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    くるしま

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    くるしま

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    原作雑土13回目!最終回!終わりましたーーー!!!
    長々と2ヶ月も続いた連載もどきを読んで頂き、本当にありがとうございました!!
    途中全部消してなかった事にしようとした時も、スタンプ等で反応下さった方々のおかげで続けられました!

    今回も長めですが、半分くらいはエピローグみたいなものです。
    感想等頂けると喜びます。
    加筆訂正修正構成組み直しをした完全版は…夏辺りには何とかなるといいな…!

    原作雑土で連載してみる13 あまりにも意外な光景だった。
    「は?」
     思わず口から漏れた呟きに、土井が不審そうな顔をする。彼は尊奈門にしっかりと腕を掴まれており、無理に連れて来られたのは明らかだ。頭が痛くなってきた。
     尊奈門は雑渡と土井の反応を気にもせず、
    「それでは、私は任務に戻ります。夕方前には戻りますので!」
     ぱっと土井から腕を離し、入って来たのと同じくらいの勢いで行ってしまう。
     賑やかな気配が消えると、後には状況をよく飲み込めていない男が二人残された。
    「土井殿、何故ここに?」
    「……それを聞きたいのは、私なのですが」
     尊奈門に無理矢理連れて来られた不機嫌を隠しもせず、それでも土井は事情を話し始めた。
     彼は雑渡たちと同じく、この辺りでドクタケの事情を調べに来ていた。単身で。
     尊奈門とは、偶然顔を合わせたという。互いの状況を察する事はできたから、一度はそのまま素知らぬ顔ですれ違った。
     が、すぐに、尊奈門は土井を追いかけて来た。いきなり腕を掴まれたという。尊奈門は周りを気にしたのか、低い声で土井に言った。
    「おい、顔を貸せ」
    「え、今?」
    「話がある」
     喧嘩腰でもなく、殺気立っている訳でもない。ただやけに切実な顔をした尊奈門は、真っ直ぐに土井を見る。
    「逃げたら、おまえの名を大声で呼んで追いかける」
     真面目な顔で言われた。
     目立つのも困るし、罠という風でもない。とりあえず来てみたら、雑渡がいたという訳だ。
    「あなたの命令ではないようですね」
    「もちろんだ。申し訳ない。尊奈門は後で叱っておく」
     雑渡は素直に謝罪した。
     土井の表情から、少しだけ険しさが消える。どうやら、雑渡の言葉を信じてくれた様子だ。
    「それで、尊奈門はどうして私をここに連れて来たのです」
    「私たちを会わせたかったのだろうな」
     土井は「ああ」と小さく呟く。尊奈門がどんな誤解をしているか、土井も理解しているらしい。
    「私に何か御用事でもあるのですか?」
     雑渡が呼んだのではないとわかっても、土井の態度は固い。
     それも仕方がない。それくらいの間、土井の事を放っていたのは雑渡だ。
    「手の怪我は治ったかな?」
    「……とっくに」
     素っ気ない答えが投げられる。握られた拳に跡が残っているか、この距離では確認できなかった。
    「話がしたい。こちらへ来てくれないか」
     促しても、土井は動かない。だが、出ていく様子もない。躊躇っている。
     雑渡は動かずに待った。無理矢理引きずり込んでも仕方がない。
     沈黙の末、
    「……あまり時間は取れませんよ」
     渋々という様子で、土井はそう答えた。



