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    くるしま

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    くるしま

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    原作雑土。土井のターン。
    イベント企画を無事終えられたので、こちら再開します!
    5月中には終わらせたい!(また期間が伸びてる)

    イベ企画とこちらを並行して書いていたら、頭がバグりそうになりました。
    同じCPのはずなんだけど、使ってる回路が違うというか。ふしぎ。

    原作雑土で連載してみる09 終わったと思った。
     あれで終わらない方がおかしい。
     なのに、終わらなかった。
     意味がわからない。


     雑渡との関係が終わった、と土井が思って、しばらく経った頃。土井は表向き、前と変わりなく日々を送っていた。
     山田は何も聞いてこなかったから、土井は雑渡と切れた事を言っていなかった。
     心の整理がついたら言おうと思いつつ、日々の生活に流されて、機を逃していたのだ。
     心配されているのは分かっているから、腹を括って話そうと、思った矢先。
     届いた。
     雑渡からの呼び出しが。
     一体何事かと思いながらも、誰にも黙って指定された場所に行ってしまった己が、土井には理解しきれていない。
     しかもそれは、一度ではなかった。
    「何のご用ですか」
     呼ばれるたびに、会うたびに、土井は雑渡へ同じ事を尋ねた。
     今夜も同じだ。待ち合わせの小屋に入ってくるなり問う土井に、雑渡はやはりいつものように笑う。
    「用件は、前と特に変わっていないが」
    「もう呼ばないで欲しいと、前にも言ったはずです。私の言葉を、聞いておられないのですか?」
    「聞いた覚えはあるが、承知した覚えはない」
    「屁理屈を……!」
    「ならば、来なければいいものを」
     笑いを含んだ声で言われ、思わず雑渡を睨み付ける。
     そう、来なければいい。土井だって、そんな事はわかっている。
     雑渡が本当に土井へ用事があるのならば、忍術学園に来る。こっそりと呼び出したりしない。
    「……もう私に用はないはずでは?」
    「そもそも、私の用などとっくに終わっていた」
    「はぁ?」
     咄嗟に出たのは、疑問の声。
     だが、言われてみれば、確かにそうだ。土井の尊奈門への感情など、何度も会わなくても分かったはずだ。土井にそれを隠す気はなかったのだから。
    「……何を企んでいるんです?」
     不信感を露わにした土井を、雑渡は見る。じっと、黙ったままで。
     先に居心地の悪さを感じ始めたのは、土井の方だった。
    「わからないなら、調べればいい」
    「は?」
    「土井殿は忍者だろう?」
     つまりは、雑渡は答える気がないという事だ。
     これは単に、面白がられているのでは?
     不愉快な考えが頭に浮かぶ。
    「いつまでこのような事を続けるのですか」
    「あなたが、呼べば来るうちは」
     そう返されたら、土井は言い返せない。そう、雑渡は土井を一方的に呼ぶだけで、迎えに来る訳ではない。土井が無視すればいいだけの話なのだ。
     一度、本当に無視をした事もある。けれど、用事もないのに彼を無視するのは、落ち着かなかった。
     一方的な約束の刻限が近付くと、そわそわと落ち着かない気持ちになる。本当に待っているのか、考えてしまう。
     ぐっと堪えて、行かずに終わったとする。
     そうすると、その数日後に雑渡が忍術学園を訪れた。あえて土井の所までは来ないが、遠目に顔を合わせる。
     雑渡と約束をした事はない。常に雑渡からの一方的な呼び出しだ。けれど、約束をすっぽかしたような引け目を感じてしまった。
     雑渡は何も言ってこなかった。そして幾日か経った後、何事もなかったかのように再度誘いを寄越した。
     土井はそれを無視できなかった。そして気付けば、雑渡との関係は振り出しに戻っていた。
     土井は後悔した。別れたと、山田に話しておけば良かった。
     そうすれば、少なくとも易々と戻ったりはしなかっただろう。
     だが、今更だ。後悔しても、遅い。
     一旦思考を切り上げて、土井は雑渡に目を向けた。彼は土井が黙って考え込む間、何も言わずに土井を見ていた。どこか、面白そうな顔で。
     追求は諦めよう。今日のところは。
    「考え事は終わったかな?」
    「終わってはいません。続きは明日にしようと思っただけです」
     腹が立っても、雑渡との時間を味わう事をせず帰る選択肢はない。
     毎回会える訳ではない。土井に、あるいは雑渡に予定ができてしまい、待ちぼうけになる事はある。お互いに。
     会える時間は、触れていたい。
     土井の望みはいつも同じだ。雑渡の望みは分からない。が、身体を重ねている間は、余計な事を考えなくて済む。
     肌に触れて思考が焼き切れるような感覚があるうちは、この関係を断てない気がした。少なくとも、土井からは。





