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    まる。

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    まる。

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    警察学校組、男主
    ただの自己満
    長くなりそう
    一部載せてみる。
    いつしか完成したら徐々に上げていきたいなあって軽い感じで思ってる

    #警察学校組
    policeAcademyGroup
    #男主
    maleLead

    警察学校組と男主 平日の昼間、たまたま非番が被った松田とぶらぶら歩いていると、突然ブザーの音が聞こえてきて、ほぼ同時に音の方を見た。
     すると、一瞬だが、誰かが路地裏に引っ張られていくのが見えた。
     合図をすることもなく、俺と松田は走り出した。
     路地裏の入り口に着いて中を覗こうとしたとき、ドンと何かとぶつかった。
     思ったよりも軽い衝撃でそちらを見ると、転けそうになりながらも横をすり抜けようとする小柄な少年がいて、咄嗟に腕を掴んだ。
     驚いたように見上げてきた少年の顔を見て、非常事態であるにも関わらず、その顔立ちに驚いてしまった。
     ブロンドの髪でとても綺麗な顔立ちをしており、薄い青色の瞳をしていた。
     少年が『離して』と言いながら手から腕がするりと抜けてしまい、意識が戻された。
     慌てて再び掴んで、とりあえず落ち着かせようと目線を合わせるように屈み、声をかける。
    『落ち着いて、大丈夫だから』
    『離して! 離して!』
    『大丈夫。こっち見て。ほら、深呼吸ー』
     吸ってー、吐いてー。と声をかけると、戸惑いながらも、言う通りに深呼吸をしてくれた。とてもいい子である。
     その間に松田は、この子を連れ込もうとしていたであろう男を取り押さえて、どこかに電話していた。おそらく通報しているのだろう。
    「おい、萩、手錠持ってるか」
    「持ってるわけないじゃん、非番だよ?」
    「だよなあ」
     抑えとくの地味にめんどくせえ。と言いながら、しっかり抑えている。気絶させるか? と言っているのは無視しよう。
    『すごい』
     ぼそっと小さな声が聞こえて少年を見ると、松田の方を見ていた。短時間で取り押さえているところを見て驚いたのだろう。
    『落ち着いた?』
    『うん』
    『そっか、よかった』
     ブザーの音を消せるかと聞くと、思い出したかのようにして防犯ブザーの音を消した。
    『この後、時間ある?』
    『なんで?』
    『事情聴取に付き合ってくれないかな?』
    『…じじょうちょうしゅ、ってなに?』
     首を傾げながら聞いてくる少年に、見た目よりも幼い印象を持った。
     英語を話していて、見たところ外国人だし、事情聴取が何かを知らないのもおかしなことでもないか。
    『お話しするだけだよ。なにが起きたのかを教えて欲しいんだ』
    『ふーん。わかった』
    『ありがとう』
     できるだけ落ち着くように、そして怖がらないように笑顔で接していたが、終始無表情だった。
     震えているわけではないし、怯えてもいないようだから、あまり表情が豊かな子じゃないのかもしれない。
     

    「んで? このガキが誘ってきたって?」
    「そう。それで路地裏に連れて行ったってさ」
    「はあ?」
     心底呆れた声を出している松田に同意しつつ、正面に座っている少年を見た。
     興味深そうにきょろきょろと取調室を見渡している少年を改めて見ると、本当に綺麗な顔をしている。
     肌が白く、顎くらいまであるストレートな髪、まつ毛が長く目がぱっちりとしている。細すぎるのが気になるが、手足が長くてスタイルはいい。
     こんなこと言ってはいけないが、そりゃ攫われてしまうだろうなあと思ってしまうほどだ。
     この少年を路地裏に連れ込もうとした男は、この少年が誘ってきたから自分が悪くないと言い張っているようだ。
    『で、レオ』
    『なに?』
    『あいつを誘惑したんか?』
    『…誘惑?』
     どうやって? と首を傾げてこちらを見るに、やっぱりやってないのだろうと思う。
    『あの人は日本語だったんでしょ?』
    『たぶん』
    『まあ、英語じゃなかったんだよね?』
    『うん』
    『それで話が通じなかったんだよね?』
    『うん。なに言ってるかわからないって言ってもダメだった』
     この通り、攫おうとした男は英語を話せない様子だった。逆にこの少年、レオは日本語を話せないし聞き取れもしないようである。一体どうやって誘ったんだって話だ。だから松田も呆れている。
    『まあでも、こんな綺麗な子に見つめられると、俺照れちゃうかも!』
    『おい、萩』
    『いや、それとこれとは別の話だよ! もちろん』
     でも陣平ちゃんもそう思うでしょ、と聞くと、ため息をつきながらも否定はしない。
     ほらね、と思いながらレオくんを見ると、不思議そうにこちらを見た後、なにを思ったのか松田を見た。
    『…なんだ』
    『えっと、誘惑できるのかなって』
     え。もしかして、試してみてる?
     松田も同じように困惑しているのを感じたが、少年は無表情ながらも松田をまっすぐ見つめている。
    『ふっ、残念だな。俺にはこれがあるから誘惑できねえよ』
     そう言いながら松田はサングラスをコンコンと突いた。
     レオはそんな松田の言葉にパチパチと瞬きをした。
    『すごいね、そのサングラス』
    『だろ』
     サングラス関係ないと思うんだけどというツッコミを心の中でしつつも、陣平ちゃんがレオくんとこんなやりとりをしていることに驚いた。
     すると、今度は俺をじっと見つめてきた。
    『なにー? レオくん』
    『サングラスかけてないハギワラさんだったらどうなのかなって』
    『俺にも効かないよー。逆に俺はレオくんを誘いたいかなあ』
    『…僕、ハギワラさんに誘惑された?』
     その言葉を聞いた瞬間、松田が時計を見た。
    『萩、14時48分』
    『うそ! うそうそ! やってない!』
    『誘惑したんだろ?』
    『冗談じゃん! やってないって! レオくん助けて!』
    『警察の人でも捕まることあるんだ』
    『ちょっとレオくん聞いてる!? 助けてくれない!?』
    『えっと…マツダさん、捕まりたくないって』
    『それじゃ助けになってないよ!』
    『諦めろ、萩』
     首を傾げるレオくんを視界に入れつつも、あまり意味を持たないであろう事情聴取は終了した。




    『わかんない…』
    『まあ、初めて見たらそうだよねえ』
     本来は事情聴取を担当するのは別の人であり、自分たちは爆発物処理班に所属していることを説明したら、なんとか理解したようだった。
     警察に詳しくなければややこしい話だよなあと思いつつも、爆発物処理ってどんなことをするのかを聞かれたから、特別に許可を得て、練習用の爆弾を見せていた。その解体の方法を説明していると、首を傾げていた。
    『これさ、もし失敗したら爆発するよね』
    『そうだね』
    『そういう時どうするの? 死んじゃわない?』
    『防護服着てやるんだよ』
    『防護服?』
     写真を見せて、これを着てやるんだと説明した。
    『へー、すごいね』
    『でしょー』
     こちらを見て褒めてくれるレオくんにそう言うと、でもハギワラさん着てないんだよね? と言われてしまった。ちょっとショック。
    『そんなやつはすごくねえよなあ』
    『足だけじゃなくて、全部なくなっちゃうよ?』
    『怖いこと言わないでレオくん!』
     物騒なことを無表情で言うからこれまた怖くなってくる。
    『足だけじゃないってなんだよ』
     変に引っかかったんだろう。それを松田がレオに聞いた。
    『片足だけない人に会ったことがあって。なんでか聞いたら爆発して無くなったって』
    『え』
    『この爆弾が本物で、防護服ってやつを着なかったら、足だけじゃ済まなそうだなって思って』
     さらっと怖いことを聞いた気がする。
     おそらく松田も顔が青白くなっているのではないだろうか。
    『そ、それってさ…地雷だったりする?』
    『うん。踏んじゃったんだって』
     怖い。恐怖でしかない。
     サラッと何事もないかのように言っていることも含めて怖い。
     というか、よくこの子無事でいられてるな。
    『お前は、その被害に遭わなかったのかよ』
     同じことを松田も思ったのだろう。
    『僕がいたところはそういうところじゃないから大丈夫だけど、他の国から来た人が片足がなくて、その話を聞いたの』
    『…そうか』
     この子の生まれを聞いていないが、もしかすると苦労して生きてきた可能性が出てきた。
     見た目で判断してはいけないのはわかるが、きっと大事に育てられたのかと思っていた。
    『だから、着たほうがいいんじゃないかなあ』
     独り言のように言った言葉が、変に頭から離れなかった。
     その数週間後、俺は爆弾の解除に失敗した。



    『レオか?』
    『…マツダさん?』
     少し前に出会った外国人の子供。
     正直、綺麗な顔をしていると思う。無表情なのがもったいないと思うほど。
     なんで日本に来ているのかは知らないが、それはともかく、まさか病院で会うとは思わなかった。
    『なにしてんだこんなとこで』
    『お散歩』
    『そういうことじゃねえよ』
     なんで病院にいるのかを聞いていると伝えると、ああ、と納得したような反応をした。
     ちょっとズレてるというか天然なんだよなこいつ。
    『ちょっと倒れて入院した』
    『平気なんか?』
    『うん。明日退院できるよ』
    『そうか』
     にしても、病衣を着ているからか、余計に体の細さが目立つ。まだ15歳らしいし、背も160ないっぽいし、すぐに折れてしまいそうだ。
    『マツダさんはなんでいるの?』
     その言葉で、そういえば萩原のこと知っているなと思い出し、レオに着いてこいと言って萩原の病室に向かった。
    「萩」
    「陣平ちゃんだ、やっほー!って、あれ? レオくん?」
    『ハギワラさんだ。怪我したの?』
    『爆弾の解除に失敗したんだよこいつ』
    『え?』
     萩原を見ると、居た堪れないような様子でベットに寝転がっていた。