     話をする事には応じたものの、長居する気はないようだ。文机のある奥の部屋まで戻って、雑渡が中に入るよう促しても、土井は部屋の入り口から奥には来ようとしない。
    「私は座りたいのだがね」
    「どうぞ。私の事はお気になさらず」
     やれやれ、と呟きながら、雑渡は座る。向かいに土井が座っても支障のない位置で。土井は一歩中に入ったが、それ以上進もうとはせず、立ったままだ。
     先に言葉を発したのは、土井だった。
    「尊奈門に何を話したのですか?」
     何を聞かれているか、確認するまでもない。
    「いいや。何も言っていない。私たちが最近会っていないのを、心配していたらしい」
    「……そうですか」
     あまり信じていない様子だ。
    「あの子が私の看病をしていた話を聞いた事はあるか?」
    「存じております」
    「そのせいで、私の様子を見るのが癖のようになっていてね。時々、誰よりも早く、私の様子に気付く」
     下手をすれば、雑渡自身よりも鋭い時がある。助かる時もあれば、困る時もあった。今回がどちらかは、まだ判断しかねた。
    「それで私が巻き込まれたと」
     返す土井の声は、冷たいものだ。彼の不機嫌の原因は、尊奈門だけではないだろう。雑渡にも怒っている。
    「で、用件は?」
     尋ねる声が尖っていた。
     いつもなら、お決まりのように「以前と同じだ」と答えていた質問。だが、今日の雑渡は違う言葉を返した。
    「私が土井殿を呼ぶ理由について、思い当たったか聞きたい」
     土井は、少しだけ驚いた顔をした。
    「……気まぐれでしょう」
     やや間を置いて、答えらしきものを口にする。その言葉に自信を持っていないのは、声の調子で分かった。
    「他には?」
    「生徒の話がしたいから」
    「ないとは言わないが、理由としては弱い」
    「尊奈門の」
    「それは済んだと言ったはずだが」
    「欲求不満ですか」
    「そこまで相手に不自由はしていない」
     ひとつひとつ、土井の答えを潰していく。正しいものに辿り着くまで。
    「嫌がらせかと思った事はありますよ」
    「何のために」
    「理由などいくらでも思いつきます」
    「なるほど。悪意の理由は思い付くか」
     それはそれで、仕方がない。雑渡は素直で優しい人間ではないのだ。
     雑渡は土井の目を見た。
    「だが、悪意で土井殿を弄ぶほど暇だと思われているのは、心外だ」
    「暇な時だけ、私に声を掛けているのでしょう?」
    「耳が痛い」
    「私は、暇潰しの相手で構いませんよ」
    「なるほど。放っておいたのは悪かったが、私は暇潰しとは思っていない。次の答えを頼む」
     土井はあからさまに嫌な顔をした。雑渡の求める答えに辿りつかない限り、問答は終わらないと気付いたのだ。
    「私の答えは、もう終わりです」
    「いや。まだ触れていない可能性がある」
    「……ありません」
     何かを堪えるような表情で、声だった。
     良かった。雑渡は思った。
     まるっきり伝わっていない訳ではなさそうだ。
    「逢引の理由など、もっと単純に考えれば良いものを」
    「嫌です」
    「何故」
    「それは、あってはならない事だ」
    「どうして」
    「いちいち口に出さねばわからないか!?」
     怒鳴り付けられ、雑渡は目を細める。珍しい。今までは雑渡が何をしても、土井はここまで感情を露わにはしなかった。
     彼の内側で、何かが剥がれかけている。
    「わからないとも」
     雑渡の声は静かだが、低く響いた。
    「どうして目を逸らす? 求めているものを、みすみす見逃す人とは思えないが」
    「私は何も求めていない」
    「では、何故来る?」
    「それは……!」
     言いかけた言葉を飲み込み、土井は息を吐く。
    「あなたの、見込み違いだ」
     そう口にした土井は、すぐに「違うな」と呟いて、首を振る。
    「相手があなたでなければ、求めたかもしれない」
    「私の信頼の問題か」
    「立場も」
    「今更」
    「最初に言ったでしょう。面倒事は御免だ」
    「それも今更だ」
    「そのうち、後腐れなく捨ててくれると思っていたんですよ。雑渡さんは、そういうのが得意な方に見えたのでね」
    「そんな酷い男には惚れないだろう?」
     返ってきたのは、舌打ちだった。土井の苛立ちが伝わってくるが、雑渡は動じなかった。
    「私は趣味が悪いんです」
    「私もだ」
    「あなたは素直な人が好きなのでは? 尊奈門のような」
     尊奈門の名を出されても、雑渡は怒らなかった。可愛らしい嫌味を言う、と思っただけだ。
    「これまでも、そうやって人の好意を無視してきたのか?」
     笑いを含んだ声を、土井へ投げる。きつい目で睨みつけられた。