     土井はそう暇ではない。であるから、気になったとしても、一日中、雑渡の事ばかり考えたりはしない。
     隙間の時間があると、考えてしまうだけだ。
     まさに今、内職のために黙々と手を動かしている時の様な。
     今日は学園が休みで、土井はきり丸と長屋に帰っていた。
     だが土井は一人で内職に勤しんでおり、きり丸は出掛けている。もちろん、アルバイトだ。
     今回、きり丸は、アルバイトを引き受けすぎるというミスをした。そして、土井に内職を任せて、乱太郎としんべえヱを連れて別のアルバイト先へと向かい、帰ってきたら三人で内職に入るという忙しいスケジュールが組まれた。
     きり丸たち三人が帰ってくるまで、まだしばらくあるだろう。
     内職はとても一人で終わる量ではないから、早く帰ってきて欲しい。
     土井はもう内職に慣れてしまい、手を動かしながら他の事を考える余裕がある。考えてしまうのだ、雑渡について。
     相変わらず、土井の中で「雑渡の考えている事」はわからない。
     そもそも、雑渡に土井への好意はない。それは最初から分かっていた事で、騙された訳ではない。
     最初の起点が尊奈門絡みだったとしても、それだけにしては関係が長く続きすぎている。気まぐれなのか、単なる欲の処理なのか。
     単純に考えれば、雑渡は土井との関係が気に入ったのだろうと、そういう結論になる。
     彼は、意外と相手に不自由しているのかもしれない。
     山田からは、時折、雑渡との事を尋ねられる。終わったと思った時に報告していれば良かったのだが、今更その辺りの経緯をするのも躊躇われる。
     結局、いつも、「変わりありません」と答えている。
     雑渡の目的を伝えれば、切れろと返されるのは、分かりきっていた。
     この辺りになると、土井も自覚せざるを得なかった。
     どんな形でもいいから、雑渡といたい。
     己の中に、そんな殊勝な感情があったのが驚きだ。
     恋情があったとしても、身体だけでも繋げていれば、いずれは満足するか飽きるかして、薄れるのだと思っていた。
     どうにも自分は、本当に恋というものがわかっていなかったとみえる。
     手を止めて、息を吐く。考え事をしながらだと内職は捗るが、気分は重くなった。
     一度休憩しようかと思う頃。外から足音と、聞き覚えのある声がした。四人分の。
    「ただいまぁ〜」
    「遅くなってすみません〜」
    「土井せんせぇ〜」
     情けない生徒たちの声と共に、ぜぇぜぇと息を切らせた尊奈門が入ってきた。
    「つ、着いたぞ! もう降りろ!」
     尊奈門はしんべヱを背負い、乱太郎を小脇に抱えている。きり丸は乱太郎を反対側から支えており、子ども達は全員、全身汚れてぼろぼろだった。
    「何があったんだ、おまえたち!?」
     おかえりと返すのも忘れて土井が尋ねると、四人が一斉に話し出す。
     耳から得た言葉を頭の中で整理して、
    「……つまり、タソガレドキが張っていた場所に、おまえたちが入って行って、罠にかかって、助けられて手当までしてもらった上に、送ってもらったと」
     簡潔にまとめれば、生徒たちからは「そうです〜」という声が上がる。
     まだ乱太郎としんべヱを抱えた尊奈門は、土井を睨んだ。
    「こいつら、全部の罠に引っかかったぞ! 助けるの大変だったんだからな!」
    「うん……ごめんね……」
     土井は謝りながら、三人を尊奈門から引き取る。
