「一護、お前オツカイ出来るか?」
「おつかい?買いもの?」
「そうだ、買い物のオツカイ」
台所で白が小吃(オヤツ)を作るのを白の袍を片手で握り眺めていた。シンクにギリギリ足りる身長で爪先立ちして見ながら出来上がるのを待っていると声を掛けられて白を見上げた。白は蒸籠の蓋を閉じると俺と目を合わせる為にしゃがんでくれた。
「明日用の小吃を買い忘れてよ。買いに行けるか?一護がどーしても無理っつーなら俺が買ってくるけど」
「バカにすんな、行ける」
白の言葉にムッとする。俺だって男だ。お使いくらい行ける。
今まで出掛けて良い日に白が入っちゃいけない路地とか色々教えてくれたし、もう七歳で子供じゃねえんだ。
「じゃあおめかししねぇとな」
「?」
ニッと悪意がなさそうな笑い方をする時白は俺で遊ぶ。
今回は何されるんだ…。
おめかしだと髪を片方だけ後ろに撫で付けられ、白とは色違いの丸い胡散臭いサングラスを掛けられた。オレンジ色のサングラスが鼻に当たってムズムズするけど白はカッコいいって言ってたし、なんか大人になった感じで気分がいい。
「巾着は失くすなよ。財布入ってるからな」
「わかってる」
白い手に肩から斜めに掛けられた巾着をポンポンと叩かれむぅっと巾着を見下ろす。
子供っぽいライオンの巾着ポシェットが無ければ完璧だったのに。
「よし、行って来い」
「おう、いってくる。イイコでまってるんだぞ」
地下にある家から出て、密集住宅の入り口まで見送りに出て来てくれた白は俺の目線に合わせる為にしゃがんで俺の片頬をむにむにと摘み手を離す。一歩二歩前に出た俺はふと思い出して白のところに戻り、しゃがんだままの白の額に口付けた。白はポカンと驚いたような顔をして俺がキスした額を押さえている。
いつも白が出掛ける前に俺にしてるのに自分がされたら驚くのか。
白の驚きに俺が驚いて目をぱちぱちさせてると、白の表情はガラリと変わった。ニタァと人が悪そうに笑う白の顔は俺じゃなかったら泣いてると思う。
「一護の帰りが遅いとワルイコになっちまうかもなァ」
「!」
それはダメだ。白が良い子かと言われたら元々悪い子の部類なんだろうけど、更に悪い子になったら危ない。俺は慌てて白に手を振って背を向けて駆ける。
「行ってきます!」
「おう。キョロキョロして転ぶなよ」
「転ばねえよ!」
いざ浦原商店へ!
今日便利屋といつも一緒にいる橙色の頭したガキが便利屋のテリトリーから一人で出て来ると情報が入った。その情報はすぐさま裏界隈に回り、今まで弱みを見せなかった便利屋の分かりやすい弱みを誰が手にするか賭けが起こるほど色んな奴が動き始めた。そして今情報通り橙色のガキは便利屋のテリトリーから一人で出てきた。
「あのクソ便利屋みてぇな格好して、襲ってくださいって言ってるようなもんじゃねえか」
「そりゃお前等みたいな奴を釣る為の格好だからなァ」
自分が一番に便利屋の弱みを捕まえるとテリトリー近くの狭い路地で張っていた俺の耳元で声が聞こえ、反射で耳に手を当て飛び退くが壁に背が当たりこれ以上下がれない。突然現れた人間に顔を向ければ「你好」と笑顔で黒手袋を付けた手をヒラヒラと振る胡散臭い青いサングラスの男。
気配も足音すらなかったとゾッとして、懐に入れている銃に右手を伸ばしたがその手は自分の胸と共にサングラスの男、便利屋のナイフで刺されググッと壁に押し付けられる。
「ぐっぁ…!」
「いきなり動いたらダメだろ?許可取らねえから殺しちまうとこだった。まぁ、死にてえって言うなら動いてもいいぜ。今少しでも動けばナイフで肺が切れて苦しんで死ねる」
まだ死にたくねえなら俺の知りたい事を教えてくれれば良いと悪魔のように笑う男に体が震える。答えても答えなくてもどうせ殺される、と。
「刺されたくれえでガタガタ震えるってザコかよ。ハァ、テメェもハズレか。運がねえな」
便利屋は胸を刺すナイフから手を離し面倒くせえと深く息を吐いて片手でガシガシと頭を掻くと路地奥に足を向けどこかに行こうとする。
「じょ、情報はウラハラからだ!」
「ハ?ああ、それはテメェに言われなくても知ってる」
「なっ…ならナイフを、ナイフを抜いてくれ!」
「やなこった、そのままくたばってろ」
敵に命乞いなんざしてんじゃねえよ。つかソレ抜いたら死んじまうから大変だなァ、とベッと舌を出して背を向け去っていった便利屋に俺は絶望した。生意気な便利屋を懲らしめてやろうと思っただけだった。それがこんな事になるなんて…。
ハズレばかり引いてる間に一護が浦原商店に着いて店の中に入るのが上から見えた。
無事に入った事に安堵して、…安堵?俺が?店に無事入った事に何で安堵した?この魔窟の九龍城で囮にして歩かせたが、安堵するような事か?
