ソドン首飾り事件 後編 急拵えにしては良い服だな、と。視界の端で翻るトレンチコートを眺めて思う。
グラナダは軍事基地だ。ジオンの軍服姿の人間はそこかしこで見かけるし、軍服で歩くことを咎める法も不文律もない。しかし「シャア大佐の部下のシャリア・ブルとマリガンです」と喧伝しながら歩くよりは、平服のほうがいざ乗り込むまで相手に警戒心を抱かせずに済むだろうという算段でもって、私たちは今ひとつ着慣れないスーツとコートを纏っていた。ネクタイなど巻くのは久しぶりだ。
「赴任先に設けるだけの拠点など、集合住宅で済ますと思っていました」
「グラナダ占領の際に接収した屋敷のひとつでしょうね。下賜されたのか買い上げたのかはわかりませんが」
目の前に聳えるのは庭付きの屋敷。グラナダが地下都市である関係上、多くの住民は犇めくように建てられた集合住宅に暮らしていることを考えると、かなり場違いである。
四季が人工的に再現されているのか、庭にある植物は大概が葉を落としていた。ここの気候はどうやら北半球に合わせているようだ。
「在宅は確認済みです」
「では」
マリガン中尉が頷くのに合わせ、ひょい、とインターホンを押す。
使用人らしき女性の声に、ルアン大佐にお目にかかりたいのですがと告げると、困惑した返事が返る。
「約束がないと通せない、ですか。……それではルアン大佐へ、マチェクとクリスチーナがお目にかかりたいとお伝え下さい」
インターホンが一度切れる。隣のマリガン中尉から、誰がクリスチーナですか、という無言の抵抗を感じる。
「男性名にしてクリスティンのほうがよかったですか? マリガン中尉」
「それ以前に縁起が悪くはないですか、最後はゴミ捨て場で銃殺でしょう」
「好きなのですよ、あの映画」
惚けた会話をしているうちに、インターホンから「お入りください」と声がして、大きな鉄門の錠が開いた。
「建築様式には詳しくないですが、これはフランス風ですかね」
「おそらくは」
石畳の上を歩く。ここは既に敵地だが、だからこそ怯みや怯えを見せてはならない。整えられた庭園を散策する余裕を演出しつつ進む。
「こちらへ、大佐がお待ちです」
木製扉の前で、初老の男が恭しく礼をする。招かれざる客であろうと慇懃に対応するのはプロ意識というものなのだろう。
これだけ大きな一枚板、それも天然木となればどれだけの値段がするのだろうか、という思考を隅に追いやり、脱いだコートを預ける。
男の先導で屋敷の中へ。下品でない程度に飾られた美術品は、もし本物であるのならば地球産のものが多いようだ。中にはクリケットという嘗て地球で流行ったスポーツのバットが展示されていたりもする。美術館ではないのでガラスのケースに納められてはおらず、むき出しだ。
美術品にも地球のスポーツにも詳しくない私に何故それが分かるかといえば、わざわざ端に但し書きがされているからである。戦利品を誇る類の人間なのだろう。
ルアン大佐の母親は地球の出身、という前情報を思い出す。
道順と方位を頭に叩き込みつつ進む。屋敷の中に人の気配はあまりない。マリガン中尉に聞いたところによると、ルアン大佐は本国に両親と妻子を残してきているそうなので、男の一人暮らしではあまり使用人を雇わずとも用が足りるのだろう。
「ルネ様、お客様をお連れいたしました」
「通せ」
男にしては高めの声だ。
初老の男が恭しく開いた扉の先、ソファとローテーブルの更に向こう。先ほど通ってきた庭園が見える広い窓の前に、ふかふかに焼けた小麦のパンを思わせる、肥えた丸顔の中年男が立っていた。
写真で確認したときにも思ったが、この体型では宝石店でシャア大佐を演じるのは難しかろう。シャア大佐を名乗った男は雇われた役者か何かなのかもしれない。
初老の男へ下がれ、と手つきで指示をして、扉が閉まりきってから、ルアン大佐は此方へ視線を寄越す。
「マチェクとクリスティーナ、だったか。私になんの用事がある?」
「シャリア・ブル大尉であります、ルアン大佐。此方はマリガン中尉。本日はシャア・アズナブル大佐の使いで参りました」