    『でも、防護服着てたんだ』
    『じゃなきゃ、お前が言ってた通り、吹っ飛んでただろうよ』
     2人して椅子に座り、萩原は体を起こしつつも体を小さくしている。
    『ごめんね』
     先日起きた爆破事件について話をして、ひと段落ついたところで萩原が謝罪の言葉を口にした。
     だが、萩原が言った言葉が理解できなかったのか俺を見てきたが、ひとまずスルーする。
    『えっと…僕に言ってる?』
    『…うん』
    『なんで?』
    『なんでって…失敗しちゃって情けないし…』
     それでもわからなかったのか俺を再度見てきたが、それもスルーする。
    『えっと…でも、誰も死ななかったんだよね?』
    『…うん』
    『その、えっと、ハギワラさんが適当にというか、サボってたとかじゃないんでしょ?』
    『…まあ、うん』
    『なら、謝らなくてもいいんじゃないの?』
    『え?』
     少し困惑したように萩原はレオを見たが、レオは当たり前かのように話している。
    『でも、間に合わなかったし、爆発させちゃったし』
    『…僕、警察の人の事情というか、なんというか、わかんないけど』
     多くの人を助けたハギワラさんはかっこいいと思う。
     そう言ってレオの表情を見て、萩原は驚いたような顔をした。
     正直俺も驚いた。笑うことできるんだと。
     笑うといっても、唇の端が痙攣するように微かに震えていて目尻を少し下げているというぎこちなさがある。
     訳ありかもしれないと思いはしたが、かっこいいとまっすぐ伝えているのは確かだった。
    『マツダさんも爆弾を解除してて助けたわけだし、2人が助けてくれた時にも思ったけど、2人ともかっこいいよね』
     僕も2人みたいにかっこよくなりたい。
     そうやって憧れていると言わんばかりにまっすぐ言うもんだから、俺も萩原も困惑しつつもどこか嬉しく思ってしまっていた。
    『レオちゃん!』
    『なに?』
    『俺のことハギって呼んで!』
    『…ハギ?』
    『うん!』
     嬉しそうに笑っている萩原を見るに、レオのことを気に入ったみたいだ。
    『俺のことも適当に呼べ』
    『マツダさんも?』
    『おう』
    『えっと、なんて呼ぼう』
    『レオちゃんにとっては、陣平ちゃん、は言いづらいかもだから、ジンとかは?』
    『じゃあ、ジン、て呼ぶ』
    『おう』
     じゃあ、呼び方も決まったことだし、連絡先交換しようぜ! と萩原が言い出した。
     慣れてないと言った携帯の操作をレオに教えつつ、連絡先の交換をした。
    『いつでも連絡してね』
    『うん、頑張る』
    『頑張んのかよ』
    『携帯、あまり使わないから、頑張って使ってみる』
    『…そうかよ』
    『うん』
     携帯をじっと見つめているレオを横目に萩原を見ると、どこか思うところがあるのだろう。少し難しそうな顔をしていた。
     気に入ったのもあるんだろうが、どこか力のなりたいとかそういうのもあるんだろう。防護服を着るようになって、今回助かったのはレオのおかげでもあるし。
    『そういえば、レオちゃん、入院してんの?』
    『うん』
    『大丈夫?』
    『大丈夫。ハギも後遺症とかなくてよかったね』
    『うん、ありがとう』
    『…僕、何もしてないよ?』
    『よかったねって言ってくれただけでも嬉しいんだよ』
    『…そうなんだ』
     そう! と嬉しそうに笑い萩原に対して、レオはいまいち理解できてなさそうだ。
     これは、理解させるのには苦労するだろうなあと思った。





    「そういえば、お前らが言ってたレオって子に会ったぞ」
    「え、うそ! どこで?」
     萩原が退院して始末書も書いて、機動捜査隊への異動とか諸々あり、やっと落ち着いてきたのが半年くらい前のこと。
     その萩原の家で久しぶりに俺と松田と飲んでいた時、そう言えばと思い出したことを話した。
    「ほら、あの旅館での事件があっただろ。あそこで」
    「あー伊達が担当したやつか」
    「レオちゃん、大丈夫だった?」
    「ああ、怪我もしてねえし、むしろアリバイがあって関係ないようなもんだ」
    「そっか、よかったー」
    「で、お前らがレオって子を気にいる理由がわかったわ」
    「なんで?」
    「それはな…」
     そう言って俺は事件のことを話した。


    「これで全員ですか?」
     ロビーに宿泊客8名を集めて、ある程度事情を話したところで、受付の人に確認をした。
    「いえ、あと2名いらっしゃいます」
    「何処にいらっしゃるかわかりますか?」
    「いえ、10時頃にいらして、その後すぐに出かけたまま、お戻りになっていないので」
    「そうですか」
     じゃあ、アリバイがあり、この事件とは関係ないなと思っていると、隣にいた目暮警部が受付の人に質問した。
    「お客様のこと、把握されているんですね」
    「ええ、まあ」
    「さすがですね」
    「ああ、えっと、それは、その出かけたお2人は覚えやすかったと言いますか…」
    「覚えやすい?」
     疑問に思った目暮警部と目があった時、旅館の入り口が開いた音がした。
    「あ、あちらのお客様です」
     そう受付の人が言ったのを聞きながら入り口を見ると、そりゃ覚えてるだろうなという見た目をしていた。
     1人は、色付きのサングラスをかけ、暗めの茶髪でウェーブのかかった髪、オレンジ色のピアスを揺らしている男。そしておそらく日本人。体型も身長も平均的で、ポケットに手を突っ込んでダルそうに歩いている。
     もう1人は綺麗な少年だった。外国人で、ブロンドのストレートな髪に、薄い青色の目。シャツにジーパンというシンプルな格好なのに、モデルのように見えた。
     不思議な組み合わせだし、1人でいても目立つであろう人が2人揃っているんだから、そりゃ忘れないだろうなと思った。
    『部屋でご飯食べたらお風呂?』
    『そうだな』
    『部屋、何番だっけ』
    『鍵に書いてねえか?』
    『えっと、待って』
     英語で話している2人に、声をかけた。
    『お話中すみません。今、よろしいですか?』
     2人して不思議そうにこちらを見てきた。
    「伊達君、英語話せるんだな」
    「ええ、少しは」
     自分がお話ししますと目暮警部に伝え、2人に向き直る。
    『14時から16時頃、こちらの旅館で事件が起きまして、お話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか?』
     一応、こういうものです。と、警察手帳を見せつつ自己紹介をした。
     少年は興味深そうに警察手帳を見た後、隣にいる男に視線を向けた。
     それを受けた男は面倒臭そうにため息をつきながら、渋々了承したようだった。

    『じゃあ、この旅館には、知り合いからもらったチケットで来たんだね』
    『うん』
    『受付の人に、10時頃に出かけたって聞いたんだけど、何処に行ってたか教えてくれるか?』
    『えっと、神社に行って、神社の周りを見て回って、図書館に行って、バスに乗って帰ってきた。あれ、他に行ったとこあったっけ?』
    『いや、それくらいじゃねえか』
    『だよね』
     そうやって、クロガネと名乗った男に確認しつつ、レオという少年が教えてくれた。
    「目暮警部、念の為、図書館と神社にこのお2人が来たかどうか確認しておきます。このお2人は事件に関係ないでしょうが」
    「ああ、頼む」
     後で神社と図書館に連絡するとして、2人に向き直る。
    『申し訳ないのですが、部屋には戻らず、しばらくはロビーにいていただけるとありがたいです』
    『…クロ、どうする?』
    『まあ、仕方ねえだろ。あそこのソファーにでも座っとけばいいんじゃねえか』
    『そっか。えっと、ダテさん、ロビーで待っとくね』
    『ありがとう。クロガネさんもご協力に感謝します』
     クロガネは肩をすくめるだけで、レオはロビーに移動しようと立ち上がった。


    「そいつのせいだ! そのガキが妻を誑し込んだんだ!」
     そう騒ぎ立てたのは、30代の男。部屋で殺害されていた女性の旦那であり、第一発見者である。
     鑑識と事情聴取の結果、旦那であるこの男の犯行で間違いなく、手錠をかけたところ、レオという少年に暴言を吐いた。
     その言葉を聞いて、レオはクロガネに通訳を頼んでいた。日本語がわからないのだろう。クロガネは呆れた顔をしながらも通訳をし、それを聞いたレオは首を傾げていた。
    「その少年にはアリバイがあります。あなた方が旅館に訪れたのは11時半頃、殺害されたのは14時から16時の間。その間、その少年は外出しており、あなた方と接触できる機会はありません」
    「うるさい! そんなことどうでもいい! あのガキが腹立つんだよ!」
     もはや、私怨や嫉妬かが混じった八つ当たりではないか。
     クロガネは聞く耳を持たず、それを悟ったのかレオもこの男の言うことを無視している。
    「聞けやクソガキ!」
     それでもずっと騒いでいるため、さすがに無視できなくなったのか、レオがクロガネを見た。クロガネは一瞬考えた後、ため息をつきながら通訳をした。
    『お前が死んだ女を誑かしたから悪いんだと馬鹿なことを言ってる』
    『そうなんだ』
    『ああ』
    『でもさ、もしそれが本当だとしたら、僕を殺すんじゃないの?』
    『はっ、確かにな』
     おかしそうに笑うクロガネを見て、逮捕した男は困惑したようだった。他の客も英語はわからないようで困惑していたが、俺はクロガネと同じく笑いそうになってしまった。
    『あ、でも、あれなのかな』
    『なにが』
    『好きな人なんだよね?』
    『あ? あーまあ、そうなんじゃねえか』
    『じゃあ、ずっと一緒にいたいから殺したとか。冷蔵庫開けたらいつでも会える、みたいな』
    『どうだろうな。てか、なんでその発想なんだよ』
    『え、この前読んだ本に書いてあった』
    『なんていうやつだ』
    『真夜中の病気』
    『あーあれか』



    「あはは! ほんとレオちゃんてば最高!」
    「はっ、あいつ、まじで何考えてるか予想できねえな」
     面白おかしそうに笑う2人を見て、そしてレオの発言とかを聞いて、どうりでこいつらが気にいるわけだと理解した。
    「真顔で言うから思わず笑ってしまったわ。まあ、結局は喧嘩して目の前に充電コードがあったから締め殺してしまったっていうくだらない犯行だったけどな」
    「そっかー。まあ、レオちゃんのことだから、事件の内容とかあまり聞いてないんだろうなあ」
    「日本語でやりとりしてたこともあるかもしれないが、それを知ろうともしてなかったな」
    「レオらしいぜ」