     乱太郎は足を捻っている。
     きり丸は少し左腕を切った。
     しんべヱは大した怪我はないが、空腹で動けない。
     という状態で、尊奈門が三人を土井の元へ送り届ける役目を負わされたとの事だ。
    「尊奈門さん、何のお仕事だったんですか?」
    「女の人が、怪我してそうな男の人と歩いてましたけど、あの人たちが目的ですか?」
    「食べ物持ってますか?」
     三人組が尊奈門に付き纏うのを、土井が引き剥がす。
    「おまえたちは外で汚れを落として来い! それから内職! 終わったら宿題!」
     えぇ〜と声を上げながらも、よい子たちは教師には逆らわない。お互いに手を貸しながら、長屋の外へ汚れを落としに行く。
     尊奈門は彼らの後ろ姿を見ながら、ぼやくように言った。
    「まったく……何で全員同時に罠に引っ掛かるんだ」
    「あの子たちは、特に引っかかりやすいんだ……」
     胃が痛い。タソガレドキに妙な借りを作ってしまった。大した事がないとはいえ、怪我をしてきたのも問題だ。
    「仕事の邪魔をしてすまないね」
    「ふん。私は命じられたから、送ってきただけだ」
     誰に、と聞く必要はない。三人組を受け取る時、尊奈門から覚えのある匂いがした。微かな薬の匂い。雑渡と同じものだ。
     雑渡の匂いは、よほど側に近付かなければわからない程度には薄い。肌を合わせるまで、土井も知らなかった。なのに今はもう、微かな移り香わかるようになってしまった。
    「お詫びと礼を言っておいてくれ。そのうち、学園長からも行くだろうがね」
     土井も、誰にとは言わなかった。尊奈門もあっさり頷く。
    「伝えておく。他には?」
    「ん?」
    「ついでに、何かないのか」
     言葉の意味を掴むのに、少しかかった。そういえば、前にも似たような事があった気がする。
     少し考えて、思い当たる。
     まさか尊奈門は、まだ土井が雑渡と恋仲だと誤解しているのか。
    「あのなぁ、君……」
     誤解を否定しようとして、口を閉じる。こんな所で下手な会話をしたら、生徒たちに聞かれる。
     代わりに声を潜めて、尊奈門にしか聞こえない声で尋ねた。
    「……聞きたいんだが」
    「何だ」
    「君は、あの人の私が相手でいいと思っているのか?」
    「もちろん嫌だ」
     即答だ。だが土井が何か言う前に、尊奈門は続けて言う。
    「でも、あの方が望まれるなら、それでいい」
     なるほど、心酔というのは厄介なものだ。
     土井は実感をもって理解した。
     雑渡の相手として、土井は良いとは言えない。恋仲は無論のこと、遊び相手としても。
     どう考えても止めるべきなのに、雑渡の気持ちを優先するという。
    「君が言えば、私の相手などやめるだろうに」
     思わず漏れた呟きは、本心だった。だが尊奈門は眉を吊り上げて、抗議してきた。
    「バカを言え。そんな軽薄なお方ではない」
     そうか?
     一番最初に雑渡と寝た経緯を思い出すと、とても信じられない。
     だが思えば、あれも結局は遊び心ではなかった。今、目の前にいる男への過保護から来ているのだ。
     腹の奥から、嫌なものが湧いてくる。
     土井は話を打ち切った。声量を戻して、尊奈門に笑いかける。
    「とにかく、ありがとう。で、君は内職も手伝ってくれるのか?」
    「する訳ないだろう! 何でおまえは私に手伝わせようとするんだ!」