「ならそうと名乗れば」
「僭越ながら、他の方のお耳には入れたくないのではと思いまして」
ぐ、とルアン大佐が奥歯を噛み締める気配を感じる。座れ、と低くソファを示され、では失礼して、と、これもフレームが木製のソファまで回り込んで腰掛ける。主より先に腰掛ける非礼は態とだ。今回は用向きが用向きだけに、礼を失したとして罰されることはあるまい。
マリガン中尉は座らず私の傍らに立った。
「此方の調度品は木製の素晴らしい品揃いですね。地球産のものがお好きでいらっしゃる」
「世辞は良い。目的を言え」
「これもまんざら無関係というわけではないのですがね。……それほどお好きな地球産のダイヤモンドの首飾りを、何故、シャア大佐の名義で購入されたのですか?」
切り込むときは単刀直入に。相手の心臓を穿つように。一撃でエンジンかコックピットを貫く。
「……何のことだ」
「使用した宝石は200個、すべて地球産の天然ダイヤモンド。これだけでも見事なものですが、目玉は傷、内包物無しのフローレス、カラーはD、300カラットを誇る「ジュピター」。英国王室が持っていたという偉大なるアフリカの星には届かぬものの、素晴らしい宝石だ。首飾りとしては重すぎて身に着けるには厳しいのではとも思いますが、これほどのものなら使用されるとして、高貴な方の儀礼用でしょう」
正直な話、宝石の良し悪しなど詳しいことはなにもわかりはしないが、この無色透明でモース硬度10を誇る煌めく石の値段が、尋常でなく高いことだけは頭に入れてきた。
「キシリア閣下に献上なさるというならば、あなた自身が購入なさればよろしい。それをなぜ、シャア大佐の名義で購入されたのかとお尋ねしております。宝石商の手違いでしょうか?」
ジオンの中では裕福な家柄とは言え、小国の国家予算に匹敵する額などとても出せる懐具合ではないことは調査済みだ。
それでも、認めるのならこちらには手違いで済ませる用意がある、と含ませて。対面のソファへ腰掛けた男を真っ直ぐに見つめる。
「そのような首飾りなど知らん」
ルアン大佐はあくまでもしらを切るつもりであるらしい。組んだ手が少し震えているのを見てとって、それほどまでに小物だというならこんな大それたことはしでかさなければよかったものを、と呆れるが表情には出さぬように気を配る。
「首飾りが製作されたのは一年戦争より前だ。ジオンにも素晴らしい宝石研磨職人がいる、とコロニー同士の万国博覧会で技術を誇示する目的だけで作られたそうですね」
当時のジオンは国威の発揚に努めており、技術を示す目的であれば国から補助が出ていた。それを利用して、あまりにも高価かつ実用性が皆無の首飾りが生み出されたのだ。
しかし、公王デギン・ソド・ザビはその首飾りを購入しなかった。
胸元を飾るべき王妃がとうに亡くなっているということもあるが、独立戦争に向けて突き進むなか、公費を宝石で浪費できない、という事情が大きかったのだろう。
「高価すぎて誰も購入者が現れず宙に浮いていたところを、シャア大佐に扮した何者かと、あなたの腹心の部下、ヴァイオレット少尉が宝石商のもとを訪れて買い取ると言った」
こちらがヴァイオレット少尉が店へ訪れた証拠です、とマリガン中尉が印画紙に焼き付けた監視カメラの拡大画像を机の上へ滑らせる。
髪型を変えるなどして多少変装してはいるものの、目や耳介を隠していない以上、本人の確認は容易い。
「購入の目的はキシリア閣下への献上だということにして。宝石商は売却先がジオンの英雄であり、キシリア閣下に献上するというのならば払いを踏み倒すことはないだろうと踏んで了承。売買契約が成立した。首飾りそのものはヴァイオレット少尉とシャア大佐を騙る何者かが取りに来た、と裏付けは取れています」
宝石商から手に入れた書類を、マリガン中尉が滑らかに机の上へとルアン大佐によく見えるように広げる。
