞテメエらぁ!』と。仲の良いことだ。



     そんなこんなで桜木宅。
     あ、いや、帰る途中に一回バスケを挟んだ。練習前の勢いのまま行ければよかったのだが、妙に間が空いてしまって。まあ、端的に言えばビビった。一緒に歩いているときの桜木の緊張した様子が移ったともいう。
    あー、もしかしてこれ、相談したらこいつとも距離置かれるのかな。みたいな。どうしても悪い方向に考えが行ってしまいそうで、やっぱりそういうときにはバスケが一番効く。桜木にとってもそうだったのか、持ちかけると顔を輝かせて乗ってきて。

     現在時刻、10時半。やりすぎた。

     やりすぎたけど、俺のメンタルは無事回復していた。やる気はみなぎっている。ここからどういう展開になろうと、桜木に『洋平にもう近づくな』とメンチを切られようと、ともかく標的の好みのタイプと経験人数は入手しようと決意した。……ちょっと難易度が高いか?でもアイツが男がイケるのかは必須事項だし。頑張れ俺。今日の三井は良かったろ。
     自分を励まし、ちゃぶ台越しに正座する。対面の桜木はいよいよの気配を察知したのか、しかめっ面で腕組みだ。
     よし、言うんだ、三井寿。セリフはズバリ、『おとーさん、水戸君を僕にください!』だ。

    「おとーさん!み、」
    「あ、すまんミッチー。ルスデンが」

     ズッコーン
     なんだコレ。俺がスベったみたいじゃないか。かああ、と耳が熱くなって、ごまかすように桜木の視線を追った。固定電話のボタンが赤く点灯している。すまん、ルスデンはすぐに聞く派なんだ、と立ち上がりながら再三謝られる。逆に哀れだ。
     ギシギシと軋ませながら歩いて、点灯するそこを桜木の指がぴ、と押す。
    そうして聞こえてきた声は。


    『──はなみちぃ』


     あ、水戸だ。だが随分と違和感がある。なんというか、ふにゃふにゃしていると言うか、甘ったれていると言うか。いつものキリッとした水戸ではない。これは親友の距離感ということだろうか。桜木の顔色も急変して、あ!あ!と唸っている。

    『何で電話でないんだよ、みついさんとまだ居るのか?もう9時だぞ、スポーツマンは早く寝ろ、あ、寝てるのか、花道ぃ?はなみちはなみち、おーい、おきろー、いや、やっぱだめだ、はなみち明日も早いからはやくねてろお』

     なんだか言葉もあやふやで、要領を得ない。というか、え。みついさんって。三井さんって呼んだ?ミッチーじゃなく?
     桜木はなぜだかアワアワと体を動かしている。なんだろうか。

    『なーなんで今日みついさんと帰ったんだよ、別にいいけどさ、べつによ、だけどこないだハルコちゃんと二人っきりにさせてやったろ、いや別にいいんだけどさ、みついさんも、俺には言えない話のひとつやふたつや百つくらい、あるってわかってるし?でも別に帰り道じゃなくってもよかったんじゃねーの、おれにはあの時間しかないわけだし……、あ、べつにいんだけど……』

     ……ん〜〜??なんだこれ。ついに桜木がおかしくなって受話器にむかって「よーへー!黙れ!ダメだ!」とか叫びだしたけど、恋のパワーとは恐ろしい。桜木の大声と、隣人からの壁ドンの大合唱の中で、水戸の声は鮮明に届く。
     なんか、水戸、酔ってねえか?酒飲んだのか。へえ、酔うとこんな感じになるんだ。言ってることはよくわからないけど、可愛いじゃん。俺のこと話に出してくれてるのか。なんか聞いた感じ、悪口ではなさそうだし。ない……よな??

    『でもよお、お前だって知ってんだろ、応援するぜヨーヘー!とか言ってただろ、や、まあ一回くらいきにしてねえけどさ、おれに言えない話したんだろ、わかってるけどお、あんなそくとーすることねーじゃん……、おまえもなんかごまかすしよ、しってるくせに、俺がみついさんのこと好きなことくら「うをぉぉおぉーーー!!!」』

     桜木の雄叫びとともに、電話に拳が叩きつけられ、バゴンという鈍い音とともに録音の水戸が強制的に黙らされる。
     ……うん。だけど桜木。その判断かなり遅い。もう手遅れ。いろいろ聞いちゃったあとだから。
     だらだらと冷や汗を流しながら、桜木はギギギ、と振り返った。

    「み、ミッチー、その、このことは、えっと、そのぅ、洋平もいつもこんな感じというわけではなく、」
    「桜木」
    「ハイ……」

     ピシ、と背筋を伸ばして、なにかに耐えるように目をつぶっている。
     それを見つめつつ、ふう、と吐いて、すう、と大きく吸う。そして。


    「おとーさん!水戸君を僕にくださいッッ!!」





     ……おい。なんか言えや。俺がスベったみたいじゃないか。



    5秒後、桜木はブワッと泣いた
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