     その事件を終えて、そろそろ解散しようという時に、レオに声をかけた。
    『レオくん、ちょっといいかな』
    『なに?』
    『萩原研二と松田陣平って知ってるか』
    『うん。爆弾の処理をしてる人だよね。あ、でも、ハギは今は違うんだっけ』
    『ああ、まあそうだな。それで、実はそいつらと同期でな』
    『同期?』
     同期って何? と、隣に立っているクロガネに聞いていた。
    『学校とか会社とか、そういうとこに同じ年に入った奴らのことを言うんだよ』
    『ふーん。えっと、ダテさんは、ハギとジンと同じ年なの?』
    『ああ、警察学校の同期でな。萩原や松田からレオくんの話を聞いてたんだ』
    『そうなんだ』
    『ああ、だからどんな子か気になってな。事件で会うのはあまり良くないかもしれねえが、会えてよかったよ』
    『そっか』
     いまいち、なぜ会いたいと思ったのかわからないって顔をしていた。
     こういうところも、萩原や松田が放って置けない理由になっているかもしれないな。
    『そういや、お前なんか前に言ってたな』
    『うん。結構前だけど、助けてくれた人たちだよ』
    『そうか』



    「そんで、クロガネさんが、世話になったって伝えてくれってさ」
    「そっかー。クロガネって人にも会ったんだな、伊達は」
    「お前らは会ったことねえのか?」
    「レオちゃんの口からクロって名前は聞くけど会ったこともないし、クロがクロガネだっていうことも初めて知った」
    「そうなのか」
    「で、そのクロガネって男はどんなやつだよ」
     レオの親戚かなんかか、と松田が聞いてきたが、あいにくレオとクロガネの関係は黙秘された。また、職業や住んでいるところも黙秘だった。
     日本人と外国人で血が繋がっている可能性はゼロではないが、低いだろう。赤の他人と考えた方がいいと思う。そう2人に伝えた。
    「…そいつ、信用できんのか?」
    「そうだな。まあ、レオくんの面倒は見ているようだし、レオくんはクロガネさんのこと嫌ってるとかはなさそうだったがな」
     まあ、それがストックホルム症候群とか、そういう状況にならざるを得なかったとかだったらわからないが。
    「性格とかは?」
    「あぁ、一言で言うならぶっきらぼうな男だな。俺らより年上だとは思う。あと気になったのは、サングラスと髪で隠れて見え辛いが傷跡があって、それもあってか強面に見える」
    「下手したら陣平ちゃんより怖くない?」
    「あぁ!? それどう言う意味だ」
    「ほら、それだよそれ! あーやめて殴らないで!」
    「おいおいお前らなあ」
     いつものやり取りに呆れつつ、クロガネとレオのことを思い出していた。
    「あーだからかな、陣平ちゃんと普通に話してたじゃん」
    「初対面の時な」
    「そうなのか。あーでも多分だが、それはレオくんの性格というか、そういうのもある気がするぞ」
    「どういう意味?」
    「レオくん、顔綺麗だろ? 細いのが気になるがスタイルもいいし」
    「そうだね」
    「それ、本人自覚ねえんだよ」
    「え?」
     萩原と松田が驚いたようにこっちを向いた。
    「しかも自覚がないだけじゃなく、人の顔の良し悪しって言っちゃあ悪いが、どういう顔がかっこいいとか、どういう顔が可愛くてとか、そういうのもわからないってさ」
    「うそ」
     なんでだと言わんばかりにこちらを見てくる2人。
     気持ちはすごくわかる。
    「伊達はなんでそれがわかったんだよ」
    「ああ、犯人が、レオくんが誑かしたとかなんとか言ってる時に、クロガネさんがレオくんに、それだけ綺麗な部類に入るってことだって言ったんだ。そしたらレオくんが、変な世の中だねって言ったんだよ」
    「え?」
    「んで、それは前にも言ってたらしくてな。クロガネさんが、まだ理解できてねえのかとレオくんに言ったら、わからないものは仕方なくない? ってさ」
    「まじかよ」
     文化の違いという可能性もあるが、何か他に原因がある気がする。同じことを2人も思っているから困惑したような表情をしているのだろう。
     すると、ふと萩原が何かに気づいたように顔をあげ、顔を手で覆った。
    「何してんだ」
    「いや、ちょっと、やばいことを思い出してしまった」
    「なんだよ」
     うーあー、と言葉にならないことを口にして唸っている萩原に、いい加減にしろと松田が頭を叩いた。
    「いった! 何すんだよ!」
    「さっさと言えや、なんなんだ急に」
    「いや、その、俺がさ、入院した時にさ、レオちゃん来たじゃん?」
    「あ? あーあのときか」
     松田にいつのことかを聞くと、萩原が爆弾の処理を失敗した時のことだと言った。
     俺もお見舞いに行ったが、レオくんとはすれ違ったらしい。
    「んで、それがなんだ」
    「いや、レオちゃんが、かっこいいって言ってくれたんだよ…」
    「へえ」
    「…あー…やっべ」
    「は? あー、わかったわ」
     松田も何かに気づいたようで、テーブルに顔を伏せたが残念、耳が赤くなってるぞ。
    「かっこいいってのが、見た目のことじゃなくて、萩原や松田自身に向けて言ってたってことが証明されたわけだな」
    「うわー、俺、レオちゃんに失望されないように頑張ろ」
    「おう、頑張れ」
     萩原と松田の肩をとんとんと叩いた。






     訓練終わり、やっと昼飯が食えると外出した際、見知った後ろ姿を見つけた。
     声をかけようとしたが、その人物の前方からきょろきょろ周りを気にしながら早歩きで向かってきている男がいた。
    「怪しいにも程があんだろ」
     そう小さく呟いたところで、見知った人物であるレオと怪しい男がすれ違った。
     男は変わらず早歩きだが、レオはちらりとすれ違った男を見た後走り出した。
    「何やってんだ?」
     レオは前方にいた女性に駆け寄って、財布を差し出した。レオは何かを伝えようと身振り手振りで話し、女性はそれに気付いたようにポケットを確認した後、手を合わせてお辞儀をしていた。それに対してレオは首を横に振ると、女性はもう一度礼をして去っていった。
     すると、怪しいと思っていた男が逆走した。
    「こんの、クソガキ!」
     そう言って、レオに走って近づき、殴りかかろうとしているのが見えた。
     レオは、男の叫び声に反応し、間一髪で避けていた。
    「おいおいマジかよッ」
     そう吐き捨てて急いで駆け出した時、レオが男に腕を掴まれてまた殴られそうになっていた。
     やべ、間に合うか。
     急ぎで向かっている途中で、レオは拳を避けた。その勢いを利用し、男の肘を押さえながら腕を捻って男の体勢を崩し、地面に叩きつけた。
     男は地面に伏せた状態で、片腕が伸ばされたまま背中に持っていかれ、その腕をレオは上から押さえつけた。
    「クッ! 離せ、クソガキ!」
     その言葉に反応することなく、レオは終始無表情のまま、腕をずっと押さえつけている。次第に男が苦しみ始め、レオはそのまま体重をかけていた。
    「そこまでだ」
     レオに自分のサングラスをかけ、男から引き剥がす。
     こちらを見て驚いた顔をしたレオの口を抑えて、喋るなと暗に伝える。
     男は腕を押さえてよろけながらも立ち上がり、俺が背中で庇っているレオを見た。
    「おい! そのガキ渡しやがれ!」
    「そういう訳にはいかねえなあ」
     そう言いながら警察手帳を見せる。
     すると、戸惑ったように焦り出した男は、ハッとした様子でレオを指さした。
    「そ、そいつが悪いんだ! 俺の腕を折ろうとしたんだぞ!」
    「そんなことより、お前は女から財布を盗んだろ」
    「は、はあ!? んなわけねえだろうが!」
    「じゃ、そこの防犯カメラで確認してみるか? 俺もお前の行動を一部始終見ていたが、カメラの方が確実だろうしなあ」
    「な! チッ、クソが!」
     俺が指さしたカメラを見た後、そう吐き捨てて、男は走り去っていった。
    『ここじゃ目立つ。移動すんぞ』
     レオは頷いたのを見て、足早にその場を去った。

    『で? 何してたんだ』
     返してもらったサングラスをポケットにしまい、隊舎の空いている会議室に連れてきて、先ほどの出来事をレオに聞いた。
    『あの男の人が女の人から財布を盗んだのがわかって、それを返した』
    『お前、男から盗んだだろ』
    『うん』
    『うん、じゃねえよ』
     首を傾げたレオを見て、何が悪いのかわかっていないようだった。
     もしかして、訳ありってそういう感じのか。これは厄介だな。
    『盗みは犯罪だぞ』
    『うん』
    『それ、わかっててやったのか』
    『クロにやるなって言われてたけど、でも、盗まれてるところ見ちゃって、どうしたらいいかわかんなくて、バレなきゃいいんじゃないかって思って…えっと…』
    『自分で盗み返したらいいんじゃねえかって?』
    『そう』
    『はあ』
     ため息をついてしまうのを許して欲しい。
    『そういう時は、通報するなり交番に行くなりすればいいんだ。お前も罪を犯してどうする』
    『僕のが盗まれたんじゃないけど、悪いのはあの男の人だから、盗み返して取り戻したらいいじゃん』
    『例外もあるが、窃盗罪として捕まる場合もあるんだよ』
    『え。そう、なんだ。…うーん』
     あまり納得いっていない反応だ。
     まあわからなくもないが、こればっかりは法律で定まっているものだ。
    『しかも、お前、腕折ろうとしただろ』
    『折らなかったけどね』
    『そうじゃねえ。下手すれば過剰防衛だぞ』
    『…過剰防衛?』
     過剰防衛も知らねえか。
    『たとえば、素手で殴ってきた相手に対して刃物で攻撃するような、必要以上に反撃を行うことだよ』
    『でも、そうでもしなきゃ、僕殴られる』
    『お前が言いたいことはわかるが、場合によっちゃ、犯罪として成立することもある』
     難しい顔になった。
     納得がいかないのは痛いほどわかる。だが、先ほどと同じように法律で決まっているものであり、警察が関与できる範囲も決まっている。
    『…もっと、勉強しなきゃだね』
    『勉強?』
    『そういう法律とか、どうすればいいのかとか、通報すべきだとか、勉強しなきゃなって』
    『…』
     盗み返していいって思っていて、自分を守るためには過剰防衛になったって構わないと思っている。そして、それがいけないということをいまいち理解できていない。
     正直、レオが男から財布を盗んだところを捉えられなかった。しかも、自分より体格がいい相手を、力を使わず倒したところを見るに、だいぶ手慣れている。
     そういうのを当たり前にやってきたのだとすれば、考えを正して、過ちを犯さないようにしなければならない。
     もっとって言ったってことは、前からずっと勉強しているが、まだまだ足りないってことなんだろう。これはだいぶ深刻かもしれない。
    『教えてやろうか』
    『え?』
     レオは驚いたようにこちらを見た。
     警視総監を殴ろうと警察になった自分が何言ってんだって話だが、レオには罪を犯してほしくないと思った。
    『俺が教えてやれる範囲で、勉強手伝ってやる』
    『いいの? 忙しくない?』
    『平気だ』
    『そっか…』
     後で萩原にも連絡して、巻き込んでやろうと決めた。
    『で、こっからは警察とか法律とか関係なしに聞きてえんだが』
    『なに?』
    『あの男のこと、正直どう思った?』
    『え? 盗むの下手くそだなって』
    『ふっ、はは! やっぱ、最高だなお前』
    『そう?』
     こういうところが面白くて、つい絡みたくなる。
    『まあ、あからさまに怪しかったけどな』
    『だよね。あんなんじゃ返り討ちにあって、ゴミ捨て場にポイされちゃうよ』
     もっと上手にやらないと、とまるでアドバイスするかのように言っているが、そういうことじゃないし、どんな環境で育ったんだって突っ込みたくなったが、今はやめておく。
    『ま、今回は見逃してやるが、今後はやるんじゃねえぞ』
    『わかった。気をつける』
    『おう』
     さて、どういうところから教えるべきか、萩原と相談だな。
    『あ、ジン、助けてくれてありがとう』
    『はっ、気にすんな』
     そのあとはレオを連れて昼飯を奢り、俺は仕事に戻り、レオは帰路へ着いた。
     