「しかし首飾りはキシリア閣下に献上されず、代金の支払いもない。業を煮やした宝石商は、ソドンがグラナダに停泊していると聞いてついに乗り込んできた、何も知らない本物のシャア大佐から代金を取り立てるために」
厳密に言えば当人は何故か居なかったのだが、それは説明しなくても良いことであるので情報開示は行わない。
「もう一度お尋ねします、実際に宝石を購入したのはあなたで、シャア大佐に請求が届いたのは宝石商の手違いでしょうか?」
「だから知らんと言っている!」
ばん、と丸みを帯びた掌が、樫の机に打ち下ろされる。
交渉相手は穏便に済ます気が無い。とあらば、此方も出方を変えるのみ。
「あなたにとって運が悪かったのは、首飾りを購入した日、シャア大佐が本来であればグラナダ市内を訪れる用事を返上して、艦内トラブルの解決のためにムサイから出なかったことです。これは証人もおりますし、出入艦の記録で明確に証明できる」
黒目がちの瞳が揺れた。よし、揺さぶりの掴みは成功だ。
「加えて、大佐には首飾りを購入する理由が全くありません」
「全く、ということはなかろう。たかがルウムの戦役で偶然功をあげただけの、どこの誰とも知らぬ下賤な馬の骨だ、身の丈に合わぬ宝石でキシリア閣下に気に入られようとしたのだろうよ。資金繰りがうまくいかなくなったからといって部下を使って私を脅そうとは、いやはや!」
此方を横目で見ているマリガン中尉から「うわ」という心底引いているような思念が伝わってきた。
多分今私は笑っているのだろう。
不器用で世渡りが下手な、ただ勘の良いだけの男だ。このような舞台の真ん中で踊る役目は正直言って不慣れだ、分不相応である。
それでも。あの人を侮辱したのであれば。もう一欠片たりとも容赦をしない。
あの人はお前などに下賤の出と罵られて良いような御方ではない。
「シャア大佐であれば。十でも二十でもいい、連邦軍の戦艦を落とし、その光で首飾りを作って献上すれば宜しい。そちらのほうがキシリア閣下もお喜びになるでしょう。わざわざ宝石などで閣下の歓心を買う必要は無いのです。贈り物で出世を買うなど、軍人の風上にもおけぬ下賤の輩がすることでありましょう」
ルアン大佐の丸い顔に徐々に朱が差す。マリガン中尉は知りませんよ、と声を出さずに唇の動きだけでつぶやいていた。
「宝石の話と直接関連はありませんが、ギレン総帥のもとにあなたのもとから若い士官が派遣されたそうですね。美しい女性だとか。総帥には既に重用されている秘書がいて、これ以上の人員は不要と返されたそうですが」
ギレンの秘書、セシリア・アイリーン。美しさと有能さから見出されてギレンに重用される彼女が、総帥の愛人であるということは誰もが知っていることである。
そこから女で取り入ろうと思いついての考えなのだろうが、考えが浅いと嘆息せざるを得ない。
「キシリア閣下に取り立ててもらおうという目論見が潰えたがゆえに、ギレン総帥へ主を変えようとでも? 首飾りの件は、この国民皆が耐え忍んでいる戦時下に、キシリア閣下が高価な宝石などにうつつを抜かし、若く美しい愛人を侍らせていると醜聞になることで宣伝して、キシリア閣下の評判の失墜を手土産に総帥のもとへ馳せ参じるつもりだったのでしょうね」
若く美しく知名度も高い。女帝を失墜させる醜聞をばら撒くにあたり、シャア大佐の存在は非常に都合が良い。
「ところでルアン大佐。あなたがカードの賭博がご趣味で大金を遣っており、そこをマ・クベ大佐に糾弾された件は周知の事実ですが。調べたところ、近頃、かなり財産を質に入れておられるとか。資金繰りに困っておいででしたな」
ルアン大佐の顔色が赤を通り越して紫になってくる。マリガン中尉はもはや開き直ったのか、楽しげに、しかし顔と手つきは事務的に。本国とグラナダの質屋から取り寄せた資料をぽんぽんと机に広げていく。広い天板の空きがいい加減に少なくなってきた。