     土井は雑渡に近付こうとはしなかったが、背を向ける事もない。向き合ったまま、息を吐いて、落ち着こうとしていた。
    「……そうですね。私は無意識に、人の心を無視していたのかもしれない」
     かろうじての肯定だった。何を思い出しているのか知らないが、振り返れば心当たりはあるようだ。
    「でも、それの何が悪いのです? 私は忍者だ。忍務でもない色恋など、無視するのが正解でしょう」
    「それは、私に応えた事実と矛盾する」
    「だからもう会わないと言ったはずです」
    「私は終わるつもりはない」
    「勝手な事を」
    「お互い様だろう」
    「どうして私に手を伸ばす?」
     土井の顔が歪んでいく。言葉も口調も、どんどん荒くなる。
    「遊びだろうと本気だろうと、あなたならいくらでも他にいるはずだ。どうして、私を捨てておいてくれない?」
    「土井殿が私を求めているから」
    「私はあんたを手に入れることなど望んでいない!」
    「何を怖がっている?」
     土井は、一瞬詰まった。反論が来る前に、雑渡が言葉を続ける。
    「私はもう悩むのをやめた。忍者など、どうせ碌な死に方はしない。いつ死ぬかもわからない。ならば、欲しいものには、早めに手を伸ばしておくべきと思った」
     雑渡は土井を見据える。
    「手に入りそうな所にあるものなら、余計に」
     土井は目を逸らさなかった。否定も肯定もせず、雑渡の視線を跳ね返すように見返す。
     その強い目が揺れているように見えるのが、自分の願望でなければ良いが。願うように思いながら、雑渡は言葉を重ねる。
    「土井殿。死にかけた経験は?」
    「ありますよ」
    「ならば、命の儚さも知っているだろう」
     はっきりと、土井の瞳が揺れる。拳を握り締めて、雑渡から目を逸らして、少しだけ俯く。雑渡ほどでないにしても大柄な男が、いつもより小さく見えた。
    「……私といて、あなたに何の利がある?」
    「土井殿の側にいたいという、私の欲望が満たされる」
    「……はは」
     乾いた笑い声と共に、土井が顔を上げて雑渡を見る。引き攣った顔は、かろうじて笑っているようにも見えた。
    「それだけのために、私を引き止めるのですか? 面倒事を背負い込むのですか?」
    「面倒事、か」
    「そうでしょう? あなたの立場からすれば、裏切りにさえ当たるのでは?」
    「うちの殿はそれを裏切りと思うタイプではないかな」
     楽しげに雑渡をからかう甚兵衛の顔が浮かぶ。今浮かべたい顔ではなかった。主人の顔を振り払いながら、雑渡は「それに」と言葉を続けた。
    「殿は、もうご存知だ」
    「はぁぁ!?」
     目を剥く土井に、苦笑いする。
    「私が話した訳ではないがな」
    「タソガレドキの情報網ですか?」
     正確には黄昏甚兵衛と大川平次渦正の情報網だが、それは言わなかった。代わりに、
    「知っているのは、殿と尊奈門だけだ」
     そう伝えれば、土井は、ほっと息をついた。
    「安心したか?」
    「まさか」
     じろりと睨まれる。
    「誰にも話していないのに、上司と部下の両方にバレたという事でしょう。タソガレドキの組頭殿は、隠し事が苦手なようだ」
    「そこは申し訳ないと思っている」
     雑渡は素直に降参した。
     張り詰めた空気が、少し緩む。しかし、土井との距離はそのままだ。
     彼から、こちらに来て欲しい。
    「土井半助殿」
     雑渡が土井を呼ぶ。柔らかい声で。
    「私はあなたが欲しい」
     つられるように、土井の足が動いた。
     一歩一歩、静かに、ゆっくりと近づいてくる。
     座ったままの雑渡の前に、土井が立つ。いつもとは逆に、土井が雑渡を見下ろした。
    「何もかも私のものになる必要はない。すべては望まない。ただ、互いの気持ちを合わせたい。それだけだ」
     静かな声に対して、土井の返答は、乾いた笑い声だった。
    「どうして、あなたがそれを言えるんですか」
    「何か不思議かな?」
    「私は忍術学園の教師です。後から面倒になるとは思わないのですか」
    「なるかもしれないな」
    「ならば、やめておいた方が良いでしょう。私よりも、あなたの方が、失うものが多い」
     比べられるものではないと思うが、抱えるものの量で言えば、確かに雑渡の方が多いかもしれない。
    「その分、私は土井殿よりも器用なつもりだが」
    「器用?」
     嘲るような声が、降ってきた。
    「あなたが本当に器用だったら、私とこんな事になっている訳がないだろう」
     見上げた土井の表情は、歪んでいた。笑っているのか、怒っているのか、泣きたいのか。彼の感情が、すべてが剥き出しになった顔だ。
     もっと近くで見たいと雑渡が手を伸ばすより、土井が抱きついて来る方が早かった。土井は雑渡の首に手を回し、首筋に顔を埋める。