自分に生まれた気持ちに首を傾げこれは何だと思考を追っていると目端に鬱陶しく動くモノが映り、考えるのをやめて片足を置いてたナイフの柄に体重を掛ける。体重を掛けると汚えくぐもった声が足下から聞こえうるせえなと視線を浦原商店から足下に移動させた。
「この俺を屋上まで招いといて何もなしか?それともこれから楽しませてくれるとこだったか?それは悪ぃ事したな。すんなら早くしろよ」
心臓近くに刺したナイフを足裏でグリグリと動かせば再び汚い声が耳に届く。
コイツは俺の顔を見るや否や壁伝いで上に登っていくからオアソビのお誘いかと思ってノッてやれば遊んでくれる様子も情報も何も無し。時間を無駄にした。
反撃してくる気配もなくこれ以上汚い声を聞くと耳が腐りそうで、足裏でナイフを心臓側に傾ける。そうするとソイツは声なき悲鳴を上げて事切れた。
視界に入れる価値もなくなったしナイフから足を上げ、邪魔だから端に蹴り転がす。
コイツもハズレ。今回流した情報で釣れたのは俺に恨みを持ったザコばっかり。一護の帰りも狙う奴等は狩り続けるが、今回はハズレな気がする。
肌が陽に当たらないよう頭から被った外套をそのままに屋上の淵に片膝を抱いて座り浦原商店を見下ろした。
薄暗いこの土地で綺麗に輝くあの橙色に早く出て来いと心で呟く。
「こんにちは」
道に迷わず店に辿り着き、ガラガラと戸を開け挨拶をすると店の奥に変な帽子を被った白の仕事姿より胡散臭いのが居た。白から聞いてなければ速攻戸を閉じたけど、白からすげぇ胡散臭いおっさんが居るから買うものを書いた紙を渡せと言われてる俺は店の中に入って戸を閉じる。
「おや、これはこれは。小さいお客さんッスね」
「小さいはよけーだ。白がコレくれって」
巾着ポシェットから二つに折られた紙を取り出して相手に差し出した。胡散臭い人は奥から俺に近寄ってきて紙を受け取りぺらりと開いた。
「その見た目から察してましたけど、やっぱり白サンのところの子でしたか。ハイハイ、ちょっと待っててくださいね」
書かれたもの持って来るのでそこに座ってお菓子食べてていいッスよと椅子を指差した後すいっと指を動かし卓にあるお菓子を差す胡散臭い人に首を横に振る。
白の小吃をまだ食べてないからお菓子を見てお腹がぐぅとなったけど白が我慢した分だけ小吃は美味しくなるって言ってたから食べない。それと此処で出されたものは食べるなって白が言ってたし。
「よく教育されてますねぇ。じゃあちょっと待っててください」
奥部屋に引っ込んでいく胡散臭い人を見て、お菓子は食べないけど椅子には座るかとちょっと背伸びして椅子に上り座った。卓に置かれたお菓子をチラッと見て、美味しそうだけどダメだと首を横に振って我慢する。
ダメだダメだ。帰ったら白の作った小吃がある。絶対このお菓子より美味しいんだから、お腹空かせて食べたい。
さっきのおっさん早く戻ってこないかな、と奥の部屋に続く扉に目を向けて床につかない足をブラブラさせた。
「ただいま!」
「おかえり、ダーリン」
勢いよくドアを開ければ、ドアの前に白が腕を組んで立ってて小さく笑ってくれた。白の姿を見るとホッとして腰に抱きつけば片腕で掬い抱き上げられ頬に口付けされる。
俺が照れてる間に奥の部屋に歩いていく白の服を掴んで見上げると、笑ってるのにいつもとはどこか違う白に首を傾げた。
仕事の時の白とも少し違うやつだ。白は俺をよく抱っこする。俺はいつも子供じゃねえんだぞ!って怒るけど白は子供だろって離してくれねえし、いつもその時は機嫌が良いから俺もまあいいかって思って抱っこされてるけど今日は少し違う。
どうしたんだって聞こうと口を開けた時に白が俺を見て目を細めて笑うから、俺は聞けなくなった。これがみんなイチコロ甘い笑顔ってやつか。