    「では、お仲間の所に帰るわけか」
    「おまえには関係ない」
     さすがにそこまで口が軽くはないか。と思った時、
    「戻りました〜」
     乱太郎の声と共に、三人が戻ってきた。
     立ちっぱなしで会話をしていた土井と尊奈門を見て、きり丸が声を上げる。
    「先生、いつまで話してるんですか! 内職しますよ! 尊奈門さんも!」
    「巻き込もうとするな! 私は帰る!」
     尊奈門は「変な所が似てる」と呟いて、さっさと出て行った。
     土井は後を追いかけない。その必要はなかった。
     尊奈門はあの三人を抱えながら、彼らのアルバイト先付近から土井の長屋まで来た。道順的に、忍術学園の近くを通っただろう。
     あれだけ目立つ連中が通って、しかも生徒が抱えられているとあらば、誰かが気付く。必要があるなら、誰かが尾行している。
     だから土井は尊奈門を見送って、内職の輪に入った。
    「きり丸、怪我大丈夫?」
     乱太郎が尋ねると、きり丸は笑う。
    「内職くらい平気だって〜」
     だが、
    「じゃあ宿題もできるの?」
     しんべヱが尋ねた途端、顔を顰めた。
    「アッイタイ! 宿題はムリ!!」
    「おいッ!」
     土井以外の皆が笑い、土井は胃を押さえる。生徒たちといると、気分は変わるが、胃の痛みは変わらない。
     内職をしながら、三人にタソガレドキとのやり取りを尋ねる。その場にいた顔見知りの数や、彼らのやりとり、その場の雰囲気について。
     一年は組の中でもトラブル遭遇率が高いだけあって、驚き怯えながらも三人はそれなりに周りを見ていた。
     怪我の手当てをしてくれたのは、尊奈門だったようだ。
    「尊奈門さん、手当が上手でした」
    「だろうな。彼は……」
     慣れているからな、と続ける言葉に棘が出そうで、土井は言葉を変えた。
    「プロだからな。手当の技術はあるだろう」
     乱太郎は素直に納得する。
    「そうなんですね。新野先生や伊作先輩とも、少し手順が違っていました」
    「手当の方法も色々あるからな。今度、教えてもらうといい」
    「はい!」
     ちゃっかりと教え役を尊奈門に押し付ける。そして尊奈門は子どもは苦手と言いつつも、生徒に教えを乞われれば、素直に応えてくれる。元来、面倒見がいいのだろう。
    「でも、次いつ会えるかわからないですよね」
    「そうかなあ? すぐ会えるんじゃない?」
    「そうそう。どうせまた、土井先生の所に挑戦しに来るだろ」
    「それは来なくていいんだがな……」
     尊奈門は、来るたびに着実に強くなっている。そう易々と追い抜かれるつもりはないが、いつまで狙われるのかと思う事はある。
     雑渡との関係の始まりは、尊奈門だ。
     彼が土井に付き纏って来なければ、そもそもこんなややこしい関係にはならなかった。雑渡とは、あくまで部外者同士の薄い関係でいられたはずだ。
     今の状況と、どちらが良かったか?
     己の内から湧いた問いに、土井は答えられない。
    「土井先生、手が止まってますよ!」
     きり丸の声が飛ぶ。
    「はいはい」
     子どもたちの前だ。今は考えるのをやめよう。
     タソガレドキに対する思考を振り払い、土井は手を動かし始めた。生徒たちの顔を見れば、彼らの事は遠くへ行く。
     雑渡が忍術学園内で土井に声を掛けて来ないのは、そのせいだろうか。
     ふと、そう思った。