    「私もあなたが欲しい」
     食いしばった歯の隙間から漏れたような、微かな囁き。それは、苦しみながら、かろうじて絞り出した、土井の本心だった。
     その顔を無理に上げさせる事はせず、雑渡は土井の背中に置いた。
     そのまま背中を撫でる。泣いている子供にするように。荒かった土井の息遣いが、少しずつ静まっていく。
    「もう知っておられるでしょうが」
     次に聞こえた声は、もう震えてはいなかった。
    「私はまともに恋などした事がない。だから、仕事のような冷静さは、求めないで頂きたい」
     雑渡は土井の髪に手を絡めた。ごわついた髪は指に絡みつき、思うように撫でさせてくれない。土井らしくて、おかしくなった。
    「知っている」
    「物好きな方だ」
     山田と同じ事を言う。雑渡は土井に気付かれないよう笑った。
     しがみつく土井の腕から、少しずつ力が抜けていく。もう離れてしまうのか。残念に思った。
     土井は雑渡の肩に手を乗せて、身体を離す。その顔に、もう先ほどの激情は残っていない。
     代わりに、睨みつけるような強い目が、雑渡の隻眼を見据える。
    「なかった事には、しませんよ」
     まだ、そんな言葉を向けてくる。雑渡は堪えきれずに、笑いを浮かべた。
    「されたら困る」
    「本当に?」
    「疑り深いな」
    「あなたは本心が分かりにくいんです」
    「よく言われる」
     だが同時に、わかりやすいと言われる事も多い。どうやら近しい人間にとっては、雑渡は割と分かりやすい男であるらしい。
    「早く慣れてくれ」
     早く、私を分かりやすい男だと言うようになってくれ。
     胸の内で続けた。
    「慣れられる気がしません」
     ぼやいた土井に、手を伸ばす。少し力を入れただけで、彼はまた雑渡の腕の中に戻った。
     雑渡は、土井の左手に手を伸ばす。抵抗はない。雑渡よりも少しだけ小さい手を、じっと見た。
    「ああ。もう消えているな」
     土井の左手をいじりながら、雑渡が残念そうに呟きを漏らす。土井は傷の治りが早いのか、あまり目の良くない雑渡には、もう自分がつけた痕跡を見つけられなかった。
    「もう少し早く会いに来て頂ければ、跡が残っていたのに」
    「忙しかった」
    「そればかり言う男は、振られやすいそうですよ。くの一教室の子たちが言っていました」
    「耳が痛い」
     土井は少し笑って、もう一度顔を上げる。
    「いちおう、確認しておきます。黄昏甚兵衛様が私と切れるよう仰ったら、どうしますか?」
    「切れる」
     殿は言わないだろうな、と思いながらも答える。そして、反対に尋ねた。
    「では、私からも。土井先生。学園長が私と別れろと仰ったらなら、どうする?」
    「もちろん別れますよ」
    「山田先生では?」
    「別れますね」
    「良い子たちなら?」
    「……あの子らに気付かれるような真似はしません」
    「それでも、もし知られて反対されたら?」
    「……別れます、ね……」
     さすがの土井も、気まずそうに目を逸らす。要は、周囲の反対を乗り越えるつもりはないという事だ。責めるつもりはない。お互い様だ。
    「……雑渡さんはどうなんです。尊奈門が反対したら」
    「ここへ土井殿を連れて来たのは、尊奈門だが?」
    「なら、他の部下の方々は」
    「殿が何も言わないのに、部下たちが何か言うはずがない。それでも心配なら、そうだな……陣左辺りまでなら、言いくるめられる。陣内は話の持って行き方次第。あとはーーー」
    「いや、もういいです」
     指折り部下を数え始めた雑渡を、「胃が痛くなって来た」と土井が止める。
    「つまり、我々はいつ崩れてもおかしくない関係という訳だ」
    「ええ、実感しました」
    「大事にする気になっただろう」
    「……言われなくても、大事にするつもりですよ」
     怪しい答えだ。
     雑渡は彼のすべてを手に入れた訳ではない。
     けれど、土井半助の心の一部分は、確かに手に入れた。
     今はそれでいい。すべてを手に入れたいとは、思っていない。互いに、抱えているものが多すぎる。
    「もうひとつ、確認を」
     土井が真面目な顔をするから、雑渡も釣られて真顔で向き直る。
    「何かな?」
     土井はかなり言いにくそうな顔で、それでも雑渡から目を逸らさず、口を開く。
    「これからは……会いたくなれば、私から、あなたを呼んでもいいのですよね」
     少し赤くなった顔が、いつになく可愛らしく見えた。これは重症だな、と内心で呆れつつ、雑渡は土井の顔に手を寄せ、甘く微笑んだ。
    「もちろん、いつでも」
     土井も笑い返して、そのまま、自然と唇が重なる。
     これが、二人が始まったもう一つの日だった。
     