「オツカイはちゃんと出来たか?」
「出来た!これ!」
ぽぽぽと熱くなる頬を隠すように顔を逸らして巾着ポシェットからお使いの品が入った袋を白の目の前に出せば、白は袋を受け取って中身を見てうんうんと頷いてる。俺は腕を組んでふふんと得意げに笑う。
「ちゃんと買ってこれてるな。よくやった」
白に褒められぐしゃぐしゃと粗雑なようで優しい手付きで髪を撫でられると胸がポカポカして嬉しくて、顔が緩む。
「オツカイ出来てイイ子な一護は小吃の饅頭を二つ食べて良いぞ」
「二つもいいのか!?」
「いいぞ。オツカイ頑張ったし、今日の桃饅頭は好きだろ」
「すき!白のつくるのぜんぶすき!!」
オツカイのほーしゅーに興奮して体を跳ねさせると白は柔らかく目を細め、いつも食事を食べる時に座る椅子に俺を下ろした。
「持ってくるから待ってろ」
「うん!」
白の作った小吃を二つ食べれる!あの店でお菓子我慢して良かった!
巾着ポシェットを肩から下ろして太腿の上に乗せて白が戻ってくるのを今か今かと待つ。
片膝を抱え一護がいる浦原商店を眺めてると外套から仕事用の通信機が震えるのを感じる。面倒だと思いながら外套が頭から落ちないようにポケットから通信機を取り出して掛かる。
「…」
『あ、こんにちはァ。白サンのお電話で間違いないですか?』
「お掛けになった電話は現在使われていないか、電源が入っていないためお繋ぎ出来ません」
普段一切聞きたくねえ声が聞こえ通話を切りそうになる手をギリギリで抑え、相手から切ってくれねえかという思いで出した言葉に相手は呆れたような息を吐くのが聞こえた。一々イラッとする。
『キミの弱みがウチに居るってお忘れで…?』
「チッ。で、なんだよ」
『白さんの弱みであるあの子ッスけど、間違いないですね。外で捜索願が出されてる『黒崎一護』サンッス』
強調するように言われる『弱み』にアイツは俺の弱みじゃねえと何度言っても変えねえから最近は言い返すのが面倒になった。断じて弱みじゃねえ。
それよりもやっぱりアイツの捜索願は出てたか。
「そうか」
『それで、これは依頼なんスけど。黒崎サンがご家族の元に安全に戻れるよう、黒崎サンを拐った組織を潰しちゃもらえませんか?』
探し出して組織に関わるぜーんぶ潰しちゃってクダサイ。と言う男に眉を寄せる。
「そういうのはテメェと黒猫の得意分野だろ」
『おやァ?断るんスか?正当に暴れる理由があって報酬も良いこの案件を。あちらさんは報酬の出し惜しみなんてしませんよ?…それとも、まさか、白サンってばあの子に情でも芽生えちゃいました?』
「…」
『普段求めてる暴れられる理由ってのを蹴ってまで、手放したくない程に』
拾った当初から一護は家族を呼んで泣いている。寝てる時に泣いてるから、アイツは自身が泣いてる事も家族を恋しがってる事も分かっちゃいねえ。だから心が壊れる前に帰してやるのが一番良い。あんな甘ちゃんが生きていけるほど此処は甘くねえ。
「受けりゃいいんだろ。へーへー、オオセノママニ」
気紛れで拾った子供。いつか親元に帰す気で、その為に浦原に探らせたんだからな。親が探してなければ、俺の元に置いておこうなんて…思っちゃいねえ。アイツを見てれば愛されて育った事くらいバカでも分かる。
『じゃあお願いしますね。黒崎サンは指定された物を渡してお返しします』
ツーツーと鳴る通信機を耳から離して閉じる。
組織を潰して関わってる奴等も狩って、一護は当然の事一護の家族にも害が及ばないように全てを消す。これは普段求めてる正当な理由で暴れられる依頼…。
「また、気楽な一人に戻るだけだろ」
今まで一人だったんだ、元に戻るだけ。なのに、なんで胸に穴空いたみてえに寒ぃんだ。