他人の子がいつまでも子供に見える 妙な風体の客が来た。いや、妙というのはおかしいか。別に普通だ。なんというか……そう、杖を突いているのに背筋がピンと伸びて眼光は鋭く髪は苛烈なまでに黒く、妙なアンバランスさがある男だ。大人の年齢などまだ20代になったばかりの新人バイトの俺には分からないが、50代くらいだろうか。何やら只者ではないことだけは分かる。そんな人が何を買うのだろうかと彼を注視していると、カツカツと杖を鳴らしながら本棚の間を歩き少し迷ってから学習書の本棚に向かいざっとラインナップを見回してから一冊手に取り、そのまま次は新書本のコーナーに向かう。既に目当ての本は決まっているようで、見つけ出した一冊を引き抜くとさっさとこちらに向かって「頼む」と商品を差し出した。
「お預かりいたします」
よくわかる学習シリーズ31番のティガワール王国と、新書本の「物語 ティガワール王国の歴史」。ティガワールに興味があるのだろうが子供向けの本と一般向けの本の奇妙な組み合わせがよく分からないな、と思いながら金額を表示すると、真黒いクレジットカードが差し出されて手が震えた。
「一括で頼む」
やや掠れた声ではい、と返事すると隣に立っていた先輩が助けてくれて、なんとかお会計を終えたところでブックカバーをかけるか否か聞き忘れたことに気づく。
「あ、あの、すみません、ブックカバーおかけしますか?」
声は露骨に震えていた。妙な風体の男は鋭い眼光で「そのままでいい」と返事して、獰猛な顔で笑って言った。
「別に取って食やしねぇよ」
その後ろ姿をみつめて一瞬ぽかんとした俺は、気恥ずかしさを感じながら「ありがとうございました!」と大きな声で客を見送った。
***
それから数日後、乱雑に手渡された本を見て黒須一也はやや戸惑った。これから受け持つ患者について知っておけと本を渡す、そこまでは分かる。しかしそれがなぜ児童用学習本なのか。まだ学生の身分とはいえ、一也は医学部5回生で23歳。小学校を卒業して久しいのに。
独り身で一匹狼の闇医者がわざわざ書店でこれを購入したのは明らかだ。中には短冊状のアレこと売上スリップが挟まったままの新品。わからない、と一也はハマーの窓からコーヒーを買いに行ったドクターTETSUの姿を探すがはしゃいで回る小さな子供連れが目に留まってそれは叶わなかった。母親の手を引いて駆けて行く少年を見つめわずかにため息をついたところでふと視界に深緑の本が入りこむ。なんだろう、と引き寄せたそれは新書本で、表紙には「物語 ティガワール王国の歴史」と印字されていた。中にはいくらかのふせんが貼られ、メモが添えられている。その字がかなり読みやすいだとか、そんなことより。
「あるんじゃないか、一般向けの本」
一也はつぶやいて、新書本を閉じて元あった場所に戻す。まさか本当にまだ小さな子供だと思われているのでは。いやまさか、だって自分と同い年の譲介と一緒に暮らしていたのだから、彼と同い年の自分を小さな子供だと思っているなんてことは……。
あれこれ考えても余計にわからなくなるばかりで、結局一也は諦めて読みかけの学習本を開いた。短いページで重要なことを的確に伝える、という意味でスピード学習にはこれ以上ないくらいに適切だったのだ。
「……まさかそれを見越して?」
妙に段取りが良いんだもんなドクターTETSUは、なんて呟いてふと譲介のことを思い出す。彼らがあの頃どんなふうに過ごしていて譲介が何を感じていたのか知りたいと、一也はいま初めて強く思った。