    「あれ、レオちゃんじゃない?」
    「あ? あぁ、だな」
     紙袋を持って歩いている後ろ姿を見つけた。
     相変わらず目立つし、視線を集めている。ただ、本人は気にしていないというか気づいていないというか、そんなところだろうか。
    「声かけていいか?」
    「ああ」
    『レオちゃーん』
     そう声をかけると、こちらに振り向いて名前を呼んでくれた。
    『何してんの?』
    『今から帰るとこ』
    『どこ行ってたんだ?』
    『図書館』
     だから紙袋があるのかと理解した。
     遊びに誘った時、レオはいつも斜めがけのカバンを使っている。時々、勉強をしたりもするが、その時はネットや自分の雑誌や教科書を見せることが多いから、紙袋を持っているのは初めて見た。
     ただ、遊びにしろ勉強にしろ、今のところレオちゃんから誘われたことはないんだけど。
    『この後、時間ある?』
    『なんで?』
    『一緒に遊ばない?』
    『えっと、クロに聞いてみる』
    『うん』
     レオは携帯を取り出し、ゆっくり操作して電話をかけた。
    『クロ、この後何かあったっけ?』
    『えっと、公園の近く』
    『うん、そう。よくわかったね』
    『わかった。そうする』
     そうやってやりとりしているレオを見つつタイミングを測る。
    『レオちゃん、ちょっとクロって人と話していいかな?』
    『え? あ、えっと、クロと話したいって』
     しばらく待っていると、レオが携帯を渡してくれたため受け取った。
    『お電話代わりました。萩原です』
    『ああ。んで、警察がなんの用だ』
     低く掠れた声が聞こえた。棘があるような気がするが、これは警察だからなのか、もともとそういう人だからなのかは判断できない。
    『今日は休みです。レオくんに偶然会って、遊びに誘ったので、一応ご連絡をと思いまして』
    『そりゃどうも』
    『門限とかありますか?』
    『ない』
    『そうですか。では、遅くならないようにいたします』
    『ああ』
     そろそろ、聞いてもいいだろうか。
     一拍置いて、口を開く。
    「1つ、聞いていいですか」
    「…なんだ」
    「気をつけるべきこと、ありますか?」
    「…」
     どうしても聞きたいことがあった。
     ここ数年、レオと関わってきて、入院時に感じた訳ありではないかということに関して。
     レオ本人に聞いてもいいかと思ったこともあったが、最悪悪化したら意味がないと思い、悩み悩んでずっと聞けないでいたこと。
     英語から日本語に変えてクロガネに聞いてみた。ただの勘だが、意図は伝わっていると思った。
    「本人に聞け、と言いてえところだが」
     はあ、と大きなため息をついたのが聞こえた。
    「明るいとこと手料理はアウトかもしれねえな」
    「…わかりました」
    「本人に自覚があるかは知らねえ。あとはそこのクソガキに聞け」
     そう言って、クロガネは電話を切った。
     ありがとうと言いながら、携帯をレオに返す。
    「何に気をつけろって?」
    「明るいところと手料理」
    「そうか」
    「あとは本人に聞けって」
     自覚はないかもしれないことも含めて、松田に共有した。
     携帯を鞄にしまうレオを見つつ、今明るいところにいるが平気なのだろうかと疑問に思った。
    「今この状況はどうなんだよ。てか、明るいところって外だけか? 室内もか?」
     松田も同じことを思ったらしい。レオを見る限り平気そうではあるが。
    「わからない。そういうのも本人に聞けってことだろうね」
    「はあ」
     ため息をついた松田の気持ちもわかるなあと思うつつ、レオを見るとじっとこちらを見ていた。
    『あーごめんごめん、お待たせ』
    『ううん。お話、終わった?』
    『うん』
    『そっか』
     特に日本語でやりとりしていたこととか気にしていないようだ。ただ単に興味がないだけなのだろうか。
    『んで、どこ行くんだよ』
    『んーとね、あそこはどうかなって思ってるんだけど』
     松田に伝わるように店の情報を出す。
     納得したように頷き、そこならいいんじゃないかとなった。
    『じゃあ、レオちゃん、着いてきて』
    『うん』