     尊奈門は、意外とすぐに戻って来た。
    「早かったな」
    「はい。途中で、土井半助を見かけたので、話は終わったのかと思いまして」
     尊奈門は、しばらく前にここから出た土井を見かけたらしい。一人になった雑渡が気になったのか。
     もしくは、雑渡が消えていないか気になったかもしれない。雑渡が文机の前に座っていたのを見た尊奈門は、明らかに安心した顔をした。
    「やつとは話せたのですか?」
    「ああ。私との話が終わったからと、忍務に戻った」
     土井の切り替えは早かった。幾度目かの口付けが終わると、早々に雑渡の腕から抜け出したのだ。
     尊奈門に声を掛けられたから、忍務を中断してしまった。すぐに戻らなければ帰りが遅れるし、そのぶん授業が遅れる。
     そう言われれば、引き止める術はない。
     雑渡がそのまま彼を放したのは、次の約束を取り付ける事ができたからだ。
    「尊奈門」
    「はい」
     手招きする雑渡の前に、尊奈門が座る。ぽん、とその頭に手を置けば、尊奈門は少し照れたような顔をして、
    「私はもう子供ではありません」
     と文句を言った。雑渡は目を細め、意地の悪い声で尋ねた。
    「で、おまえに頼んだ忍務はどうなった?」
    「うっ……」
     尊奈門がたちまち言葉に詰まる。そんな余裕はなかったのだろう。
    「申し訳ありません。これからまた戻りますので」
    「いや、戻らなくていい。ちょうど良かった」
     身体を文机に戻しながら、雑渡が言う。
    「尊奈門、おつかいを頼む」
     雑渡は目の前にある文を折り畳んだ。土井が去ってから急いで書いたそれには、宛名がない。
    「これを忍術学園の山田先生に届けてくれ」
    「はっ。お急ぎですか?」
    「ああ」
     雑渡は口の端を上げて、尊奈門を見た。
    「土井半助が忍術学園に戻るより先に、届けられるか?」
     尊奈門は少し驚いたが、すぐに、にっと笑い返した。
    「無論です」
     言うが早いか、文を持った尊奈門は立ち上がる。
    「では、行って参ります!」
     元気な声を残して出ていく尊奈門を見送る。あの勢いならば、早めに着くだろう。先手を打てた、と言ってもいいか。
     雑渡は立ち上がって、出掛ける準備を始めた。忍術学園とここの往復は、それなりに時間がかかる。どんなに尊奈門が急いでも、戻るまでには日が暮れるだろう。
     つまり、その間は、ドクタケの動きを探れる。
     そこまで深追いはしないし無理もしない、すぐに帰る、と心の中で部下たちに言い訳しながら、雑渡は外に出た。
     昼頃に見かけた雲は、もう去っていた。





