チリンッと店に飾ってある鈴が一度鳴ったのが聞こえ、鈴に目をやり咥えた煙管を深く吸い煙を吐き出した。
「あのガキ…何度目だよ」
通常振っても何も鳴らない鈴が鳴るには条件がある。俺の力が侵食されそうな時、その時鈴が鳴る。
今この薬堂には客も居ねえし入ってくる気配もない。つまり俺の周囲じゃなく、俺の力を宿したモノを持ってる奴に危険が及んでる合図なんだが。
「一護の奴また視たのか」
煙管の薬を吸い切って灰皿にカツンッと灰を落として、そのまま煙管を置く。外で使う煙管が懐に入ってるのを確認して椅子から立ち上がり、外套を羽織って外に出た。
昼間なのに薄暗く雨降る空に一度舌打ちをして金の糸を目印に迷路のような路地を歩いていれば、男に腕を掴まれて泣きそうな顔で必死に抵抗する子供。とりあえず子供の腕を掴む男を軽く殴り飛ばし、腕が離された事で倒れそうな子供の膝裏を掬って抱き上げた。
「一護」
「!しろ!」
泣きそうな顔がパッと明るく笑顔になったのを見て溜息が漏れそうなのを耐えつつ来た道を戻るように歩き出す。殴り飛ばした奴は報復に来るならそれで良い、遊び相手は大歓迎だ。
「雨の日は危ねえから出るなって髭に言われなかったか?」
「とうちゃんはおさんぽならいいって」
「シメるか」
雨の日は良くない。昼間が暗いと理性が薄まって妖憑きは表に妖部分が出やすくなる。この九龍城では人が次の瞬間居なくなるなんてよくある事で誰も気にしないからこそ、人に紛れて生きる妖憑きは住みやすい。
「しろ、キラキラできれい!かみもツノもキラキラ!」
結局溜息が出たところで腕に抱えた一護がキャッキャッと俺の雨に濡れた髪やツノを触る。
普通の人間には見えない俺のツノが視える一護。
俺は人に紛れる『妖憑き』で一護は『陰陽師』の力を持っている。陰陽師性と呼ばれる一護は妖性、妖憑きにとって良い獲物だ。食べればその力は自分の糧になり、そして陰陽師は妖の敵であるから躊躇いなど必要ない。妖憑きの根っこに刻まれている陰陽師への憎しみは妖憑きの力が強い程に顕著だ。
「一護、散歩に出てえならお前んとこから俺んとこまでにしとけ。歩きすぎるとさっきみたいなのに会う」
「でもしろのおうちおさんぽにはちかすぎない?」
ごもっとも。黒崎医院から俺の薬堂まで一護の足でも数歩だ。散歩にゃ物足りねえか。
「気分が向いたら一緒に散歩してやるよ」
「ほんと!やくそく!」
「へいへい」
気が向いたらな。と小さい指と指を絡めて約束をした。
「おい、お前んとこのガキがまた攫われるとこだったぞ」
黒崎医院の扉を足で開け、受付に誰も居ないのを見て診察室の扉も足で蹴り開けた。何かが壊れた音が聞こえたが気のせいだろ。
「マジか!」
「テメェのそのセリフ何度目だ。そろそろマジでテメェをシメるぞ」
一護を診察台に下ろしてカルテを書いてたのか椅子に座っていた髭の脛をガンガン爪先で蹴る。一護は何が楽しいのかずっとニコニコしてんな。
「しろ!」
「さっきも言ったがお前もホイホイ色んなもん視てんじゃねえ」
腕を広げ笑顔で俺を呼ぶ一護にデコピンしてやれば額を押さえてふぇっと目に涙を溜める。
「おい、ウチの可愛い可愛い一護を泣かすんじゃねえ!おー、痛かったなぁ。酷い龍でちゅねえ」
「キモ…」
赤ちゃん言葉にドン引いてれば、鬱陶しい髭のジョリジョリと髭が痛いのか小さな手が抵抗し始めた。俺はそれ眺めながら懐から煙管を取り出す。
「白、ここは禁煙で一護もいるから吸うなら外行け外。なー、一護ぉ」
「とうちゃ、いたい…やだ!しろ!」
耐えきれなくなったのか髭の顔面を叩いて、怯んだ隙に抜け出し俺の脚に抱きついてきた。これじゃ吸いに出れねえじゃねえか。
渋々煙管を懐に戻し脚に引っ付く一護の両脇に手を入れ抱き上げる。それだけで嬉しそうに笑う一護に釣られ俺の表情も緩んだ。
「雨に濡れちまって体冷えてんだろ。風呂入ってこい」
「しろは?」
「俺はこの髭と話がある」
そう言えば一護は一度こくりと頷き俺が床に下ろすと、とてとてと診察室の外に行った。
こういう時素直な相手は楽だ。
診察室の空いた椅子に座り、髭がペラペラと捲る紙を診察台に肘をついて頬杖しながら何をするでもなく眺める。
「元々龍憑きは一定まで育てば不老であり長命だ。不死ではないから怪我や病で死ぬわけだが、お前の龍憑きは生まれつきじゃない以上気をつけろよ?お前の年齢考えたらどんな事でポックリ逝くかわかんねぇぞ」
ま、今回の検査では変わりなかったと言っておくと数枚の紙の束を渡してくるがフイッと顔を背けた。
結果が変わってねえなら要らね。
「そういやテメェに俺の年齢教えたか?」
ふと先程言われた言葉に引っ掛かり視線だけを向けて問えば検査結果を机に仕舞っていた髭が振り返る。
「近所のばあさん達から聞いたんだよ。正確な年齢は知らねえけど、ばあさんたちがぴっちぴちのぎゃるだった頃にはもうその姿だったって聞いてる。というか、ばあさんたちが子供の頃から」
「ああ、あの妖憑きより妖みてえなババアか」
九龍城に生きる年寄りは本気で妖憑きより妖みてえなのが多い。ここで生き抜いてるだけあるババア達だ妖憑きじゃなくて本物の妖と言われても驚かねえ。
「…面倒くせえ」
長い時間を楽しみもなく過ごす日々は面倒くせえ。最近じゃ喧嘩売ってくる奴も少ないから楽しくねえし、もっと遊び相手がほしい。これじゃ生きてても面白くもなんともない。
「面倒でも生きろ。この辺じゃお前の薬堂が無くなると困る奴しか居ねえだろ。俺んとこもその一つだ」
「無くなったら無くなったで順応する。そういうとこだろ、この九龍城は」