     大通りから少し外れたところでこじんまりと経営している喫茶店。照明も程よく落としていて、ゆったりとくつろげるようなBGMが流れている。席と席の間が広く、奥の席に行くと仕切りがあるため、話をするならちょうど良いのではないかと思った。ちょうど人も少ないし。
    『分からなかったら言ってね』
    『うん』
     日本語のメニュー表をじっと見ているレオにそういうが、きっとわからないまま注文するんだろうなと思う。
     これまで遊んできてわかったことは、一番安いものを選ぶということ。そして、箸を使わないものを頼むということ。
     後者はわかる。ただ、前者に関しては、俺たちが奢ると言っても一番安いものしか頼まない。好きなものとか気になるものとか頼めと言っても聞かない。頑固なのか、他に理由があるのかわからないが。
    『俺、きーめた』
    『俺も』
    『レオちゃんは?』
    『これ』
     そう言って指さしたのは、やはり一番安いものだった。
    『それ、何かわかってんのか?』
    『んーパスタの仲間』
    『ちげーよバカ』
     ペシっとレオの頭を叩く松田を見て、若干キレ気味だなあと思いつつレオを見ると、痛いと頭をさすっていた。でも、怖がってはいないんだよなあ。
    『じゃあ、これ何?』
    『ただのトースト』
    『そっか、じゃあトーストにする』
    『…なあレオ』
    『なに?』
    『なんでいっつも安いもんばっか選んでんだ』
     切り込んだなあと思いつつ様子を見てみる。
    『お金ないから』
    『それだけか?』
    『うーん。あとは、お箸を使わないもの』
     予想通りというか、考えはあっていたようだ。
    『俺らが払うって言ってんだろうが』
    『でも、お金ないよ?』
    『はあ?』
    『ん?』
     噛み合わなくなった。
     これは、嫌な予感がするが聞くしかないか。
    『レオちゃん、もしかして、後から請求されるって思ってる?』
    『うん』
    『あ!?』
     レオがビクッと肩を振るわせた。
     あー言わんこっちゃない。キレるとわかっていたが、まあどのみちどんな質問や答えでもキレてただろうから仕方がないか。
    『レオ、携帯出せ』
    『え、うん』
     レオが戸惑いつつも携帯を渡すと、松田は自分の物かのように操作し始めた。
    『これ、消すぞ』
     そう言って見せてきたのは、今まで俺たちと遊んだ時にレオが頼んだものの金額と日付が書かれたメモだった。
     そういえば、いつも注文した後携帯をいじっているなと思っていたが、そういうことだったのか。
    『なんで』
    『意味ねえから』
    『…僕、今までの分、覚えてないよ』
    『そういう意味じゃねえ』
     松田は、レオの目の前でメモを消して見せ、携帯をレオに差し出した。
     戸惑いつつも、恐る恐る携帯を受け取るレオを見る限り、いまいちわかっていなさそうだ。
    『俺らが好きでやってんだ。奢るって言ってんだから請求する訳ねえだろ』
    『…』
    『俺らがそうしたいからしてる。不健康な身体して、どうせ普段からまともなもん食ってねえんだろ。こういう時くらい、何も考えずに甘えて好き勝手に食えばいいだろうが』
    『…』
     携帯を握りしめている手が少し震えている。無表情だが、目が泳いでいて困惑しているのがわかる。
     松田は、口を開かなくなったレオを見てガシガシと頭をかいたあと、タバコを鷲掴んで立ち上がり、外へ出ていった。殴るの我慢したあたり、偉いというべきかどうかだな。
    『レオちゃん』
    『…』
    『ゆっくりでいい。今すぐ理解しろとか言わない。けど、俺たちは、さっき松田が言ってたことを思ってるんだってことを知って欲しい』
    『…わかった』
    『うん』
     どうりでレオちゃんからの誘いはなかったんだとわかった。
     ひとまず震えはおさまったようで、レオは携帯をカバンに戻し、恐る恐る再びメニュー表を手に取った。
     そうして少しした後、松田が戻ってきた。
     レオはチラリと松田を見た後、メニュー表に視線を戻した。少し、怖がっているというか、恐れている空気を感じる。松田が本気でキレているのを感じ取ったのだろう。流石に、こういう場合は怖がるか。
    『んで? どうするんだ』
    『…ジンは、どれに決めたの?』
     レオは松田の様子を伺いつつ、小さな声で聞いた。
    『あ?』
    『ジンと、一緒のに、する』
    『…理由は』
    『…お店のだから、大丈夫だって思うんだけど、誰かと一緒の方が安心するから』
     これは、クロガネが言っていた手料理のことだろうか。
    『店のは大丈夫って、どういうこと?』
    『クロが、お店の食べ物で具合が悪くなったら、訴えればいいって』
    『…』
    『お店側は訴えられるのは避けたいだろうから平気だろって、クロが言ったから』
     だから、店で出される料理はまだ大丈夫だけど、手料理はアウトってことか。
     よく聞くのは、髪の毛や血、体液が入っていたり、睡眠薬や毒物を入れられたりとかか。
     そう考えているうちに、松田はメニュー表をレオから取り上げてテーブルに置き、指さした。
    『俺はこれ』
    『…これは何?』
    『ピザトースト』
    『ピザって、あの丸くて薄いやつ?』
    『ああ』
    『ピザの、トースト?』
    『ピザの具材を乗せてるだけだ』
    『へえ』
     少し調子が戻ってきたようで安心した。
     店員に注文をして待っている間、レオが図書館で借りてきた本について聞いてみた。
     レオは紙袋から出して、汚れないか気をつけながらテーブルに並べた。
    『絵本とホラー小説、医学、倫理学、マナー講座、日本語学習、雑誌に新聞まで』
    『バラバラだな』
    『10冊まで借りれるんだって』
    『いっぱい借りたね』
    『なんで選んだんだ?』
    『えっと、気になったものと、あとは僕、倫理観とか常識? とか、そういうのないから学べって』
    『それって、クロガネさんが?』
    『うん。クロも教えてくれるけど、図書館なら無料だし使えって』
     倫理観や常識がない、か。
     いよいよ怪しくなってきた。
     紙袋に本をしまっているレオに、この際だからと、慎重に聞き出してみる。
    『レオちゃんは、どこでクロガネさんと出会ったんだ?』
    『路地裏』
    『路地裏?』
     予想外すぎて松田を見ると、松田と目があった。まったく同じことを思ったらしい。
    『それは、レオが生まれた国の路地裏ってことか?』
    『うーん…。暮らしてたところではあるかな…』
    『…はっきりわからない感じ?』
    『…僕、小さい時の記憶がなくて。7、8歳くらいの時かな。その時にはもう路地裏にいたから、えっと、うまく言えない…』
     幼児期健忘にしては年齢が高い。ぼんやり覚えてるとかではなく、一切記憶がないというところが引っ掛かる。
     少し言動が幼いのもこのせいなのかもしれない。もともとの性格もあるかもしれないが。
    『とにかく、その路地裏でクロガネと会ったってことか』
    『まあ、会ったというか、拾われたというか』
    『拾われた?』
    『その頃、よく倒れてて。で、その時に拾ってくれたのがクロ』
    『よく倒れてたのって、栄養失調とか?』
    『ううん。えっと、眩暈がして吐き気がして、頭痛くて息苦しくて。そんなのがたびたびあって、倒れてたところを拾ったって』
    『そっか』
     目眩や吐き気ってなんだ。持病だろうか。
     でも、その頃って言ってたから持病の線は薄いか。
     だったら、空気が悪いか、口に入れてたものが悪かったか。あるいは薬物か。
     もしかして、店の料理で体調が悪くなったらって話からすると、薬物の可能性が高いのか?
    『そもそも、なんで路地裏なんかに入って行ったんだよ』
    『ん? 路地裏に入って行ってないよ』
    『は?』
    『え、路地裏で倒れて、クロガネさんに拾われたんだよね?』
    『うん。ああ、えっと、僕ずっと路地裏で生活してたから、もともと別のところにいたわけじゃないよ』
     本当に嫌な予感が当たるのは良くない。
     そりゃ、貧困な国とかでは当たり前の生活かもしれないが、レオのいた国では、観光客が訪れるくらいの国らしいし、紛争地域でもない。
     いざ、事実を聞かされると、いくら事前に予想や想像していたとしても、くるものがある。
    『路地裏で生活って、家とかは?』
    『ない』
    『親は』
    『知らない』
    『じゃあ、学校とか、仕事とかは』
    『やったことない』
     倫理観や常識がないというのはこれか。
     気づいたら路地裏で生活をしていて、親もいないし仕事もしてなかったのなら、どうやって生きてきたんだろうか。
     盗みか、喧嘩して奪うか、ゴミとか空き家とかを漁るとかになるのか。
    『路地裏から出なかったのか?』
    『出られなかったから』
    『なんで?』
    『醜いから』
    『え…』
     空気が冷たくなるのがわかった。
     それに気づいていないのか、レオはなんとも思っていないような様子だ。
    『どういう意味』
     自分でも驚くほど低い声が出た。
     だが、レオはそれにも気にしていないようだ。
    『お前は醜いから路地裏から出られないって。路地裏から出たら、醜いのがみんなにわかっちゃうからって』
    『…誰に言われた』
    『覚えてない』
     それで明るいところがアウトなのか。
     にしても醜いから路地裏から出るなって、どういうことだ。ふざけてる。
     松田がキレているのがわかる。俺もそうだ。
     伊達が言ってた「変な世の中だね」「わからないものは仕方がない」っていうレオの発言はここからきていたのか。本人に綺麗な容姿をしているという自覚がないのも納得がいく。
    『じゃあ今は』
    『今?』
    『外、歩けてんだろ。なんでだ』
    『えっと、クロと、あとメイっていう人と会って、2人から醜くないって、顔でいうと世の中的には綺麗な部類に入るんだって言ってくれたから』
    『それで、出られるようになったのか?』
    『すぐにじゃないけど、慣れていった感じ』
     慣れるのも大変だっただろうが、慣れてきたとしても、醜いのが当たり前と思っているようだから、なかなか払拭するのは難しいだろう。
    『醜いって、今でも思う?』
    『うーん、どうだろう。たまに?』
    『…レオ、よく聞け』
     お前は醜くない。
     松田の言葉に固まったレオに対して、俺からも。
    『レオは醜くないよ』
     俺と松田を交互に見て、相変わらず無表情だが、ちゃんと伝わっているだろうか。
    『ありがとう』
     ただ、レオはそう小さく呟いた。

    『ピザトースト、美味しい?』
    『うん』
    『そっか、よかった』
     食事が運ばれてきて、興味深そうに眺めつつ食べているのを見る。
     美味しいとかそういうのはわかるってことでいいんだろうか。そういうのも気になってくるが、それはおいおいかな。
    『そういや、なんで日本に来たんだ?』
    『わかんない』
    『なんで?』
    『えっと、クロが国を出るって言ったから、着いていくって言ったんだ。で、クロが日本に行くって言ったから日本に来ただけで、なんで日本なのかはわかんない』
    『そっか。じゃあ、なんでクロガネさんについて行こうと思ったんだ?』
    『倒れて拾ってくれた時にクロが治してくれたんだけど、その治療費が足りないって言われて。で、クロが国を出て行くってなった時に、メイさんが『そういう時は、僕を連れてってとか雇ってとか、そうやって口説くもんだよ』って言ったから、クロの仕事のお手伝いをして、治療費を返すから連れてってって言った』
    『そっか。クロガネさん、オッケーしてくれてよかったね』
    『クロは嫌な顔してたけどね』
    『そ、そうなんだ』

     レオが道がわかるところまで案内し、そこで別れた。
     松田と少し彷徨きながら今日の話を振り返っていた。
    「はあ、ほんと、嫌な予感はあたるもんだねえ」
    「ああ」
     松田も思うところがあるようで、少し声色が硬い。
     松田から、レオが財布を盗み返した話を聞いてから、色々と予想とかしていたが、嫌になってくる。
    「まあ、まだ聞きてえことはいっぱいあるが」
    「たとえば?」
    「路地裏でしょっちゅう倒れてた理由、8歳までの記憶がない理由、なぜ路地裏から出させないようにしていたか。ここらあたりか」
    「はあ、闇が深い」
    「ほんとにな」
    「そう思うと、クロガネさんは、レオちゃんにとっていい人なのかもしれないなあ」
    「その顔で稼いでこいってレオに言ってないあたり、そうなんじゃねえか。防犯ブザーを持たせてんのも、クロガネだろうしな」
    「15歳になって、人生を1から始めてる感じか」
    「…1人でも、相当勉強して仕事してんだろうよ」
    「そうだな」
     思っているよりも深刻で、必死に勉強していたんだと身にしみて感じた。






    『レオか。悪いが今は…』
    『ジン、あのね、さっき写真送ったんだけど、見た?』
    『は? 写真?』
     レオから届いていた写真を確認する。
     そこには、紙袋に入った爆弾と、それを引きで撮ったものと、米花中央病院の写真があった。
    『おい、これどういうことだ』
    『これって爆弾であってる?』
    『あ? ああ』
    『ジン、来れる?』
    『…』
     今、頂上で止まっている観覧車の中にいて、目の前に爆弾がある状況で行けるわけがない。
     爆弾の解体中、爆弾を仕掛けた2箇所目のヒントを爆発3秒前に出すとメッセージが出てきて、手を止めていた。
     そこに、萩原、伊達と続いて、レオから連絡が来た。
    『観覧車って眺めいいの?』
    『…なんで知って』
    『ハギにも送ったんだ、写真。そしたら、ジンが爆弾と一緒に観覧車に乗ってるって言ってた』
    『チッ、あいつ』
     レオから珍しく連絡が来たと思えばこれだ。もっと他の理由で連絡があるべきだろうが。
    『ねえ、犯人て、近くに見にくるんだって。知ってた?』
    『…』
    『ジンのところから見えないかな?』
     レオの目の前にも爆弾があるにも関わらず、いつものトーンで話すこいつに影響されたのか、少し頭が冷えてきた。
     そして、いた。こちらの様子を伺っている怪しいやつが。
    『…おい』
    『なに?』
    『お前はそっから逃げろ。そんで、そっちに応援呼ぶから…』
    『いやだ』
    『はあ?』
     いっつも頷いてばかりのこいつが、はっきりと否定してきたのは初めてかもしれない。
    『ジンが来るまで待ってる』
    『ふざけんな、死にてえのか!』
    『そのまま返すね』
    『チッ、クソが!』
    『ふふん』
     ふざけやがって。
     なんでそんなに呑気にしてられんだ。
    『ジンはさ、ハギとかダテさんとか、待ってるお友達がいっぱいいるんじゃないの?』
    『…』
    『僕、悔しい。今、目の前にあるのに。何も、できないのが悔しい』
    『…』
    『…待ってるね』
     そう言って切られた携帯を見る。
     倫理観も常識も学もなかったあいつが、図書館に通って勉強して、クロガネだけでなく、萩原や俺も時間が合えばあいつにいろんなことを教えて、それを必死にノートや裏紙にまとめているのを知ってる。
     持ち歩いているノートや裏紙はどれもボロボロで、何度も書き直したり、追加でメモしたり、見返したりしているのがわかる。
     あいつに会ってから4年ほど経ったが、十分すぎるくらい成長していると思う。それにもかかわらず、悔しいだと。
     そんな思いをさせて、しかもそれを口に出させてしまったことに後悔したが、今はそれどころじゃない。あとで、あいつに言わなきゃいけねえことができた。
     萩原と伊達に犯人と思われる人物と場所を伝え、迷わず解体した。