     土井半助は、学園への帰り道を歩いていた。
     雑渡と別れてからすぐ、土井は帰路に着いた。雑渡には忍務の続きを言い訳にしたが、実を言えば、もうそれは終わっている。土井は昨日からドクタケ領にいたからだ。
     ドクタケ忍者が頻繁に出入りする温泉を調べよ、というのが土井に任された調査だ。
    「とはいえ、単なる慰安旅行かもしれんがのぉ」
     予想なのか冗談なのか、そんな学園長の言葉が事実だった。家族連れでのんびり過ごすドクタケ忍者の顔を見ながら、ドクタケも福利厚生に力を入れ始めたのか、と土井は思った。なかなかプライベートの遠出ができない忍術学園の教師にとっては、少し羨ましい話だ。
     ともあれ、何の裏もないのなら、その方が良いに決まっている。
     一泊した土井が、次の予定まで少し時間を潰してから出発しよう、と考えていた最中だった。尊奈門に捕まったのは。
     彼から逃げるのは面倒だから、着いて行った。そこに嘘はない。
     ただ、尊奈門があれほど真剣な顔をするのは雑渡絡みの用件しかないと、そう思ったのも事実だ。まさか、本人がいるとは思っていなかったが。
     土井の早すぎる出発に、渋い顔をした雑渡を思い出す。
     雑渡を受け入れた。身体でなく、心で。
     もうその時点で、土井の処理能力は限界だった。あれ以上一緒にいて、表向きだけでも冷静でいられる自信はない。
     我ながら、可愛くないものだと思う。
     しかし、土井は素直に浮かれる気持ちにはなれなかった。雑渡を完全に信じ切る事ができなかった。
     雑渡の問題ではない。土井自身の問題だ。
     己の心を、そして向けられる誰かの心を無視してきた時間が長過ぎた。相対する雑渡の言葉が真実であると頭では分かっていても、心が付いてこない。自分自身の本心さえも、掴みかねているのだ。
     想う相手に想われる。それは土井にとって、お伽話に等しい事だ。確かに手にした今さえ、その実感はない。
     雑渡と離れたくないのは確かだが、同じくらいに、離れた方が良いとも思う。
     相手を想う気持ちが同じ。それだけで距離を縮めて良いのか。身体を繋げても心を渡さなかったのは、土井の矜持でもあった。それを捨てて良いのか。
     頭の中で、どんどん疑問が積み重なっていく。
     なかった事にはしない。
     雑渡にそう言ったにも関わらず、土井自身はともすれば、そちらの道に進みたくなる。
     雑渡への想いを自覚してから、何度も思った。雑渡を忘れられたら、どれほど楽だろうと。だが、できなかった。
     ならばと、進む決意をした。今日、雑渡が伸ばしてくれた手を、掴んだ。
     足踏みしていた所から、一歩進んだ。が、悩み事が減る気配はない。恋というのは、成就をしたらしたで、面倒らしい。
    「はぁ……」
     難儀な事だ。雑渡との関係、それに雑渡自身も。あえて問題点を掘り起こして、浮かれた気分を鎮めようと足掻く自分も。
     重い足取りで歩く土井の耳に、
    「あっ、土井先生ー」
     聞き覚えのある明るい声が届く。
    「おお。乱太郎、伊作」
     乱太郎と、それから伊作が、道の先で土井へ手を振っている。大きめの籠を背負って並んだ二人の元へ、土井が足早に近付いた。
    「すまん。少し遅れたな」
    「いえ。僕たちも、今さっき着いた所です」
     伊作が言うと、
    「ちょっと色々ありましてぇ……」
     乱太郎が付け加えて、気まずそうに笑う。二人は、薬草摘みに出てきたはずだ。が、にしては、全身が汚れている。詳細を聞かなくても、何らかの不運にあったのだろうと理解できた。
    「おまえたち、怪我はないんだな?」
     土井が尋ねると、
    「はい」
    「はーい」
     と声を揃えて頷くから、ほっとした。
    「なら、いい」
     土井は任務帰りに、この二人を拾って帰る事になっていた。タイミングが合えばの話で、もしどちらかが遅れたら別行動にしよう、という程度の待ち合わせだ。
    「さ、行くぞ」
     土井に促されて、乱太郎が笑顔になる。
    「新しいお団子、楽しみですねー」
     三人の目的は、最近話題の新しい団子屋だった。美味しくて斬新な商品があるという事で、噂になっている。土井は、帰りに時間があれば団子を買って来てくれ、と学園長から頼まれていた。
     そして昨日、出発前にたまたま伊作と乱太郎に会った。二人は明日薬草を摘みに出るついでに、新しい団子屋で保健委員へのお土産を買う話をしていた。
     帰りの予定は同じくらいだった。では合流しよう。そういう話になった。
     他愛のない用件だ。それに土井の優先は忍務だから、待ち合わせの時刻を過ぎても来なかったら、先に二人で行くよう伝えてあった。
     あのまま雑渡といるのが、どうしても無理だった訳ではない。だが、生徒との約束よりも雑渡を優先する事はできない。
     この用件を、雑渡に話しても良かった。二人と合流する話をすれば、雑渡は一緒に来たがったかもしれない。もし本当に雑渡が来たとしても、早々に別れれば、たいした問題にはならない。
     ただ一つだけ、土井が気恥ずかしくて居た堪れない、という点を除けば。
    「土井先生、忍務はどうでしたか?」
    「聞くな聞くな往来で!」
     乱太郎の明るい問いを、土井が叱りつける。
    「そうだよ、乱太郎。それは見ればわかるだろう?」
     伊作が笑いながら言うのに、ひやりとした。実際、忍務は上手くいった。六年生の伊作なら、余裕のある土井の様子から、それを推察してもおかしくない。
     それだけの事だが、必死で抑えている浮かれた心で見抜かれたようで、動揺しかけた。
     まったく、自分はまだまだ未熟者だ。
     そして、こんな男が良いと言う雑渡は、やはり物好きだ。
     団子屋は話題だけあって、三人はギリギリで必要な分を手に入れられた。
    「良かった〜。善法寺先輩が一緒だから、売り切れも覚悟してました」
    「はは、僕もだよ」
    「珍しくラッキーでしたね!」
    「さっき崖から落ちた事で、今日の不運はなくなったのかもしれないな」
    「崖!?」
     支払いを終えた土井は、保健委員の呑気な会話に割って入る。
    「あ、たいした高さではなかったんですよ」
     伊作は動じずに笑う。乱太郎も、
    「籠はちょっと壊れちゃいましたけどね」
     と端の割れた籠を見せてくる。不運慣れして、危機感がなくなっているようだ。胃が痛くなってきたが、怪我がないなら良いと、無理矢理に考え直す。そんな土井の心境も知らず、保健委員は団子を手に入れてご機嫌だった。
    「また留三郎に直してもらおう」
    「あ、じゃあ食満先輩にもお団子買った方がいいでしょうか」
    「うん、もう買っておいた」
    「さすが先輩!」
     やはり胃が痛い。
    「はぁ……本当に気をつけろよ、おまえたち」
     それぞれに包まれた団子を持つ。乱太郎が土井の手元を覗き込んで、
    「土井先生も、たくさん買われたんですね。全部、学園長先生の分ですか?」
     と尋ねてきた。
    「いや。こっちは山田先生にな」
     帰ったら、何をおいても、まずは山田に報告しなければならない。きっとまた渋い顔をされて、でも、土井の話をちゃんと聞いてくれるだろう。
     雑渡との縁が続く以上、これまで土井を心配してくれた山田に、これからも心配をかけてしまう。申し訳ない。そう思ったら、つい、買ってしまった。
    「さ、帰るぞ」
    「はい」
    「はーい」
     日が暮れかけた道を、生徒たちと歩く。この毎日が何よりも大事で、守りたいもの。それさえ忘れなければ、何とかなるような気がしてきた。
     乱太郎と伊作と歩きながら、まずは山田に何をどこから話そうか考える。雑渡との顛末を話して、それから今の気持ちを話して、素直に助けを求めよう。
     どうしたら素直に人を愛せるのかと、今更な質問をしよう。
     怒られる事も、呆れられる事も、叱責も、すべて覚悟の上で。
     忍術学園が見える頃には、土井の決意は固まっていた。自分では、かなりの覚悟をしていたつもりだった。
     だが。
     結果から言えば、その覚悟はまるで足りていなかった。
     土井は知らなかったのだ。
     三人でのんびり歩いているその間に、尊奈門が忍術学園に到着し、雑渡からの用事を済ませていた事を。






