お題
(はじめての/下僕)
未来捏造
同棲済み
はじめてを楽しむngのお話
馬狼との初対面、はじめて負かしてやりたいと思った。
勝ちたい、でも、負けたくない、でもなくて、腹の底から湧き上がるようなどす黒い知らない感情。
言葉に出来ない言い表せないそれに違和感を感じるよりも早く身体が動いていた。
見せ付けるようにわざわざ踵トラップまでしてみせてあの時は分からなかったモヤモヤ感。
後から知ったその感情は今もなお継続して俺の中にあって面倒くさいけど、凄くワクワクする。
「ねぇ、今日の夜はカレーが良い、肉の塊が入ってるやつ」
「?ざけんな、もう魚買ってんだよ」
「えー…じゃあ魚カレーとかは?」
「却下、センスねぇ」
大声援のなか、ピッチの上で少し出来た隙間時間に馬狼に歩み寄って言えばグッと眉間に皺を寄せた男が、ユニホームで汗を拭いながら舌打ちする。
シッシと手を振って俺を追い払うような素振りを見せる馬狼に続けてお願いしようとしていれば、チームメイトから名前を呼ばれる。
素気無く断られてしまったけれど、口の中はもうカレーになっていて胃袋も馬狼のカレーを迎入れる準備をしてる。
なのに魚…、めんどくさい…、どうせ骨がいっぱいあるやつに決まってる。
渋々と芝を鳴らしてチームメイトの元へと戻ればすかさず何を話していたのか聞かれて、好奇心の混じったその目線から逃げるように別に、とだけ返す。
青い監獄を出てからも馬狼は変わらず自分の王道を貫いていて、周りからは少し敬遠されてる。
それはあいつの努力だったり敗北からの跳ね返りを知らない他人からの評価で俺は別にそれで良いと思ってる。
出来るなら俺だけが知ってる馬狼を密かに俺の中だけに留めておきたいとも思う。
ボールがピッチ内に戻ってきて一瞬緩んだ気が再度引き締まる。
圧倒的な威圧感を感じる場所には決まって王様が立っていて今すぐにでもボールを蹴って走っていきたい気持ちに駆られる。
あ、いいこと思いついた。
チームメイトの声もピッチに響き渡る大声援も聞こえないくらい、自分の心臓の音が煩くて、俺のイメージを体現する為に身体が自然と動いていく。
走ることで感じる息苦しさすら心地良く感じる。
少し驚いたように目を丸めた馬狼が見えて、自然と口元が緩む。
あの頃と同じように、真っ向から馬狼へと向かっていき、目の前でぴたりと止まって見せる。
踵でパスを受けて、みるみるうちに眉間に皺を寄せる馬狼の顔を見ていると楽しくて仕方がない。
「ねぇ!俺がゴールしたら今日はカレーね」
「は!?」
一方的に約束を取り付けて踵に当たったボールを軽くいなしてゴールに向けて走り出す。
背中に掛けられる馬狼の声に自然と気分が上がって脚が軽くなる。
ホイッスルが鳴った瞬間くったりと力が抜けてピッチの上に座り込み一気にやる気が無くなる。
芝生に引き寄せられるようにそのままごろりと寝転べば会場を照らすライトが眩しくて、目を瞑る。
試合が終わっても続く両チームのサポーターの声がまるで子守唄みたいに聞こえてくる。
このまま寝れたら良いのに…。
そう思っていれば身体から力が抜けてぐぅっとお腹が鳴る。
「おい、どけクサオ」
「あ、キング」
瞼の裏で感じる光が遮られ、覗き込んできた男の声に目を開ければ迷惑そうに顔を歪めた馬狼が俺を見下ろしていて、丁度いいやと引き上げてもらおうと手を伸ばせば綺麗に叩かれる。
パシッと音がして手が少しの痛みを訴えて、そのまま勢いに任せて落とした手に今度は芝の擽ったさを感じる。
「今日はカレーね」
「?勝ってねぇだろうが」
つれない態度の馬狼を見上げながら言えば、片眉をくっと上げて不満を露わにする。
「勝ったらなんて言ってないじゃん、俺がゴールしたらって言った」
「…ッは」
俺の言葉に唇を戦慄かせてぎゅっと握られた拳が見え、慌てて芝生の上をごろりと転がる。
勢いを付けて起き上がった先には震える拳を握ったままの馬狼がいて、なんでそんなに怒るかなぁと息を吐く。
「分かった。王様もゴールしたからやっぱり魚カレーにしよう、良いじゃん、魚カレー」
「良くねぇよ、俺はもう焼き魚の口になってんだよ」
「俺もカレーの口になってるから」
「諦めろ」
付いてきた芝生を軽く叩きながら妥協案にも頷かない馬狼にムッとする。
ガキだガキだと言われるのには慣れたしそれでいい。
言い返すのも面倒だけど、今日はもう馬狼の作ったカレーが食べたくて引くに引けない。
「やだ」
「諦めろ」
「やだ、王様が諦めてよ、良い王様は下僕に慈悲を与えるもんだよ」
「クサオ、お前俺が良い王様だとでも思ってんのか」
「うぇー、それ自分で言う?」
2人で並んでピッチを歩きながら終わりのない言い争いを楽しむ。
結局どこかで折れるのは馬狼の方で、青い監獄から出てちょっとだけ甘やかされる機会が増えた気がする。
誰かの手料理を食べたいと思うなんてはじめてだし、軽口を叩き合うのを楽しいと思えるのもはじめて。
カレーは食べたいけど別に馬狼が作ってくれるならなんでも良い。本人には言ってやらないけど…。
「はじめての魚カレーだ」
「作るっつてねぇだろ!おぃ!クサオ!」
「じゃあ、また後でね」
ロッカーの入り口が近付いて晩ご飯のメニューを口に出せば青筋を浮かべた馬狼が食ってかかる。
試合したばっかりなのに元気ありすぎ、なんて思いながら手をひらひらと振ってチームのロッカーへと逃げ込む。
扉越しに聞こえる馬狼の声に肩を竦ませながら、いつもは面倒臭い着替えや帰る準備がスイスイと進む。
ぐうぐうと空腹を訴える腹を摩って宥めながら、今日の夜ご飯に心踊る。
終