「私も木星船団に居た頃、金ではなくおやつを賭けて遊戯をやったことがありますが、あれはのめり込む者はとことんのめり込むものです。やめられない。……仮に。禁止されている地下賭博で大金を賭けて負けておられたとすると。財産を質に入れたのは頷けます。ただ、ここ数カ月ほどで質店から次々とあなたの預けた品物が回収されている。しかしあなたが近頃軍から褒賞を受け取った記録はなく、親戚の方から財産を受け継いだということもない」
資金繰りに困った賭博狂いに、突如として大金が入る。
そんな作為のない都合の良い幸運など、まずあり得ない。
「ここでキシリア閣下に献上されていない首飾りの件に話を戻しますが。カラーDの傷のない完璧な地球産の天然ダイヤモンドが200個もあるのです。首飾りを分解して闇ルートでダイヤモンドを流せば、相当纏まった資金になるでしょうな?」
ダイヤモンドには通常識別番号がカットの際にレーザーで彫り込まれている。金塊とは異なり、番号を潰すことは極めて困難だ。
したがって闇ルートでしか流せないとなれば資産価値は落ちるだろうが、それでも完璧な状態であれば小国の国家予算に匹敵する首飾り。すべて売却した場合、佐官ひとりの借金を返してなお余りあろう。
「お前の言っていることはすべて証拠のないただの憶測だ。私を侮辱するのもいい加減にしてもらおうか」
作業機械が軋むような声でルアン大佐が唸る。もう一押しだな、と目を細めた。
「ジュピター」
神の御名であるとともに木星を示す名。そしてはじめての木星船団が結成されて出発した年に発見されたが故にその名を付けられた特別なダイヤモンド。
「他の石はなんとか誤魔化せても、300カラットもある最高ランクのダイヤモンドなど、売却などすれば途端に足がつく。本国に移動させることも難しいでしょう。……まだ持っておられますな、そう、この屋敷の何処かにでも」
ルアン大佐がソファの背もたれから黒鉄の塊を引き抜いた。銃口は真っ直ぐ私の額を狙う。
「此方は穏便に話し合いに来ているのですけれどもね。仕方がありません。……私たちを殺すと、ソドンに残ったドレン大尉があなたにとって都合の悪い情報を山程キシリア閣下にお伝えする手筈になっておりますが、構いませんか?」
「……お前たちがシャアの命で私の命を狙ったために返り討ちにしたということにするさ。民衆は刺激的な説を信じるからな。それが真実であるかどうかは関係ない」
こういう反応なら推測として話したことはだいたい正解だな、とあまりのくだらなさとつまらなさに目眩がする。もしもここにシャア大佐がいたら文句の一言や二言は述べていたと思う。
この小物しぐさではマ・クベ大佐に揚げ足を取られていなかったとしても大して出世はできていなかったことだろう。
「帰してはいただけないと」
「当然だ。……ああ、そういえばシャアはビームを避けるのだったな。ならばその部下のパイロットのお前も銃弾を避けられてもおかしくないか。なら此方から!」
銃口がマリガン中尉へ向く。引き金に指がかかる。まずい。相手は明らかに平静を欠いており、ある程度銃弾の軌道が読める私と違い、マリガン中尉は訓練された軍人ではあるがニュータイプではない。
狙われるにしても私になるように計算して、ずっと私が喋っていたというのに。
「マリガン中尉、伏せろ!」
立ち上がり彼を庇おうとした瞬間、バルコニーに影が降り立つ。
「え」
ばりん、と騒々しい音を立ててガラスが破られる。貴重な天然木のフレームもメチャクチャにへし折れた。
「こんなところから失礼するよ、大佐」
黄金の鷲が舞い降りた。
快活で張りのある声が侵入する。磨き上げられた革靴が内側に散らばった硝子と窓枠の残骸を踏む。
ルアン大佐が振り向き、この場にいるはずのない男の姿を捉えて思い切り目を見開く。私はその手から力が抜けたのを好機と見て、テーブルを乗り越え拳銃を奪い取った。
「インターホンを幾度押してもなしの礫なので勝手に上がらせてもらった。こちらも勝手に借りた、非礼はひとまず詫びよう」
いけしゃあしゃあというのはおそらくこのときのためにある言葉ではなかろうか。
足の動きに合わせてトレンチコートが翻る。