     待合室のソファーに、少し背中を丸めて座っているのを見つけた。
     隣にどかっと座り、サングラスを取る。
    『ジン? わあ!』
     サングラスをレオにかけ、頭をくしゃりと撫でる。
    『ちょっと、ジン、暗い、見えない』
     頭を強めに押し付けて、返事もせずに撫で続ける。
     サングラスが少し大きいのか、落とさないように抑えつつ、頭を上げようとしているが、それを押さえつける。
     しばらくして、なんとなく吹っ切れたところで頭から手を離した。
     レオはサングラスを抑えながら、ゆっくりこちらを見上げる。
    『幽霊?』
    『霊感あんのか?』
    『ない』
    『そうかよ』
    『待ってた』
    『ああ』
    『生きてる』
    『ああ』
    『…よかった』
     深い息を吐いて、やっと安心できたかのようにそう言った。
    『僕、倫理観ないからさ、ダメなこと言うんだけど』
    『…』
    『ジンが死ぬんだったら、多くの人が死んじゃえばいいのにって思った』
    『…』
    『待ってるって言ったけど、こんなこと思ってる僕はかっこいいジンに会えないなって思って。何もできないし、どうしたらいいかもわからないし。でも…』
    『そんなことねえだろうが』
    『え?』
     萩原から聞いたが、爆弾の話をしたことがあったからか、動かしてはいけないものだと分かったらしいし、爆弾があることを騒ぎのならないように病院の関係者に伝えた上に避難も手伝っていたという。
    『慣れてねえのに写真撮って連絡して、日本語まだ十分に話せねえのに頑張って伝えて、患者や医者達の避難も手伝って、俺を救った』
    『…』
    『ちゃんとできてる。お前だって十分かっけえし、何を悔しがる必要があるんだよ』
    『…』
    『ありがとな』
    『…うん』
     またくしゃりと頭を軽く撫でる。目を細めて安心したように受け入れている。
    『ジンて、かっこいいね』
    『当たり前だろ』
    『ふふ』
     今までで一番綺麗な笑顔だった。初めて見た時のぎこちなさが一切ない。
     変な表情をしているであろう自分の顔を隠すためにレオにサングラスをかけたが、失敗したかもしれない。
     だがそれでも、この笑顔を見れて、生きててよかったと改めて思えた。
    『陣平ちゃーん、レオちゃーん』
    『あ、ハギだ』
    『うるせえのが来た』
    『なーに? もう一回お説教されたいのかな?』
    『チッ』
     もう殴られるのは勘弁だ。
     無理を言って、レオに会うために病院まで来たからそろそろ戻らないといけない。
    『レオちゃんは平気?』
    『うん、平気』
    『そっか、よかった。レオちゃん、悪いけどまだ仕事中でさ、戻らないといけないんだ』
    『わかった。頑張ってね』
    『ありがとう。はい、そろそろ行くよ』
    『はあ』
     事後処理やらなんやらめんどくさいことが残っているが、4年前から続いていたこの事件はやっと解決した。それにレオにも会えた。それで十分だ。
     立ち上がって萩原についていく。
    『あ、ジン、サングラス』
    『やる』
    『え?』
    『やる。持っとけ』
    『…わかった』
    『またな』
    『うん』
     俺にも萩原にも手を振ってくれたレオに感謝しつつ、病院を出た。





     これから帰ろうとしている時に、連続放火犯の目撃情報が耳に入り、たまたま捜査一課の伊達や高木と一緒にいたこともあって、その目撃情報をもとに犯人を探し回っていた。
     他に追跡している刑事たちと協力し、無事放火犯を捕まえた。
     一軒の家が放火された後の逮捕になってしまったが、幸いと言っていいのか、放火されたのは空き家であったため負傷者はいない。
     他の家屋に火がうつらないよう消化活動を行なっているところを見ていた時だった。
    「レオちゃん?」
     消化活動を見ている市民の中に、見知った人物がいることに気づいた。
     だが、様子が少しおかしい。
     じっと燃え盛る家屋を見て、でも見ていないような、そんな違和感を感じた。
     後のことは捜査一課に任せて、レオに話しかけに行った。
    『レオちゃん』
    『…』
    『レオちゃん?』
     名前を呼んでも反応ないため、目線を合わせて再度読んだが反応なし。しかも、目が合わない。焦点が定まっていないようだった。
    『レオちゃん! レオ!』
     そっと肩を掴んで意識を戻そうとした。
    『…カイル』
    『え?』
    『…』
     消化活動を始めている燃え盛る家屋を見て、レオは呆然とそう呟いた。
     そして、ゆっくりと目が合った。
    『…ハギ?』
    『うん』
    『ハギ』
    『…ここ、どこかわかる?』
    『宿屋…じゃない。えっと、家が、燃えてる』
    『ここは、日本の東京都だよ』
    『…日本』
    『うん』
    『…人は?』
    『いない。空き家だよ』
    『…そっか』
     そうだよね。違うよね。
     そう小さく自分に言い聞かせるように呟いていた。
     カイル、というのは人の名前だろうか。それとも地名とかだろうか。宿屋と言ったことも気になる。日本に来る前に、放火でもあって、それに遭遇したことがあるのだろうか。
    『レオちゃん、こっち』
     軽く腕を引いて自動販売機に向かう。
     足取りはしっかりしていて、着いてきてくれた。これなら、大丈夫そうか。
    『はい、どうぞ』
    『ありがとう』
     ホットココアを買って渡す。素直に受け取ってくれた。
     自分はホットコーヒーを買い、近くにあるベンチに並んで座る。
     自分は缶を開けて飲んだが、レオは暖を取るように両手で持っていた。細いし、筋肉もないから寒がりなのはわかるけど、今回は別の理由な気がする。
    『ハギ、お仕事は?』
    『終わった。てか、そもそも俺の担当外なんだ。ちょっと手伝っただけで』
    『そうなんだ。お疲れ様』
    『ありがとう』
     声色もいつも通りになってきた。
     火が怖いとか、そう言う話は聞いたことないし、そういう言動とかも見たことがない。
     アウトではないが、グレーってところだろうか。
    『レオちゃんは、なんでここにいたんだ?』
    『たまたまそこの通りを歩いてて、消防車と燃えてるのが見えたから様子を見にきただけ』
    『じゃあ、来たばっかりだったんだ』
    『うん』
     自分から見に来たってことは、やはりトラウマとかではなさそうだ。そこは安心だが、それで終えてはいけない気がする。
    『火が怖いとか、ある?』
    『ううん。ないよ』
    『じゃあ…』
    『ちょっと、思い出してただけ』
    『それって、日本に来る前の話?』
    『うん』
     自分から少し話してくれた。
     だが、これ以上は無理そうだなと感じた。
    『そっか。でも、危ないからあまり近づかないようにな』
    『わかった』
     そう言ってレオは立ち上がり、こちらに向き直った。
    『ハギ、ありがとう。僕、帰るね』
    『うん、気をつけて』
     レオは頷いて、帰路に着いた。
     ココアは、手に持ったままだったな。
     念の為、松田に共有しておこうと今日のやりとりをチャットで送った。