     尊奈門から文を受け取った山田伝蔵は、そのまま学園長室へ向かった。
     そして日が落ちる頃。土井半助が学園に戻った時には、学園長と山田、それに他の教師まで交えた本人不在の話し合いは終わっていた。
    「あの時は、本当に肝が冷えました」
     土井がそうやって口に出せるようになったのは、幾日かが経ってからだ。
     久しぶりに山田と土井の二人で外出した目的は、学園長のおつかいだった。おそらく学園ではしにくい話をしておけという、学園長なりの気遣いであると、山田は勝手に思っている。
     そして、
    「肝が冷えたのは私の方だ」
     人気のない山道を歩きながら、話に上がるのはやはり、あの日についてだった。
     あの日。尊奈門が自分を訪ねてきた時の嫌な予感を、山田は今でも思い出せる。
     雑渡からの文は簡潔で、分かりやすいものだった。わざわざ「学園長は知っている事だが」と前置きして、土井と恋仲になったと報告してきた。
     山田の胸に納めておいても良い、と書いてあった。できる訳がない。遊びのうちならともかく、二人共に本気であるのならば。
     そして山田は、すぐ学園長室へと向かった。
     幾人かの教師を巻き込んだ話し合いの末、学園が出した結論は、現状維持だ。要は、見逃された。今のところは。
    「おまえに対する信用は損なわれた。そこは、忘れるなよ」
    「無論です。学園から追い出されないだけでも、感謝しております」
    「よく言うわ。足元を見おって」
     山田が呆れた顔をする。
     土井に血縁はいない。所属する場所は、忍術学園だけしかない。
     今の状態で、もしも土井を学園から放てば、行き先は恋仲である雑渡昆奈門。つまりは、タソガレドキ忍軍となる可能性が高い。
     タソガレドキは、明確な敵対勢力ではない。とはいえ、油断ならない相手だ。そこへ教師を差し出すような事はできない。それが忍術学園の決定だ。
     ご丁寧にも、雑渡はその点にも文で触れていた。忍者学園で持て余すようなら、自分が土井半助を引き取ると。
     それは雑渡が勝手に言っている事であり、土井の考えではないと、その場の誰もが分かっていた。
     年若い土井を、学園の教師たちは見守ってきた。教師としての彼を育てた自負は、多かれ少なかれ、誰もが持っている。であるから、簡単に寄越せと言われれば、誰もが反発を覚える。それが雑渡の術だと、分かった上でも。
    「私には、タソガレドキへ行くつもりなど全くないのですが」
     土井が頬を掻く。そこに疑いはない。だが。
    「おまえにはなくても、向こうにはあるだろう」
     優秀な忍者は、どこの城も欲しがっている。土井が一人になれば、雑渡が放っておくはずがない。タソガレドキ忍軍の組頭として。
     土井もその辺りは読んでいる。少なくとも、しばらくは現状のままでいられるだろう。
     ただ、いつまでも安泰な訳ではない。この先は、土井の行動次第だ。忍術学園に害のない言動が、これまで以上に求められる。
    「頼みますよ、本当に。私一人では、あいつらの面倒は見切れませんからね」
     山田と土井の頭に、は組の顔が浮かぶ。
     同僚の口調に戻った山田に、土井は頷いた。
    「無論です。私にできるだけの努力を致します。せめて、あいつらが卒業するまでは」
    「あいつらの卒業……」
     山田は遠くを見るような目をして、それから、悲しげに呟いた。
    「あいつらの場合、卒業の前に進級が心配なんですがね……」
    「そうなんですよねぇ……」
     胃を押さえる土井の横顔を見ながら、山田は胸の中でため息をつく。
     まあ、雑渡との関係を知っていながら、止めなかった責任もある。自分くらいは、土井の味方でいるとしよう。土井が、生徒たちのために胃を痛めている間は。
    「さ、急いで帰りますよ。明日も授業と補習がありますからね」
    「はい……」
     土井が不在の、教師たちの話し合いの場。自分を庇う最後の一手になったのが山田だった事を、土井は知らない。
    「山田先生はどう思う?」
     学園長の問いに、山田は答えた。
    「これまで、土井先生が学園や生徒をおろそかにした事はありません」
     雑渡と関係を持ちながらも、土井はそれまでと変わりなく過ごしていた。教師として忍者として、どの仕事にも穴は開けていない。
     問題はこれからだろう、という意見もあった。とはいえ、そこを考えた所で、予想にしかならない。
     心情的にも戦力的にも、土井半助を学園から出すべきではない。それで一致した。
     山田も、結論に否はない。ただ他の教師たちと山田では、少し考えが違っていた。
     土井が雑渡と離れて、学園に残る事が最良。その点は、同じである。
     違うのは、土井がタソガレドキに寝返る事が、山田にとっての最悪ではないという事だ。
     山田の中で一番恐ろしい結末は、彼が忍術学園からも雑渡の元からも去り、「土井半助」という存在を消してしまう事だった。与えた名前と得た生活を捨て、彼が一人で闇の中へ戻ってしまう事だった。
     同僚として残ってくれるのならば、それで良い。自分と妻と息子、それに生徒たちの前から消えないのなら、それで良い。
     そんな本音を、山田はもちろん誰にも話さない。仕方なく現状を受け入れたと、他の教師たちと同じ表情を浮かべていた。今も。
    「だから、反対はしませんがねぇ……」
     口の中で呟く。
     それはそれとして、もっと相手は選んで欲しかった、という気持ちはある。
     手に入れたばかりの恋に戸惑い、それでも向き合うとする土井の努力は応援したい。だが相手の男はあまりにも曲者で、素直に喜ぶ事はできていない。
    「土井先生」
    「はい」
    「何かあれば、私に言うように」
    「もちろんです」
     土井は素直に頷く。山田にとって、土井は身内だ。息子のようなものだ。
    「それからね」
     であるから、続けて山田の発した言葉は、純粋な親心だった。
    「あの男は厄介だから、別れたくなったら、すぐ私に相談しなさいよ」
     土井はきょとんとした後、笑い出した。そして、
    「はい、そうします」
     明るい声で、そう返した。




