高校生の食欲 他人の子は思うより早く成長する、とは言うけれど。
保護者役というか身元引受人であるドクターTETSUが夕飯を買って帰ると言うから和久井譲介は戸惑いながらもはいと返事して電話を切った。普段からあちこちでかける人だったが譲介に食事をさせようという意識が強く、一度寝坊した時に着替えてそのまま学校に行こうとしたら首根っこをひっつかまれて朝飯くらい食べていけと言われたくらいだ。
「遅刻しそうなんですよ!」
「別に遅刻して困るような成績でもねぇだろ」
今通ってる高校でトップ取れって言ったのは誰だよ、と言う文句を飲み込んだのも譲介はよく覚えている。実際、別に担任には特にうるさい事も言わず「今朝どうしたの? 事故とかじゃないなら良いけど」と言っただけだった。
そんなことを思い出しているうちにカチャンと表の鍵の開く音がして、いつもの恰好のドクターTETSUが帰宅した。
「今戻った。これ、夕飯だ」
差し出された袋を受け取るとずっしりと重みがある。しかも、それが2つ。それで思わず。
「……多くないですか?」
明らかに戸惑ったような譲介に、保護者は片眉を上げる。
「そうか?」
「はい」
「……育ち盛りってのはこれくらい食うもんだろ」
「そう、かもしれませんけど」
否、実際いざ夕飯を買う段になってドクターTETSUも考えたのだ。男子高校生とはどれくらい腹を空かす生き物なのか。彼にもその時代があったはずだが、20年以上も昔のことで、そこから今に至るまでのあれやこれやが余りに濃密で自分が10代半ばだった頃にどれくらい腹を空かしていたのかなどサッパリ思い出せなかった。それで結局……沢山買ってきたのだ。
保護者が黙り込んでそれ以上何も言わないので、譲介は半ばあきらめてダイニングテーブルに夕食を広げ始める。しかしいざ料理に手を付けて、そこで初めて譲介は自分が空腹だったことを思い出す。あっという間に最初の一皿を完食すると、恐る恐る正面に座る大人の顔を見た。
「……どれでも好きなものを食え」
野心があって何かかたちのないものに飢えてその鋭い目をギラギラさせるわりに、こういうところで保護者の顔色をうかがうところがある。その責任の一端が保護者自身にあるのを感じつつTETSUが何を買って来たのかひとつずつ説明していくと、お行儀よくそれを最後まで聞いた譲介がひとつ料理を選び取って手元に引きよせ、プラスチックのふたを外してスプーンを動かし始める。なんだかんだ言ってしっかり食うじゃねえか、などと思ってTETSUがそれを見つめていると、譲介は思い出したように手を止めてまた目の前の大人の顔を見つめる。
保護者は呆れたようにわずかに笑む。
「別に取り上げやしねぇよ、好きなだけ食え」
「そうじゃなくて」
「あん?」
「……食欲、ないですか?」
言われてようやくTETSUは食事の手が止まっていたことを思い出す。目の前の子供の食べっぷりの良さでついこっちも食べたような気になっていたのだ。ンなわけあるか、などと返事してゆるゆると手を動かしている間に譲介は3皿目に突入して結局買ってきた夕飯は全て二人の腹に収まってしまった。
「……10代ってのは結構食うもんだな」
半ば感心しながら大人が言うと男子高校生は「ちょうど腹が減ってたんですよ」と拗ねたように言った