     ドアがスライドして病室に入ってきたのは、人相が悪い男だった。
    『あ、クロ』
    「クロガネさん」
     レオと伊達がそう名前を読んだことにより、この男がクロガネだとわかったが、こんな見た目だったのかと少し驚いた。
     伊達が言っていた通り、サングラスに隠れているが傷跡が見える。それも相まってガラが悪く見えるし、威圧感を感じる。
     そんなことを考えているうちに、クロガネは、スラックスにシャツというラフな格好で、レオのベットのそばに歩いていく。その際、俺と松田と伊達をちらりと見た。
    「さっき、電話してきたんは?」
    「私です。伊達と申します」
    「…あぁ、旅館の時の刑事か」
    「はい、そうです」
     伊達は硬い表情でクロガネと接しているが、クロガネは気にしてないようでレオの方に視線を向けた。
    『んで? 左足首の捻挫と頭打ったって?』
    『うん、ここ切ったけど傷小さいし、縫ってない』
    『ふーん』
     そう言いながら、手首に指を当てた後、額の端にあるガーゼと包帯を確認した。また、首に指を当てたり下瞼を下げたりしている。
    『お前、相変わらず貧血だな』
    『もー無理。吸血鬼になりたい』
    『諦めろ』
    『えー』
     そうレオと緊張感のない会話をしながらも確認する様子は、まるで診察しているようだった。さすがに血色とかを見る時はサングラスをずらして見ていたが、基本つけたまましている。
     前からうっすらと思っていたが、クロガネは医者なのだろう。手際が良いから、腕がいいのかもしれない。
     そんなことを考えていたら、名前や今日の日付、なんで怪我をしたのかなど質問をしていた。
    『よく轢かれなかったな』
    『頑張った』
    『そうかよ。んで、誕生日は?』
    『え。いつだっけ』
    『知らねえよ』
    『あ、でも、覚えてないってことはわかるよ』
    『まあそうなんだが、そうじゃねえんだよなあ』
     それは、クロガネの意見に同意だ。
     よくわからないという感じで首を傾げた後、レオがクロガネの袖をちょんと引っ張った。
    『覚えなきゃだめ?』
    『こういう時に困るだろうが』
    『あー。じゃあ、後でパスポート見る』
    『そうしろ』
     はーいとゆるく返事をしたレオに対して、もし覚えた時には教えてもらおうかなと考えた。
     祝いたいし、楽しいこと増やして欲しい。20歳になった時にお祝いをしたが、せっかくならちゃんと誕生日にしたい。
    『あ、じゃあ、クロの誕生日は?』
    『あ? 知らね』
    『えー』
     レオは不満そうに言った。
     それはそうだろう。思わず俺もレオちゃんと同じような反応をしてしまうところだった。
    『じゃあさ、クロのパスポートも見せて』
    『あ? なんで』
    『興味本位。で、後で一緒に覚えよ』
    『あー、はいはい』
     諦めたように返事をしたクロガネは、あらかたレオの様子を診終えたようだ。
    『ま、問題ねえと思うが、ついでに検査とかしてもらえ』
    『わかった』
     ひと段落ついたところで伊達が一歩前へ出た。
    『クロガネさん、この度は大変申し訳ございませんでした』
     そう頭を下げた伊達に対して、レオは不思議そうに見て、クロガネを見た。
     そんなクロガネは伊達のその姿を見て、深く息を吐いた。
    『あんたとこいつの話からすると、悪いのは居眠り運転してたトラックの運転手じゃねえのか』
    『…私が油断していた部分もあります。警察という守る立場にいるにも関わらず、レオくんに助けていただいた挙句、怪我までさせました』
     クロガネがちらっとレオを見たあと、伊達に視線を戻した。
    『怪我は』
    『え…』
    『あんたの怪我は』
     驚いたように顔を上げた伊達は、戸惑いつつも、擦り傷程度ですと答えた。
    『トラックの運転手は』
    『無事だと聞いています』
    『じゃ、その運転手の連絡先をこいつに伝えろ』
    『え…』
    『もし運転手が亡くなったら、家族か親戚か誰でも良いから連絡先を聞きだせ』
    『…』
     困惑した様子でクロガネを見ている伊達を無視するように、クロガネはレオに視線を向けた。
    『この刑事から連絡もらったら俺に言え。もし、運転手の奴がお前に直接何か言ってきたりしたら、脅してでもいいから治療費とか諸々ぶんどってこい』
    『わかった』
     ものすごく物騒な言葉が聞こえたが、大丈夫だろうか。しかも、レオちゃんはあっさり同意しちゃったし。
     そんなことを考えてたら、伊達が慌てたように口を開いた。
    『あ、あの、レオくんの治療費とか、私に払わせてもらえませんか』
    『あ?』
    『トラックの運転手を庇うとかそういうことではなく、単純に私のせいでもあるので、謝罪やお礼も兼ねて、その、お願いできませんか』
    『…はあ。わかった、好きにしろ』
     伊達の勢いに負けたのか、クロガネは頭をガシガシとかいた。
    『手続き諸々はレオを使え。俺に謝罪や礼はいらない』
     じゃ、俺はこれで帰る。
     そう言って、クロガネは病室を出て行った。
    「なんか、すごかったな…」
    「ああ…」
     隣に立っている松田に小声でそういうと、松田もクロガネの話や様子などを見て困惑した部分があったのだろう。少し戸惑っているような声色をしていた。
     見た目だけでなく、喋り方や低く掠れた声も合わさって、荒っぽいというか乱暴というか。ぶっきらぼうにも程があるのでは。
     ただ、レオとクロガネのやりとりを見て思ったが、互いにいい関係のように見えた。そこは一安心かな。
    『レオくん、本当に申し訳なかった。あと、ありがとう』
    『ん? うん。えっと、ダテさんも大きな怪我しなくてよかったね』
    『ああ。でも、レオくんは頭打って怪我してるし、ちゃんと検査してもらおう』
    『うん。でもいいの? 治療費とか』
    『それは本当に気にしないでくれ』
    『そっか』
     クロガネと同じく、レオも全く気にしていないようである。
     それがレオの良いところでもあるのだろうが、少しは自分のことも大事にして欲しいと思う。
     伊達の中でスッキリしてきたような、落ち着いてきたような雰囲気を感じたため、少し気になったことをレオに聞いてみる。
    『ねえ、レオちゃん』
    『ん?』
    『伊達が治療費とか払うって言う前にさ、クロガネさんが脅してでもいいから運転手から奪ってこいみたいなこと言ってたじゃん?』
    『うん』
    『それ、本当にするつもりだった?』
    『え? あ、脅したりはしないよ。僕に話が来たらクロに頼むつもりだった』
    『そ、そうだよね。びっくりしちゃった、レオちゃん普通に返事するから』
    『ああ。クロ、いつもあんな感じだから、返事しただけだよ』
    『そっか…』
     なんだよかった。少し、安心した自分がいた。
     それは、松田や伊達もそうらしかった。
     クロガネが言っていることは間違ってはないのだが、あまりにも乱暴だから驚いてしまった。
    『そうだ。レオちゃん、誕生日覚えたら教えてよ』
    『え? うん、わかった』
    『じゃ、それグループチャットに流せ』
    『なんで?』
    『俺も知りてえから』
    『そっか、わかった』
     俺と松田とレオの3人のチャットがあるから、そこの流せってことだろう。松田も知りたかったんだなあ。というか、早く聞いておけばよかった。
    『なあ、それ、俺も入れてくれ』
    『オッケー、後で伊達も追加しておく』
    『頼む』
     伊達も、今回のことがきっかけでレオを気にかけるようになったようだ。
     命の恩人とでも思っていそうだな。確かにそうだし、俺らにとってもそうだし。ただ、レオ本人に自覚がないところが複雑だけど。
    『じゃあさ、みんなのも教えて』
    『いいよーん』
     少し微笑んだレオを見て、本当に軽い怪我で良かったと安心した。









    「さて、これはどういうことか、説明してもらおうか。諸伏よお」
     そう言ってスマホの画面を差し出してきた松田。そして
    「早く白状した方が楽になるよー」
     萩原も悪い笑みを浮かべてこちらを見てくる。
     これは、どうしたものか。

     NOCとバレて逃げていたところ、たまたま警ら中だった萩原に助けられ、セーフハウスに身を置いているところだった。
     潜伏していたこと、NOCとバレて死に場所を探していたことを同期たちに伝えたらボコボコにされた。でも、生きていてよかったと言われ、今では本当に感謝している。
     セーフハウスに住み始め、その約1年後にNOCとバレた理由がわかり、あと数ヶ月したら復帰できるという時だった。
     松田と萩原が夕方過ぎに急に家にやってきて、俺を挟むようにして2人が座り、そして言ってきたのが冒頭の言葉だった。

    「こいつらのこと、知ってるよなあ?」
    「さあな」
    「しらばっくれる気?」
     松田が見せてきた画面は、チャットで流れている写真だ。狭い道で薄暗い中でも顔は見えている写真が数枚並んでいた。どれも違う人物だ。
     しかもチャットには、その写真を撮ったであろう日付と時間が書かれていた。その送信者はレオだった。
    「レオから突然写真が送られてきてなあ」
    「ここ1ヶ月の間、つけられてるんだってさ。まあ、レオちゃんは頻繁に出かけるような子じゃないから、回数としては少ないんだけど」
    「だが、こいつらのこと調べられるかって俺らに聞いてきてなあ」
    「嬉しいよね。レオちゃんから頼られるようになったんだよ」
    「そうだな。ただなあ、これが送られてきたのは、諸伏がスパイだとバレた理由がわかってから数ヶ月後。んで、この写真の奴らは」
    「公安、でしょ?」
     確かに、全員公安の人間だ。
     萩原と松田がなぜそれがわかったのかも気になるが、何よりもレオという子が、公安の人間から逃げ切るだけでなく、写真を撮っているとは思ってもみなかった。
    「公安じゃない」
    「おいおい、まだ認めねえのかよ」
    「じゃあ、この人見てもそう言える? 諸伏ちゃん」
    「ッ…」
     スクロールして最後の写真を見せられて、流石にこれは否定できなくなってしまった。
     そこに写っていた人物は、風見だった。
     俺のメンタルケアのために、セーフハウスで仕事できるようにと手配してくれたことがあった。今でも仕事はしているが、その時同期たちに紹介したのが風見だったから、もう言い逃れができない。
    「はあ。認めるよ」
    「お疲れさん。じゃ、ゼロを呼べ」
    「…わかった」
     松田に肩を叩かれながらも降谷に連絡をして、深く息を吐く。
    「にしても、すごいなその子」
    「まあね、って言いたいところだけど、あまり喜ばしいことじゃないなあ」
    「ほんとにな」
    「ん?」
     まあ、降谷が来てから、話すか決める。
     そう松田が言って、3人でゼロを待つことになった。



    「んで? どう説明してくれるんだ? 降谷さんよお」
     取調室かのように、テーブルを挟んで降谷と俺の前に萩原と松田が座り、俺に言ってきたことを説明した。
     それを聞いた降谷は深く息を吐いた。ちなみに伊達も合流しており、俺ら4人の様子を横で見ている。
    「レオという青年と、クロガネという男について調べていた」
    「レオだけでなく、クロガネもかよ」
    「まあ、そっちはレオを調べている流れでって感じだが」
    「それで?」
     さっさと言えと松田が促す。
    「クロガネはある程度わかったんだが、レオはあまりわからなかった」
    「それでつけてたってか?」
    「ああ」
     チッと舌打ちをする松田に、はあと深いため息をつく萩原。
     まあ、大事にしている人のことをそういう扱いされていると知ったら怒るよな。
    「そもそも、なんでレオを調べたんだよ」
    「潜入している組織に関係しているんじゃないかと思ったんだ」
    「なんでだよ」
    「それは… 」
     歯切れが悪くなり、とうとう口を閉ざしてしまった。まあ、ゼロの性格を考えれば言いにくくなるのもわかるが、ここはゼロから言ってもらわないと意味がない。
    「ゼロ」
    「…」
     名前を呼んだ俺を見た後、息を吐いた。
    「ヒロがNOCとバレて原因がわかった後、ある青年とすれ違った時があったんだ」
    「…」
    「その時、その青年は電話をしていて、『ジン』て言ったんだ」
    「…は?」
    「で、その青年が、お前らが言っていたレオって子だってわかったんだ」
     松田がわけがわからないと言わんばかりに、眉間に皺を寄せている。萩原も伊達も理解できていないようだ。
    「実はな、組織にいるんだよ。ジンて男が」
     しかも、幹部に。
     そう俺が補足すると、松田は目を見開いた後、ゼロに殴りかかった。ゼロはそれを受け入れていた。多少なりとも罪悪感があるのだろう。
    「なんだ? ジンて言ってたから組織に関わってると勘違いした挙句、レオを勝手に調べ上げ、わからなかったから尾行して突き止めようとしたってか!?」
    「…ああ」
    「てめえ、ふざけんじゃねえぞ!」
     テーブルをバンと叩き、苛立ちが抑えられないようだ。
    「レオが言ってたジンが、その組織のやつじゃねえってことくらい、すぐに気付けるだろお前だったら」
    「…」
    「おい、なんとか言えや!」
    「…レオの尾行を指示して、3人目も撒かれてしまったくらいで気づいたが」
     一拍置いて、額に手を当て顔を伏せた。
    「いくら調べても情報が出てこず、公安の尾行も撒かれ、得体の知れない青年を、いくらお前らのことを助けた青年だったとしても、どこか信じきれない自分がいた」
     松田が手のひらに爪が食い込むほど握りしめ、怒りが爆発するのを必死に抑えているのがわかる。
     萩原は、途中から表情が抜け落ちていた。
    「まあ、諸伏がスパイだとバレてさ。俺らにも危険な目に合うかもしれないと気を配ってくれながらも、組織に潜入していることを共有してくれた後だったし。俺らがレオのことを大事にしてるっていうのもあって、危険な可能性がないかどうかを調べてくれたのはわかるんだけど」
     ちょっと許せねえかなあ、ゼロ。
     そう言って、笑っていない萩原を見るに、こっちもブチギレているのが伝わってくる。
    「お前ら一旦そこまでだ。このままじゃろくに話もできねえだろ。松田と萩原は頭を冷やせ。で、降谷と諸伏は今後どうするか決めてるだろうが、冷静になって考え直せ」
     伊達の言葉に、松田と萩原は煙草を吸いにベランダへ行った。俺と降谷はそのまま動かず、改めて考えることにした。