     


     そんな出来事から間をおかずに、雑渡からの呼び出しがあった。
    「先日は、うちの生徒がご迷惑をおかけしました」
    「うん」
     顔を合わせてすぐに、土井は頭を下げた。雑渡は簡単に答えて、そこからは三人組の事には触れなかった。
     土井から深掘りしたい話でもない。正式な礼と詫びは、学園長を通じてもう済んでいる。
     それ以上触れずに済むかと内心で安堵していたが、事が終わると、雑渡は早速その時の事を話し出した。
     生徒たちに迷惑をかけられた話を、雑渡は楽しそうに話す。土井は呆れた。様々な意味で。
     尊奈門が迷惑そうにしていたのを思い出す。あちらが普通の反応だろう。
    「あの」
    「何」
     言いたい事は色々あったが、まず一番に思った事を素直に口に出す。
    「情事の後に話すことではないでしょう」
    「おや。する前に話したら萎えるかと思って、気を遣ったんだが」
    「それは……」
     生徒たちの顔を思い浮かべてしまったら、雑渡に抱かれるのは抵抗がある。それは確かだが、後なら良いというものでもない。
    「それは、あなたがその気にさせてくれれば良いだけでしょうよ」
    「ほお」
    「違いますか?」
    「いや」
     おかしな会話だなと思う。まるで雑渡が土井を求めて、土井が焦らしているかのようだ。
    「まぁ、萎えたら私はそのまま帰るだけですがね」
    「呼んだ私の事は無視か」
    「別のお相手でも呼べばいいでしょう」
     実際にされたら不愉快になるくせに、土井はそんな事を口にする。
     雑渡に対して、頑なに意地を張る癖がついてしまった。素直になってしまったら、惚れている分、こちらが不利なのだ。
     雑渡は言葉を切った。戯言のやり取りが不自然に途切れたから、土井はどうかしたのかと雑渡を見る。
     彼は呆れたような顔で、土井を見ていた。
    「私に呼ばれる理由を、まだわかっていない様だ」
     挑発するような言葉には、反応しないようにしている。雑渡との言い合いほど不毛なものはない。まず勝てないし、勝とうと焦れば墓穴を掘る。
     そう思うが、なかなか上手くはいかない。
    「あなたが教えてくれれば早いんですがねぇ」
     土井はそう返した。
    「それでは詰まらない」
     何が詰まらないだ。人をおちょくって。
     苛立ちを隠しながら、土井は身支度を始める。どれだけ遅くなろうと、土井は雑渡と丸々一晩は過ごさない。彼の側では、眠れないからだ。
    「もう少し付き合ってくれても良いのでは?」
    「生徒の話はしません」
    「残念。先日の怪我の具合を聞きたかったのだけどね」
    「……おかげさまで、怪我はもう治っていますよ。三人とも毎日元気に飛び回っていますので、ご心配なく」
    「それは良かった。尊奈門にも伝えておこう」
    「嫌がるのでは?」
     尊奈門が子供好きとは思えない。面倒見はいいが、好んで生徒に絡んできたりはしない。雑渡と違って。
    「あれは苦手なものを減らした方がいい」
    「……なるほど」
     忍玉に弱い、くのいちに弱いでは、忍者としては困るだろう。
     話をしながら、雑渡も身支度を始めていた。土井は事が終わればさっさと帰るから、その後で雑渡がどう過ごしているかは知らない。
     ただ、彼が土井の前で帰り支度をするのは珍しかった。
    「ご用事でもあるんですか?」
    「こう見えて私も忙しくてね」
     忙しい理由は、と問おうとして、やめた。時間の無駄だ。
     雑渡は解いてしまった包帯を撒き直している。
    「手伝いますか?」
     身支度を終えた土井が、断られるだろうと思いながらも一応聞いてみると、
    「頼む」
     と返ってきた。これまた珍しいと思いながら、床に座ったままの雑渡の側に、膝をつく。
     土井も教師になってそれなりが経つし、忍者になっても長い。酷い怪我も、その手当も、慣れている。
     雑渡の身体には薬の匂いが染み付いている。その匂いに、先日の尊奈門を思い出した。同時に、腹の底の嫌な気持ちも。
     ふと、雑渡を動揺させてやりたくなった。
     包帯を巻き終えた土井は、雑渡の顔を覗き込む。
    「ところで、前々からお聞きしたかったのですが」
    「何かな」
    「あなたに遊ばれた私が気持ちを拗らせて、あなたを害するとはお考えにならないので?」
    「私を?」
    「あるいは、尊奈門を」
     雑渡の隻眼が、土井に向けられる。土井は続けた。