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    Replies from the creator

    くるしま

    PROGRESS原作雑土13回目!最終回!終わりましたーーー!!!
    長々と2ヶ月も続いた連載もどきを読んで頂き、本当にありがとうございました!!
    途中全部消してなかった事にしようとした時も、スタンプ等で反応下さった方々のおかげで続けられました!

    今回も長めですが、半分くらいはエピローグみたいなものです。
    感想等頂けると喜びます。
    加筆訂正修正構成組み直しをした完全版は…夏辺りには何とかなるといいな…!
    原作雑土で連載してみる13 あまりにも意外な光景だった。
    「は?」
     思わず口から漏れた呟きに、土井が不審そうな顔をする。彼は尊奈門にしっかりと腕を掴まれており、無理に連れて来られたのは明らかだ。頭が痛くなってきた。
     尊奈門は雑渡と土井の反応を気にもせず、
    「それでは、私は任務に戻ります。夕方前には戻りますので!」
     ぱっと土井から腕を離し、入って来たのと同じくらいの勢いで行ってしまう。
     賑やかな気配が消えると、後には状況をよく飲み込めていない男が二人残された。
    「土井殿、何故ここに?」
    「……それを聞きたいのは、私なのですが」
     尊奈門に無理矢理連れて来られた不機嫌を隠しもせず、それでも土井は事情を話し始めた。
     彼は雑渡たちと同じく、この辺りでドクタケの事情を調べに来ていた。単身で。
    13639

    くるしま

    PROGRESS原作雑土。雑渡ターンで土井先生の出番がなくて寄り道が多くて、全部書き直したい…と思いましたが、終わらせる事を優先。
    今回に限らず、後から全体的にザクザク消して書き直すと思うので、もし好きなシーンがあったら教えて下さい!なるべく残します!

    連載はあと2回で終わります!多分!
    5月終了まで10日を切りましたが、がんばります…!

    ……6/1(日)は実質5月でいいですよね……?
    原作雑土で連載してみる11 雑渡昆奈門が妻を娶る。
     そのような噂を流す羽目になったのは、黄昏甚兵衛の命令が原因だった。
     雑渡は頻繁に甚兵衛の元を訪れる。報告、命を受ける、もしくは甚兵衛の暇潰しのために。
     訪れる時間は様々だが、その日は夜に呼ばれた。夜更けの呼び出しは、人の目と耳を遠ざけたい場合が多い。
     主人の前に現れた雑渡は、まずいつも通りの報告から始めるよう言われた。雑渡はそれに応え、領内で起こった大小の出来事をすべて伝えた。甚兵衛は耳を傾け、追加の調査や対応を命じる。
    「報告は以上です」
     何事もなければ、雑渡のこの言葉に甚兵衛が承知の返答を寄越して終わりになる。
     だが今、甚兵衛は黙ったままだ。別件があるのだろう。
     薄暗い闇の中で、雑渡は次の言葉を待った。手元の扇子をいじりながら、少し間を置く主君の様子に、ぼんやりと嫌な予感がする。それは、長年仕えているがゆえの勘だった。
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    recommended works

    sadachbia7789

    TRAININGイマジナリーK富の子供(男女の双子)がチラッと出ます。
    K富♀前提で書いてますが富は出ません。龍視点。
    イベント前、目の周りの乾燥がひどくて化粧ノリ最悪だったので一週間パックしまくってどうにかしたのが元ネタ。
    寺井先生監修スキンケアセット(合計◯万)ばっしゃばっしゃと惜し気もなく化粧水を顔に叩き込む。その様子を偶然にも見てしまった龍太郎は二度見した。何せ世界一有名なネズミのキャラクターを模したヘアバンドで前髪を上げ、スキンケアに励んでいるのは上司であり診療所の主である神代だったので。
    「な、何やってんスか……?」
    「スキンケアだ」
    テーブルに並べられている数本のボトルやコットン、パックシートを見てからもう一度神代を見る。神代はまた化粧水を手の平に出し重ね付けをしている。そりゃ龍太郎だって乾燥で皮膚が突っ張るこの季節くらいはローションを付けたりするが、ここまでしっかりやったりしない。うろ覚えだけど実家の母親が使っていたものに似ている気がする。洗面台になんかごちゃっと並んでたやつ。多分。先生だって俺と似たようなもんだったはずなのにいきなりどうした、と手元を見ればスマホが立て掛けてあり、誰かとビデオ通話をしていたようだ。
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