    「で、今後どうするつもりでいるんだ?」
     松田と萩原がベランダから戻ってきて落ち着いたところで、伊達が話し始めた。
    「もし可能だったら、クロガネとも話したいと思ってる」
    「なんでだよ」
    「レオもそうだが、謝罪させてほしい」
    「それは当たり前だが、他にもあんだろどうせ」
     松田に言葉に、降谷が難しい顔で考えている。少し間があった後、口を開いた。
    「調べた限り、クロガネは免許を持っていない医者だ」
    「それって、闇医者的な?」
    「ああ。だからかもしれないが、クロガネという名前は偽名だ」
    「まじか」
    「ああ。まあそれは置いとくとして。無理強いはしないし、約束もいらない。気まぐれで構わないから、クロガネから情報が欲しい」
     組織に関する情報が欲しいということなんだが、巻き込んでいいものなのだろうかと、俺はいまだに悩んでいる。
    「おい、レオやクロガネも巻き込むのかよ」
    「お前らもそうだが、組織の人間から狙われないようにする。たとえ関係を聞かれることになったとしても、俺は探り屋として動いているから、それで関わっていると信じさせる」
    「…ミス、すんじゃねえぞ」
    「もちろんだ」
     松田の言葉もあり、これは降谷を信じてやるしかないかと決心する。
    「それで終わりか?」
     そう伊達が降谷と俺に言ったが、まだある。
    「レオとクロガネの戸籍は、おそらく偽物だ」
    「レオはともかく、クロガネもか」
    「ああ。パスポートとかも偽造だろう」
    「それで?」
    「それを、本物にする」
     松田と萩原、伊達も目を見開いた。
    「そんなこと、できんのか」
    「やってみせる」
    「…」
    「友人を救ってくれたにも関わらず、疑って迷惑をかけたんだ。たとえできなかったとしても、警察に捕まらないようにさせる」
     松田と萩原と伊達はそれぞれ目を合わせ、ため息をついたり、額に手を当てて天井を仰いだりとさまざまな反応をした。
    「じゃ、とりあえず、レオちゃんに連絡してみる?」
     萩原のその言葉に、俺も含め、他の3人からもなんの連絡かと視線を送った。
    「なんでレオちゃんをつけていたかの話をまずする。で、諸伏は無理だろうから降谷になるけど、レオちゃんとクロガネさんに会っていいか聞いてみる。あと、レオちゃんの過去を3人に話していいかを聞く」
     俺もだが、降谷も伊達も驚いたように反応した。主に、最後の言葉。
    「萩原と松田は、レオくんの過去を知っているのか」
    「全部じゃないし、まだまだ聞きたいことがいっぱいあるけどね」
    「…いいのか?」
    「それをレオちゃんに聞くんだろー?」
     こちらが勝手に調べておいてなんだが、いざ聞いても良い可能性が出てくると、戸惑ってしまう自分がいる。
    「もう巻き込むことが確定して、今後、諸伏や降谷にも関わることになる。レオ次第だが、レオを傷つけることがないようにできるんだったら、聞いてみる価値はあるかもな」
     そう松田が言った。
     その言葉を聞いた萩原は、少し困ったような悲しいような表情を浮かべながらも、俺らに視線を向けた。
    「…わかった」
    「諸伏も、伊達もいい?」
    「ああ」
    「よろしく」
    「うん。じゃ、かけちゃうね」
     そう言って、萩原が電話をかけた。

    『…てことなんだ。俺の友人が、迷惑をかけてごめん』
     まず、レオをつけていた理由と、つけていた公安の人物たちの説明をし、謝罪してくれた。
    『え、それはどうなんだろう。ちょっと待って』
     そう言って、俺と降谷に視線を向けた。
    「レオちゃんが、陣平ちゃんのことをジンて呼ばないほうがいいかって聞いてるんだけど、どう思う?」
     思わず降谷を見ると、降谷もこっちをみていた。おそらく同じことを思っているだろう。
    「はあ、レオってやっぱどっかズレてるよなあ」
    「ズレてるっていうか、感覚が違うっていうか。文化の違いか?」
    「さあな。ったく、そこじゃねえだろ第一声は」
     あのバカと嘆いている松田と、それを聞いて苦笑いをしている伊達。松田に完全に同意だが、レオくんは怒っていないのだろうか。
    「まあ、ゼロみたいに勘違いして狙われる可能性はあるから、やめたほうがいいのかな」
    「まあ、そうだな」
    「わかった、じゃあ、そう伝える」
    『レオちゃん、やめたほうがいいって』
    『んー、なんでもいいんじゃない?』
    『うん。で、次の話なんだけど』
     次は、レオとクロガネに直接会ってもいいかを聞いていた。
    『わかった、ちょっと待ってね』
    「レオちゃんもクロガネさんも、会うことはオッケーだって」
    「そうか」
    「で、住所知ってるだろうから直接来てもいいし、レオちゃんに案内してもらうでもいいって」
    「わかった。日時は改めて連絡したほうがいいか?」
    「どっちでもいいってさ。不在かもしれないけど勝手に来いって、クロガネさんは言ってるみたい」
    「クロガネさんらしいな」
    「闇医者やってんなら、診療時間とかそういうのがないかもしれねえな」
     お言葉に甘えて、早めに時間を作って伺うことにすると降谷が言った。
     萩原はそれに頷き、再び電話をとった。
    『じゃあ、最後になるんだけど、レオちゃんのこと、3人に話してもいいかな』
    『うん、そう』
    『本当に?』
    『そっか。わかった、ありがとう。またね』
    「話していいってさ」
    「本当に、いいのか?」
     電話を切った萩原に、念のため確認した。
    「俺も聞いたけど、レオちゃんが、嫌な時は嫌だって言うよ、だってさ」
    「はあ」
     松田は、ため気をついて呆れた様子だ。
    「じゃ、話すから、よーく聞いてね」
     そう言って、萩原は話始めた。

     一言で言うと、自責の念に駆られた。
     ゼロも同じだろう。頭を抱えてテーブルに顔を伏せてしまった。
    「なるほどな、色々と説明がつく」
    「でしょ」
     そう言った伊達に同意する萩原。
     萩原たちが助けられた話と、プライベートで今までレオくんとどう接してきたのかを聞いて、確かに辻褄が合うなと思った。
    「みんなさ、もし、レオくんに会う機会があって、タイミングがあれば、俺も謝らせて欲しい」
    「わかった。その時は、ここに連れてくるね」
    「ありがとう。あと、レオくん、傷ついたり悲しんでたりしてなかったか?」
     ずっと気になっていたことを萩原に聞いた。
    「わからない」
    「え…」
    「多分、直接会ったとしてもわからないかもなあ」
     眉を下げている萩原に少し困惑する。
     洞察力に長けている萩原でもわからないのか。
    「それは、どういう?」
     降谷も気になったようで、理由を聞いた。
    「こういう話になると、そうなんだ、とか、ふーん、とかしか言わないし、いつも通りの声色で言うんだ」
    「…」
    「さっきも、俺の話を聞いても、そうだったんだ、しか言ってない。その後に、陣平ちゃんの呼び方の話だよ」
    「こう言っちゃなんだけどよ。諸伏が言った、傷ついてたかとか悲しんでたかとか、そういうのを気にしていること自体、エゴなんじゃねえかって思わされるくらいだ」
     萩原と松田の話だけでは、仕方がないことだと諦めているのか、ただ事実を受け入れているだけなのか、他に理由があるのか、わからないな。
    「これは、知ろうとするなら、レオくんに聞いてみるしかないかもな」
    「そうだね」
     伊達の言葉に萩原が同意する。
     難しいな。
    「じゃあ、クロガネさんは? どうだったかわかるか?」
    「電話越しにレオちゃんとクロガネさんが話している声は聞こえたけど、流石にわかんないな」
    「そうか」
    「クロガネってどんなやつなんだ?」
     経歴とかは知ってるが、性格とかはわからないから、と降谷が聞いた。
    「一言で言うなら、ぶっきらぼうな男か?」
    「伊達、それ前にも言ってたけどよ。ぶっきらぼうにもほどがあんじゃねえかあれは」
    「あれはちょっと驚いたね」
    「…怖いのか?」
    「ヤクザだって言われてもおかしくねえよ」
    「そ、そんなに怖いのか?」
     そう聞くと、伊達が事故した時のやり取りを教えてくれた。
    「それはたしかに…ちょっと乱暴というかなんというか」
    「てか、あれか? 闇医者かつあんな態度だから、なんかに巻き込まれて傷跡があんじゃねえか?」
    「どうなんだろうな」
    「ああ、それは多分違うと思う」
    「そうなのか?」
     降谷が、松田や伊達が言った言葉を否定した。
    「クロガネは、7歳の時に父親に連れられて、貧困や紛争地帯を転々としていた。16歳で日本に帰国し、東都大学医学部に進学したが3年で退学。そしてまた日本を出ている。で、また紛争地帯を転々としていたが、途中でレオのいる国に移り住んで数年後、日本にやってきている」
    「じゃあ、その紛争地帯で巻き込まれて、怪我を負ったってことか」
    「そうだな。どのタイミングかはわからないが、可能性として高いのは、レオの国に移る1年くらい前、クロガネがいたのは緩衝地帯だったんだが、そこで誤爆が起きたらしい」
    「じゃあ、それでか」
    「おそらくな」
    「人は見た目によらねえってやつだな。腕もいいみたいだしよ」
     松田の言葉に、各々深く息を吐いたり、静かに考え込んだりしているが、思っていることは皆同じのようだった。
    「紛争地帯を転々としていたのに、それをやめたってことは、傷跡以外にも後遺症がありそうだね」
    「…もしかして、それでサングラスか?」
    「かもね」
     その後は、レオやクロガネについて今後どうしていくか話し合ったり、自分たち5人の行動とかも話し合ったりした。
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