    「どうして彼を無防備に私の元へ来させるのですか? 私に彼への下心がなかったとしても、あなたのせいで私が尊奈門に悪意を持つとは、考えなかったのですか?」
     雑渡が尊奈門に向けているのは、恋情ではない。もっと深い。
     雑渡にとって、尊奈門は庇護する対象だ。尊奈門だって、雑渡に心酔はしても恋をしている訳ではない。
     わかっている。
     それでも、何も思わないでいるのは不可能だった。
     雑渡に愛されて、その愛情にどこか無頓着な尊奈門へ、薄暗い感情を抱いてしまう。
     尊奈門は何も悪くない。だから、彼にそれをぶつけるような真似はしない。
     だが、雑渡には遠慮なくぶつけていいだろう。何もかも、この男が原因なのだから。
    「悪意を持ったとして、どうするつもりだ?」
     雑渡の声から揶揄うような色が消えたから、少しだけ溜飲が下がる。同時に、腹の底にどす黒いものが落ちる。
    「痛めつけたりはしませんよ。さすがに、タソガレドキを敵に回すつもりはありませんからね。そうですね、例えば」
     雑渡に顔を近づける。彼の目を覗き込んで、低い声で言う。
    「あなたが私にした事を、そのまま彼に返す」
     言い終わるが早いか、腕を掴まれて引き倒される。
    「例えば、このように?」
     目元は笑っているが、土井の手首を掴む力は常よりも強い。
     わかりやすい事だ。
    「ええ。彼をこうするのは、力で叩きのめすよりも簡単に見えますから」
    「あまり挑発するものではない」
    「それは無理な相談ですね」
    「ほう」
    「挑発でもしなければ、あなたは私を見ないでしょう」
     雑渡は片手は手首を掴んだまま、もう片手を土井の首へかける。
    「土井殿」
     首に力がかかる。
    「どうにもあなたは私を買い被っているようだが、私も人間でね」
     何の話だ。問おうにも、声が出せない。かろうじて細い息ができるギリギリの力で、締められる。
    「そう熱烈に想いを告げられれば、心も揺れる」
     土井は手を伸ばし、雑渡の手首を掴む。びくともしない。
     身体を起こそうにも、いつの間にか雑渡の足が巻きつき、身動きが取れない。視界が、思考が、ぼやけてくる。
     雑渡は面白そうに目を細めて、ぐいと力を入れて更に締めてから、急に手を離した。
     土井は床に崩れ落ち、激しく咳き込む。急に喉に流れ込んできた空気が、上手く身体に入っていかない。苦しい息の中でも、どうにか雑渡を睨むが、目は涙で滲んで、彼の表情は見えなかった。
     雑渡は立ち上がり、素早く着替えを済ませた。
    「では、また。土井先生」
     起き上がれない土井を覗き込んだ目元は、笑うように細められていた。
    「こ、のッ……」
     まだろくに声が出せない土井は、その先を続けられない。忍び笑いを残した雑渡は、土井に背を向けて、のんびりと出て行く。
     何度も咳き込み、荒い息を整えながら、土井は思う。
     あの男、どうにか殺せないかな。
     息の足りない頭で考えても、結論はひとつだった。
     無理だな。
     もう何の気配もなくなり、ならいいかと、大の字に転がる。仰向けになって、息を吸って、吐く。段々と落ち着いて来た。
     息も、心も。
     あの男は訳が分からない。心が動いた相手にするのが、首を絞める事なのか?
     苛立ちが湧き上がる。
     もう二度と会うか、と幾度も思った事をまた思う。
     心が言う事を聞かない。心が聞かなければ、身体も聞かない。
     雑渡を殺せたら楽だろうか。時々、思う。別に報われない想いに絶望したとか、雑渡を殺して独り占めしたいとか、そんな切ない動機ではない。
     ただこの心を占めて、にやついた顔をするあの男が、単純に邪魔だった。
    「くそ……」
     内心が漏れた。
     息を大きく吸って、吐く。
     一気に膨れ上がった激情は、鎮火するのも早かった。
     しかし、まあ。
     そんな理由で人を殺すなんて良くないな。教師としては。
     土井は息を整えると、起き上がった。
    「はぁ。まだ続くのか」
     うんざりが九割を占める。残りの一割は苛立ちと、浮き立つ心が半分ずつ。
     もう一度ため息をつきながら、跡になっているであろう首筋をさすった。
     また山田先生に怒られる。
     それに生徒たちにどう隠すか。帰り道で考えよう。
     そうして忍術学園に帰った土井は、山田に散々怒られた。
    「二人ともいい歳をして、何をしているのやら」
     最後には呆れられて、土井は小さくなるしかない。もうしません、と子どものように言う土井に、山田は苦笑いしていた。