真っ白なスーツに鴇色のカラーシャツ。赤いネクタイ。目元を覆うのは大きな色の濃いサングラス。普段はヘルメットに隠された金髪が、地下都市を照らす人工的な光を跳ね返して輝く。
ぽいと放り捨てたクリケットのバットはエントランスに並んでいた品を失敬し、窓をぶち割るため使用したに違いなかった。
「シャア大佐、お怪我は!」
「それは私の台詞ではないかな、大尉」
生身でガラスをぶち破る演出は映画などでよくあるものだが、あれは飴細工で出来た偽物だ。実際にやると重傷を負う可能性が高い。それが分かっていて大佐は得物を使用しているのだろうが、素手でやらずとも飛散するガラス片が肌を掠めれば、運悪く血管を切れば。命にかかわる怪我になる。
心配して叫べば、何処にも怪我はない、と返される。良かった。
安堵に息をつきながら回転式拳銃の弾をすべて床に落とすと、マリガン中尉のほうからまた若干引いているような気配を感じたものの、今は気にしないことにする。眼前の大佐のほうが優先である。
「シャアだと!?」
「私の記憶が正しければ二回ほどしか顔を合わせていないはずだが。覚えていただけていて何よりだ。今日は貴様に返すものがあって訪問したのだよ」
旦那様、いかがなされましたか、と初老の男が扉を開けたのと同じタイミングで、シャア大佐がポケットへ右手を突っ込んで引き出し、そして広げる。
まるで星の光が落ちていくようだった。
きらきらと光る複雑なカットがなされた無色透明の石ころが、美しい掌から零れ落ちて床へ散らばる。
「首飾りの行方不明がきちんと判明する前に、刻印のあるダイヤの流出が起こっては宝石商に悟られる。闇の宝石シンジケートがそのあたりをきちんと心得てくれていて助かったよ。いまだ月の外には持ち出されず、すべてグラナダにあった。いや、流石の私でも骨が折れたぞ、ギャングのアジトを全て潰して売られた石を全て巻き上げるのは」
「大佐、秘密任務ってまさかコレですか」
「うむ」
おそらく我慢が出来なくなったマリガン中尉が突っ込みをいれると、大佐は楽しげに頷いた。
「覚えのないメールが届いたのでな。少し調べて、これは早く対処しなければ証拠がすべて散逸してしまうと急いで行動に出た。ギャングどもは揃って貴様の名前を吐いたし今は牢獄に居る。ああヴァイオレット少尉は営巣入りだ」
流石赤い彗星、いつもながら臨機応変だ。デニム曹長がたまに口にする言葉が脳裏をよぎっていく。
「せめて相談してくださいよ」
「許せマリガン、なにせ急いでいたのだ」
相談したら絶対に止められるから相談しなかった、という本音がこれほど見えている台詞も無いと思う。
「隠し金庫からこれも見つけた」
ぽい、とクリケットのボールでも投げるように無造作に放られたのは、眩く輝く巨大な石。ルアン大佐が血相を変えてという段階はとうに過ぎた顔で必死に両手を差し出して受け止める。
あれがジュピターなのか。途方もない価値を誇る、完璧なダイヤモンド。
「さて。貴様がバラバラにして流した宝石のことと、私に背格好が似た男の死体が数ヶ月前にグラナダで見つかった事件の件はすべてマ・クベ大佐に報告しておいたよ。はじめはこの忙しい時に何をという宇宙デブリでも見るような顔をされたが、貴様の名前を出したところ大層喜んでね。キシリア閣下へ早急に報告をあげるとのことだ。働きに対する報いを楽しみにしていたまえ」
断頭台の刃が下ろされる瞬間を見た。
ルアン大佐の全身からかくりと力が抜け、ガラスの破片と高価な石ころが散らばる絨毯の上へ膝をつく。
これでこの男はおしまいだ。キシリア閣下への背信、それに伴う不正行為のすべてを政敵に握られたのだ。死刑までいくかどうかはまだ分からないが、命は助かったとしてもそれより酷い目に遭うだろう。
ギレン総帥もこんなくだらないことのために人殺しを命じた男など庇い立てするまい。知らぬ存ぜぬを貫くはずだ。
「私の部下を連れ帰っても構わないだろうか?」
シャア・アズナブルは凄絶な笑みを浮かべ、光を背にして。哀れな男の首が転がる断頭台の上に、いっそ傲慢さすら感じる姿で。堂々とただ立っている。