     首筋の物騒な跡が消えて、しばらくした頃だった。
     土井の耳に、雑渡昆奈門が妻を娶るという噂が入ってきたのは。
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    💖💖💖💖💖💖🙏🙏🙏💖💖💘😭🙏👏💖💖💖💖💖💖💖💖👏🙏🙏🙏💴💴💴💖💖💖🙏💖💖💴💴💖💖💴💴💖💖☺☺
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    Replies from the creator

    くるしま

    PROGRESS原作雑土。雑渡ターンで土井先生の出番がなくて寄り道が多くて、全部書き直したい…と思いましたが、終わらせる事を優先。
    今回に限らず、後から全体的にザクザク消して書き直すと思うので、もし好きなシーンがあったら教えて下さい!なるべく残します!

    連載はあと2回で終わります!多分!
    5月終了まで10日を切りましたが、がんばります…!

    ……6/1(日)は実質5月でいいですよね……?
    原作雑土で連載してみる11 雑渡昆奈門が妻を娶る。
     そのような噂を流す羽目になったのは、黄昏甚兵衛の命令が原因だった。
     雑渡は頻繁に甚兵衛の元を訪れる。報告、命を受ける、もしくは甚兵衛の暇潰しのために。
     訪れる時間は様々だが、その日は夜に呼ばれた。夜更けの呼び出しは、人の目と耳を遠ざけたい場合が多い。
     主人の前に現れた雑渡は、まずいつも通りの報告から始めるよう言われた。雑渡はそれに応え、領内で起こった大小の出来事をすべて伝えた。甚兵衛は耳を傾け、追加の調査や対応を命じる。
    「報告は以上です」
     何事もなければ、雑渡のこの言葉に甚兵衛が承知の返答を寄越して終わりになる。
     だが今、甚兵衛は黙ったままだ。別件があるのだろう。
     薄暗い闇の中で、雑渡は次の言葉を待った。手元の扇子をいじりながら、少し間を置く主君の様子に、ぼんやりと嫌な予感がする。それは、長年仕えているがゆえの勘だった。
    10370

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    TRAININGイマジナリーK富の子供(男女の双子)がチラッと出ます。
    K富♀前提で書いてますが富は出ません。龍視点。
    イベント前、目の周りの乾燥がひどくて化粧ノリ最悪だったので一週間パックしまくってどうにかしたのが元ネタ。
    寺井先生監修スキンケアセット(合計◯万)ばっしゃばっしゃと惜し気もなく化粧水を顔に叩き込む。その様子を偶然にも見てしまった龍太郎は二度見した。何せ世界一有名なネズミのキャラクターを模したヘアバンドで前髪を上げ、スキンケアに励んでいるのは上司であり診療所の主である神代だったので。
    「な、何やってんスか……?」
    「スキンケアだ」
    テーブルに並べられている数本のボトルやコットン、パックシートを見てからもう一度神代を見る。神代はまた化粧水を手の平に出し重ね付けをしている。そりゃ龍太郎だって乾燥で皮膚が突っ張るこの季節くらいはローションを付けたりするが、ここまでしっかりやったりしない。うろ覚えだけど実家の母親が使っていたものに似ている気がする。洗面台になんかごちゃっと並んでたやつ。多分。先生だって俺と似たようなもんだったはずなのにいきなりどうした、と手元を見ればスマホが立て掛けてあり、誰かとビデオ通話をしていたようだ。
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